13 砂かぶり席でもちょっと困る
突如現れたアルバートという救世主だったが。
しかし、彼はかろうじて礼儀を守ってはいるものの、ウィリアムを牽制する鋭いまなざしは代わらない。
トレントさんは、アルバートに見られたことで、束の間をさまよっていた手を下ろす。
あ、そうだ。耳飾りでアルバートにここでの会話は筒抜けだったんだ。それで私の異変を察知して駆けつけてくれたのだろう。
まじめに助かったけれども、アルバートの表面上は穏やかながらも見る人が見ればわかる冷えた態度に様子に今更思い出す。
そう、いえば、ウィリアムと婚約した後も、何度か顔を合わせていたが、アルバートはまともに対面で話すのは初めてなのでは?
私がひえ、と思っている間にも、アルバートはウィリアムに向けて口を開いた。
「俺たちは、協力する体制をとっていますが、あなたがたの振る舞いに対して、信用を持っていない。今回、ホワード商会の大事な幹部であるエルモ様を、あなたがたの案内役に配置するのも渋々なのです。彼の意に沿わぬ行動をするのであれば、こちらもそれなりの対応をさせていただきますよ」
アルバートの明らかな、けん制……というか拒絶にぎょっとするが、ウィリアムも負けてはいなかった。非友好的なアルバートに気分を害した風もなく、朗らかに答える。
「それは失礼した。つまり彼は、ホワード商会にとっても欠かせない人材ということか。その年で、あの商会を動かす権限を持っているとは優秀なのだな」
「当然ですよ。彼はホワードになくてはならない存在なのですから。俺は姉君からこの方の安全を守るよう言い含められておりますので、質問等ございましたら俺が答えましょう」
しれっとのたまったアルバートが、私を引き寄せ背後にかばうように立ち位置を代えた。
お、おろ??? なにか看過できなかったのか、ウィリアムが不思議そうに首をかしげる。
「確かに上に立つ者としてそれなりにわきまえることは必要だ。しかし、そればかりでは彼の息が詰まってしまうだろう。公私を分けて息を抜いてつきあえれば良いと思うが」
「あなたが、つきあうにふさわしいと?」
穏やかな表情を取り繕いながらも、冷気百パーセントのアルバートと、あくまで穏やかなウィリアムの間でばちばちと火花が散っている気がする。
ひえっでもなんか新鮮でちょっとどきどきしてしてしまう!
というかその様子だと、穏便にやる気なかったなアルバート!
静かなにらみ合いはウィリアムがふむ、と一つうなずいたことで終わりを迎えた。
「だが、そうだね。ここまで便宜を図ってもらったんだ。私も誠意を見せようか。トレント」
「良いのですか」
トレントさんが困惑と、とがめるような色を帯びるが、彼は意に介さなかった。
「でなければ話が進まんだろう。むしろ、エルモくんの知識と知恵を請わねばならんのはこちらなのだから」
うん? いったい何だなんだ?
ウィリアムにそう促されたトレントさんは、あきらめたようで鞄から資料を取り出して渡してくれる。なんか一番割を食っている気がするなトレントさん。
私とアルバートが空いた席に着くと、ウィリアムは整然と語ってくれた。
「今回の薬に関しての効果は以前話した通りだ。薬は平民層に広まっていたのだが、上流階級に販路を伸ばそうとしている。そのターゲットになっているのが、なぜかそのようなうさんくさい輩が接触しづらいはずの、貴族の令嬢達なのだ。実際に被害に遭った令嬢もそれなりにいる」
それ秘匿情報というやつでは!? いきなり大将首を差し出されたような気分で、密かに驚く。いやすごく都合が良いですけどね。
足を組んだアルバートは平然としたものでしっかり問い返していた。
「それで、狙いをつけられる令嬢に法則性は見つけ出したので?」
「ああ、それが、実は、少女達の間で広がっている小説や詩、絵画などの個人的な集まりの中で勧誘が行われているらしいんだ。エルモくんと出会ったあの同人誌即売会でもあったらしいんだ」
あそこで、秘書達がおかしくなっていた薬の勧誘と売買が行われていた、だって?
ゴン、と盛大な音が響いた。
なんか盛大な音がしたなあと思ったら、目の前のウィリアムとトレントさんがぎょっとした顔をしている。横ではアルバートもかすかに目を見開いて素の表情を見せていた。
ああ、なるほど、私がテーブルを殴りつけていたのか。と思ったら一気にわき上がる怒りを自覚した。
「あそこは、少女達が自由を求めてようやく作り上げた憩いの場、ですよ。切磋琢磨し、たたえ合い、嫉妬に焼かれてそれでも求めずにはいられないパトスをたたきつけ合う場です。そこに、不純物を持ち込む輩がいると?」
「あ、ああ」
「万死に値する。私たちの創作行為を穢すだけではなく、脅かすのであれば私は絶対にそいつらを許しません」
あの場は、少女達に絶対必要なのだ。何より私の愛すべき創作行為が奪われるのは絶対にだめだ。私の死にも直結する。許すまじ犯罪組織!!!
