34 デフォルトよ、永遠なれ
私はすとん、と腰が抜けて、その場に座り込む。
無理だった。
「……ッ……ッッ!!」
息が、できない。
うまく言葉が、出てこない。
なのにこみ上げてくる熱のせいで勝手に涙が溢れてくる。
だって毎日ログインして愛でて愛して、なめ回すようにながめるたびに顔が良い、かっこいいってなっていた姿なのだ。
ウィリアムが驚いて慌てた様子で近づいてこようとするのが見えたけれど、ばちくそそれどころじゃなかった。
「まって………………」
か細く漏らすと、推しがちらっとどこかを見て頷いてくれた。
「少しだけでしたら待ってくれそうですし、良いですよ」
デフォルトの推しがしゃべった。
「まって、しんどい、むり」
「俺も、驚いているんですがね。あなたが随分様変わりしていて」
「わかるあるばーとつよい。しんどい」
「呂律までまわりませんか。おそれいります」
「でふぉると、ずっとみたかったんです……みた、みたくて……」
もはや自分でもなに言ってるかわからないところで、彼はちらりと自分の服装を確認して苦笑する。
脳内妄想してた仕草がばっちり当てはまってしんどい。
「……ゲームの俺はこんな格好していたんですね。動きやすくて、好みの場所に武器が仕込まれているのが腹立ちますが。頼んでくださってもよかったのに」
「さすがにいたいです……」
「まあその通りですね」
「かっこいい」
「俺は服が変わっただけでそれほど喜べるあなたが、相変わらず面白いですよ」
「しかも、さっき……ガチャ排出なのり、……ふえ、生で……はかいりょく……やばい」
焦がれぬいたあの契約の言葉は、彼が唯一守る確かな約束だ。生の声で聴いてしまって、まだ脳内でリフレインが止まらない。ついでに動悸と手汗と涙が止まらない。
しかも、デフォルト姿にもかかわらず、中身は間違いなく私の最推し従者様アルバートだった。
何より私、いまエルディアの姿をしていないのに私だって分かってくれたのが嬉しくて。
ああ、ほんとうに。
「かみさまありがとう……っ!」
腰が抜けたまま、私が手を組んで祈りを捧げていると、アルバートが呆れたため息をこぼして私の傍らに膝をつく。
そしてのぞき、こっ……!!!
「とりあえず最近一番の感動というのは分かりました。さあ、息を吸って、吐いて。王子に説明するんでしょう」
「まって、アルバートさん動かないで。それ以上は過剰供給で私の情緒が崩壊する」
「安心してください。もう手遅れです」
アルバートは容赦なく私の腰に手を回すと、立ち上がらせた。
「ミッ」
「おや、だめでしたか」
「……説明してもらおう」
もう完璧にアルバートに寄りかかって尊死寸前に追い込まれている中、ウィリアムの困惑をにじませた声が響いた。答えたいが私が無理だった。
代わりにアルバートが答えていた。
「吸血鬼は夢や幻術と相性が良いもので。彼女の縁をたどって潜入させていただきました」
「ひぅ」
そう言いつつ撫でるのは、私の左の中指だ。ですよね。やっぱりそこですよね。
私がウィリアムに意識を呑まれなかったのは、噛み痕を通じてアルバートが引き留めてくれていたからだった。もはや惚れ直すしかない。
「血夜が、随分様変わりしたものだね。君は人に興味がない性質だと考えていたが」
「っ! ウィルっ。デフォアルバートに会った時間軸もあるんです!? そこ是非詳しく!」
聞き逃せない単語に私がくわっと顔を上げると、ウィリアムが全力で引いた顔をしていた。そのおかげで若干正気を取り戻すことができたとたん、どっと羞恥が襲いかかってくるが、全力でこらえる。
だってウィリアムは若干身内認定入っている人なわけで、そんな人にカミングアウトするのは大変な勇気がいるんです。
せめて距離を取ろうとしたのにアルバートの手が腰から離れない。
しかも強く力を込めすらしてアルバートサァン!?
