6 紙本は良く効く
エモコミ会場から離脱し、フェデリー王都の郊外にある屋敷に帰った翌日。
私は溶け崩れていた。
「ご本が、尊い…………」
一冊ずつじっくり心の栄養にしようとしたはずなのに、我慢なんてできずに一気読みをしてしまったからだ。
流石に翌日に響かないように夜は寝たけれども、それでも頭にどばどばと強火の萌えと幻覚とときめきをたたき込まれた。
おかげで心が泉のように潤っていた。みんな業の深い萌えを持っているんだな……。
「はーーーーー……。今回のご本最高では……。きみまろさん神ってませんか。神ってる。まさかこんな上質なヤンデレ溺愛物を読めるとはおもわなかった。なんだよヒーロー無自覚の時ですら甘かったのに、自覚したとたんずぶずぶ溺れるみたいに恋をするなんて……ひえ、こわ。しかもヒロインちゃんもまだ気づかないひえ……」
今思いだしてもだもだとするのだ。今回はやばかった本が沢山あるのだ。
前回開催されていたエモコミの会場規模は今回の半分で、雑誌には参加抽選に落ちた悲しみの投書が大量に寄せられていたという。つまり、それだけ胸に萌えをくすぶらせていた同志がいたのだ。
何より私がどきどきしたのは、特に薄い一冊だった。けれど、ぱらりとめくれば全部イラスト……否、コマ割をされた漫画の体裁を成していたのだ。私が自分で本を作るという文化を提唱してから数年。小説本が主流の中でまさか、こんなに早く漫画が読めるとは思わなかった。
私の画力が及べば漫画を描くのに、難しい悔しい。
「まさか、こんなに早く漫画が読めるようになるとは思ってなかったよおお……。ビリーさんマジでありがとう愛してる。これは全力で感想を送らなきゃいけないな。うふふこんな貴重な漫画描きさんを逃……こほん、応援しなきゃいけないわね。よーし! 感想のお手紙気合い入れて書いちゃうぞぉ!」
今の私は萌えパワーが充填されて無敵モードである! 何でもできそうな気がするんだ!
「……あのう主殿」
上体を起こして拳を突き上げていると、酷く申し訳なさそうな顔をした千草が、兎耳をへにょんとさせつつ手を上げていた。
今日の彼女もいつもの和装である。
はっ今は屋敷のサンルームで作戦会議中だった。部屋にいるのは今回一緒に来てくれていた千草と、お茶を用意しているアルバートのみだ。
空良はリソデアグアの屋敷を守ってくれているから今はいない。
とはいえフェデリーの屋敷を管理してくれている子達も、信頼できるうちの子だからゆっくりできるんだけどもね。
だって、フェデリー……特に王都は、私にとってもイベントが豊富で常にチェックをしておきたい場所なんだ。だからこの屋敷にも信頼できる人を置いているさ。
まあそれはともかくとして、私がむくっと身を起こして、ワンピースドレスのしわをちょいちょい伸ばすと千草がほっとした顔になる。
「なあに」
「うむ、昨日の騒動は災難でござったが、主殿が懸念されている物がわからなくてな。ウィリアム殿下のコネクトストーリーが起きておらぬと、具体的にはどのような悪影響があるのだろうか」
あーたしかに、昨日は久々のイベントでハイテンションの後力尽きてたから、ろくな説明をしてなかった。
私はこほんと咳払いをした後、頭の整理をするためにも答えた。
「話が少し遠回りになるけど、魔界の門からの精神干渉があるの覚えている?」
「むう、瘴気でござるな。なんとも心が重くなる上、浄化の魔法のみでしか防げぬのがやっかいだと思っておったが」
「ウィリアムの技はそれを防げるんだよ」
「……は?」
ぽかんとする千草の反応はもっともだろう。だって政府からの発表には、魔界の門からの悪影響は聖女候補にしか防げないとされているんだから。
もう、フランシスが情報提供したから、瘴気に関しての対処法はフェデリーでも練られ始めているはずだけども。
「流石に、魔界の門……ひいては魔神の支配下に陥った魔物を正気に戻すまでは無理だよ。でも、あらかじめ防げるウィリアムの魔法は、今後の展開には絶対に必要になってくるんだ」
魔界の門を前にした戦闘はこれからどんどん増えていく。魔界の門からの弱体を解除できないと難易度が跳ね上がるのだ。
弱体解除、または弱体無効持ちキャラがいなかった場合、聖女であるユリアちゃんを固定メンバーに入れなきゃいけなくなる。だが、パーティ編制に大きな制限がかかってしまうのだ。
アルバートのように自力で弱体を解除できるキャラもいる。けれど、パーティ全体の弱体解除ができた上で弱体無効化ができるウィリアムは破格の性能だったのだ。
だがしかし、レアリティ最上級である星5を冠していたウィリアムだったが、はじめからここまで強かった訳じゃない。
「その、ウィリアムの必殺技の効果が変化するのが、コネクトストーリー後なのよ」
ウィリアムは最上位レアリティ星5として初期から実装された。だが、初期では全体攻撃力強化倍率がそこそこ良いだけの、ぶっちゃけ言えば他のキャラでも互換できる、ぱっとしない性能だった。
けれども、フランシスとのあれこれが終わった後に実装されたウィリアムのコネクトストーリーで、王子に相応しい唯一無二の人権キャラ、ぶっ壊れ性能に成長したのである。
コネクトストーリー実装後の衝撃は凄まじく、理性を失った勇者達はありったけの強化とレベリングをし始める結果になったものだ。
初期から愛して使っていた私は、愉悦の気分でその阿鼻叫喚を眺めたものである。
……っと、その話は置いといて。
私が言ったことに、千草が納得した様子でうなずいている。
「なるほど、魔道書が精神攻撃をしていたのであれば、戦術的にウィリアム殿が技を使わないのはおかしい。つまりウィリアム殿はコネクトストーリーを体験しておらぬ、と判断したのであるな」
「さすが千草。その通り」
「光の王子」とも称される、ウィリアムらしい必殺技に変化したそれは、彼の最前線に立って民を導き守る、という信念を体現していて感動したものだ。
もちろん昨日の魔道書の精神攻撃にだって有効だった、スキルが変化していたんなら真っ先に使うだろう。国民が危険にさらされているのなら、ウィリアムは迷わず行動するのだから。
「今後の生存率を上げるためにもできれば取っといて欲しかったんだけどなぁ」
「うむ、戦場では使える手数が多い方が良い」
私と千草でうなずいていると、目の前のテーブルに紅茶が注がれたティーカップが置かれた。もちろん我らがアルバートだ。いつもの折り目正しい執事服姿の彼は私を覗きこんでくる。
「では、さっさと起こしてしまいましょう。あなたであればどのような状況で起きるか、条件もすべて覚えているでしょう」
「おお、そうだな! 主殿は何せ千里眼をお持ちなのだから。なによりウィリアム殿はより勇者殿らに近い御仁。良く見通せるでござろう?」
アルバートだけでなく、千草の純粋な信頼に私はぎくっと肩を震わせる。
「ウィリアムのコネクトストーリーはどんなものなのですか?」
なんの疑いもなく訊ねてくるアルバートの紫の瞳が後ろめたく、私はうろ、と視線をさまよわせる。
うん、うん。できれば私も答えたいとは思うんですけどね。
「実はわからんのです」
「……は?」
さすがのアルバートでも驚きに目を見開くのに、私はごまかすように人差し指同士を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます