25 一時共闘は超滾る

 おかしい、私が断腸の思いで視点を切り替えて周囲を見ると、檻の中に描かれている魔法陣の一つが淀んだ光を放って明滅させている。

 うっそだろう!? 


「魔界の門が開きかけてる!?」


 でもなんで!? あれってものすごく繊細なものじゃないの!?

 第一人者であるフランシスは、私みたいな感覚じゃなくてすぐに理解したらしい。


「くそ、僕が開けた門に共鳴したのか。このままじゃばかでかい門が開くぞ」

「えどういうこと!?」

「僕があの子に助けを求めなかったもう一つの理由だよ。魔界の門を開いた者にはなにかしらの目印がつくらしくて、僕やアルマが同じ場所にとどまらないのはそれが理由」


 そう言えば、ゲームストーリー2章の最後で王城に魔界の門が開くけど理由は明確じゃなかったんだよな。これが理由か!

 いやめちゃくちゃやばいよ。今ユリアちゃんはフランシスが開けた門を処理している。

 いくら聖女でも駆けつけるにはもう少しかかるだろう。

 このままじゃ、アルバート達が魔界の門の悪影響に晒されてしまう。絶対に避けなくちゃいけないんだが!

 私がそうこう考えているうちに、魔法陣からあふれるどす黒い魔力が一点に収束していき、ばきりと空間に亀裂が入る。


 そのほころびから、ぎょろり、と大きな目が覗いた。


 あれはやばいと直感した。

 魔界の門から覗いたそいつを見たアルマディナが愕然と叫んだ。


「サイクロプス!? なんで、こんな小さな門から……!?」


 ああああそうだな、サイクロプスだ! 中盤の一番やっかいな敵!

 とにかく防御が固くて、一定値を削らないと次のターンで即座にHPが回復される鬼畜仕様だったんだよな。私も攻略に苦労したものだ。

 それにまずいぞ。あのサイクロプスも暴走していると考えた方が良い。なら浄化役が居なければ3人とも汚染される。

 ユリアちゃんが来るまで待つことはできない。なのに今私は、ダークウォールにこの影の空間と視覚と聴覚をつなげる計3つを維持してるわけで、浄化に回す余力がない!

 私がこのまま浄化までするなら、この空間から出るしかないが、あそこに飛び出したらアンソンに見られてややこしいことになる。

 どうする、アンソンにばれてでも表に出るか。それともどれかを削って浄化に回すか。

 冷や汗をかいて悩んでいたとき、涙を流していたフランシスが言った。


「お前、ここから浄化はできる? 閉じるまでは行かなくても、悪影響を取り除くくらいは?」

「できなくはないけど、門までは閉じれないし、今使ってる魔法のどれかを減らさないと流石に無理!」

「なら出入り口のやつなら僕が引き受ける。あれを今潰すことが第一目標。門はその後聖女に閉じさせればいい」


 泣きはらした目でこちらを見つめるフランシスに対し、私は即断した。

 耳飾りを通じてアルバートに連絡を取る。


『アルバート、フランシスと共闘する。こっちで浄化をやるわ、あのサイクロプスは絶対出しちゃ駄目! 倒して!』

「あなたは時々横暴ですね」


 いつもの口調でちいさくつぶやいたアルバートだったけども、その雰囲気は了承だととらえるぞ!

 私はフランシスに視線をくれた後、思いきってダークウォールをほどく。

 入り口には案の定兵士達が待機していたけど、一瞬中を覗いた彼らは大きく開いた門とそこから覗くサイクロプスに硬直した。


「なっ!」

「お前達、ユリアとリヒトを呼んでこい! ここは俺が食い止める!」


 うなずいた兵士達がばらばらと去って行くと同時に、横に居るフランシスがペンライトをふるうと、扉が独りでに閉じる。

 あっこの空間の説明してなかったのに、思い切り現実世界への干渉できちゃってるし! しかもペンライト確かに杖として使えるけど扱いづらいって誰からもいわれたのによく使えるな。フランシスやっぱり天才かよ。


 そのとき魔界の門から覗く目の瞳孔がぎゅっとすぼまる。焦点が合っているのはアルバートとアンソンだ。

 ぱちりと瞬きした瞬間、亀裂に指がかかる。

 その目に相応しく、私の胴体ぐらいはありそうな太くまるまるとした指が五本、ぐぐと門を広げようと力をかけた。

 ばきりと門が広がる。なんて馬鹿力だよ!

