24 政略結婚は大体アレ

 アルバートは、エルアという娘を最もよく見てきたと語れるだろう。

 彼女の意識が確立してまもなくの7歳から、ほとんどそばを離れていないのだから。

 だから、彼女が言葉で、態度で、勇者達を心の底から応援しているのも理解していた。

 同時に、何人かには「推しである」という以外の感情を持ち合わせているのも察している。

 そう、アルバート自身が、彼女へなし崩し的にその想いを定義させたように。


 だから、考える。


 エルアは、「私は裏方!」と言ってはばからない。

 だが、もし万が一、その特別な感情を持ち合わせている人間に、その想いを返されたら。

 さらに言えば「エルディア」を忌避している張本人に誘われたら、どう返事をするのか。

 その時、己はどう行動するのか。

 

 アルバート・ベネットは常に考えている。



 *



 無事、薬物組織と、緑の瞳の少女が誘拐される連続事件を結びつけた、ウィリアムは私たちが驚くほど順調に、事件を解明していった。

 それ自体は喜ばしいことだ。私たちが提供した情報で、薬物組織がとある貴族のバックアップの元、資金源にされている事。そしてその組織が、魔界の神に捧げる供物として、緑の瞳の少年少女を捕らえていたのだ。

 女神イーディスが自分達の思うとおりの恩恵をくれないから、魔界の神を信奉しようって事らしい。

 その薬はより、魔界の神と深く関わるために必要で、より多くの人間に広める必要があったのだ。

 まあ、この筋書きを作った魔物、ナイトメアはそんな人間達をあざ笑いながら、食い物にしていたのが真相だった。

 王都のタウンハウスにあるサンルームで、私は深い納得に包まれながらも、集めに集めた資料と情報の紙束を前に頭を抱えた。

 それはいいのだ。腑に落ちたから。だが、むしろ全貌が分かったからこそめちゃくちゃな大問題が浮上しているのだ。


「ウィリアムが事件を解決しちゃったよーーーー!!!」


 そう、さくさくと組織の全貌を把握したウィリアムは、その薬物組織を根こそぎ軒並み捕まえてしまったのだ。

 いや、そうだよ? 最終的には捕まえなきゃいけない訳なんだけども。

 私たちが介入するまもなく、華麗に闇に葬ってくれてだな。


 ソファでぐぬぐぬ唸る私の前に、静かにティーカップを置いてくれたのはアルバートだった。


「監視していた俺も、うっかり捕縛の網にかかりそうな勢いでしたからね」


 そう、アルバートには、エイブ商会のごたごたが落ち着いてすぐ、くだんの薬物組織の偵察指揮を取って貰っていた。


「そうだよ、ウィリアムなんだかんだ超優秀なんだよ。うわあああ、しかもアレでしょ。ウィリアムが昏倒する様子もなかったんでしょ。これは完全に失敗したんじゃないか……」

「あるいは、この出来事がウィリアムのコネクトストーリーが起きる起点では、なかったのかもしれません」

「そうだったら、まだ希望があるけれど。事件の裏にいた魔物、やっぱりナイトメアだったんでしょ。これ以上ないきっかけだと思ったんだけどなあぁぁ」


 それでも私がお茶をすすって落ち着いていると、目の前から、のんびりとした声が響く。


「んー。そもそもお前が悩んでいるのは『王子の夢に出てくるエルディアが本人か否か』ってところだろう」


 それは、目の前で資料を読んでいたフランシスだった。

 くいと眼鏡の位置を直しながらも、その文字を追う視線は一定の調子で紙面を流れ続けている。

 彼には魔法、魔族関係での助言を求めるために、フェデリーへ来て貰っていたのだ。

 そして、ウィリアムのコネクトストーリーを説明し、どんな魔法が関わっているかの推理を頼んでいた。

 ばさりと資料をテーブルに置いた彼は、眼鏡の奥の青い瞳を細めた。


「結論から言うと、僕はウィリアムの夢に現れたエルディアは、本人ではない可能性が高いと考えるよ」

「……その根拠は」


 私の傍らに立つアルバートが真っ先に問いかける。フランシスはお茶をひとすすりすると続けた。


「精神干渉系の魔法は、特殊な適性が必要なんだ。お前みたいに、目を合わせるだけである程度操れるのでも十分規格外なんだよ。さらに『夢に入る』というのはまた一段別口なんだよね」


