19 転売しすべし慈悲は無し

 ここはミゼリコルト劇場。

 豪華な装飾を施された劇場内のエントランスホールでは、がやがやとさざめく少女達が、今か今かと入場を待っている。

 そんな中に男装で居る私は、たいそう注目を浴びている。

 ……いいや、浴びているのは隣に居るきれいな男のせいだ。

 美しい金髪をきれいになでつけて、眼鏡の奥の青の瞳は好奇心に輝いている。

 興味深そうに眺めている彼は、身分は隠せていても顔の良さは隠せてないんだな-!

 服こそ平民のちょっとよそ行き風のジャケットとズボンなのだが、元の良さが隠せていないから、うっかり笑ってしまいそうになるほどかっこいい。


「こんなに生き生きとしているお嬢さん方を見るのは、初めてかもしれないな。リリー歌劇団というのは、いったいどのような公演なのか。ますます楽しみになってきたよ。さあ行こうかエルモくん」

「……一応、これも調査の一環だってわかっていてくださいよ」


 そんな風につぶやいて私に声をかけてきたのは、ウィリアムだ。

 そう、私は、今、なぜか!ウィリアムと共にリリー歌劇団の舞台を見に来ている真っ最中だったのだ。


 どうしてこうなったのかは、一日前にさかのぼる。


 *


 道ばたでウィリアムとばったり遭遇してしまった数日後、彼がなぜあんな場所に居たか理由が知れた。

 エイブ商会で顔を合わせての報告の際、ウィリアムのほうから持ち出してきたのだ。


「なるほど。考えていた通りだったな。私のほうでも、ミゼリコルト劇場が、例の薬のバイヤー達の接触場所になっているとの情報を掴んでいたんだ。裏がとれた」

「……は?」


 あっさりと語るウィリアムに、私とアルバートは思わず固まってしまった。

 けれどウィリアムは涼しい顔で続けたのだ。


「そういえば、ベネットさんと顔を合わせた日のことだったね。下見に行ったら観客は若い者ばかりのようで、うちの隊員たちのような厳つい男達が行くと、目立ちそうなんだ」

「……ま、まあそうでしょうね。だってアレは今女性が一番観に行きたい舞台ですよ」


 私がなんとか言葉を絞り出すと、ウィリアムの眼鏡の奥の青い瞳が輝いた。


「やはり君は知っているんだね。では共に行ってくれないかな?」

「……なんですって」


 アルバートは顔色を変えるのに対し、私もまた驚きと動揺でウィリアムに身を乗り出してしまう。


「待ってください、あのリリー歌劇団のチケットをとれたんですか!? まさか転売チケットじゃありませんよね」

「も、もちろん、君に言われたとおり、転売のチケットには手を出していないよ。知人に、定価で譲って貰ったんだ。後ろ暗いところは一切ない」


 ああ、そういえば、この人一応王子だったな。今回のリリー歌劇団の流行は貴族のご婦人が中心になっている。彼の知り合いをたどれば、一人か二人くらいはチケットを手に入れている人が居るだろう。今は買い占め規制も緩いから、抽選販売になっていても、全公演に通い詰めるために人海戦術使ってチケット買い占める位はするでしょう。

 むしろ犯罪組織のやつら、貴族相手によくチケット確保できたなと思う。許さないけど。


「それで、私なんですね?」

「ああ、若い少年のほうが、まだ目立たないようだったからね、それに私も便乗させてくれれば嬉しい」

「……別にあなた一人で潜入してもよろしいんじゃないですか。トレント様も不満の様子ですし」


 アルバートが低くウィリアムに対して言葉を投げかける。まあ隠れ蓑にしても、私じゃ少々弱いだろう。

 けれど、ウィリアムははちりと青の目を瞬くと、私のほうを見る。


「いや、でもね。エルモくんの顔に行きたい、と書いてあるようだから。もちろん、外部との連携を取って、なるべく危険な目に遭わせないようにしよう」

「……とりあえず少しアルバートと相談させていただけますか?」


 そう断って、別室でアルバートと作戦会議だ。

 盗聴の心配をなくしてから、アルバートと向きなおる。


「アルバート、私たちが情報を入手したのと、ほぼ同じタイミングだったことをどう思う」

「奇妙、ではありますが、あちらが独自の手段でたどり着くことはあり得ます。それにしても。うちの者達からの報告で、特に変わった動きをしていないとあったのですが……」


 アルバートがあごに手を当てて思案するのに、私もそろりとウィリアムが居る部屋のほうを見ながら言う。


「なんかさ、常々思っていたんだけども、ウィリアム……おかしいよね。捜査が行き詰まっているっていっていたのに」

「かなりスムーズに、主犯へたどり着こうとしています。俺たちは例の仲介役を通じて拠点がどこにあるかまで把握しています。が、かなり直裁的な手で調査の手間を大幅に省いたからです」

