31 年齢操作は一粒で二度おいしい
一瞬理性が吹き飛びかけた。
がた、と思わず椅子を引き、とっさに崩壊しかける顔面を隠すために顔に手をやる。
けれど、その拍子に自分の黒髪が揺れた。
黒髪?
エルディアは栗色の髪だったはず。
ぎょっとした私は自分の手を見た。今までずっと17歳のぴちぴちな手だったのに、なんだか違う。
そう思っていると、アラサーウィリアムがまじまじと見てきた。
「なるほど、本来は随分かわいらしい人だったんだな。にもかかわらず、全く分からなかった。とはいえ向こうの私はほとんど意識もないし、気づかないのも仕方がないな」
「……ちょっと待ってください。なんで驚かないんですか」
エルディアの口調を維持できず、私が中途半端な丁寧語になってもウィリアムは気にした様子はない。
「なにせ夢の中だからね。魂本来の姿形が現れるんだ。私はこれで、君は元の姿になっているということだよ。強く望めば、ある程度自由になるけれどね」
ゆったりと足を組んだウィリアムが、その指を振ると、虚空に優美な意匠の鏡が現れた。
そこに私の姿が映される。
鏡に映るのは、この十年で見慣れたエルディア・ユクレールじゃなかった。
私だ。エモシオンファンタジーに救われて、仕事に追われながらも、キャラ達に情緒をくずされまくった私がそこに居た。
うわぁ……なつかしいが一周回って新鮮になっている。こんな顔してたなあ。
というか、私の強い意識が反映されているんなら、このスーツ姿が焼き付くほど仕事に忙殺されていたって事だよねハハッ。
と考えはしたんだけれども、目の前のウィリアムの余裕を感じさせる仕草に、一瞬息が止まりかけてそれどころじゃなかった。
いやでも本物のキャラクターの前でそんな噎び泣く事なんて絶対あっちゃならないから全力で耐える。
そもそも、今私、めっためた重要な情報を聞ける局面だ。理性だけは失うな。
私が自分に言い聞かせていると、アラサーウィリアムはほんの少し、哀れみを帯びた。
「よく、今までエルディアの役目をこなしていてくれたね」
ウィリアムにどんな口調で話すか迷い、丁寧になる。
「……ウィリアム様。確かに、私はエルディアをやっていましたが。それはどういう意味でしょうか」
アラサーウィリアムは、私に対して全く驚いていなかった。
さらに言えば、「エルディアの役目」なんていう、言い回しは普通の状態ではない。
それに、
「あなたは、『向こうの私』と称しました。現実世界と今のあなたは違うということでしょうか」
私が問いかけると、ウィリアムはまるで慈しむような表情で語ってくれた。
「ああ、私は、聖女もおらず、魔神に敗北した時間軸のウィリアム・フェデリーだ」
「っ!」
私は息を呑んだ。魔神に敗北した世界線ということは、もう完全に滅亡エンドということだ。そして、なにより、私が薄々察していた事柄だった。
私はソシャゲのシナリオとして、エモシオンの歴史を知っている。
けれど、同時に疑問は常にあった。
ゲーム「エモシオンファンタジー」で描かれていたシナリオが、どうやってできあがったのか。ということだ。
様々なキャラクターと出会い、ざまざまな職種に就いた勇者は、ありとあらゆる方法で魔神というラスボスに勝つ方法を探す。
それはゲームとしてはごく自然な成り行きだ。選択肢を間違えてもコンティニューでやり直せて、ひたすら勝利の方向を模索できる。
でも私は、現実にある世界に来てしまった。
この世界では本編前、という時間軸があり、こちらから干渉しなければうまくいかないイベントがあり、得られない能力があった。
あのゲームとこの世界の関係までは私には分からない。
けれどあそこまで精緻に作り込まれていたのならば、魔神に負けた世界まで、あるのではないかと考えるのは容易だった。
私が真顔で見返すと、アラサーウィリアムはゆったりと続ける。
「この時間軸の私は”私である”記憶は薄いよ。無意識に私が有している知識を使っているが、こうしてナイトメアに取り込まれている時以外は表面化していない」