 門が小さすぎて体が出てこられないのは不幸中の幸いだけど、あんな力業で開かれたら閉じるものも閉じられなくなるっ。

 けれどその指に次々と血の槍が降り注ぐ。その痛みに驚いたように指が怯んだ。

 それを飛ばしたのはもちろんアルバートだ。


「あれは俺の本意ではない。手ぐらいは貸してやる」


 驚くアンソンが迷ったのは一瞬。

 イシュバーンを構えて、強く巨大な目を見据えた。


「準備が整うまで頼んだ!」


 本来のアンソンは快活で屈託のない青年だ。

 一度そうすると決めれば何があろうと貫く潔さを持っている。


「目だ、目を狙え! そこだけは回復しない!」


 アルマディナの叫び声にアンソンは青い目を覗く目に遭わせた。

 サイクロプスの指が再び門の縁にかかり、またぐぐっと無理矢理広げられた。

 かかる指が、五本から十本になる。

 大きな一つ目を持った頭部と腕、そして上半身が、開いた門いっぱいにくぐり抜けてくる。


 その腕が、周囲の檻をひしゃげさせて吹っ飛ばす。それは単純でありながら恐ろしいまでの暴威だった。

 あれに吹っ飛ばされたらひとたまりもないし、実際に飛んでくるものだけで十分に致命傷になりうる。

 魔法に因らない腕力と回復力がサイクロプスのやっかいな所なんだよ!

 しかも、魔界の門が無理に壊されたせいか魔界の門からあふれ出す穢れた魔力がどっと押し寄せる。

 これが感じられない人間だって、ずっしりとくる体の重さや強烈な暴力衝動がこみ上げてきているだろう。

 アンソンもアルバートも酷く苦しげな顔をしていた。

 けれど、私も準備を整えられた。

 ダークウォールの維持に使っていたリソースを取り戻し、さらに盗聴用の影を極力減らして自分の余力を作る。

 影越しにも感じる、門からどっと忍び込んでくるそれを見据えながら、私はもう一つのペンライトを取り出す。

 計四本にした私は、白、紫、赤、金色に輝かせる。


 私の萌えゲージは最高潮なんですよ、語って良いよな。良いよね!?


「敵同士が共通の目的のために一時的に共闘するって超少年漫画の王道展開! しかも本来はあり得ないアンソンとアルバートの夢の共演なんですよ、私がゲーム時代困ったときにはお世話になっていたバランス型パーティ! ここに超攻撃特化型の千草を加えても火力支援のウィリアムを入れても対応しやすかっためっちゃお世話になりました! その二人が共闘してるわけですよ最高じゃね!?」


 片手に二本ずつ持った私は、煌々と輝くペンライトを大きく振り抜いた。


「要するに、私の推しを侵そうなんて、絶許だから!」


 影を通じて解放した浄化の魔力は、門から溢れる瘴気を押し流していく。

 四方八方から流し込んでいるから特定もされないはず。

 たぶん、瘴気による体の重みもなくなっただろう。

 けど思ったよりも手応えが重たいな。この出力でこれってことは長く持たせられない。

 ぶっちゃけ偶然引き当てるような魔物じゃないんだけどなサイクロプス!

 正直あんまり知能は高くないから、空いた出入り口に興味を持つタイプでもないし。

 でもこのサイクロプスは、明確に害意をもってアルバート達を狙っている。

 アルバートは門から出た腕を残った槍で突き刺していくが、刺さった端から傷が治ってしまうため、足止めにはなっていない。

 舌打ちしたアルバートは再び血を流して、鎖を引き出しサイクロプスの腕に巻き付ける。

 そして素早く駆け抜けると、室内の柱の一つに引っかけて勢いよく体重をかけた。

 関節が逆に曲げられたことでようやく痛みを覚えたのか、一瞬止まる。

 さらにアルバートはあいた手で生み出した数本の短剣を投擲し、爪の間に突き刺した。

 うっわ、えげつない!

 サイクロプスは痛みには鈍くとも流石に急所には効いたらしい。

 短剣は返しでもついていたのかすぐには抜けず、サイクロプスの獣同然の咆哮が響いた。

 のたうち回る腕だが、アルバートはさらに鎖を追加して拘束し、鎖の端に付けた杭を床へと穿っていく。

 腕が完全に固定されたサイクロプスの目が無防備に覗いている。

 あれだけの暴威の中、微動だにせずに剣を構えていたアンソンが顔を上げる。

 今彼は目で見えるほどの青々とした炎のような魔力に包まれていた。


「お前の炎は全てを穿つ! 全霊で貫けイシュバーン!!」


 アンソンの強烈な突きが放たれる。

 アンソンの必殺技だ。刺し穿つ ブルーバースト蒼い炎ランスはゲーム内では事前に一ターン動けない代わりに、自分の攻撃力を五倍にした上、敵の防御力を無視してたたき込める。

 サイクロプス戦では攻略推奨キャラクター筆頭だった。私もめちゃくちゃお世話になった。

 アルバートが幻惑で足止めをしているうちに、アンソンが魔力を貯める。まさに今の流れが必勝パターンだった!


