22 従者は王子と邂逅する

 エルアと別れたアルバートは、通信機を使って彼女に頼まれた工作を指示しながら、通ってきた道筋をたどっていく。

 その途中で、立ちはだかるのは、鮮やかな金髪に、湖面のような美しい青い瞳の青年、ウィリアムだった。

 いつも朗らかな表情を浮かべているが、今は、険しい顔でこちらをにらみつけている。

 その表情は、「エルディア」でいた頃の彼女の傍らで、常に見ていた表情だ。

 むろんアルバートは素顔をさらしているため、彼には分かっているだろう。


「いつの間に君は転職したのかな」

「一人で行かせるわけにはいかない、というのはあなたと同じなもので」


 ウィリアムからの低い声音での詰問に、アルバートはあくまで余裕を持って応じてみせた。

 だが、ウィリアムの険しい表情は変わらず、一歩近づいてくる。


「ただの護衛ならば、雇い主にあのような振る舞いをする理由があるか」


 その、吐き捨てられた言葉に、アルバートは内心愉悦に笑った。

 一瞬だけ、身をかがめたのは、ウィリアムの視線に気づいていたからである。彼が見ていた角度ならば、アルバートがエルアに睦言をささやき、口づけていたように見えただろう。


「おや、見られていたんですか? 良いところの方には刺激が強すぎましたね。失礼しました」

「っ! 先日会ったお嬢さんに心を傾けているのではなかったのか。彼の信頼を裏切るのか」

「男性同士、というのを頓着しないのは、エルモ様の講義のおかげでしょうかね」


 あまりにも簡単に思い込む男に対し、くすくすと笑ってからかってやる。

 さらに動揺し、激高するかと考えていたが、ウィリアムはすぐに動揺を押し殺した。


「まじめに答えて欲しい、アルバート・ベネット。私は君と一対一で話したかったのだから」

「……ほう?」


 アルバートが眉を寄せると、ウィリアムは険しい顔で1歩踏み出し続けた。


「君は、ホワード商会で何をしているんだ」


 論理でも説かれるのかと思っていたアルバートは、質問の意味が飲み込めず、内心いぶかしむ。

 しかし、ウィリアムの次の言葉によって判明した。


「随分前に引退したと思っていたが、まだ続けていたのだな。……しかし君は仕事は速やかに完遂する人間だったはずだ」

「……何の話です?」

「しらばっくれるな血夜(けつや)よ」


 それは、アルバートが暗殺者として仕事を受け負っていた際の通り名だった。自分で名乗った覚えはないが、一度標的となれば、その夜は己の血に染まるという意味だと聞いた。

 顔色は変えなかったつもりだが少々警戒する。

 ウィリアムもまた、多少は裏のどす汚い部分を知っている人間ではあるが、わざわざ数年も活動していない人材を覚えている理由が分からなかった。

 アルバートの沈黙を肯定と取ったらしいウィリアムが、鋭くにらみつけながら続けた。


「君はエルア・ホワードの腹心だと、エルモくんは言っていた。にもかかわらず、事業を任されている様子のエルモくんは、さほど君について詳しくないようだった。彼のような優秀な人材であれば、重用すると同時にいつ出し抜かれるかと、不安になるのも想像できる」

