32 公式が最大の供給元
エルディア・ユクレール。私だと言われて、私は浮きかけた腰を椅子に戻すしかなかった。
「それは、あなたにとっては”エルディア”もユリアちゃんと同じ存在だった、ということですか」
「ああ、私のはじめの記憶でも悪名高いユクレール侯爵家の家族構成は覚えている。だからこそ息女は居なかったと断言するさ。それがいつの間にか紛れ込んでいたのは『聖女ユリア』が現れてから……そうだな2周目くらいだろうか」
ウィリアムが複数回、時間を繰り返しているのをサラリと語られて、私は息を呑む。
けれど、ウィリアムは痛みや悲しみもなく、指を組みながら、ぼんやりと当時の事を思い出すように語る。
「浄化の力を発現して、聖女候補となるとはね。私が何らかの形で時間を繰り返しているのだから、はじめは魔神の介入かと思ったよ。けれどそれが違うと分かったのは、彼女が現れて1度目……悪徳姫となった彼女を追い詰めた瞬間だ」
ウィリアムが横へ視線を滑らせたとたん、その空間に屋敷の一室が現れる。
記憶を再現をしているんだろう。
見慣れたそこは、ユクレールの屋敷だ。そこに、若いウィリアムと、傲慢に顔を上げるエルディアが対峙している。
『なぜ、こんなことをしでかした、エルディアっ!』
ウィリアムの血を吐くような問いに、悠然とした笑みを浮かべていた表情が、一瞬で消え去った。
脇腹が裂けて、ドレスが赤々と染まるほど血を滴らせて居るにもかかわらず、エルディアは痛みに呻くこともなく背筋を伸ばす。
『それが主、イーディスより任された役目だからです』
『な、にを』
エルディアは表情がなくなるだけで、人形めいた無機質さを帯びるのに、さらに紡がれた声には人らしい抑揚が一切そぎ落とされていた。
一番近い言葉を探すなら、それは機械だ。
『イーディスは、人々が団結するために障害となる存在を封じるよう、命じられました。わたくしの役割は、勇者達の障害となる人的事象を効率的に排除できるように集約させることです』
『何を、言っているんだ』
訳が分からないと呆然とするウィリアムに、エルディアはドレスをつまみ会釈をしてみせる。
『わたくしは、ウィリアム・フェデリーのサポートアバターとして機能しています。この世界の未来を創るため、有用にお使いください』
ぱちん、とテレビを消すように光景がなくなる。
私がウィリアムに視線を戻すと、彼は淡々と語った。
「確かにエルディアが悪をすべて引き受けたことで、今まで、邪魔をしていたモノ達が一掃され、魔神への対抗策が練れるようになった。だからその周以降は、エルディアにすべて引き受けさせることにした」
「エルディアが、そういう役割を持った存在だったからですね」
「ああ、その通りだ。神によって創られた、意思のない人形であれば、そう使ってやるのが本望だろう」
ウィリアムは、間髪入れずに語る。その声に後悔はにじまない。
犠牲にすると断言し選択する強さは、まさに為政者として完璧だった。
24歳本編のウィリアムが理想とした姿がそこにある。
「そう、利用し尽くせれば良かったんだがな」
けれど、ふ、と青の瞳が哀愁を帯びた。
「男女の情なんてこれっぽっちもなかった。にもかかわらず、何度も繰り返すうちに、一人ですべてを引き受け死んでいくエルディアに、罪悪感を覚えてしまうようになってしまった。私も、すべての意識が自由になるわけではない。けれど、ふと考えるようになった。彼女をただの少女として過ごさせてやることはできなかったのかと」
私たちの周囲に、モニタ画面のような映像がいくつも浮かぶ。
そこにはウィリアムとエルディアの様々なやりとりが映し出された。
ウィリアムは幼いエルディアを様々な場所に連れ出し、交流を深めようとする。
「悪を為す」事を基本理念としているエルディアは、それ以外には希薄だった。
ひどく歪な少女は、ウィリアムに言われるがまま過ごす。
その中で、希薄なエルディアはほんの少しだけ、表情が和らいだ気がした。
私がずっと知りたかった、エルディアの
しかし、ウィリアムの声は淡々と響いた。