 こつ、こつ、とフランシスは指で机を叩きながら、語る。


「夢の中では夢の主が一番強い。そんな敵地に入りこんで、支配するんだ。そういう魔物は、夢の主が最も弱る部分をついて、心の隙間を広げて支配するのが巧みだよ。とはいえ、一度入り込めて支配できたとしても、元来精神が強い人間だとすぐに抜け出したり逆に支配する事までできる。それだけ夢の世界はある種万能なんだ」

「まあ、確かに。だから、ナイトメアだって、薬を利用して複数人に干渉しやすいようにしていたんだもんね」


 本職の魔物ですら、そうやって一つ工夫が必要なくらい繊細なんだもんな。

 おかげで、すごく捕まえ易くはあったんだけど。

 私がふむふむと考えている間に、フランシスは肩をすくめてみせる。


「だから普通の人間が夢の中に入り込むのはあまり現実的じゃない。僕でも十全な準備をした上で1人送り込める位だ。ウィリアムが遭遇する夢の中の『エルディア』は、願望って考えるのが順当だ」

「願望、つまり。あの王子自身が望んだことということですね?」


 アルバートが念押しするのに、私は密かに驚く。

 けれど、フランシスは大して不思議に思わなかったのか、眉を上げて応じた。


「まあ、手頃なイメージがそこにあれば、反映するんじゃないか。エルディアってのはあの王子にとっては悪の権化みたいなもんだろ? 強いと分かっている存在に強いイメージを貼り付けるのは夢の中でも簡単だろうしね」


 フランシスは、ふうと、息をついて、恨めしそうにこちらを見る。


「……というか、僕の専門外なんだから、これ以上詳しい話は無理だよ。ここまでの結論出すのにだってわざわざ調べに行くしかなかったんだから。僕だって忙しいのに全くもう」

「でも助かったよ、フランシス。アンソンのブロマイドあげるね」


 私がにっこり言って傍らに置いていた写真の束を出すと、恨めしそうだったフランシスの表情が緩んだ。


「ああ、遠征中の新作画像だね。待っていたよ。チャラにしてあげる」


 ほんと好きそうにするなあフランシス。人が推しに耽溺する姿も健康に良いんだ。

 楽しげにアンソンの写真をもって去って行くフランシスを見送った私は、資料を前にぐっと悩む。

 もしかして、という懸念を捨てられなかったから、私はフランシスに魔法面からの調査を依頼しつつ、私も動いていた訳ですが。


「これで、ウィリアムの夢に現れたのは、エルディアじゃなかった可能性のほうが高くなったね。けど、ナイトメアのほうはどう?」


 私の傍らにいたアルバートは、淡々と答えた。


「ナイトメアは実体のない魔物でした。そのため、支配した人間の精神の間を行き来して居たようですね。王子が、ナイトメアの宿主を倒すところまでは確認しましたが、自分も捕縛に巻き込まれる前に離脱してしまいましたので……」

