29 まって! 突然の推し大集合は召されるの!
「……さま」
誰かの、声が聞こえる。やっべえよ、ウィリアムに思いっきり出し抜かれたんだ。
ゆるっゆるだったとはいえ、意識刈り取られるなんて失態だ。
アルバートにこってり絞られちゃう。
……とはいえ不謹慎だけれども、あんな風に焦ってくれるなんて嬉しかったなあ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。そろそろ状況把握をしよう。
足も、腕もちゃんと動く事を密かに確認した私が、わずかに目を開いた瞬間、鮮やかな緑が飛び込んできた。
「お姉様、朝ですよ! 起きてください!」
ぱっと銀髪が広がる。私はもう、飛び上がるほど驚いた。
だって、私をのぞき込んでいたのは、私の推し1である聖女ユリアちゃんだったのだから。
ハイエルフの森に遠征していたはずだし、何より私がどこに居るかも知らないはずなのになんで!?
というか相変わらずめっちゃかわいいな、ドアップに耐える美少女ってマジなんだよ!?
「ど、どどうして?」
かろうじてエルディアとして取り繕った言葉に、ユリアちゃんは緑の目をまん丸にした。
「お姉様が、寝ぼけています……? ふええとっても貴重ですけど、忘れないでください!」
頬を染めたユリアちゃんは、私に身を乗り出した。
「今日は、お姉様が、聖女として初めてお勤めされる日ですよ!」
「ん゛!?」
*
ユリアちゃんが言ったことは本当だった。
私が居た部屋は、聖女候補として修行していた時期に泊まり込んでいた部屋だ。
ユリアちゃんは聖女候補の暗色のワンピースを着ていて、私に用意されたのは、前に私が着ていた聖女服だ。
彼女に促されて聖女服を着て出て行くと、リヒトくんとアンソンが待っていた。
デフォルト剣士の服を着たリヒトくんは、私を見るなりはつらつと挨拶してくれた。
「エルディアさんっ。おはようございます! その、大丈夫ですか、なんだか顔色が悪いみたいですけど……やっぱり聖女のお役目に緊張を」
「いえ、大丈夫、よ……」
どういう状況か把握できないから、言葉も少なく答えると、アンソンが吹き出す。
ぎょっとして見上げると、アンソンが私を見て笑っていた。
!!!??? アンソンが、エルディアの前で、笑う???
「あなたでも、緊張して寝坊することがあるんだな」
「アンソンさんっ。お姉様はいつだって完璧で素敵なお姉様ですけど、まだ17歳なんですよ」
「まあ、そうなんだがなあ。つい忘れがちになるんだよ。普段は隙がないし、ウィルの隣にいると、余計にな」
ユリアちゃんが抗議するとアンソンは、赤毛の髪を決まり悪そうに撫でつつ私を見る。
そこには、憎悪や嫌悪はなく、ユリアちゃん達に向ける眼差しと変わらない。
「ともかく、リヒトと俺で守るから、魔物の脅威が及ぶことはない。君は君の役目に専念すればいい」
「ぐぅ」
さらりとイケメン発言するな死ぬ。
溢れかけた萌えを押さえたが、極限状態だったせいでうめき声がこぼれる。こんなことしている場合じゃないのに、萌えが許してくれない。
こんな真正面から食らって情緒を崩さずにいられるか!
私が表情筋の限界に挑んでいると、心配そうにユリアちゃんがのぞき込んできた。
「お姉様、どうされたんですか? 大丈夫です?」
「だい、大丈夫よ。ごめんなさいね。わたくし、まだ実感がなくて……こんな風に親しくお話しているのがなんだか不思議に思えて。さあ、お勤めよね。ゆきましょう?」
私は全力でごまかしてひとまずその場を流したのだった。
移動の最中にさりげなく根掘り葉掘り聞いてみたところ、どうやら時系列はゲームで言うプロローグ。リヒトくんが聖剣に選ばれてすぐの頃らしい。
けれど、リヒトくんは気恥ずかしげに話をしてくれた。
「俺はユリアが渡してくれた聖剣を振るったけれど守り切れなくて。エルディアさんが駆け付けて助けてくれたからなんとかなったんですよね。だからユリアは聖剣の守り手として、エルディアさんが浄化役として、2人で聖女って事になったって聞きました」
「わたしだけじゃ、聖女として未熟で。堂々と立ち振る舞えて、的確に采配ができるお姉様がいるから、なんとかなっているんです」
ユリアちゃんは頬を染めて付け足してくれた。
ぶっちゃけまったく覚えのない話で、私は曖昧なほほえみを浮かべるしかなかったが。そんな脳裏に知らないはずの情景がよぎった。
ユリアちゃんを守りながら聖剣を構えるリヒトくんたちが、捌ききれなかった魔物に襲われる。そのあわやと言う所で同行していたエルディアが駆け付け、浄化の魔法を発動させる場面だ。
そうだ、そうやって、私は彼らを助けた……って待て、私の妄想力そんなに強かったか!?
