5 アクシデントもたまにある


 悲鳴と同時に爆発音が鳴り響く。

 そっちの方角は、古書販売コーナーか!

 会場を揺らすほどのそれに、私はアルバートと連絡を取るか迷った。

 けれどその一瞬でウィリアムが走りだしたのだ。


「君、そこで待機していなさい!」


 うおおいちょっとお! 王子様が率先してトラブルに巻き込まれに行くんじゃない!

 けれどもこれで穏便に連絡が取れる、と今日もしている小型のイヤリングに触れると、即座にアルバートと繫がった。


「状況はわかる?」

『外に待機していた者から、魔法を使って暴れた馬鹿者がいたと連絡がありました。そちらはなぜか偶然居合わせた騎士達によって制圧中ですが、古書コーナーの中に紛れ込んでいた魔道書が、外の魔法と感応して暴発したようです』


 おう、そのなぜか偶然居合わせた騎士達は、さっきまで一緒に行動していたウィリアムが理由だろうけど!


『古書コーナー近くに待機しています。指示を』

「ウィリアムが駆けつけちゃってるからそのまま待機! 危なかったら手を出して」

『かしこまりました。あなたも鎮圧には参加されないように』


 うっ釘を刺された。わかっていますとも、流石にウィリアムの前で堂々と魔法使ったら危なすぎる!


 魔道書は、言葉そのまま魔法に関する記述が載せられたものだ。基本的に貴重なものだから盗難防止に防衛魔法が掛けられている。ただ、うっかり余分な魔力を帯びると暴発することがあるんだ。取り扱いにはそれなりに注意が必要なんだけども、便利ではあるからさくさく売買されている。

 要するにこういうトラブルは珍しくない。けれども、今この会場で起きて欲しくなかったかな!

 私がたどり着いたとき、頭の中に不協和音のような耳鳴りに顔をしかめる羽目になる。


 ぐっ、これは精神干渉系の魔法かっ。

 ゲーム内では魔法系技能が使えなくなったり、攻撃力が半減したりとかなりやっかいなデバフをされた覚えがある。この感触だと攻撃力ダウン系かな。にしても実際に食らうと相変わらずきっついな。

 ぐわんぐわんと頭を揺さぶられて、集中するのを阻害される感じがすごく不愉快だ。

 思考を乱れさせるそれに、私は顔をしかめながら虚空に浮かぶ複数の魔道書を睨む。


 それらはばらばらと様々な紙が舞い散る中で、無差別に暴風をまき散らしている。そのせいで紙をはじめ、机や椅子まで凶器のように飛んできて非常に危険だ。たぶんあの中の一冊が精神干渉系の魔法を使っているんだろう。

 しかもこの精神干渉で、お客のお嬢さんは急な事に対応できずにまだ立ち往生している。このまま暴れ続けられれば、みんなが一生懸命作った本が吹き飛ばされるし、けが人が出れば今後の開催にも影響が出るそれはめちゃくちゃ困るんだよお!

 駆けつけたとはいえ、私にできること言えば、吹き飛んでくる飛来物の影をこっそり縛って勢いを緩める位なんだけども。

 アルバートは精神系の魔法に耐性があるから自分で解除できる。最悪彼にお願いすれば大丈夫。

 そもそもウィリアムがいれば問題ないだろう。だって彼は全体攻撃持ちだし、デバフ解除方法も持っているから、あれくらいの魔道書なら問題なく追い払える。

 と思っていたのだが、ウィリアムは苦しげに体をよろめかせたのだ。


「精神系の魔法か。やっかいだな」


 そのつぶやきが聞こえた私は、思わずぽかんとウィリアムを見た。

 まって、その表情だとまさか知らない? けれどもウィリアムはパニックになりかける周囲に対して、声を響かせた。


「全員、壁際まで待避しなさい!」


 その覇気のある声は暴風の中でもよく響いた。しゃがみこんだり立ち尽くしていたお客さん達が、雷に打たれたよう我にかえるなりよろよろと走って行く。

 さらにウィリアムは懐から杖を抜き放つと、青の瞳で魔道書を射貫く。

 そのまっすぐな瞳の横顔に宿る闘志に私は思わずきゅんとなった。ああいやいや待て待て今、修羅場!


