12 過剰供給はよろしくない
まあ、そんなこんなでウィリアムが資料を精査しにやってくる日が来た。
資料は膨大だから、数日にわたって閲覧したい資料があれば私が持ってくる手はずだ。
その代わりに、ウィリアムは、実行犯だった秘書くんの身辺調査結果や今までの調査の概要を教えてくれる手はずだ。
……まあ、その秘書くんの身辺調査は私たちもうちの子使ってやってるんだけど。
すでに握っている情報をどうして聞くのかって? ウィリアムがどこまで私たちに情報開示して、協力体制をとってくれるか計るためなのだ。
うむ、仲良しごっこじゃないからな。さらに言えば私は10代の男の子にしか見えないわけで、アルバートがいても舐められる確率が9割なんですよ。
とはいえ、あらかじめ予測できれば準備もできる。アルバートの男の立ち振る舞い講座も無事に及第点を貰い、質疑応答から、予測しうる彼の行動に関しても対応パターンを準備。
満を持して本日エイブ商会の会議室で対峙となったわけだ。
エイブ商会は、約3分の1がくだんの薬の犠牲者になっており、さらにはトップと実権を握っていた人間が両方ともいなくなってしまった。
一応、私たちは今回の監査でエイブ商会のトップをすげ替えるつもりで来ていたから、段取りはできている。とはいえ、ほかの支部からも人員を融通して貰いつつ、アルバートが代行で商会の取り回しをしていた。
だから、エイブ商会内でもまだ「エルモ」という従者として認識されている私が、主な対応をすることになっている。
アルバートは最後まで渋っていて、色々保険をかけられたけれども、まあそのために超準備していたのでいる。
そんな風にめちゃくちゃ、覚悟、していた。訳なのだが……。
*
現れたウィリアムは、商談をしに来た裕福な商人という体で、今日も今日とて眼鏡をかけていた。従者の格好をしているが、ここに乗り込んでくるときにも一緒にいた、警邏隊の男性もいる。これは護衛役だろう。なんか苦労性の顔してるなあ。
「ようこそお越しくださいました、サイクス様」
私がアルバート仕込みの所作でぺこりと頭を下げると、ウィリアムはちょっと驚いたようだけど、うなずいた。
「今日はよろしく。こっちは、私と組んでいるトレントだ。……君は、なんと呼べば良いだろうか」
トレントと紹介された男性が会釈をしてくれるのに、私も会釈を返しつつ、ちょっと感心した。
さすがだなあウィリアム。私がどういう立場なのか先に確認するんだからな。うかつに「ホワード」の名前を出さないのは信頼できる。
「ここにいる私はベネットの従者ですので、エルモとお呼びください。ベネットは騒動の収拾のため後々のご挨拶になることをご了承くだされば」
まあ、会話は全部私の耳飾りを通してアルバートに筒抜けなんだけども。過保護だなあと思うけど、便利だし。
内心にっこりしていると、ウィリアムはうなずいている。
「わかった。無理を言っているのは私の方だかまわない。にしても……前も思ったが、君は私のことが認識できるのだね。この眼鏡は一応認識阻害の魔法がかけられているのだが」
ああそっか。だからみんな気づいてなかったのか。アルバートはその手の魔法を通り越して見るのが得意だからな。この手の魔法は、とても親しい人間には効きづらいものも多い。私がどうして気づけたかと言えば、曲がりなりにも婚約者などというものをしていたからなのだが。
「職業柄、人の特徴を覚えるのが習い性になっているのです。ではこちらへ」
適当にごまかして、私は会議室へと彼を案内し、あらかじめ準備していた資料をどかっと積み上げる。
