26 歩み寄れればそれで良い
研究所の騒動から数週間後、私はイストワの屋敷でうちの子達が収集してきた情報の報告書をにまにま読んでいた。
あの研究所での騒動のあと、アンソンはフランシスとゲーム通りの会話をした。そしてリヒトくんたちはなんとか王様の異変に気づき、乗り込むことに成功。
そこで、突然開いた魔界の門からあふれ出す魔物達を倒した結果、今はフェデリー王は魔界の門の呪縛から解放された反動で伏せっている。他にも影響を受けている貴族やら研究者達が軒並みぶっ倒れているから、その粛正や穴埋めにてんやわんやらしい。
まだ、王都内は魔界の門がまだまだ開きやすくなってしまっているからリヒトくん達はその処理に王都に滞在しているみたいだ。
第二王子のウィリアムも、第一王子ヘンリーが代理で執政を執るのを補助しているらしい。
はーよかった。なんとかストーリー通り軌道修正できたよ!
さらに、リデルからの近況報告の手紙で、無事にアルマディナも勇者一行に合流していることも知って、一石二鳥どころでなく万々歳な気分だ。
「新聞でもそろそろフェデリー王が病気で倒れたって報道されるだろうし。これで一旦解決ってところだろうね」
「お疲れ様でござった」
とんとんと書類を整えてくれていた千草がねぎらいの言葉をかけてくれるのに、私は思わずやにさがる。
推しに仕事を手伝ってもらって、ねぎらってもらえるなんて幸せですかよ。
「千草こそお疲れ様。研究所では別働隊での撤退で無事にかえってきてくれてありがとうね」
「いやいや。拙者が受け持ったのは素早くはあったが一匹一匹処理すれば問題ないたぐいのもの。空良殿らの補助もあり楽でござったからな。むしろアルバート殿から巨大な人型の魔物が現れたと聞いて立ち会う機会を逃したことが悔やまれる」
「千草らしいなあ」
あのサイクロプスは実際にこちら側に現れていたら、千草とアンソンが連続で技を叩きこまなきゃどうしようもなかっただろう。だからあれで処理できてほっとしたよ。
すると私の執務室にこんこん、とドアがノックされた。
「しつれーしますよー」
私が許可すると、入ってきたのは空良だ。
ちょっとだけ落胆しつつも私は手を止めて彼女を向く。
「どうかした?」
「例の人、朝からずっと試聴室にこもっているんですよ-。おとなしいんですけどどうします? とお伺いに来ましたー」
「あーわかった、仕事も一段落したから私が話をしに行くわ。千草も連れて行く」
「りょーかいです。じゃあ書類てきとーに整えときますね」
執務室に残った空良に手をふり、千草と共に向かったのは試聴室だ。
がちゃっと扉を開けると、大型モニターにはトーナメント戦を勝ち上がるアンソンが大写しにされている。モニタの前では、ソファに陣取ったフランシスが片手にペンライトを輝かせながらかぶりつきで観賞していた。
昨日不意に訪ねてきた時はもう驚いたってもんじゃなかった。
だってフランシスはもう名誉を回復したはずで、レイヴンウッドのお屋敷に戻っているはずだからだ。
なのに、彼は祭り会場で聞いたつてをたどってエルア・ホワードの屋敷を特定してあらわれたのである。
いや実業家の屋敷として、秘匿しているわけでもないからそこはかまわないんだけども。わざわざ私ともう一度顔を合わせる理由がわかんなくてきょどっていたら、フランシスは私に包みを渡しつつ言った。
『等価交換しないか』
その包みに入っていたのは絵姿、当時からあった音声媒体などなど幼少期のショタアンソンコレクションだった。プレミアム物の秘蔵品だ。無理だった。
『ショタ時代のエピソードも語ってくれるなら私の視聴室全解放します』
私は即座に陥落した。
結果、フランシスは昨日からうちに寝泊まりしながら、延々とアンソンがちょっとでも映っている映像を総ざらいしている。
今日も彼は朝から視聴室に引きこもっていたのだ。
私だって仕事がなければ一緒にアンソンコレクション見直したかったさ!
私達が入ってきたことにも意識を向けず、フランシスはもはや慣れた調子でペンライトを振っている。
「うっわ、僕の弟かっこよすぎないか」
あっ、ちょっと冗談のつもりで教えた一時停止やらスロー再生を駆使しまくって最高のアングルを見直すなんて、コアな楽しみ方してるし。
これを朝からか。もはや極まったオタクの行動だな?
