27 捨て身が必要な時もある
フランシスが再び映像にかぶりつくなか、視聴室を後にした私は腕を組んでぐう、と考えこむ。
『姿はベールに覆い尽くされていて姿は見えなかった。けど人の服をきて人の形はしていた。声からして女だとは思うけど、アルマディナみたいな魔族もいるからな。種族までは特定できない』
『フランシス、なんでその人に協力しなかったの?』
『あいつはアンソンに対してまったく思い入れがないように見えたから。そんなやつに手を貸してやるわけないだろう? まああっさり引き下がってくれたしね。僕が知っていることなんてそう多くないけど、魔族のアルマディナの顔は知っていて、彼女と『フェデリーの魔界の門研究を止める』って利害は一致していたから協力した。僕が話せるのはそれくらいだよ』
彼から聞いた話を要約するとそんな感じだ。
自分以外にもプレイヤーがこの世界にいるかもしれないと言う事実に驚いたけど、その可能性を今まで考えなかった訳じゃない。
ううむ、一体何を目的にフランシスに接触したのか。
めちゃくちゃ相談したいんだけども。顔を上げてもアルバートはいない。
「やっぱり、アルバートに避けられてるよね」
私が頬を指で掻くと、千草がぎくりとうさ耳を揺らしてうろたえた。
「き、気づいておられたのか」
「まあ、ここは私の屋敷で、彼は大事な従者なのでうすうすね。アルバートがああなった理由に心当たりがあるし」
「なんと!? アルバート殿は通常通りの業務をこなされていたでござろう?」
千草の言うとおり、アルバートのお勤めは表向きは変わらない。
商会との折衝はもちろん朝おはようから夜おやすみまで生活を支えてくれる……あれ自分で言ってて私推しに何させてるんだ?
まてまて正気に返るな今回の問題はそこじゃないんだから。
びっくりする千草に私は曖昧に笑ってみせる。
「そうなんだけど、完璧にこなしすぎて、いつにもまして私に口を挟ませようとしなかったからね」
アルバートはそこら辺、悟らせないように誘導するのめちゃくちゃうまいから。
もう一つ理由はあるんだけど、これは繊細な問題だから流石に千草相手でも言いたくない。
千草は私が濁した理由はともかく、納得したようで、神妙な顔になってうさ耳をしょんぼりと伏せた。
「いや、拙者も伝えず申し訳ない」
「良いのよ。あなたもアルバートの発散につきあってくれていたでしょう」
「なんとそこまで」
「へへへ、空良達から報告してもらっていたのもあるけどね」
千草にちょっと得意になって見せたけど、さてどうしたものか。
原因は十中八九、完全にアルバートが私にキレた日のことだ。
「うううん、どうしたものかなぁ」
「アルバートさんがすねてることですかー」
ひょこと現れたのは空良だ。ゆるりと猫の細いしっぽを優美にくねらせた彼女は、チェシャ猫みたいににんまりとわらった。
「わわっ空良!? すねてるってアルバートに聞かれたらにらまれるわよ」
「いーんですよ。アルバートさん徐々に仕事の能率落ちてますもん。自分でもわかっているはずなのにエルア様に隠そうとするんだから。今みたいに絶対ばれるのにやるんだから、すねてる以外にないじゃないですか」
いやあ空良はアルバートに対して辛辣だな。
それも当然かも知れない。私とはアルバートの次につきあいが長いし、彼女くらいしかアルバートにはっきり意見ができる人がいないんだし。貴重な人材である。
そんな空良は楽しげに笑いつつ続けた。
「ま、すねてる理由をエルア様はご存じでしょ。男なんて単純ですから、好きな女にひっつかれれば、機嫌なんて一発で治りますよ」
「……うん? あれ、まって空良。もしかして私が考えていた理由と違う?」
あれ、あの夜のことだと思っていたのに、空良の口ぶりだとなんかそれ以外にもあるみたいじゃないか。
「ありゃーエルア様、一回喧嘩したときのことだけだと思ってました? 違うんじゃないですかねー。きっかけではあるんですけど、基本はあれですよ。あ、千草さんは耳ふさいでくださいね」
「う、うむ?」
千草がおとなしく耳をぺしょりと抑えたのを確認すると、空良が私の耳に口を寄せてぼそぼそと内緒話をしてくれる。
だがそうして教えられた話にぶわっと顔に熱が集まった。
「うえっ。まさか、えっ」
「エルア様は推しに対して目が曇りまくってますからね。そういう思考に至らないのはしょうがないんですけど、そろっそろにぶいアルバートさんでもかわいそーなので」
「う、あ、はい。でもほんとそれでいいの……?」
こそりと聞くと、空良はそれはそれは人の悪い笑顔を浮かべた。
「ためせばすぐわかりますよー」
うろたえながらも律儀に耳を押さえ続けている千草を横目に見つつ、私はぐぐ、とうなりながらも決めた。
「じゃ、じゃあ私が供給過多で倒れる可能性もあるので、半日ちょっと任せても良いかしら」
「りょーかいしましたー」
空良は心底楽しそうにしっぽをくねらせながらも、ちょこんと頭を下げた。
*
同じ屋敷内にいるアルバートだけども、実は意外と共有している時間は少なかったりする。
ただ、それでも私はだいたい彼がいる場所は理解していた。
吸血鬼の側面が強いアルバートの本来の生活時間は夜だ。
なのに私に合わせて昼に活動して夜に眠る生活をしているから、日中パフォーマンスが落ちやすい弊害がある。