 そして蒼い炎の槍と化したアンソンの剣はまっすぐサイクロプスの単眼に吸い込まれる。

 青々とした炎は、アルバートの槍では受け付けなかったそれを貫き焼き尽くす。


 サイクロプスの耳をつんざくような悲鳴が反響した。


 腕を固定していた鎖を外す勢いでのたうち回るが、目は燃やし尽くされ再生しない。

 やがて、ぼろぼろと崩れ去りサイクロプスは門の向こうへ消えていった。

 よっしゃああ! あの地獄の鬼を倒したぞおおお!


 あれに何度泣かされたかっ。アンソンアルバート本当にありがとう……!

 私が二本持ちのペンラを振りつつ感謝の祈りを捧げていると、アンソンとアルバートは視線を交わらせる。

 アンソンはアルバートの槍やサイクロプスの暴威で満身創痍だし、アルバートも武器を手に入れたり、アンソンの剣を受けた結果だいぶ消耗しているし、そろそろブーストも切れてしまう。

 けれど、アンソンはすぐにアルバートに剣を向けず、話しかけようとする。

 がん、と扉を叩く音が響いた。


『アンソンさん! 来ました! 開けてくださいっ中は大丈夫なんですかっ!』

『っ悪い魔力は薄いですけど、魔界の門の気配がしますっ!』


 リヒト君とユリアちゃんがやってきたのだ。

 やべえ、本来の計画だと、フランシスとアルマディナもつれて避難するはずだったのに、私の余力がない。

 行けたとしても、ここから逃げ出せるのは二人だけだ。

 私はフランシスを振り向くと、ぐうと私を不機嫌ににらんだ。


「……こんな茶番、しなくったってよかったはずだろう」

「推しの前で素を出したら恥ずかし死ぬでしょ」

「そういう配慮むかつくんだけど」


 フランシスはすねた憎まれ口を叩くけど、ぐっとペンライトを握った。


「……くやしい、僕じゃないやつの解釈の方がかっこいいあの子を見られるなんて」

「それはようござました?」


 いや焦っているけれども、私の布教が通じたのなら喜ぶべきことなので思わず顔をほころばせる。


「だからとっとと悪役らしく僕を放り出せば良いだろう」


 その一言で意図がわかり私は目を見開いたけど、迷っている暇はない。


『アルバート、今からフランシスと入れ替えるよ』


 返事はできないだろうけど、それでも声をかけたあと、私はフランシスを影から出す。

 すぐにアルバートの足元に影の道を作った。


「っ兄上!?」


 突然現れたフランシスに対して、アンソンは心底安堵を浮かべたがアルバートに若干警戒した目を向ける。

 アルバートは、悠然と上着の襟を整えた。


「横やりが入って興が冷めた。どこへなりと行くが良い」

「っお前は一体何なんだ!」


 アンソンの問いに、アルバートは背中越しに口角を上げた。


「ただの悪党だ」


 そのまま影の空間に落ちてきたアルバートは、着地したとたん、荒い呼吸を繰り返す。

 金髪はあっという間に黒髪に戻り、赤い目は紫に戻った。


「アルバート大丈夫!?」

「……流石に疲れました。休めばなんとか」


 うっちょっとよれたアルバートも良いけど流石にいま萌え転がるつもりはない。


「ほんとお疲れ様、後は私がなんとかするから!」


 できれば今すぐ言いつつ私は一つだけ残した耳で会話を聞く。

 フランシスに心底ほっとしているアンソンは、今までの関係を思い出して躊躇してしまっているらしい。

 よびかけようとしても兄と呼ぶなという言葉が邪魔しているらしい。

 けれど泣きはらしたフランシスは、無言でアルマディナの手かせを外してく。

 忘れていた訳じゃないけど、あっほんとアルマごめん。

 そしてアルマを助けおこしたフランシスはようやくアンソンを振りかえる。


「お前は、どうあっても、騎士を続けるんだね」

「……ああ」


 アンソンが明確に肯定する。

 フランシスには酷なことをさせてしまっている。と思う。

 私はでも悪役だから、容赦しないんだ。

 硬い表情で見つめていたフランシスは、でもふ、と顔を緩めた。


「もう、僕の負けだ。……話そうか」

「あに、うえ」


 アンソンが青い瞳を大きく見開く。その顔に歓喜が広がった。

 うん、もう大丈夫だろう。


「その前にこの門をどうにかしなきゃ行けないよ」


 ぱちん、とペンライトを振るって扉を開く。

 とたん、どっとリヒト君とユリアちゃんがなだれ込んでくる。


「アンソンさーーん! うっわ、でっかい門!?」 

「まってお姉様の気配がします! えっえっ!? どうしてです!?」


 だから! どうしてユリアちゃん気づくの!?

 私はそれを見届けた後、影を通じて離脱したのだった。


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