彼を見上げても、「なにかおかしなことでも?」と言わんばかりの顔しやがってかっこいいじゃねえか!
離れるのを諦めた私は、大変な精神力をつぎ込みながら、たいそう気まずい気持ちを抑え込みながら、おずおずと答えた。
「あの、ですね。つまり私は、こういう……にんげん、なんです……」
「それは……。そこの彼の事を、崇拝している。という?」
「ふぐっ」
ウィリアムの困惑した言葉選びが上品でダメージが入るが、こらえた。
だいじょうぶ。だいじょうぶ。
「アルバートが最推しなのは、そうなんですけど。本を創って、劇や役者の追っかけをするのと同じように、私はこの世界に居るあなたたち全員を推してるの」
今は、自棄になって全部見せても良いと思っているから、たぶんウィリアムも覗けるはずだ。
っていうか、訝しそうなウィリアムが顔をほのかに赤らめて1歩後ずさったぞ?
その視線の先を振り返って、私も硬直する。
私のOL時代の記憶が周囲に映し出されていた。
ああああ私の怠惰なゲーム生活が晒されてるーーーー!!! うっわ気色悪いほど顔面崩壊させちゃってるじゃん。やべえまってそこ、ウィリアムがガチャで引けた時の雄叫びーー!
『いよっしゃーーーっ! 光の王子いらっしゃいませーーーー!! あなたにふさわしい勇者に、私は、なる!!!』
「わあああああ!!!」
死ぬ、めっちゃ死ぬ。羞恥で死ぬ!!!
私が必至こいて消えろと念じると、その映像は消滅する。けれどアルバートが険しい顔で見下ろしてくる。
「あなたが知り合った順番は……」
「千草たんがチュートリアル星5確定ガチャで、その次に引けた星5がウィリアムでした……。アンソンは確定加入で、アルバートをようやくお迎えできたのはもう少し後デス」
「ちっ」
舌打ちした? ねえあなた舌打ちした!?
「さ、最推しはなかなか来ない呪いにかかってたんだもの……引けるものだったら引きたかったよぉ……」
課金だって家賃までなんだもん。
さめざめと泣きかけたが、違うよウィリアムだよ!
私がおそるおそる顔を上げると、案の定ものすごく気まずい顔で王子様が立ち尽くしていた。
「き、君は随分情熱的なんだな」
「大丈夫です、すみません。気をつかわなくていいんです。はっきり気持ち悪いとか言って良いんです」
神妙に言うと、ウィリアムは若干ほっとした表情になる。ですよね。でもそこで声に出さないあなたはやっぱりいい人だと思うよ。
こほんと咳払いをして、私は改める。
「つまり、私はもうあなたたちに救われてました。だから、あなたたちに、アルバートに会えて、影ながら力になれるのがすごく嬉しい。毎回毎回情緒が忙しくて翻弄されるのがすっごく幸せなんです」
「いや、だが……」
それでもなんとか言葉を紡ごうとするウィリアムに、私はにっこり笑って見せた。
「それに、まだ、これからも悪役が必要な場面はあるでしょう。私しか知らない展開も、私にしかできない準備もある。ちがう?」
「……っ」
ウィリアムのその表情で、その通りだと理解する。
そうでしょう? あ、ここはほっといても大丈夫だなーって思えるところはまだまだ少ない。だから、続けた。
「今は、私もこの世界の一人だわ。それに、幸せにしなきゃいけない人が居るので。絶対に自分の幸せも諦めない。私は、私なりにあなたたちに貢献できるのが嬉しい。仲間が居なかったあなたのエルディア達とは違って、私には、……こうして助けてくれる人も居るの。少なくとも、ここに居る『エルディア』には、罪悪感を覚えなくていいのよ」
うろたえていたウィリアムが、ぎゅっと泣きそうな顔になる。
剣の柄を握る手に力がこもっているのが見て取れた。
「君は、どうしても来てくれないのか」
「ええ、悪役は強欲なので。全部自分の思うとおりにしたいんです」