「無辜の民を害する者よ、我が光輝を恐れるが良い!」


 左手に取り出した杖をぶんと、振った瞬間杖の先が光の刃が現れる。同時に、魔道書達の周囲に硝子のような光をはらんだ壁がたちはだかった。暴風が一時的に遮られると同時に囲まれた壁の周囲に無数の光球が現れる。冴えた光輝はあたりを満たすと、ウィリアムの金の髪に風をはらみ、まばゆいばかりに輝いた。


絢爛たるシャイニング勝利を告げしヴィクトリー号砲キャノン


 明確な勝利を約束する、冷徹なウィリアムの号令が響いた。瞬間、一斉に光球から鮮烈な光線が発射される。そして光は壁を透過し閉じ込められた魔道書へ襲いかかった。

 耳をつんざくような爆発音はするが、衝撃は襲ってこない。その代わりに透明な壁がちらちらと消え去り、爆風と煙が流れ出す中、私は目をこらす。恐らく暴風を起こしていた方は大したHP……耐久力はないやつだ。だがさっき精神攻撃をしていたほうは――……

 煙の中にふわりと浮かんでいるのを見つけた。


「まだです!」


 私が叫んだとたん、ウィリアムは杖を振り抜く。その前に少し端の焦げた魔道書がばらりとページをめくり、再びずしんと頭と体に重みを感じた。

 けれどその瞬間、薄もやに紛れるように赤く細いものが鋭く飛んでいくのが見えた。

 見慣れた私だから気づけたのだろう、その細いナイフが魔道書を貫く。体が軽くなった刹那、ウィリアムの杖から光球が発射された。

 光球に焼かれた最後の魔道書が、力を失い床に落ちたことで、室内の空気が安堵に弛緩する。

 そんなウィリアムに外で鎮圧をしていた騎士達が駆け寄ってきた。彼が撒いた護衛がようやく追いついたのだろう。


「ああ、報告を頼む。ああところで君……、君……?」


 騎士達に応じたウィリアムが不思議そうに周囲を見渡すのを、私は横目で見つつ喧噪の輪からするすると抜ける。

 輪の外に出るとアルバートが気配もなくすぐに近づいてきた。


「さっきは追い打ちかけてくれてありがと」

「それが私の役目ですから。荷物は纏めてありますがいかがしますか」

「さすがアル。じゃあ行きましょう。ぶっちゃけこれ以上ウィリアムに突っ込まれても困る」


 すまし顔のアルバートの当然ですとばかりの表情はもう、垂涎ですね。アルバートは精神干渉やデバフ系は自分で解除できるから、唯一あの場で一番まともに動けたんだ。

 水を差されたとはいえイベントの空気は充分に味わった事だし、とんずらかますのが一番である。


「王子が手こずるとは思いませんでしたが……ではエルモ、行きましょう」

「うん」


 私はアルバートにうなずきつつ、けど彼が不思議そうに言った言葉に、少し考え込む。

 そう、できる、と思っていたんだ。

 だって、「光の王子」と称されるウィリアムには、あるスキル……全パーティの弱体化解除+弱体無効化というのを持っていたから。

 今回の一戦では真っ先に使うスキルだろう。でもそんなことする様子すら見せず、ウィリアムもまた攻撃弱体化していたのだ。

 戦略的にも戦術的にも考えられるウィリアムが有効な手段を使わないのもありえない。

 そうして私は記憶を掘り起こす。スキルを手に入れる条件を。


「もしかしてウィリアムのコネクトストーリーが起きてない?」

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