「けれど、エルディアは必ず悪徳に染まり、死んでゆく。……だが、エルア、君は違うんだろう?」
情景に見入っていた私は、ウィリアムの呼びかけで、意識が引き戻される。そうだ、エルディア様の現実という特大公式供給に萌え狂いかけている場合じゃなかった。
彼を見ると、熱い焔のような青い瞳とかち合った。
焼けそうほどの渇望を宿して、ウィリアムは問いかけてくる。
「君は今までのエルディアとは違い、人としての意思がある。なぜ、エルディアと同じ行動を取ってくれたんだ」
そこで、なぜウィリアムが私の名前にこだわるか理由がわかった。
私を「エルディア」というアバターと区別しているんだ。
「それは……あなたたちに、明るい未来を迎えて欲しいから……」
「『私があなた達を愛しているからよ』だね」
「っ闇オークションの時ですか!?」
あそこでばれていたのかと驚いていると、ウィリアムは泣きそうな表情で相好を崩した。
「ユリアほどではないけれど、私もそれなりにエルディアとは関わっていたからね。声も、仕草も、忘れられないんだよ」
ああなるほど。あのときは顔はごまかせていたけれど、声はほぼそのままだった。
しゃあねえだろ緊急事態だったんだ。さらに私が考えていた以上にウィリアムが、エルディアにクソ重い感情を持っていたのが誤算だったのだ。
「……こちらこそ、そういう事情だとは知らず、エルディアとして振る舞って申し訳ありません」
エルディアがエルディアじゃなかったなんて、私だったら解釈違い過ぎてぶち殺すわ。
ウィリアムのエルディアに対する思いは、勇者達が考察していた事柄よりもずっと重くて深くて複雑だった。
せめて筋を通そうと私が頭を下げて謝ると、ウィリアムは穏やかに首を振った。
「いいや、むしろ『エルディア』として十分すぎるくらいに振る舞ってくれた事に感謝しよう。ホワード商会をはじめとして、周囲の補助をしてくれたのも君だろう? この時間軸は、今までで一番、魔神討伐達成に近いと感じているんだ」
「それなら、私も報われます。突然エルディアになって、ただのOLな私に何ができるんだと思いもしましたけど。今は私が知っているストーリー通りに進んでもらって、みんなに明るい未来を迎えて貰うのが、私の喜びなので」
うん、こんなに頑張っているんだから、ウィリアムだってめっちゃ報われて欲しい。
つい、にへにへと締まりなく笑っていると、笑みをこぼしていたウィリアムの顔が罪悪に染まっていく。
「君は、このような世界とは全く違うとても平和な世界の、普通の女性だったんだね。その上で、私たちにエルディアとして振る舞ってくれたのか。女神イーディスは、随分残酷だ」
「っいえ、これを選んだのは、私の意思で……でもやらないと大まじめに死んじゃいますし。毎度毎度どうしてここに来た? って泣いてばかりでしたし今も時々おもいますけど」
私はようやく己の異常に気づいて口をふさぐ。
自分が言おうと思っていなかった部分まで勝手に言葉になっていた。
そこで、ここがウィリアムが支配する夢の中……決して油断できる場所じゃないことを思い出す。
私が改めてウィリアムを見ると、彼は悲しみと傷みと後悔に満ちていた。
「……――よく。わかった。君は、君の意思に関係なく、私たちの事情に巻き込まれた人なんだね」
「っそんなこと!」
「あるだろう。ならば、私は君の責任を取らねばならない」
その強固な言葉に呼応するように、世界がまた変わっていく。
ぱらぱらとはらはらと、椅子もテーブルもきれいに崩れていくのに、慌てて立ち上がると、決定的な決別の場、あのガーデンパーティの場だった。
違うのは招待客がいないことと、私がエルディアじゃない事だけ。
「やりなおさせてくれないか」
「っ」
同じように立っていたウィリアムは、私に対して手をさしのべる。
「エルア、もう、君が『エルディア』の必要はない。だから、私たちと共に来てくれないか」
「……へ?」
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