三章

1 祭り参加は譲れない

 私ことエルア・ホワードは奮起した。

 必ずこの艱難辛苦を乗り越えねばならないと決意した。

 眼前には私がこの世で一番推していると断言できるアルバートが、冷め切った紫の目で見下ろしている。


「エルア様。説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 時刻は深夜、とっくのとうに消灯時刻になっている屋敷内で、私の部屋だけは煌々と明かりがともっていた。

 くそ、私の闇魔法を駆使してカムフラージュしてたのにバレるのが早かった。

 じり、じりと壁際にまで追い詰められた上に、どん、と顔の横に手を突かれてのぞき込まれる。流れるような壁ドンにひっとなる間もなく、彼が首をかしげた拍子に艶やかな黒髪がさらと流れる美しさに見惚れるが、声は氷点下だ。

 くっこの表情! ゲーム時代のアルバートが裏切った依頼主をおい詰めた時と同じじゃないか。淡々と短剣振るって息の根止める3秒前! 命乞いの言葉すら許されない無機質で冷徹なアサシン顔! 私が好きなアルバートの表情ベストファイブに入る殺意満点さ!

 やべえなつまり激おこ一歩手前じゃないか。いやいやそれでも己の命をかけてでも貫き通さねばならぬものがある!

 ぐっと覚悟を決めた私は、その場に正座し、心を込めて床に手をついて土下座した。


「エモコミに参加させてください」

「駄目です」


 アルバートは非情だった。




 こんばんわっ。今日もお日柄も良く原稿修羅場がバレた私だよ!

 くっ不可を出されたことは想定内だ。しかし流石に土下座を即断された事は衝撃で硬直していると、アルバートがゆっくりと、私の室内を見回し確認した。

 テーブルには私がタイプライターで書き散らかした小説の原稿と、書き損じた紙、めちゃくちゃ赤字が入ったプロット。そして部屋の隅で私を監視してくれていた千草がおろおろとしていた。

 かくいう私も頭には目覚まし用のはちまきを巻いており、栄養ドリンクを今日だけで2本キメている。

 まあ要するに典型的な原稿修羅場の光景だった。

 仕方がない。最近ほったらかしにしてしまっていた商会の仕事が忙しい中で、こんなことしてるんだからな。

 さらに、ガチャリと扉が開き、もう一人のメンバーであるフランシスが戻ってきた。


「エルア、この謄写機のインクって……あれ、もうバレたのか」


 呆れた顔で肩をすくめる彼が抱えていたのは、魔法で動く印刷機だ。専用の紙とインクで描かれた原稿をセットして魔力を注入すれば、原稿そのままの紙を印刷できるという、この世界での家庭用コピー機である。印刷の出来具合は個人の魔力量や技量に影響されるけれど、これの開発のおかげでこの世界にも同人文化が大きく広がったのだ!私開発頑張った! 最高!


「エルア様」


 ……現実逃避くらいさせてくれ。もはや氷点下どころか絶対零度の声音で私を呼んだアルバートは、そりゃあもうきれいな微笑を浮かべていた。怖い、背後に般若すら浮かんでいる気がする。いや浮かんでるな?


「あなたが夜に創作活動をされているのはわかっていましたよ。前々からどんなに疲れていても、創作をやった後とやらないで眠った後では、パフォーマンスが違いましたから止めませんでした。ですが本日で徹夜3日目でしょう。昼間に居眠りまで始めれば流石にやめていただかなければいけません」


 まあそうだよね。だってアルバートは夜が活動時間になったのだもの。私がせっせと働いているのも時間の問題だとは思っていたさ。私が悄然としていると、アルバートの矛先は千草に向かう。


「千草もだ。なぜエルア様を止めなかった」

「そ、そのう。エルア殿があともう少しで終わるから……と、それから寝かせないで欲しいと懇願されて。これを終わらせないと私の命に関わるからと言われてしまえば、お止めする訳にもいかず」

「それはエルア様の常套句だ。そのあとちょっとは5倍かかるうえ、終わらせないと終わるのは締め切りだ。その代わりに健康が守られるだけだから遠慮せずに止めろ」

「なんと」

「締め切りを破ったら駄目なんだからやっぱり終わるじゃない!」


 もぞもぞする千草の説明を論破したアルバートは、私が悲鳴を上げても無慈悲だった。

 さらに矛先を入ってきたばかりのフランシスに向ける。


「しかもなぜフランシスまで同人誌を作っている」

「はじめはアンソンの写真と交換で印刷を手伝ってただけなんだけどね。解釈違いは創作で殴れって言われたから、アンソンをモデルにした小説を出すんだ。……絶対僕のアンソンの方がかっこいいし」


 うんうんフランシス、そのままこじれた想いを読ませてくれ私が楽しい。

 ついでにもう二度と思い詰めないように発散してくれ。ちなみに彼の頒布物は私が預かってエモコミで頒布するつもりだ。彼はもうフェデリーに入っても大丈夫なのだが、立場が不安定な今、まだ戻る気はないらしい。でもこのままだとアルバートが許可してくれないんだ。

 私は正座を維持したまま、アルバート見上げて訴えた。


「アルバート。エモコミはこの世界で目覚めてから待ちに待った一瞬なの。みんなが心の中にくすぶらせている萌えと強火の幻覚を具現化して、叩きつけ合う夢の祭典。雑誌の上でしかやりとりできなかった我が盟友と、顔を合わせて萌えを語り合えるのよ」

「それも存じております。あなたの学生時代も秘密裏に月刊雑誌を立ち上げて交流会を企画してましたし、小規模の頒布会ならその頃もありましたから。何より彼女たちからの相談の手紙を仲介したのは俺ですよ」


 そうだったね! どうしても萌えを語り合いたくてでもエルディアの顔ではできないから、文通や自分が描いた小説を投稿できる雑誌を立ち上げるところからスタートしたのだ。

 ペンネーム、つまり匿名性だったから貴族のお嬢さんも平民の男の子もあの場では、一切関係なく己の萌えを叩きつけ合える。雑誌社を一つ買い取って、発行をお願いした私ですら驚くほどすさまじい勢いで広がった。

 フェデリーで在籍していた学園でもあっという間に流行り、接点がないはずの貴族と平民がお互いのペンネームを知った結果、親友になるという現象が続出したものだ。推し絵師や推し字書きが出会うドラマを、私はリアルタイムで楽しむ事ができたものだ。

 途中から本編ストーリーを進める事に手一杯になって学園内で頒布会が立ち上がる所までしか見れていないけど、その後も雑誌などを通して彼女達の活動は見守っていた。迷っている様子の時はそっと私の同人活動知識を分けてあげたが、それも微々たるもので、彼女達は独力で大型頒布会を企画するに至ったのだ。

 それが今回のエモコミである! 

 第一回目はまさにエルディアの追放イベントの佳境でどうしても行けなかった。だからせめて第二回は参加したい!


「我が同志たちが自分たちの努力で企画して、ようやく大きな会場を借りて開催できるんだよ! 私が彼女達の勇姿を間近で見ないわけには行かないでしょ。そもそも私も限界です萌えを摂取したいし、私の萌えを発信したい! もうサークル申し込みはしているし後は頒布物を作って乗り込むだけなの。これに参加するのが最近の生きがいだったのお願いアルバート!」


 今までどんだけ供給があったと思っている。そろそろ形にしないと頭が爆発しそうなんだ!

 だがアルバートの冷え切った目は緩まなかった。


「ですが開催地はフェデリー国内、しかも王都ですよね?」


 あ、やば。

 ぎくりとしていると、そこまで知らなかった千草がぴくんと白いうさぎ耳を立たせた。



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