私が怒りに燃えていると、アルバートが小さく息をついた。
「エルモ様、どうぞお気を静めてください。サイラス様方が驚かれています」
はっしまった。つい熱くなってしまった。息を吸って吐いて。
「悪かった。アルバート、お茶を用意してくれるか。頭を冷やしたい」
「かしこまりました」
アルバートが部屋の隅に置いてある茶器と茶葉でお茶を入れ始めてくれる。
その気配を感じながら、少し意識して深呼吸をした私は、言葉を失ったウィリアムを見つめた。
「サイラス様、それで、もしやそういった活動をしている令嬢達から、糸口がつかめないかとあの場に顔を出されていたんですか。そして多少なりとも場の空気を知っている私からイロハを知りたいと」
「あ、ああ……。つてをたどって連絡を取ろうとしてみたのだが、かたくなに『そのような活動はしていない』『同人即売会など参加していない』と言い張られてな」
私は自分の怒りも忘れて硬直する。
「全く初対面の人間で、なおかついきなり、同人誌を作るような創作活動をしているのなら聞きたいことがあるから連絡を返してほしい、と。聞いたと」
「おおむねその通りだ、もちろん警邏隊である身分を明かした。なにか、まずかっただろうか」
ぐううう、そうやって訊ねられたお嬢さん達の心労を思うと、襟をひっつかんでなんてことしてくれたああ!!と揺さぶりたくてたまらないんだけども!
おずおずと言うウィリアムにたいし、私はかろうじて低く押し殺した言葉を吐き出した。
「よくも、そのような酷なことをしてくれましたね」
「そう、なのか? 何ら法に抵触していない、創作活動、だろう?」
うわあ、ウィリアムが本気でそれくらいにしか考えてないのがよくわかる。貴族達の権謀術数にまみれていても、そういうところはめっちゃくちゃ育ちが良いんだよな。美徳だよ!
でもこの陽キャめ、ここで発揮してほしくなかった!
「彼女たちは、自分たちが、かなり灰色なことをしている自覚があるんです。一歩間違えれば、家族や知人にすら理解されず唾棄されるとわかっているんですよ。でも、自分を表現したいという衝動を抑えられない。……いいえ、抑えちゃいけないんです」
そう、ただでさえ、令嬢達もこの世界のお嬢さん達も息苦しいことが多すぎる。だからせめて創作の中では自由であってほしいと私は思うんだ。何より萌えを押さえるなんて体に悪すぎるし世界の損失だと思うんだ!
萌えが一つ増えるだけで世界は一つ豊かになるんだから! でも同時に、密やかな煩悩と妄想が、世間的にはまだ認められないとわかっているんだ。
だって実際にいる人たちが、現実ではあり得ない絡みをしていると聞いてなぜそんなことが必要だと思うんじゃないか?
そんな非生産的なことをするなら詩歌の一つでも覚えろ、とご家族には言われるだろう。
あり得ないと自分自身でもわかっているからこそ、後ろめたさがつきまとうんだ。
「だから彼女たちは、影で密やかに。絶対に生身の人間には迷惑をかけない、という鉄の掟を
私の言葉を聞き終えたウィリアムはじっと考え込むようだったが、そっと言った。
「まだ、にわかに信じられないが。そのように考えている令嬢達に、私たちは警邏隊の名を使い接触を求める言葉を投げたのなら。彼女たちはひどくおびえて、心を閉ざしてもおかしくないな」
「ご理解いただきありがとうございます」
「後ほど謝罪の手紙をしたためて……」
「それ追い打ちかけるだけなんでやめてください! 追い詰めた結果不幸なことになったらどうするんです!」
「そのような大げさなことを……」
「トレント様、エロ本を見ず知らずのお姉さんに見つかったあげく追求されて憤死しないでいられると断言してから言ってくれます!?」
眉を潜めるトレントさんを私が全力でにらみつけると、彼は青ざめた顔で黙り込んだ。
「これはお互いを守るために大事で、だからこそ閉鎖的なコミュニティなんです。結果は必ず報告しますので、どうか任せていただけませんか」
私がウィリアムに対して懇願すれば、ウィリアムは少し面食らった顔をしたがうなずいてくれる。
「わかった。君のほうがあの世界には詳しい。私たちがその世界に対して理解を深めている間に、犠牲者が増えるのは本意ではない。頼めるだろうか」
「ありがとうございます」
うむ、ウィリアムは人に任せることを知っているだけあって、ためらわないでいてくれるんだよな。
だが私が礼をとともに下げた頭を上げると、なぜか興味津々のウィリアムの青い瞳とかち合った。
「とはいえ、努力をしないのもまた違う。これからどうしたって接触しなければならない場面があるだろう。だからできる限りタブーと感性を学んでおきたいんだ。教えていただけないだろうか?」
私はひっと息を呑みかけるのを必死でこらえた。
あーーーーー!それは! あのユリアちゃんの母性を刺激し、ほだしまくった魅惑の子犬がおおおお!まるきり悪気がないのが質が悪いのだ!
何で自分のヲタク趣味を暴露する羞恥プレイをしなきゃいけないの!?
でも、私が教えなければ悲劇がまた繰り返される。
おめめぐるぐるしていたが、カチリ、と、目の前に茶器が置かれた。
馥郁とした香りを漂わせるお茶は私の好きな香りである。
それはもちろんアルバートで、冷えたまなざしながらも、落ち着いた面持ちで答えた。
「……仕方ありませんね。そちらは俺が説明しましょう。あなたではどうしても彼らの主観に沿った説明をするのには限界がありますから」
「あ……」
神かアルバート。
この場にひざまずいて全力で拝みたい衝動に駆られながらも私はいそいそとうなずく。
「頼んだアルバート!」
「おや? 彼もそういった活動をしているのかな」
気づかないふりをしているのか、それとも本気で気づいていないのか、ウィリアムはたいそう朗らかだ。
しかし彼らの前にもお茶を置いたアルバートは、そんなウィリアムを淡々といなす。
「そちらは後です、今は今後の対策と資料を得るのが先でしょう。俺たちの時間も限られてますので、次に進みますよ」
やっぱり私の従者はここぞという時に頼りになる!
そんなことに希望を持ちながらも、私は再び資料を持ち直したのだった。
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