30 成り代わり物は取り扱い注意
そこからは飛ぶように時間が過ぎていった。
まあそうだな。一章ではリヒトくんもユリアちゃんもまだまだ未熟で、修行の傍ら魔物の討伐や魔界の門の対処に行くんだ。
有効打を打てるのが彼ら二人で、そこに私が加わったところでそもそも仕事量が多すぎるのである。
聖女になった私も、当然、彼らと同じ任務に出動する日々を過ごせば、余計な行動を起こす余裕なんてなかった。もちろん暗躍する暇なんてない。
けれど、びっくりするくらい順調に過ぎていった。もちろん事件は起きていたけれども、ソレは別の人間達の仕業になっていて、私は逆にその事件を追う事になった。
リヒトくんとユリアちゃんは私を慕って頼りにしてくれて、アンソンと一緒に彼らを見守る立場になった。
本来断罪される場では、私とユリアちゃんが聖女としてお披露目される場になったが、ウィリアムと私の婚約破棄も発表された。
これはウィリアムから内々に話があってからの事だったんだが、そのときウィリアムはこう語った。
「君は聖女になるのに、私は王族の義務まで押しつける気はないさ」
本気でそう思っているのがありありと分かった。
途中、ユクレール侯爵家の父母や親族が横やりを入れてきたけれども、それをすべて退けるほどウィリアムの意思は強固で、驚いたものだ。
婚約破棄の後、ユクレール家の画策で王都に開いた魔界の門を、ユリアちゃんと並んでふさいだ。
「ああ、お前達になら託しても、良いのかも知れないな」
アルマディナの説得も、うまくいって。何より。
「エディ! 下がりなさいっ」
ウィリアムの声で私は反射的に後ろに下がる。
その先にまばゆい光が走り、私に襲いかかろうとしていた魔物が退けられる。
けれど、彼のそばにもう一体魔物がいる。
私は杖に魔力を走らせた。
「ウィリアム様っ」
私の影に縛られ、弱体化させられた魔物を、ウィリアムは剣で切り倒した。
そして、彼は、私を信頼の目でまっすぐ見た。
「強化を行くぞ!」
「……っ魔物は弱体化させます。リヒト、アンソン突入してください!」
「わかりました!」
「ああ」
リヒトくんとアンソンが後ろを振り返ることもなく、大型の魔物へ突っ込んでゆく。
「みんなを、守ってください!」
ユリアちゃんの浄化の魔法が彼らを包み、さらにウィリアムの攻撃力強化が重ね掛けされる。そして私の魔法が魔物を弱体化させた。
アンソンが魔物の装甲のように堅牢な防御魔法を穿ち抜き、その空いた穴に聖剣を携えたリヒトくんが根元を絶つのだ。
見事な連携だ。こう自分で言うのもなんだが、得意分野が見事に分散されていて隙がない。
「はーーーー! よかった! うまくいった!」
「馬鹿、戦場で気を抜くなっていつも言っているだろう」
ほっとしたリヒトくんがその場にへたり込みそうになるのを、支えるのはアンソンだ。とがめる口調だったけれども、リヒトくんに向ける青の眼差しは優しい。
「まあ、少しは休むと良い。君たちのおかげで今回も大事なくすんだのだから」
「ウィル! 優しすぎるぞ」
「お前はまじめだなあ。魔物の気配はもうないだろう? ならば休憩も一つの任務だ。違うか?」
「ま、そうだけどな」
からからと笑うウィリアムに、アンソンは仕方なさそうに肩をすくめる。
そこにユリアちゃんが駆け寄ってきた。
「みなさん、浄化一応かけておきますね。傷の手当てとか必要ですか? 特にお姉様!」
ぐるんっと振り返られた私は、ちょっぴりのけぞった。
支援だけだから問題なかったのだけれど、ユリアちゃんがそういう風に心配する気持ちもある。
「わ、わたしは、戦いに役に立つ魔法は使えませんから……。お姉様が前線に出られるのを見てるしかできなくて……」
自分の服を握りしめて、そう語るユリアちゃんに、私は密かに尊みを押さえながら、微笑んで見せた。
「あなたが居るから、わたくしたちは安心して戦場に立てるのよ。見守るのもつらいでしょうけど、卑下しないでちょうだい」
「お姉様……でも、お姉様が傷つくのはとても耐えられません」
緑色の瞳がうっとりとする中でもそうして訴えられて、私は結局言いにくいながらも、語ってみせる。
「わたくしは、ウィリアム様に守っていただけますから」
「ああ、もちろんだよ」
そう言って私の傍らに立つのは、ウィリアムだ。
婚約者という肩書きがなくなっても、ウィリアムは私を尊重し、頼りにして、守ってくれる。
「彼女は、この難局を乗り越えるために、なくてはならない存在なのだから」
「はいっお姉様が居ると心強いです!」
華やかに笑うユリアちゃんに対し、一つ頷いたウィリアムは私を向いた。
「エディお疲れ様だ。次へ行こう」
私をいたわる言葉も忘れないウィリアムは屈託がなく、私が見守っていたよりもずっと生き生きしていた。
そうして、あっという間にヘンリー王子が国王と内定し、魔界の門の正体を知るために、ハイエルフの住まう森へ出立することになった。
リヒトくんとユリアちゃんと共に、私とウィリアムも旅立つことになった。
アルマディナとアンソンも含め、お忍びとしても賑やかだった。
とんとん拍子で進んでいく時間は、ひどく幸福で鮮やかだ。
「ああ、ほんと、成り代わり物みたいにうまくいくシナリオね」
