25 ヤンデレ化は取扱注意

 だから私は、ゆらりと不穏に揺れるアルバートの紫の瞳を見返した。


「私の、個人考察ノート見た?」


 彼はすぐに答えなかったけれど、アルバートマスターである私は確信を深めるばかりだ。

 と、同時にものすごい気まずさに襲われる。

 おそらく、私に渡す前にのぞき見たんだろう。普段は私の私室にしまい込んでいるけれど、こちらに持ち込んでもらってからはそうでもない。さらに、千草が持ってきてくれた日は神から手紙を受け取ってそれどころじゃなかったから、アルバートならその気になれば、いくらでも読む機会がある。

 ほんの少しの沈黙のあと、アルバートはのぞき込む姿勢のまま答えた。


「……あなたはもうほとんど俺にゲームの情報を、隠さない。それでも、王子について、いつも煮え切らない態度を取られていました。俺が思いいたらないのなら、まだ見せられていない、唯一俺に見せようとしなかったものの中にヒントがあると考えたんです。ただ、少々解読に手こずりました」

「そりゃあそうだよ。むしろよく解読できたね?」

「あなたとの暗号として使用していた知識分で、断片的ですが把握しましたよ」


 この従者様、記憶力も最強だった。日本語の複雑さからして、なかなか使えるのでは?と思ったから、うちの子達との秘匿連絡にひらがなは使っていた。

 さらに、アルバートには情報共有をするために、頻繁に使う漢字まで教え込んでしまっていた。

 考察ノートは初期に書きためたものだから、漢字を頻繁に使っていたけれども、時間をかければニュアンスは読み取れるだろう。

 にしても、うわああ……そうか。うわああ……

 私は耐えきれずに長いすに突っ伏した。もう恥も外聞もなくクッションへ顔を埋める。

 アルバートが、冷えた空気はそのままでも、面食らってる気配がした。

 が、私はそれどころではない。


「アレを読まれたとか恥ずかしすぎてしぬ」

「……俺が謝罪をする前にそうされてしまうと、行き場がないのですが」

「私に事後報告だったのは、だめだったと思うけど。理由を教えてくれれば、開示はやぶさかではなかったし、前々からそう言ってはいたもんね。あ、でもネタノートだけは見せられない」

「そちらには興味がありませんのでご安心を」


 ばっさりアルバートが断じてくれたので、ちょっとほっとした。

 考察ノートと称しているが、私の願望や妄想まで書き連ねたネタノートと大差ない代物だ。

 個人的に分けておいた方が良い主要キャラの本編外の考察を書き連ねている。

 もちろん、アルバートに関しても。ぶっちゃけ煩悩たっぷりです。

 そんなブツを、最推しにがっつり読まれたら羞恥が直葬されるだろう?

 ネタノートは新鮮な煩悩ですよ。アレは死ぬ。冗談じゃなくしばらくお部屋から出てこれなくなる。

 じゃなくて、と私はクッションからそろりと顔をあげた。


「……事後報告にしたのを悪いと思っているなら、空良達とご飯食べるの許して」


 私の言葉に、アルバートは少し意外そうにする。


「随分、あっさり許すのですね」

「うん? もともと、完全に禁止してた訳でもないし。まじめに見られたくなかったら、徹底的に隠します。それに、アル、ダメージもう受けてるでしょ」


 一瞬硬直したアルバートは、まるで認めたくないとでも言うようにぎゅっと眉を寄せて体勢を戻す。

 こんなわかりやすい彼も久々かも知れない。

 私はなんとか身を起こして、アルバートをじいっと見上げた。

 いや、恥ずかしいけれども。言葉で責め立てるとのらくら逃げられる可能性もあるから、私は不動の構えですよ。

 そうすれば、アルバートは根負けして、ぼそりとつぶやくように言った。


「俺の解読があっていれば、エルディア・ユクレールとウィリアムが、互いに好意を持っていた可能性について考察されていましたね」

「それで『エルディア』である私の心を疑ったのね?」


 アルバートははっきりとは答えなかったが、無言も肯定ですよ。

 やっぱりそこか。だから積極的に見せようとしなかったんですよ!