「そのように考えられるとは、心外ですね。エルモ様もまたホワード商会の中では、重要な位置を締めているというのに」

「重要だからこそ、使える人材だからこそ、目障りになる事もある」


 重く口にしたウィリアムは、青い瞳に気迫を宿し、アルバートをにらむ。


「エルモくんがターゲットならば、私にもそれなりに考えがある」


 的外れだ。それは己がよく分かっている。

 彼がなぜ、アルバートの過去に思い至ったかを、詰問するべきだと考えもする。

 だがなによりも、その、言葉に。アルバートは、腹の底で蓋をしていた煮えたぎるような怒りが溢れかけた。

 要するに、彼はエルモの味方でいると語っているのだ。

 よくも、エルディアの本質に気づかなかった分際で、今も、彼女がそばにいることにすら気づいていないその口で、ぬけぬけと言うものだ。


 漏れた殺気に、ウィリアムが案の定隠し持っていた魔晶石の杖を構えた。

 が、その前にアルバートは距離を詰めていた。

 刃は取り出さず、その耳に言葉を落としてやる。


「実は、俺もあなたと話がしたかったのです」

「なに」


 以前エルアが言っていた。自分は機嫌が悪くなればなるほど、表情が美しくなるのだと。

 ならば、きっと今の自分はたいそうきれいな顔をしているのだろう。

 そう、以前の自分は彼と直接対話できる立場ではなかった。

 エルアがウィリアムとの婚約をしている期間中、そのやりとりをずっと延々と傍らで見続けていたのだ。

 彼女が堪えておらず、むしろ邪険にされる事こそ成果だと考えていたため、流すしかなかった。

 だがそれでも、アルバート自身の鬱憤が、なくなる訳ではない。

 そう。ウィリアム・フェデリーは、現在アルバートが最も嫌悪している男だ。


「俺は、お前が嫌いだ」


 いっそ甘やかに、悪意と殺意をしたたらせた声に、ウィリアムの表情が強ばる。

 彼はエルアにとって重要な人間だ。だから直接手は出さない。しかし多少辛辣に当たられるくらいは許容範囲だろう。


「俺はお前達なぞどうでも良いが、あの方が望むからそのままにしてやっている。にもかかわらず不用意に手を出すのなら……」


 自分がどんな犠牲の上に立っているかも知らん分際で。

 指先でウィリアムの首筋を真一文字に撫でてやる。


「血をぶちまけるのはお前だぞ?」


 公演再開を知らせるブザーが鳴り響く。

 ざわざわと観客達がそれぞれの席へ戻る中、ウィリアムに手が振り払われるが、アルバートはすでに離れている。

 きっと表情は柔和に戻っていることだろう。まあ多少地が出たところで、この程度なら問題ない。


「それに、何を勘違いなされてるのかは分かりませんが、俺が彼を裏切る事はありません。あなたはあなたの任務を滞りなくなされば良いでしょう。その補助はこちらでさせていただきますから」


 つう、とこめかみから薄汗をしたたらせるウィリアムは、それでも瞳から力を失わず、アルバートを見返す。


「それが本性か」

「さあ?」


 アルバートが小首をかしげて見せると、ウィリアムはぎり、と奥歯をかみしめるのが分かった。


「何も知らない、か。まあそうなのだろうな。私はいつでも、知って気づくのが遅すぎる。……だが、それでも願えるのだったら取り戻したい時はある」


 低く、つぶやかれたそれを、アルバートは理解しない。決意の色も、あまりに相容れないのだから。これはアルバートの八つ当たりだ。


「ああそうです。彼が、例の実行犯を見つけたようですから行かれるのがよろしいでしょう」

「っなんだと!? どちらだ」

「向かいの出窓席です」


 ウィリアムはすぐさま走り出す。

 だからアルバートはもう一度、従僕の仮面をきれいにかぶり、優美に頭を下げてその後に続く。


 しかし、すぐにその騒ぎに気づく。

 走ってきたのは監視対象である娘を抱えた千草と、エルア。

 そして、背後から大量に追いすがってくる、ゴーストの群れだった。



 *




 逃げていた先でアルバートとウィリアムをみつけた私は、呼びかけた。

 なんで二人が一緒にいるかは後回しだ。


「アルバート!」


 すでに上演は始まっている。この劇場は最新式だ。上演開始と同時に防音の魔法が効いているから、声くらいは大丈夫だろう。

 すると、すぐにアルバートがこちらに走り出しつつ、応じてくれた。


「状況説明をお願いします」

「被害者お嬢さんを監視してたんだけど、仲介役がいきなり本性表して、転移陣で攫おうとしたから保護! そしたらゴーストが大量に沸いて私達まで追われている感じ!」


 そうなのだ。私だってな、そんな不測の事態でもなければ待機していたさ。

 でも、物陰に連れ込まれて取引と言うより、完全に操られた感じで攫われかけているんだもん。これはさすがにやばいと、千草にお願いしてお嬢さんを保護したら、仲介役を通してゴーストがわき出てきたのだ。