「たしか、被害者の数からしてかなりの力をため込んでいるよね。もしかしたらまだ生き残っているかも知れない?」

「ええ、可能性はあるかと」


 私が言葉を引き受けると、アルバートは頷いた。

 と、すると、まだ、希望はあるか。

 確実にナイトメアが宿っている宿主を確保したい所だが、さすがにこんな人が大量に居る中で精神体のナイトメアを探すのは難しい。

 また堂々巡りになってしまって、私は手を組んだ所に顎を預けて悩み込む。


「しかもリヒトくん達もそろそろハイエルフの森から帰ってきちゃうでしょ……うわあ困った」


 リヒトくん達がハイエルフの森で、「試練を乗り越えた」一報が入ってきたからである。

 もうフェデリー王都に滞在して一ヶ月が経っていたため、そろそろだろうとは考えていたから順当だろう。

 辺境であるハイエルフの森からフェデリーまで、情報伝達だけでもそれなりに時間がかかるから、もう帰路についていてもおかしくはない。


「では、いったん体制を立て直しましょう。引き続き王子の監視ができるよう手はずを整えますので、エルア様は一足先にリソデアグアへ待避を」

「そうだねえ。エイブ商会の事後処理も一段落したし、ひと通りの視察も終わった。あの薬物組織の残党狩りも順調でしょう?」

「ええ、利益を得ていた者は一匹たりとも逃しません」


 元々、残っていたのはウィリアムのコネクトストーリーを起こすためだったんだ。

 今すぐ起こせないと分かった以上、フェデリーに居るのはリスクでしかない。


「ん、分かった。じゃあ私はリソデアグアに戻るよ」

「かしこまりました。では準備いたします」


 恭しく頭を下げたアルバートを鑑賞しながら、のびをした私はぽつりとつぶやく。


「にしても、案外ウィリアムのこと知らなかったんだなー私」

「どういう意味です?」


 資料をまとめようとしていたアルバートの指先が、かすかに止まる。彼はいつも通り冷静に見えるけども。

 私はその表情に気づきながらも、続けた。


「いやね、ゲームのウィリアムは知っていたつもりになっていたし、所謂幼なじみとしてそこそこ行動を共にしていたわけじゃない? だから彼のことならなんとなく分かると思っていたのよ」


 それは紛れもなく本心だ。

 ウィリアムとは私が8歳、彼が14歳の時に婚約が結ばれた。まあ犯罪臭がするけれども、政略結婚なんてそんなもんだ。

 ユクレール侯爵家はその当時から悪い噂が絶えなかったが、王家の次に血筋が古いとも語られる名家である。

 何よりエルディアに、希少な浄化の魔法の適性が発現した。なんとしてでも王家に取り込むため、両親から引きはがしてまともに育て上げようとした結果が、ウィリアムとの婚約だったんだろうと言われている。by勇者連盟、考察班より。

 うん、めっちゃ納得したよ。王家からの支援のおかげで、私の生活環境は劇的に改善したし。

 まあその前からアルバートのおかげで快適だったけども。

 というわけで、ウィリアム自身が私の監視役だった面もあるんだよな。

 思春期真っ盛りの少年に、若干8歳のお子様を押しつける……いやあもう政略結婚の無情さを思わぬ形で感じて、ウィリアムにはマジごめんって思ったもんだ。

 でも、ウィリアムは、あの劇場で言った。


「ウィルってば、エルディアがハマっていたから、ヲタク文化を知りたいって言ったんだよ。しかも、ユリアちゃんから話を聞いたんだと思うけど。びっくりしたんだよなあ」


 8歳というのは、まだアルバートからの過剰ファンサ(注意、個人的な感想です)にも慣れていない頃だ。ウィリアムの美少年な対応には、表情を抑えるのにも苦労していた。

 年齢差とも相まって、子供の相手をもてあましたのか、顔を合わせて2、3回目でよそよそしく事務的になったけども。

 さらに言えば、私の年齢が二桁に突入した頃にはエルディアの黒い噂も一気に流れたもんだから、そこまでエルディアに関心があるように思えなかったんだよ。

 しみじみしていると、アルバートはわずかに呆れた顔をする。 


「聖女から本を作って同性恋愛の小説に耽溺していたと教えられれば、気になりはするでしょう」

「まあ、あのエルディアがヲタク? とはなるよね」

「ウィリアムはそもそも、エルディアに多く先入観がありますから。……憎んでいる相手なら、無視すれば良いものを」


 低く付け足されたその言葉に、私はアルバートの感情がにじんでいる気がした。

 遠くからでも、私はウィリアムのことは知っているつもりだったけども。案外人間らしい彼のことは知らなかったのかも知れないなって。

 そうだよなー。四六時中一緒にいるアルバートですら、今も新鮮な萌えで殺されるんだから当然と言えば当然なのかも知れない。

 だから、と私はアルバートを振り仰いだ。


「なんだかんだ、エルディアとウィルは幼なじみってことになるからね。どうしたって気になるでしょうよ」

「……あれだけ推しとして特別扱いする、あなたもですか」

「まあ、あなたと似たようなもので。あれだけそばに居ればねえ。推しであると同時に、弟位には思っちゃうよ」


 元々ウィリアムに対する推したい気持ちって、私には同僚というか、応援したい気持ちに近かったからなぁ。こっちに来てからは若い頃から見守ってきたものだから、ついつい母性のような気持ちになってしまう。

 けれど、アルバートは細めた紫の目で私をとらえる。


「本当に、それだけですか」


 念を押すような低い詰問に、私は確信を深めた。 

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