28 不意打ちファンサは目の毒です
私が問いかけると、アルバートは眉宇を顰める。
「……何を言わせたいんです」
「なあんにも」
そうだったらうれしいなあと思うけど。
今度こそ力を抜いて、私はアルバートの体に背中を預ける。
知ってる。ゲーム時代のアルバートと今の彼が違うとはいえ、根幹は同じだ。2次創作と考察を現実と一緒にはしないけど、それでも私はアルバートを一番見てきたと自信を持って言えるんだ。
アルバートは愛し方が歪だ。ごく少数の懐に入れたものはとことんまで大事にするけれど、自分だけを見て自分だけに注目して欲しいと願っている。
それが甘やかすになるか、痛めつけるになるかはその時々で変わる……要するにドSなのだ。
独占欲とはまた違うんじゃないかなーと私は考えているんだけど、それでも私が推しを推し続けるのを許してくれることが奇跡みたいなもんだと思ってた。
人によっては、アルバートは推すけれども友達、恋人にはしたくないと言う意見もあったけれども。私と言えば。
アルバートが低く固い声で問いかけてくる。
「あなたは、被虐趣味はないでしょう?」
「そりゃあ痛いのは嫌だし全力でご遠慮申し上げるけども。アルバートがそれをしたいって言うんなら良いよ」
アルバートが息を呑むのを感じて、私の手の中にある左手が逃げようとする。
なんだ畜生、まだ伝わってなかったのか。
私はすかさずその手をぎゅっと捕まえて、彼の見開かれる紫の目を見つめた。
「まだ私が信じられない?」
あなたが好きだと言うこの気持ち。アルバートと出会ってから10年ずっと言い続けているけど、はじめの1年くらいは鼻で笑われていたさ。その後5年くらいは理解して貰えたけどけっこう淡々としていて、いつかは飽きるだろうって顔で見られていた。
今でこそ100%自信を持って、私の推したい気持ちに納得してくれている。けど、彼の性格上私が愛してると思われる「ゲーム上の自分」や「一般的以外」から外れる欲求は隠そうとすると思うんだよね。たとえ自分本来の欲求でも。だから何度でも伝えて行動するよ。
「私はあなただったら受け入れるし、あなただけは私を好きにして良いんだよ」
私が見上げたアルバートは、す、と表情を落とす。それはアルバートが一切感情を取り繕わなくなった合図だ。
アルバートはにこにこはしないけれど、普段は当たり障りのない穏やかな表情を取り繕っているからな。彼が表情を落とすと端正さが強調され、いっそ怖いほどの冷たさを帯びる。
私が捕まえていた彼の左手がくるりと反転し、私の指と絡めて握った。
「俺、あなたの苦痛にゆがむ顔も好きなんですよ」
「それ、ちょっと違うでしょ。あなたに与えられる苦痛でいっぱいになっている私が好きなんじゃないの?」
ゆっくりとアルバートが瞬く。
どれだけあなたにぐずぐずにおぼれていると思っているの。こうして手を握って貰えるだけで嬉しさで舞い上がりそうなのに。
ゆっくりと、私の指の間を擦るように撫でながら、アルバートは言う。
「俺が、俺以外をその瞳に映すな、と言えば?」
「あれ、言うの? 私が萌え散らかしてるのも好きなんでしょ?」
「……っ」
「まあ、私もできない約束はしないし、残念ながらこの思考は筋金入りだからなあ。あ、でも今のアルバートなら、頑張れば眷属化できそうだよね? 私をそうするにしても、魔神を倒すまではちょっと待って欲しいかな」
「本気ですか」
アルバートの、にわかに信じがたいとでも言いたげな、かすれた声音におもわず顔がほころぶ。
いやあそんな風に言ってくれるなんて、冗談やたとえばでもうれしいなあ。アルバートが私を独占したいってことじゃない。こんな風に考える私も大概だと思うんだよな。
「それに、流石に推しだからって何をされても良いとは思わないよ。こんなこと言うのアルバートだけなんだから」
ぐ、とアルバートの唇が震えた。
ゆらゆらと紫の瞳の色彩が揺れている。青が強くなったり、赤みが入ったり。ああきれいだなあと思う。理解できないものを見るような、私の真意を根こそぎ暴こうとするような眼差しだ。
長い沈黙の後、ぽつりとアルバートが言った。
「そんな風に言っていると、いつか俺に殺されますよ」
「うん? アルバートに殺されるなら最高じゃない? 私、ろくな死に方しないだろうと思ってるし」
ねー。こっちに来てから私だいぶいろんなことしたからね。悪い人間になったもんだぜ。
最後を最推しの手で迎えるってオタクとしてだいぶ罪深くも夢の一つなんだけど、体現してくれるなんてアルバート優秀すぎないか。
感動しながらもにこにこしていると、私を見つめていたアルバートが深ーく深ーくそりゃもう地下に届くんじゃないかって言うくらい深くため息をついた。
「あなたが死んだら、すぐに追いかけますので」
「えっそれ駄目じゃんアルバート生きなきゃ!?」
「あなたを一人で逝かせる訳にはいきません。死出の旅までお伴しますよ」
「あ、待ってそれなら殺さないで、アルバートが生きていないなんて耐えられない!」
これはゆゆしき事態ですよ。なにがなんでも生き延びなきゃいけなくなった。
わたわたとしてしまったけど、というか、アルバートが私の手を握りつつ指をすりあわせてくるのがものすごくくすぐったいんですけど。
ささやかなのに絶妙に無視できない感触が、すごくドキドキする。
けれど、なぜかアルバートはもどかしげに眉をよせた。
そのまま開いている右手の手袋を口に持っていくと、指先を噛んで無造作に外したのだ。
まってくださいアルバートさん、えっちすぎでは???