 本来生者の魔力を奪おうとするゴーストだが、お嬢さんに執着しているのか、逃げる私たちを追ってくる。でもこれがいつまで続くかは分からないのだ。

 そこにすぐ思い至ったのだろう。ゴーストから撤退するように走りながら、ウィリアムの表情が若干の焦りを帯びる。が、すぐに懐に手を入れたものに向けてしゃべりかけた。


「総員、魔物ゴーストが現れた。対処できる人員を用意せよ」

「パニックを避けるために観客には知らせないでください!」


 やっぱり持っていた緊急用の通信装置に語るウィリアムに私は割り込んで叫ぶ。


「なっ」

「ですよね、ウィルさん!」


 私が念を押すと、ウィリアムは驚きながらも通信機に頷いて語る。


「ああ、避難は間に合わん。私がゴーストの数を減らす! 場所は一般席と出窓席の合流地点だ」


 通信機からトレントさんの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、ウィリアムは通信を切る。


 その間にゴーストは目前まで迫っている。

 合流したのは出窓席へ向かうための通路と一般席への通路につながる分岐点だ。

 場所としては狭いが、舞台と観客席からは遠い。

 ここで食い止めれば、増援もすぐに合流できるだろう。

 さて、どこまで使うか、だが……。

 杖を片手に前へ出るウィリアムは、お嬢さんを抱えている千草に動揺した顔をするが、聞いてくる。


「君たちはどこまで頼っていい?」


 ゴーストから逃げながらアルバートと千草が私を見る。

 あくまで二人の行動の決定権は私だ。でもこうなったからには。

 上がりかける息のまま、私はウィリアムに答えた。


「ウィル、倒せるんですね! ならけん制は任せてください!」


 そうして、アルバートと千草に指示をだす。


「ここでなんとかするよっ。アルバート、倒せるねっ」

「かしこまりました」

「千草、お嬢さんはこっちに。気合いで切り飛ばして!」

「う、承った!」


 アルバートと千草が頷いてくれるところで、協力体制が整えられると分かったんだろう。ウィリアムがほっとした顔をする。


「すまない借りる! エルモくんは下がってっ」

「私は非力なんで、お嬢さんを抱えては無理です!」


 ウィリアムの光属性の魔法があれば問題ないが、後詰めで私はこの場にいた方が良い。

 千草からお嬢さんを受け取った私に、千草がせわしなく問いかける。


「スカートを破いて良いだろうか!」

「許可します!」


 とたん、千草はスカートをまくり上げるなり太ももにくくりつけていた短刀を抜く。

 流れるような動作でスカートに深い切れ込みを入れた千草は、短刀を構えたまま、ゴーストの群れに突っ込んだ。


「……シッ!」 


 普段とは違うドレスワンピース姿でも速度が衰えなかった千草は、本来の早さでゴーストへと刃をひらめかせる。

 千草が跳ぶたびに、太もものきわどい部分まで見えてめっちゃくちゃどきどきしてしまう。

 かっちょいい!

 ゴーストは反応する間もなく、千草の魔力が乗った剣圧を浴びて、勢いを衰えさせる。

 が、消滅までは行かず、そのまま千草にのしかかってこようとした。

 ゴーストに触れられるだけで、HPドレイン……つまり気力と体力を奪われる。千草が離脱しようとした矢先、ぱあと光が解き放たれる。


「そのまま切れ!」


 そう、言い放ったのは、杖を構えたウィリアムだ。ゴーストに特効とも言える光魔法を浴びたゴーストは今度こそ消滅していく。しかも周囲のゴーストまで動きが鈍くなった。

 ああーそれは! ウィリアムの得意魔法じゃないですか! ひええ金髪が輝いて美しいっ。

 少しひるんだゴーストに次から次へとナイフが突き刺さる。

 ナイフを放ったのはアルバートで、今も服の隠しから複数のナイフを取り出し、解き放っていく。

 はーーーかっこよくないか!? アルバート!

 千草の無双ぶりもすごいが、けれどもゴーストは次から次へと沸いてくる。


「どこかに召喚者が出てきているかも知れない」

「ならばここは任せて先へ。根源を絶てるのはあなただけですから」

「うむ、では切り開くぞ!」


 ウィリアムとアルバートと千草が短い会話をしながら、どんどん切り開いて行くのが猛烈に滾りますね!

 私が気を失っているお嬢さんを抱えつつもきらっきらして眺めていると、不意に振り返ったアルバートが驚きに染まる。


「エルモ様っ!」


 ぞわっと背後に気配を覚えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る