「だよねぇ。非合法な手段をウィリアムはほとんど使えないはずだもん。もう少し時間がかかると思ったんだけど」


 アルバートにリリー歌劇団に出没している仲介役と接触して貰った結果、大方の組織形態を把握していた。

 だから、後はそれとなくウィリアムを誘導すれば良いと考えていたところで、これだったのだ。

 優秀だと言うには、不自然にできすぎている。

 私は部屋においといた魔道具を展開する。するとウィリアム達の会話の声が聞こえてきた。

 盗聴設備は整っているんですよ。


『なぜあそこまで彼らを信用するんですか』


 トレントさんの険しい声に、ウィリアムの朗らかな声が被さる。


『君がそう言いたいのもわかる。彼らは怪しいからね。だが今回の黒幕としては、限りなく低い』

『……説明も、されましたが。あの少年と二人きりの潜入には反対ですよ。護衛が足りません』

『お互いに監視する体制になるだろう? ならば問題ない。私とて自衛くらいはできるさ。あそこにゆけば進展しそうな予感がするんだよ』

『あなたの勘を無条件に信じられるのは、あの方だけですよ』


 トレントさんのため息にもあくまで朗らなウィリアムは、ふ、笑う気配をさせながら続けた。


『私を信じてくれれば、それでいい。この件を必ず解決してみせるし、できるさ』


「……ほんとどう考えても疑われていないんだよね」

「……そうですね」


 確かに怪しい行動は慎んでいるとはいえ、ここまでまっすぐ向けられると逆に怪しむしかないんだけども。

 私がむうと眉を寄せながら、アルバートを見上げると、同じように頷いていた。

 これは盗聴されていると考えた上での言葉だって疑心暗鬼に陥るほどだ。


「でも、あくまで、私たちの目的はウィリアムのコネクトストーリーを起こすことだ。もし、ストーリーの起点がこれなら、私を連れ出してくれるのは好都合だよ」

「その通りですね。あなたがウィリアムのそばに居れば、誘導もしやすいでしょうし。……なにより、行きたいんでしょう? リリー歌劇団の公演」

「ハイ」


 アルバートに流し見られて、私は神妙に頷いた。

 だってあきらめていたリリー歌劇団の公演なんだ。たぶん全部は見られないだろう。ほかに楽しみたいひとがいるのに、それはとても心苦しいけれど、ちょっとでも見られるのならほんと嬉しい。男の格好して眼鏡をかけていけばなんとかなるだろう。なるにちがいない。


「なによりですけど、うっすらとでもウィリアムからユリアちゃんとリヒトくんたちのエピソードとか聞けないかなあと思うんですよ。本人から聞く垂涎エピソードとかこんな機会じゃないと、聞けなさそうだし」

「あなたは王子じゃないと気づいていない立場なんですから、ほどほどにですよ」


 分かってるさ。でも、あの百合本お使いを頼んできた二人について聞くのはなんも不自然じゃないでしょ。貴重スチルが増えるぞ……とにんまりしていたせいで、アルバートが割合あっさりウィリアムとの二人きりを許してくれたことに気づくのがワンテンポ遅れた。


「……えっ良いの?」

「コネクトストーリーは、彼らの深い想いや禍根を暴き立てて強制的に向き合わせる物でしょう。ならば、やつのきっかけを探るには、どうしても深く会話をしなけなければなりませんから」

「うわあい、言葉で説明するとものすごくひどいことをしてるね」


 まあそうだよな、コネクトストーリーは明るく描かれていても、だいたいはキャラクターのトラウマ再生回だもん。アルバートのコネストなんて典型的で最たる物だし。


「俺も同じ回に入り込みます。さらに千草も送り込めばある程度は対処できるでしょう」

「え、でも千草は、ウィリアムと顔を合わせちゃってるけど」

「あくまで顔を合わせただけですよ。確かにあの現場に居たことは後ろ暗くはありますが、千草をつれていたのはエルア・ホワードであり、もっと言うならホワード商会の手の者というだけです。エルモでも、ましてやアレでもありません。護衛としてエルアについていたのなら不自然ではありませんよ」

「そっか。千草はあくまでウィリアムを助けただけだもんね。彼もコルトとつきあいがあるんだから、あそこに居た千草をとがめることは、ないか」


 腑に落ちて、自分が警戒しすぎだったことに思い至る。

 私の言葉を肯定するようにアルバートは頷いた。


「いくら獣人が目立つと言っても、まったく居ない訳でもありませんからね。女性ならばさらに目立たないですむでしょう。別行動で保険として控えさせます」


 確かにそれなら万が一の時も安心だ。ただし、アルバートが渋らないという一点以外は。

 けれども、アルバートをちらちら眺めてみてもすまししている顔が良いことしか分からなかった。

 私のガン見に当然のように気づいたアルバートは少しだけ肩をすくめる。


「本当は俺が護衛につきたいところですが、さすがに男三人で居れば注目を浴びるでしょう。ましてや容姿が標準より良いですから。なので今回は裏方に回ります」

「ちゃんと自分の顔の良さに自覚のあるアルバート推せる」

「お褒めいただき光栄です」


 今回顔の良さに関してはたぶん問題ないと思うんだけど、男三人で固まってたらさすがにね。

 言葉遊びにも、さらりと応じてくれるアルバートはいつも通りだ。

 うむ、ちょっと引っかかりはするけどまあ、彼に異論がないのなら良いか。


「分かった。まだあそこを勧誘と取引の場所にしていたよね? あなたはウィリアムが穏便にたどり着けるように誘導頼める?」

「かしこまりました。ひとまず……心を奪われ過ぎないようにしてくださいよ」

「最悪ぼろが出ないようには善処します」


 からかうように語るアルバートにそう返して。

 そうして話をまとめた結果、私はウィリアムと共に劇場に乗り込むことになったのだ。

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