いや成り代わり物でもこうは行くまい。
二次創作では、ゲームをよく知る主人公が、作品内のキャラクターに成り代わって物語に入り込んでしまう話があった。全く違う人間がキャラクターの中身になるって事だから、好き嫌いが激しいジャンルだが、根強い人気がある。
まあエルディアとして入り込んだ私も、ソレなんだろうけども。
それにしたって、筋書きを変えて、よりよい方向へ進めていこうとする今のエルディアはよく重なった。
もちろん苦しい事もあるし、つらいこともある。けれど、ユリアちゃんもリヒトくんもアンソンも、アルマディナだって。何よりその中に私が居る。
日の当たる場所、表舞台に私は立っているのだ。
無意識に、左の中指をさすった。
「エディ、指がどうかしたか?」
ウィリアムの声で、私は今に立ち返る。
晴れた昼下がり。私が居るのは、エルフの集落にある屋敷だ。
そこの庭にある東屋で、ウィリアムと席を共にしていたのだった。
エルフの森にたどり着いて、選ばれたリヒトくんとユリアちゃんがエルフの試練を受けに行く前日だった。
受けられるのは二人だけ、そして一人は勇者で固定だった。そして聖女は私とユリアちゃんどちらでも良かった。
けれど、私はユリアちゃんにその役目を譲ったのだ。
彼らを見送った私たちは、泊まっている屋敷で待っているのが今である。
木漏れ日の指す、晴れた日だ。
テーブルの上にはお茶のセットがあって、エルフ特産のお茶だという明るい琥珀みがかった液体がティーカップに入れられている。
そして目の前ではウィリアムが座っていた。
「いえ、なんでもないわ」
私がそう答えると、ウィリアムが案じる眼差しを緩める。
「そうか、まあ。気もそぞろになるのはわかる。彼らが無事に試練を乗り越えるの待つしかないのだからね。君がユリアにその役を譲るとは思わなかったが」
「それは……。リヒトさんはユリアさんが共にいたほうがより力を出せると感じましたから」
私が答えると、ティーカップを傾けていたウィリアムは、目を細めて見せた。
「君がそう言うのなら、きっと大丈夫。彼らなら乗り越えられるさ。なにより君という心強い支えがあるのだから」
「……――ウィリアム」
私は、左手を握っていた手を膝に下ろし呼びかける。テーブルにのっているお菓子をつまもうとしていた彼は、無言でこちらになんだ? という眼差しを向けてくる。
その親しみのこもった気さくな態度に、私はそれを口にした。
「これが、あなたの望みなのかしら」
森から吹いてくるさわやかな風が吹きすさぶ。
金の髪が緩やかに揺れるウィリアムは、戸惑いもいぶかしみもなく、ただ苦笑を浮かべた。
「ばれてしまっていたのかな?」
そう答えたウィリアムに対し、私はやっぱりと息を吐いた。
「この夢を掌握しているのは、あなたなのね。どうして続けているの」
この理想的な夢の中で過ごしているうちに、違和を覚えたのだ。
コネクトストーリーであれば、ウィリアムにとって幸福な展開があって、彼はこの世界に違和を覚えられるはずなんだ。
けれどもウィリアムは全く疑う……どころか積極的に進めていくような選択肢を選んでいた。
まるで、この夢を受け入れるみたいに。
私が問いかけると、ウィリアムはいっそ柔らかい微笑を浮かべた。
「『エルディア』を幸せにしたいからだ」
その言葉に、私は違和が氷解した。
うすうす感じていたのだ。この夢はウィリアムが理想的な活躍をするより、「エルディア」が幸福になるような展開だな、と。
確かに彼の望みなんだろうけれど、自分のためではない。エルディアがより良い方向に進む選択ばかりだった。
まずエルディアを聖女とすることで、彼女の努力を無駄にしなかった。
ユクレール侯爵家の影響力をなくすために、王家と地続きになるウィリアムとの婚約をなくした。
さらに、聖女として勇者達と行動を共にし、戦うことでユクレールの汚名は消え、「聖女エルディア」として尊敬を集めるようになっていた。
「悪徳姫エルディア」なんて嘘みたいに、今のエルディアは正義の味方、勇者側になっている。
そして、ウィリアムが語っていた想いからするに、彼はとてもエルディアに思い入れがあるようだった。深い気持ちだ。けれども私のカモフラージュは完璧だったはずだ。
私がエルディアとして間近にしていたウィリアムは、確かに本編と同じ感情を宿していた。
「なぜ、あなたがわたくしの幸福を願うの?」
これをどうやって起こしたかは、今は関係ない。それよりも、ウィリアムがなぜ起こしたかのほうが必要だ。
私がウィリアムを見つめると、彼はひるんだ様子もなく、ただ穏やかな表情で答えた。
「”今回の”君は違うのだろう」
言葉と同時に、世界がぶれる。
すがすがしい庭園が広がっていたはずの場所が、私たちの居る東屋を残して白一色の世界に変わった。
目の前に居るウィリアムも変化している。
ゲーム公式発表24歳の時は若々しさが勝っていた。
けれども、今は若干歳を重ねて落ち着きと貫禄を手に入れつつある男性だ。アルバートよりも年齢は更に上だろう。
そこにはアラサーウィリアムがいた。
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