 私は心の中でアルバートに盛大に罠を踏ませてしまったことを謝罪した。

 「悪徳姫エルディア」は、NPCではあったが、根強い人気があった。そのため、エルディア厨と呼ばれる人々が、エルディアに関連するキャラクターのストーリーを全部網羅して、その社会背景まで含めて考察していた。そのおかげで新たな供給がほぼほぼないにも関わらず、多くの解釈が生まれ、根強いファンとかなりの二次創作が出回ったのだ。


 その解釈の一つに、「エルディアとウィリアムは両片思いだったのでは」というのがあったのである。


 あれだけウィル×ユリアを推していた私が、よくそんなこと言うな、という感じですか?

 ……すまない。大変すまない。私は雑食だったもんで、ウィル×ディア……ウィリアムとエルディアのカップルもおいしく食べていたんですよ。

 まあソレはおいといて。


 アルバートは、体勢は戻したものの、長いすの背に体重を預け、私を見つめてくるのは変わらない。ふぐっ……うつくしい……。顔が良い……。

 でもかろうじて声には出さない。だってアルバートの瞳の奥に濁った負の感情がたゆたっていたからだ。

 ぞわぞわと背筋が震えるけれど、良いんだ。大丈夫だ。


「俺も、恨み、憎しみという感情に関しては、それなりに造詣があるつもりです。憎しみも、恨みも、何も思っていない相手には覚えない。そしてウィリアムは憎しみのほかに別の感情も持っています」

「ウィリ、アムが?」


 かすれた声をこぼしていると、アルバートは私の顎に指をかけて上向かせる。

 ふぃえ。


「俺はずっとあなたたちをそばで見ていたんですよ。だからあの男が、どのようにあなたを見ていたか知っているんです。あの男、無意識にでしょうが、あなたを焦がれる目をしていた」


 私はアルバートの怜悧な表情に見入っている間にも、声は続く。


「ウィリアムは、あなたを踏みにじってもなお、あなたをあきらめていない。そのような感情を持った王子から和解と共闘を求められた場合、あなたはどう行動するんですか」

「それは、もちろん、悪役を全う……」

「あれは優秀な王子ですよ。あなたと共闘すればより良い行動をとれるのではありませんか? ましてや、ゲーム内の『エルディア』ですら、ウィリアムの味方の可能性があったんでしょう。あなたもよく言っているじゃないですか。本編外であれば、どんなことになっても大丈夫だと」


 淡々とした口調で、けれどアルバートは反論など許さないとばかりに、どんどん言葉を重ねてゆく。


「あなたは悪役にはなれても悪人にはなれません。本来、日向の人間であるあなたは、今でも彼と肩を並べて歩みたいという考えがないと言い切れますか?」

「アル……?」


 私がかろうじて呼びかけると、アルバートはぐっとまた私との距離を詰める。


「ええ、でも。許しません。悪人は強欲なんですよ。俺を引きずり込んだのですから、責任を取って貰わなければなりません。エルディアが恋い焦がれようと、それがあなたの言う本編として正しかったとしても、それだけはさせません」


 アルバートは頬をなぞり、髪を撫でる指先がしびれるように熱く、ぐらりと酔いのような酩酊観を覚えた。アルバートから目が離せない。


「王子や勇者は、世界を救うためならあなたを選ばない。エルディアを引き入れたとしても、不都合があれば必ず切り捨てます。ですが、絶対に俺だけは“あなた”の味方ですよ」


 そして、甘やかで優しい言葉が私の耳に吹き込まれた。


「あなたが逃げたいと言うのなら、攫って差し上げます。魔神の手すら届かない場所まで、二人きりで過ごしてみますか? ……――あなたが大好きなのは、俺でしょう?」


 そして、私を絡め取るようにアルバートは微笑んだ。明るく朗らかでありながら、どこか底知れなさを感じるものだった。

 そこで私は、限界だった。



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