「あなたはアンソンみたいに、この世界を何度もやり直している記憶を持っているんですか」
「そうか、やはりアンソンも持っているのか。あいつはまっすぐ過ぎるから、きついだろうに。律儀なやつだ」
苦笑する目元の優しさは、まさにウィリアムがアンソンを語る表情だった。うう。
けれども、すぐに思案するように腕を組んで顎に指を当てる。
「何度かは定かではない。ただ、1度目は良く覚えているよ。魔神が世界を食い尽くす寸前に願ったのだ『世界を救う力を』と。気がつくと、12歳の”私”に目覚めていたんだ。あそこで同じ事を願った者は多く居ただろうに、なぜ私だったかは分からん。が、私は何をしてでも、魔神を討ち果たす標を見つけるのだと決意したものだ。ただ、はじめは、時間が戻ったんだと思ったのだが、私の知らない事象が紛れているのに気づいた」
「記憶と違う事柄ですか」
思ってもみないことで、私が困惑を浮かべると、ウィリアムはなぜか悲しい表情をしていた。
「私が覚えている一度目の世界にまず、瘴気に対抗できる浄化の魔法がなかった」
「っ……!」
「対抗できるのは、勇者の持つ聖剣だけだったが、それも道半ばで折られた。遅かれ早かれ後は魔神に滅ぼされるしか未来がなかった世界だったんだ」
「……つまり、浄化の魔法の使い手と、聖剣の守り手である聖女ユリアちゃんが現れていたんですね」
私が確認すると、ウィリアムはかすかに驚いたあと、なぜか嬉しげな笑みをこぼした。
「君はユリアの正体を知っているんだね」
「ええ、まあ、私がシナリオ……いえ、知っている世界では明かされていましたから。ユリアちゃんが女神イーディスから遣わされた天使って事は」
そう、ちょうど3章で明かされる事柄だ。ユリアちゃんは、この世界を作り上げたイーディス神が魔神に対抗するため、より浄化の力を強く伝えるために生み出した、神の御使い。
そう!マジ天使!!だったんですよ!!!最高!!!!
いや、ユリアちゃんはめちゃくちゃ悩んでいるんだから、それを軽率に喜ぶなんてしないけれども。
だからユリアちゃんには幼少期の記憶、というものがない。ある日突然教会に孤児として引き取られて育った。そのせいで、魔神との初邂逅の時に、自分の存在を揺るがす悪意の指摘をされて、存在に悩んでしまうのだ。
うううそれでもリヒトくんの「人間でも、人間じゃない何かでも、ユリアが友達なのは変わらない」なんて言って! 勇者号泣でしたよ!!!
リアタイできないのが憤死物ですね!
……こほん。まあ、それはともかくですよ。
異世界の存在である”私”が居る時点で、神様的な存在の介入があるのは予想できていたけど。成り代わりのどのパターンなのか、そもそもパターンに収まる物なのか、もっと情報が欲しいな。
「仮名称オリジナル世界線で、ユリアちゃんが居なくて、浄化魔法がなかったのは気になりますね。ウィリアム様は女神イーディスをはじめとした何らかの神とのコンタクトはありました、か?」
だから、萌えを抑え込みつつ、ウィリアムに問いかけた。のだが、ウィリアムがすんごく嬉しそうで優しい顔にビビった。
「な、なんでしょうか?」
「天使殿は話が早いなと思ってね」
「ぐふっ」
思わずむせた。めちゃくちゃ私に似合わない単語が聞こえた気がするぞ……?
ウィリアムが案じるように身を乗り出して覗きこんできた。
「大丈夫かな?」
「その、天使ってなんで、すか……! 私今のあなたとほぼ同年代ですよ!」
私が推しを天使と呼ぶのはともかく、私がきらきら外見王子様に恭しく呼ばれるようなたまじゃないぞ!
「うむ? だめかな? ……それもそうか。君はどうやら自覚がないようだし。なんと呼べば?」
「……エルアと」
「わかった、ではエルア。私に、イーディスをはじめとしたいずれかの神の接触があるか、だね。間接的にはあったよ」
「っ!」
私は続けられた言葉に食いついた。のだが、ウィリアムのどこか寂しげな青の瞳とかち合った。
「エルディア・ユクレールからだ」
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