「どうぞ、ご自由にご覧ください。一応、サイクス様方が必要だと思われる資料は、こちらの山です。抜き書きしたのが、この束ですね。必要だと思われる部分はこちらにまとめておりますが、原本を確認したければご用意いたします」
「こんなに?」
ウィリアムと、トレントさんが大きく目を丸くしている先には、机いっぱいの紙束がある。
何を言うか、これでも丸一日使って必要そうなものをピックアップしたんだぞ。
私の努力を無碍にするつもりではなかろうな。という気持ちを込めてにらんでみると、ウィリアムにはすぐ伝わったらしく、すぐに否定してきた。
「いいや、まさかこれほどあっさりと開示してくれるとは思っていなかったんだ。喜んで拝見しよう。その間、この部屋は使わせて貰っていいかな」
「もとより、数日かけて納得していただくものですから」
「ご厚意に甘えよう。ではトレント、精査を手伝ってくれ」
「はっ」
ウィリアムとトレントさんが、早速資料との格闘を始めるのを見ながら、私はもう一つ持ち込んだ資料を取り出す。
「それから、あの秘書と関係の深かった職員も調査しておきました。読みながらでかまいませんので、私どもの見解をお話ししても?」
アルバートとうちの子達の秘蔵捜査の結晶を前にしてみせると、資料を読み始めていたトレントさんがぽかんとする。
ウィリアムの方は、眼鏡の奥で驚きに染めていたが、表情を引き締める。
「ああ、頼もう」
ふふりふり、あなたならそう言ってくれると思ったよ。だって、お忍びで外出する時間を作るためにがんがん、仕事を圧縮していく有能野郎だったもんね! これくらいできるの知ってる。正直言うと、こっちも使える時間が少ないんだ、時短に協力してくれ。
「特に接触が頻繁だった職員は、密かに監視の目をつけてあります。動けば即座に対応する準備も整えていますので……」
私はよどみなく語りながら、ウィリアムを密かに堪能する。
彼が資料に目を落としている横顔は、大変に麗しい。はーそういえばこの理知的な面差しも久々じゃん。しかも眼鏡とか、理知的イケメン度が増してるし。
しみじみしながら、語り終えたとたん、こちらの話にもうなずいてウィリアムがぱっとこちらを向いた。
目が合ってしまい、思わずおお、となる。
「これらは、君の采配かな、それともベネットさんのかな」
「それは私ですが。彼は普段私の補助をしてくれますので。僭越ですが一刻も早い情報共有が必要かとこちらでまとめさせていただきました」
情報自体は問題ないんだ。私たちの利益はウィリアムのコネクトストーリーを無事に起こすことだし。それ以外では無駄な駆け引きはしない主義なんですよ。
肩をすくめていたのだが。ウィリアムの表情がなぜか感心に輝いていた。
「すごいな。とてもわかりやすく端的に押さえられているね。思っていたよりもずっと早く事態を把握できそうだよ」
「協力する、と言ったからには十分な利益をお約束しますから」
まあ、その分だけこっちも利益を上げるけれども。
とはいえなんでそこに引っかかるんだ? と内心首をかしげたのだが、ウィリアムは朗らかに言った。
「これだけで、君がとても優秀なのはよくわかる。姉君のエルア・ホワードさんは、表にほとんど姿をあらわさない謎の多い人物だろう。調べてもほとんど情報が出てこない。ましてや君のような弟がいた、というのすら私は初めて知ったからね。そこまで情報統制を効かせられるほど、君たちの組織は成熟しているのだろう」
見つからないのはそりゃそうですよ、エルモはここ最近生えた設定だからな!