アルバートがちょっと驚いた気配がした。まあ、受け売りなのでね。
私は、小さく息を吸って吐くと、イメージする。
緩く癖のある栗色の髪に、けぶるような緑の瞳、大人びた容貌の悪徳姫、エルディアの容姿を。目を開ければ、栗色の髪が視界で揺れていた。着慣れたドレススーツも軽快だ。
うん、もうこの姿も一つの私なのだと感じてしまう位にはなじんでいるんだよなあ。
エルディアに戻った私にウィリアムは目を見開く。
「私は、光の王子ウィリアムの姿もずっと見守ってきたわ。だから、私は、今回のエルディアとして、あなたを褒めるわ」
そして、幼なじみであり、実は協力者だった彼に笑って見せた。
「ありがとう。私に優しくしてくれて。ウィル、よく、エルディアを断罪してくれた。さすが私が信頼したあなたよ」
私は中途半端に捕まらないように、アルバートに手伝って貰い、犯した事件は全部足跡を隠蔽していた。正直、これでちゃんとエルディアが原因だって気づいて貰えるかと思うほどだったけれども。ウィリアムはちゃんとエルディアを見つけて捕まえてくれたんだ。
同時に、ウィリアムは私が悪徳姫になるまでは、ずっと優しく接してくれていた。
間違いなく、かわいがってくれていたのだ。羞恥の限界に挑まなきゃいけないほど!
少年ウィリアムいっぱい好き、ってなったもんだ!
私がしみじみしていると、ウィリアムは激情を抑え込むように震えていた。
見た目はもう十分大人の男の人だけど、今は少年のように、泣き出しそうな表情になる。
「……私は、君を助けられる私でありたかったよ」
「ありがとう。私はそういうあなたを推してるわ。だから……っ!?」
言いかけたら、腰がぐっと引き寄せられ、そのまま抱き込まれる。ひぃえ。
もう私は言葉が全部溶けきった。
もちろんそれはアルバートで、彼はウィリアムに挑むように見つめながら言った。
「彼女を助けられるのは俺だけだ、お前は必要ないさ」
「独占欲、ですか、アルバートさん……?」
えっ新境地多すぎじゃないですか。私が感極まっていると、ウィリアムは私とアルバートを見て深く息を吐いた。
「……ああ、悔しいな。そういう、守らせてくれないところが嫌いなんだ」
その言葉で、私はウィリアムが本当に、エルディアのヒーローになろうとしてくれたんだなと思った。
けど、エルディアには必要ないんだ。
「大丈夫だよ、ウィル。あなたは勝ち負けだけじゃなく、幸福を願える人だと知っている。普通の形じゃないかも知れないけど、あなたの行動で、私は救われた。確かだよ」
顔に手を当てたウィリアムは、悔しさと私を見つめてくる。
「そうではないと、分かっていながら語るとは。ひどい人だ、エルディア」
「ふふ、でも、さっきよりはよほど明るい顔をしているわ。ウィリアム」
ウィリアムは、エルディアを幸福にしたかった。悪に染まらないまま普通の幸せになって欲しかった。けれど、同時に理解者が欲しかった。なにせエルディアはウィリアムが抱える時間の繰り返しを唯一理解していた存在なんだから。
何度も見殺しして、つもりに積もった罪悪はウィリアムでなければとっくのとうにつぶれていただろう。
ウィリアムは私をにらみながらも、私に甘やかな表情を浮かべていた時よりも、ずっとすっきりした顔をしている。
そして右手に剣を携えながらも、左の拳を自分の胸に当てる。
『……――君を闇に落としたことを、私は生涯忘れない』
「……――君という存在が居ることを、私は生涯忘れない」
ゲームと似ていて、でも決定的に違う言葉を宣誓したウィリアムは、振り返りざま、背後の空間を切り裂いた。
ざあっ……っと。二つに裂ける。そこから世界が反転した。
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