私はもはや感動するばかりだけども、千草はえっまじかよって顔を引きつらせている。
とはいえ、流石にぶっ続けは脳が疲れてくるし。いい加減真意を問いたださないといけないので。
私は、再び操作をし始めかけたフランシスに声をかけた。
「フランシス、映像鑑賞は2時間に1回休憩が基本だよ。映像は感じている以上に脳に負担がかかって万全の状態で楽しめなくなるから」
ピタリと止まったフランシスは停止ボタンを押すと、くるりとこちらを振りかえる。
「ご忠告ありがとう。やっとお前に教えてもらった映像の3分の1が終わったところだよ」
「主殿がご用意されたのは3,4年分とおっしゃっておられなかったか……」
千草が戦慄しているけどまあその通りですね。と言っても単発が多いから大した分量でもないんだよな。DVDBOX2箱分くらい?
それは置いといて、完全にこちらに意識を向けてくれるフランシスに、私は腕を組んで問いかけた。
「ねえ、フランシス。あなたが私を訪ねてきたのは、アンソンコレクションを見たかったのが主な理由だろうけど、ついでに別の理由もあるよね?」
「主殿、それは逆ではないのか。コレクションをみたいと言うのがついでではなく?」
千草がぎょっとして私とフランシスを見るけど、お互いにとってはなんの驚きもない。
フランシスは肩をすくめて見せた。
「そうだよ。お前が僕の知らないアンソンを知っているだろうと思ったから、逃げられる前に教えてもらう気だったのが本題。もう一つは、君、僕を雇わないかい?」
おっとそれは予想外だった。
私が目を丸くしていると、フランシスはくるりとペンライトを手の中で回した。
「このぺんらいとは悪くないものだけど、専門外の僕でもわかるくらい無駄が多い。研究所で使った魔法もお前が独自に編んだものだろう。発想は感心するけれど、改良加えた方が効率的に省魔力で運用できるよ」
うっそう言われるとね、ペンライト型の杖は杖としての運用を考えてないままそのまま使ってるし、魔法は手癖で使っている。……いやね、とりあえず使えりゃいいか精神でその場しのぎでやっちゃうもんだから。日々に追われて後回しになってまして。
うちの子が使ってる魔道具も、魔法の調整は勘だから壊れやすい。専門家の意見が聞けるのならめちゃくちゃ欲しい。
けれども私のことをプレイヤーと呼んで嫌っていたフランシスが、どうして手を貸すと言ってくるのか。
「貴殿は主殿と敵対しているのではないのか?」
まさに私が思っていたことを代弁してくれた千草は、さりげなく柄に手をかけている。
おっと結構好戦的だな?
けれどフランシスはあっさりと肩をすくめた。
「僕が許せなかったのはアンソンが死ぬことだけだ。けど、あの子は自分の意思であそこにいるってわかったから。良くないけど良いんだ。それに、プレイヤーのそばで見ていた方がアンソンの窮地に駆けつけやすいだろう?」
「結構言うじゃない? ずいぶんな変わり身の早さね?」
私がからかうように言ってやると、フランシスは動じなかった。
「だってあの子に『のんびり研究をして欲しい』って言われたんだ。なら現状、僕と利害が一致しているお前に技術と知識を買ってもらうのが有効だろう?」
「貴殿は主殿を利用されるつもりか」
千草がまじめに刀を抜きかけるのを、私は抑えた。いやあここまで利用するって宣言してくれるとすがすがしい。
「確かに私はあなたの知識と技術と知恵は欲しいけど、流石にアンソンに言及するたびに喧嘩を売られるようなことは嫌よ?」
「アンソンの良さは僕が知っている。他の子がどう思おうとそれは別のアンソンだし、気にしないことにした。人と交流すれば違うアンソンが見られるってわかったし」
ああなるほど、今回私のコレクションを眺めに来たのは、自分が耐えられるかっていうのを確認している部分もあったんだね。
「それならいいわ。私の依頼を受けてくれるのなら、あなたを支援する。私はエルアで通ってるから」
「じゃあよろしく、雇い主」
ぎゅ、と握手を交わした私は、早速彼に大事なことを聞いた。
「で、一番聞きたいんだけど。なぜあなたはプレイヤーって単語を知っていたの?」
「ええ? 話はとりあえず終わっただろう? 今アンソンの良いところだから終わってからでもい」
「フランシス殿」
「……もう、暴力に訴えるのは悪い文化だと思うんだけど」
ちきり、と千草が笑顔で鯉口を切ったことで、フランシスはやれやれと息をついた。両手指を組んで私に目を合わせる。
「まあ、簡単だよ。僕が実際に勧誘されたんだ。プレイヤーと名乗る人物に、『魔界の門の研究をしてくれ』ってね」
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