ひぃ、と息をのむ間もなく、手袋をぞんざいに捨てたアルバートの露わになった右手が、私の頬を撫で、首筋をなぞっていく。
手袋越しとは違う生々しい感触に硬直していると、腹に下りてきた腕は私を抱き込み、ぎゅう、と苦しいほど力が込めてきた。
心臓はすでにばっくばく鳴っている。私はこのときめきを叫びたい衝動に駆られたけど、なんだか込められるお力がすがりつくようで必死でこらえた。
アルバートは左手の絡めていた指を外すと、左手の手袋も中指を噛んで脱ごうとする。
えっお代わりあるの!?
つい、ごくりと唾を飲み込んだ私に気づいたのだろう、アルバートが視線に愉悦を乗せた。
ゆっくりと、見せつけるように脱ぎ捨てると、ぽとりと手袋を落とす。
普段、ものは大事に扱うのに、それが彼の余裕のなさを表しているようで。
アルバートはあらわになった左手で私の頬をなでた。
体温が、近い。
彼がちいさく溜息をついた。
「少し馬鹿らしくなりました」
「なにが?」
「あんなことをされた後でも、あなたは俺に抱き込まれるだけでこんなに胸を高鳴らせているのに。今更悩む自分がおかしくて」
「やっと、わかってくれた?」
めちゃくちゃほっとするんだけど、アルバートが頬をなでて首筋を細やかに撫でてく指の温度にぞわぞわする。
指先は腕をたどり、私の左手に手の甲からするりと指を絡めると持ち上げた。
アルバートは、そのまま私の手のひらに口づけると、額を押し当てる。
まるで私がここに居ることを、確かめているみたいだ。あるいは、自分の触れていい物だと印を付けているような。
吐息に紛れてしまいそうな彼の笑いは、愉悦なのか、それともほっとしてるのかわかんないけど。どっちにしろ美味しい。アルバートの蜘蛛の巣になら喜んで飛び込むからな。
「エルア様」
「なあに」
いつの間にか腹に回されていた腕がほどけ、私の首筋を撫でている。
ちらと見上げたアルバートの横顔はいつまでも見ていたくなるほど美しく、感情の色が薄い。でも人形というには、その表情にある色は生々しい。
「さっきはああ言いましたが、喉が渇いているんです」
「いいよ」
私が簡潔に答えると、アルバートは躊躇なく首筋を食み、かぷりと牙を立てる。
いつもよりも、じんわりと牙が沈んでいくのを感じた。
痛くないのにはほっとして、しびれるような違和感がくすぐったくて思わず笑ってしまう。
手は握られたまま、私を抱き込むように力をこめられる。
温かくて、優しくて、心地良くて。はからずも癒やされて、なんだか眠くなってきた。
アルバートの吸血衝動は引いたんだろう。顔が上げられたけれど、腕も手も離れない。
「どうしたの?」
「少し寝ます」
え、と思ったとたんアルバートに抱き込まれたまま、ソファにぽすりと横になる。
……………………は?
えっまって。ねえまって。確かにね、このソファ寝転がって読めるように広めに作ってあるよ。
でもまさかそんなことをするとは思ってないでしょう!?
しかもいつの間にか向かい合う形になってる!?
「ちょっアルバート!? いやっえっまっ」
目の前にアルバートのジャケットとベストに包まれた胸がある。
低い体温を感じながら、よりぎゅうっと抱きしめられた私は声をうわずらせる。けど、アルバートは私の髪をそっと撫でるばかりだ。あ、ちがうくつくつ笑ってる。
「さっきのほうがずっとすごいことしてたでしょうに」
「あ、あれはあれ! これはこれだよ! というか今アルバートの萌えがじんわりと押し寄せてきて心臓痛いしめちゃくちゃときめき止まらないわ。手袋を歯で脱ぐなんてどうやって覚えた」
「ただの利便性ですよ。あなたが先ほどいいかけたフランシスのことは気になりますが」
「あっそうだよ実は」
言いかけたら、とがめるようにぎゅっと腕の拘束が強まった。
「後にしてください。あなたも少しは休んだ方が良い」
「ううう……」
耳元でささやくなんて卑怯だぁぁぁ!!!!!
これは絶対休まらないんですけど。心臓ばくばくしているんだけども!
だけど、そろりと見上げるとアルバートの表情が気が抜けたように穏やかでなんも言えない。
ついでにドアップの彼に心臓を持って逝かれたため黙り込むしかない。
しかも、ふ、と笑ったアルバートが私の目の前で目を閉じたんだぞ!?
ああああぁぁぁ……! と叫びたくなるのを全力でこらえた私は震えながらアルバートの腕に収まり続けるしかなかった。
だってアルバートが人のそばで眠っているんだぞ!? すぐ起きられるように眠りが浅いだろうけど、それでも気を許しているわけで。騒いじゃダメだ、呼吸音すら妨げになるこの眠りを守りたい。
ただ、これだけは、言わせて欲しい。
「推しが尊くてしぬ」
いろいろ考えなきゃいけないことはあるけれど、それだけはき出した私は。
一生懸命目をつぶって眠ったふりをしたのだった。
今日も推しからの過剰供給に尊死しつつ生きてます。
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