あまりにもフルカラーな妄想に、私は2人には隠れてぎゅっと手の甲をつねる。
痛い、けども安心はできない。ナイトメアの夢は現実並み、リアルな幻覚ならアルバートにだってかけられた事がある。
「そうだ、アルバート」
「エルディアさん? アルバート、さんってどなたですか?」
「いえ、何でもありませんわ」
リヒトくんが不思議そうに首をかしげるのに、私は曖昧に笑ってごまかした。
素直に引き下がってくれたリヒトくんの反応はごく自然だ。
そして、目の前でユリアちゃんと和気藹々と話す光景は、今すぐむせび泣いてもだえたいくらい尊い光景なのだ。
けれどちゃんと、かろうじて私は理性をつなぎ止める。
違う。だって私には、ウィリアムに薬をかがされて、朦朧とした意識の中でナイトメアに取り込まれた記憶があるんだから。
その記憶が正しければ、ここはナイトメアの夢の中だ。
その中に、私が居るって事は、十中八九ウィリアムのコネクトストーリーに入ったのだろう。それは喜ばしい。
ただ意識を保っておかないと、うっかりナイトメアに記憶を浸食される。今のところは私は夢である自覚があるけれども、この自覚がなくなればやばいのは悟れた。
しかも、ナイトメアに取り込まれる寸前の、ウィリアムの言葉と行動は無視できない。
ウィリアムは確かに、「ナイトメア」を従えて……少なくとも言うことを聞かせて居たんだ。ハンカチに薬を仕込んでまで用意周到に準備していた。
明らかに、私を取り込むためだ。でも、なぜそこまでして私を狙った?
……ああ、でも考えるのは後だ。今は私しか居ないんだから。
「お姉様っ」
私が気づくのと同時にユリアちゃんが気づく。
この気配は、瘴気が……つまり魔界の門が近いんだ。
夢の中ならば、放っておいても問題ない訳だが。元凶に会うにも段取りが必要だ。コネクトストーリーならこの夢はウィリアムが中心のはずである。この世界での私の役割を探るためにも、彼らにしたがっておいた方が良い。
なにより、私はリヒトくんのまっすぐな瞳に見つめられた。
「エルディアさん、俺たちに手を貸してください」
「わたし達と一緒に戦いましょう!」
ユリアちゃんの懇願の言葉が続く。
推しの願いを、断れるだろうか。
私は頷いて、杖を手に取ったのだ。
*
無事、溢れた魔物を倒し、魔界の門を閉じた私たちは、報告のために王宮に帰る。
幸いにも魔法はちゃんと覚えている通りに使えた。ここにペンラはないから、使うのは杖なのがすごくやりづらいと感じるだけだ。
あのペンラのほうがやりやすいと思うほどなじんでしまったのだなぁと哀愁を覚えたけれども。
王宮には何度も出入りをしていたはずなのだが、私の意識的には久々である。
以前出入りしていたときは、まあだいぶ哀れみやら嫌悪やら忌避やらの視線が突き刺さってあんまり居心地は良くなかったもんだが。
王宮内を歩いてもそんなことは全くなかった。
伺候している貴族からは値踏みの眼差しは、ある。けれどそれの大半は、ユリアちゃんとリヒトくんに対してだ。これは以前からあったものだ。後ろ盾がない彼らに利益があるか見定めているのだろう。
けれど、私に対しての視線がひどく、軽い。険が少ないのだ。
何より、警護のために立っている兵士からは敬意に似たものを、通りすがる役人や女官からは憧れや感謝に似た眼差しが多い。
それは、全部私に向けられているのだ。
かえって居心地が悪い。
私が思わず立ち止まると、ユリアちゃんが心配そうにする。
「大丈夫ですか? お姉様」
「ええ、ちょっと疲れたみたい」
これ幸いと、私は額に手を当ててうつむいて見せる。
ソレも割と本当なんですけど、だってこの数時間だけで新しい供給をめっちゃ貰ってだいぶキャパオーバーみがあるんだ。めっちゃ1人になりたいお気持ちありましてだな。
脳内作戦会議もしたいし、いったん休ませてもらいたい。
そう語ると、ユリアちゃんははっとした顔をする。
「それはいけませんねっ。お姉様はいっぱい浄化しましたもん! 報告はわたしに任せて帰っていてください」
うっユリアちゃんマジ良い子! ふんすふんすするのもかわいいし!
でも、ほんとちょっと時間が欲しかっただけだから。
と、思っていると、私の背後から声がかけられた。
「それはいけないな。エディ」
低い声に、ユリアちゃんがそちらを向く。私もつられて振り向けば、歩いてくるのはウィリアムだ。
私は半ば反射的にスカートの裾を引いて会釈をする。すぐに顔に影がかかる。
ウィリアムが私をのぞき込んできたからだ。ちっちか!? こんな近いことって今までなかったぞ!?
「確かに、顔色が悪いな……部屋を用意させるから、休んでいきなさい」
青の瞳には純粋に案じる表情を浮かべている。めっちゃこわ。正統派イケメンの顔面の威力はすさまじいんだぞ。
「ウィリアム様、お気遣いいただきありがとう、ございます。報告を……」
ひとまず私が言い出すと、なぜかウィリアムはふてくされたような顔を、する?
あのウィリアムが???
「普段はウィルと呼んでいるだろう。ほんとうにどうしたんだ、エディ」
「ひぇ」
思わず悲鳴が出た口を押さえる。さっきの実は幻聴じゃなかったな!?
そんな風に呼んだのも愛称で呼ばれたのも本当にちっちゃい頃だぞ!? しかもなぜこんなに甘やかしモードなんだ。わっけわからねえ!?
取り繕う余裕もなく硬直する私に、何を思ったのかウィリアムは眉を寄せた。
「それに、君の心配くらいしたって良いだろう」
心配。
確かに、そう。言った。確かにウィリアムは距離を置いていたころも、彼は表向きはちゃんと婚約者として私を尊重した。けれども、それは義務的で体面上のことで、純粋に好意から口にしなかったはず。
「よし、こうして私が会ったことで十分だろう。少し休みなさい」
「ウィリアム様、やっぱりお姉様に優しいですね!」
私は、にっこりと嬉しげに語ったユリアちゃんの言葉を認めるしかなかった。
ウィリアムが、優しい。
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