7 推しでもわからないことはある

「正確には、起こし方が見当がつかないって感じでね」


 驚く二人に対して、私はおずおずと続ける。


「ウィリアムのコネクトストーリーはちょっと特殊なの。確かなのはウィリアムの夢の中で起きるって部分だけで、前後がまったくわからないのよ。だからどうして彼が夢の中に囚われる事になったのかも不明」

「ウィリアム殿は、主殿の推しの一人でござろう? わからぬと言うのはいささか不思議に思うのだが」


 千草の指摘に、私は最大の難問を白状した。


「ええとね、彼の夢の中に『エルディア・ユクレール』らしき人物が出てくるのよ。それをどう解釈すれば良いのかわからないの」

「なんと、主殿が関わられると!?」


 ぽかんとする千草に対し、私はウィリアムのコネクトストーリーを思い返した。

『幸いなる幻夢の再会』と題されたそのストーリーは、勇者間でもだいぶ考察や解釈が分かれた一編だった。


 ウィリアムが目覚めると、そこには朗らかな淑女であるエルディアがいる。

 理想的な婚約者として平和に過ごし、エルディアと共に魔界の門の脅威にも肩を並べて立ち向かうのだ。

 エルディアが悪に落ちず、正義の味方として人生を歩む幸福な夢。

 それは、取り込んだ獲物に、望んで止まなかった光景を見せて、本人が夢に留まる限り魔力を奪い続ける魔族の罠だったのだ。

 まあもちろん? 絆を伝って助けに来た勇者くんによってウィリアムは振り払い幸福な夢を壊す決意するんだけども! ここが大変えもいのですが!


『……――私は生涯忘れない』


 ゲーム内でのウィリアムのセリフを思い出して、私は少しむぐむぐとした。けど、ストーリーの概要を咀嚼しようとする千草は気づかなかったみたいだ。


「主殿が把握している限りでは、エルディア・ユクレールは正史には出てこられないと言っておられたが。ウィリアム殿の未来には姿が見えるのか」


 驚きながらも疑問符を顔一杯に浮かべる千草に、私は順を追って説明した。


「うん、そうだよ。本編ストーリーは、私が知る限りエルディア自身は出てこない。でも各キャラのコネクトストーリーで“エルディア”の影はちらつくの。そして、その中でも唯一姿を現すのがウィリアムのコネクトストーリーなのよ」


 そう、エルディアは姿こそ出てこなかったけれど、様々なキャラのコネクトストーリーで匂わせるように現れる。

 エルディア推しの人は、そりゃあもう血眼になってキャラを集め、エルディアの影を追いかけるという執念をみせていた。

 その勇者ぶりを見るたびに、私は尊敬の念を覚えたものだ。

 その中で、唯一エルディアの立絵が再使用されていたのが、ウィリアムのコネクトストーリーだったのだ。


「でも、それが本当にエルディアだったのかは、考察班の間でも意見が真っ二つに割れていてねぇ」

「むむむ、夢なのでござろう? ならば悩むほどではなく敵の幻なのでは」

「それがね、ウィリアムが夢を壊す決意をしたとき、エルディアが言うの。『そう言うところが大嫌いだったのよ』って。しかも、彼が元凶の魔族ナイトメアと戦う時に間接的とはいえウィリアムに協力してくれるのよ」


 戦闘に関してはものすごく察しが良くなる千草は、理解したらしい。


「敵の幻であれば、敵が不利になる共闘をするのはおかしい。その夢幻の中のエルディアに意思があったと考える方が自然でござるな」

「そういうこと。しかも私がわかっているのはここまでなの。どうしてウィリアムが夢に囚われる事になったのかの前後関係も不明。アルバートの時みたいにうっかりイベントを起こしちゃうのもまずい」


 ヴラド戦は偶然なんとかなっただけで、ウィリアムのコネクトストーリーは不確定要素が多すぎる。リカバリなんて出来ないんだから。

 私が考えていると、黙っていたアルバートがようやく口を開いた。


「あなたがためらっているのは、それだけが理由ですか?」

「ううん。ためらっているつもりはないんだけど。そもそも勇者であるリヒトくんがいないとコネクトストーリーは解決できないし」


 アルバートにはいくつかのコネクトストーリーは共有していたもんね。でも、エルディアをはじめとした主要人物の考察ノートは分けていたから知らないことも多いだろう。ただ、いぶかしがられるくらいには元気なかったか、さすがアルバートめっちゃ鋭い。

 とはいえ方針はいつもと変わらないし、思いつつ私はパンッと手を叩いた。


「それでも! リヒトくんが帰ってくるまでに、ウィリアムのコネクトストーリーのお膳立ての手は回せると思うのよ。ウィリアムのスキルは、なにがなんでも習得してもらわなきゃいけないから。と言うわけで、フェデリーにいる間にどうにかして糸口を見つけよう。アル、私の考察ノートを全部取り寄せたい」