にしてもやっぱり調べていたんだな。千草経由で空良達に指示を出してエルモが存在している証拠を作って貰っといてよかった。
「ホワード商会がこれだけの急成長を遂げるためには、たった一人の力では成し遂げられない。だが、君のような弟がいたのであれば納得だ。大きな組織を円滑に動かすには、信頼できる部下が必要だからね」
ウィリアムの言葉の数々に、私は一瞬処理落ちした。
ん? 何をおっしゃっているの? やたらとべた褒めではないですか。ウィリアムの言葉が全く頭に入ってこない私だったが、彼の柔らかい表情に目を剥く。いやだってそれ、本気の表情じゃない。私知ってるよ。穏やかに言い方変えたりして気づかないけど、ウィリアムお世辞もほとんど言わないんだぜ。
出会って3回目の人に何神々しいスマイルを浮かべているの!? 過剰供給過ぎやしないか!? と引きつりかかる顔を必死に抑え込む。
「いえ、その私は、別に。姉の手伝いを、しているだけなので……。あっお茶を持ってきましょうか」
思わず否定する言葉が出てきてしまったが、いたたまれずに立ち上がる。
ちょっとだいぶ落ち着く時間がほしい。
そう思ったのだが、少々ウィリアムに呼び止められた。そして自分の手荷物から紙袋を渡してきたのだ。
「手土産におやつを持ってきたんだ。市販のパティスリーのものだから、出してくれるとうれしい。君は、甘いものは好きかい?」
「……はい?」
思わず私が素で返してしまってもおかしくないと思うのだ。
嬉々とした表情で差し出してきたウィリアムだったが、私が突っ立って受け取らないのを見るなりふむ、と悩む風だった。
「ああ男の子ならば、腹にたまるものの方が良いか。塩気の強いおやつも入っているぞ」
「ええと、お気遣いは無用なのですが。私たちは利害の一致、情報を融通し合う仲ですから」
大混乱の私の口から滑り出した言葉にも、ウィリアムはめげずにもっともだとうなずいた。
「まあそうだな。しかし、これから友好的な関係を築いていっても全く問題ないわけだ。ちがうかな」
「まあ、そう、ではあるのです、が」
「そういうわけで、一個人としては私は君と仲良くなりたいと、思うのだが。だめだろうか」
はにかむウィリアムに、私はぽかんとするしかない。
なんだこの男めちゃくちゃ公私混同してないか???
というか言葉こそお願いだが、表情は断られることも全く考慮に入れていない自信たっぷりな雰囲気じゃないか。
くっさすが王子様、ウィリアム得意の王子様スマイル! 反射的にハイと言ってしまいたくなる! なんで私がこれを見ているのかこの魔性カリスマめえええ!
なに、過剰供給!?なんで私明日死ぬの!?
マジうろたえして、視線をさまよわせる私に、ウィリアムはさらに身を乗り出してくる。
「それに、私は君から学びたい事柄がたくさんあるんだ。特にあの会場で購入した本がね……」
「わあああああああ!!!!!」
私は今までの萌えを全部吹っ飛ばして叫び散らかした。
急に叫び散らかした私にウィリアムは面くらい、トレントさんはすぐさま臨戦体制をとるけど、かまわなかった。
おおおい!ウィリアム! なぜその話を今、ここで持ち出すんだ!
私は思わずウィリアムに詰め寄って早口で言い聞かせる。
きっと目は据わっているだろう、彼が引くのを感じたが、これだけは言い聞かせなきゃだめだ。
「いいですかそういった話は、一般人がいる公衆の場所では持ち出しちゃいけないんです。自分だけじゃなく、書き手にも迷惑がかかる可能性があるんです。理解をしてくれる人としてくれない人がきっぱりと別れるので慎重に慎重を期さなきゃいけない繊細な話題なんですよ!!!」
「そ、そうなのかい?」
「そうなんです! 何より人の趣味をね、不用意に出しちゃだめです!」
トレントさんは30代前半。今起こりつつあるブームに対して理解を示せる可能性は五分と五分だ。ならば知らないほうが余計なさざ波が立たないで良いだろう。
ぜえはあしつつ言い切ったのだが、なぜかウィリアムは眉を寄せてさらに興味を持った様子だった。
肩をつかまれんばかりに迫られる。
「もしかして、ほかにも不文律があったりするのかな。もしや本の感想を送るにもなにか作法が必要とか」
えっえっ!? なんでそんなに興味持つの!?
というかこんなに顔を近づけられたら、私が化粧してるのがばれる!
動揺して目をぐるぐるさせていたが、救世主は私の背後から現れた。
「何をなさっておいでですか」
……――ただし、悪魔のような冷徹さで。
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、今日もスーツ姿、実業家モードのアルバートだった。
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