特に真祖の血を取り込んだことで、より顕著になっていた。
元々体も強いし体力もあるんだが、それだけじゃ無理な時というものはあるもので。
そういうときアルバートはこっそり休んでいる。
ほんの五分くらい、長くても三十分くらい仮眠をとっているのを知っていた。
使用人の中で気づいているのは空良を含めてごく少数だ。
アルバートを屋敷内で見かけない時にはたいていそういう場所で休んでいるから、絶対に邪魔をしない。
私も真祖の血を取り込んだごく初期以外は強いて探すことはしなかったが、今日はまじめに歩き回る。
今日はじりじりと日差しが強いから、たぶん外じゃない。
ひんやりして、日差しが入ってこなくて、人気のない……だけど何か異変があったらすぐにわかるような場所だ。
かつこつと足音はあえて殺さずに歩いて行ったのは図書室だ。
扉を開けると、案の定そこにはいつもの執事服をきれいに整えたアルバートが立っていた。
「失礼しております、なにかございましたか」
「フランシスからかなりまずい話を聞いたから相談したいんだけど」
「かしこまりました。では記録をとりながら」
「その前に」
いつも通りてきぱきと算段をつけようとするアルバートを私は止めた。
無言で紫の瞳を向けてくるアルバートに対して、私はちょいちょいとソファを指さした。
「そこに座って」
うちの図書室はただの見せかけじゃない。私が趣味で集めたこの世界の資料が詰まっている。ちなみにヲタ活用の本棚とは隠し扉で繋がっています。あんまりお客さんが来ないとはいえ、万が一見られたら私の精神が死ぬからね!
それは余談だけども、図書室はよく利用するから、本を読みながらぐーたらできるように、座る部分が広めのカウチ型のソファを設置しているのだ。
クッションも常にふっかふかだ。ぶっちゃけ、こっそり昼寝スポットになっていることを私は知っている。
うちの子が自由に利用して良いことにしてるし、むしろどんどん使って!って思っているしな。アルバートが休憩につかうのも妥当だ。
アルバートは一瞬いぶかしそうな顔をしたけれども、私に従ってソファに座る。
よかった言うことは聞いてくれて。
ほっとした私は意を決して、アルバートに近づくと
「……!?」
アルバートが驚くのを背中で感じながらも、私はさらに彼の腕をとると、自分の前にもって来させる。
うわぁ今私の心臓はどっきどきばっくばくですよ。しょうがないじゃないですか、だって推しに自ら接触しているんですからね。こんな恐れ多いことしても良いものかと思うけど、これが一番効果的なのだと空良に助言されたので。
アルバートは言葉より行動で示された方がわかりやすいタイプだから。
手に取ったアルバートの腕は細く見えるけど筋肉と重みがあって、しっかりと男の人なんだなって感じる。思わず滾ってしまうが全力で抑えた。
そう、今は超まじめなので。
「……エルア様、どのような意図か教えて頂いてよろしいですか」
背後から、アルバートの固い声が響いた。その声の近さにもひっとなった。けどそりゃそうだよな、突然膝に座りこまれたあげく抱きしめる姿勢にされているんだから。
普通の従者ならセクハラで訴えられるわ。けれども私は覚悟を決めているのでこう答えた。
「とても疲れたので、推しに甘えて癒やされている図です」
「……なにか悪いものを食べましたか」
「そんなめちゃくちゃ真剣に言われると流石に傷つきます」
らしくないことをしているのは自覚しているよ! 普段アルバートは観賞用! って言っているのに真っ向からやるなんてさ。流石にふてくされて、私はこの際だからとアルバートの左手をとった。
エスコートされることも多いから、アルバートの手を取ることはあるけど、改めて手に取ると大きい。手袋に包まれているから骨張った筋とかは見えないけど、ざ、男の人って感じだし、何より手袋と袖の間から見える手首が恐ろしくエロい。絶対黄金領域の一つだと思う。
うわあすごいよな手の形まで美しいとか。
にぎ、にぎ、ともてあそんでいると、私が捕まえてない右手がすると首筋を撫でた。
「こんなに鼓動が速いのに、休めるんですか?」
「しかたないじゃないだって自分から推しと接触しているのよ」
そりゃあ脈をはかられれば心臓がやべえのも想像つくよな。もしかした背中からも鼓動はわかるかもしれない。
だけど、普段のアルバートなら腹に手を回すくらいはするのに今日は一向にしない。
「前回から時間が経っているわよ。血、いる?」
「普段の食事だけで問題ありませんよ。燃費はだいぶ良くなっていますから」
「嘘つき、休憩時間増えてるの知っているのよ」
無言になったアルバートを、私は意を決して振り仰ぐ。
「あのとき、怖いとは言ったけど、嫌とは言っていないのよ」
私にされるがままだったアルバートの手がぴく、と動いた。
やっぱりそこだったか。と私はなんだか申し訳なさと同時に、じんわりとこみ上げてくるものにこらえた。
萌えもあるけれど、今回はアルバートに対するいとおしさが勝る。
「アルバート、私を追い詰めて楽しかった? 泣いた顔に興奮した?」
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