「かしこまりました。ものがものですから。信頼できる者に運ばせましょう」


 アルバートが会釈をするのに、私は彼の淹れてくれたお茶を一口のんだあと、思考を切り替える。


「ひとまず今は、目の前の問題ね。フェデリー王都で投資している貿易商会について確認するわよ」


 アルバートは心得たもので、ワゴンに乗せていた資料を取り出し手渡してくれる。


「結局あのエイブ商会はどうだったの?」

「あなたが死んだように眠られている間に、潜入させていたうちの者から報告がありました。黒です。横領は確かなようですね」


 淡々と語ったアルバートに、私は深ーく息を吐いて報告資料をめくる。そこにはホワード商会の傘下であるエイブ商会で起きていた横領だ。

 ホワード商会の主な事業は、投資とどんな事業をすべきか助言するって言うコンサルタント業である。そして、フェデリー王都にあるエイブ商会が取り扱っているのは魔晶石の生成に必要な素材の輸入と輸出だ。

 これはユリアちゃんとリヒトくん達が、魔法や装備品の強化で困らないように独自に確立させていたのだけども。そこで上がるはずの利益が、納品されているはずの素材で上がる想定利益より過小評価されて報告されていたことがわかった。

 過小評価する理由は、コンサルタント代が上がった利益のパーセンテージで決まっているからなのだろうけど。

 つまりはどこかで中抜きされている訳で、フェデリーに私達が出張ってきたのはその横領の証拠を押さえるためだった。


「収支の数字が不自然だと思っていたらこうだもんねえ。ちゃんとお休み日も作ってお給料は支払うようにちゃんと指導していたつもりだけだけど」

「こういった欲望は際限がないものですから。より楽に富を得られる方法を見つければ目先の利益を追求してしまうのでしょう」


 私のぼやきに肩をすくめたアルバートだったが、憂いを帯びた表情になる。


「本来ならあなたを出張らせたくはなかったのですが」

「でも、業務改善に送り込んだ人たちが『問題ない』って答えた後、エイブ商会に出向したまま帰ってこないんでしょう? しかも横領はずっと続いているんなら、明らかにおかしいもの。それなら私が出張ってざくざく原因を解消してしまった方がいいわ」


 エイブ商会と独立しているように見えるが、実質的はホワード商会のフェデリー支部だ。

 なんて言ったってフェデリー内にある商会は、絶対に死守しなきゃいけない拠点だもの。私が出張る価値がある。

 素材はめちゃくちゃ貴重なんだぞ。主に戦闘で使う魔晶石の強化に使うのだが、遠方のフィールドでしか手に入らないようなものもある。

 ゲームではほいほい遠征行って狩っていたり、お金を稼いで購入したりしていた。けどリアルではそうもいかない。素材の回収と仕入れ、そして物流がしっかりしていないと必要な時に素材が手に入らないんだ。

 ゲームですら素材集めには苦労して周回周回また周回……。イベントで目当ての素材が報酬に出てきたら、目の色変えて完走したもんだ。それくらい重要なのである。

 強化が間に合わなくて敗北するなんて悲しすぎる。

 アルバートもまた納得した様子だったが、それでも悩む風だ。


「犯人を捕まえるにしても、あなたが表に立つのは得策ではありません」

「まあそうよね。慎重にやらないと隠蔽されちゃう可能性があるもの。こっちも状況証拠しかないし」


 そう、なにせ横領の証拠をみつけた人たちはみんな「もう解決した」って言葉しかよこしてこなかったし。ただ私はにんまり笑う。


「それでもトップが現場を目撃したら、逃れようがないでしょう? 男装で思いついたんだけど、こんなのはどうかな?」


 私が手はずを語ると、アルバートと千草は、紫と金の目をそれぞれ見開いて驚きを露わにした。


「私は裏方だし、影で暗躍するほうがらしいでしょ?」

「まあ、よいでしょう。病巣の切除は手早くすべきではありますから」

「うむ、荒事なら任せていただきたい」


 アルバートはちょっと肩をすくめつつも微かに唇の端を上げているし、千草も刀を引き寄せて頼もしく答えてくれる。

 ふふ、自分のものはしっかりと手綱を握りなおしておかなきゃな。


「内部の子とはもう打ち合わせすませてあるよね? なら迅速に決行は近日中で良いかしら」

「かしこまりました。ではそのように」


 優美に頭を下げるアルバートに見とれつつ、私は久々に悪役っぽいことにむけて、気合いを入れていたのだった。

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