24 推しの応援は譲れない

 アルバートは、血で生み出した長剣で、傍らの檻を一閃した。

 ばらばらと落ちた檻の支柱に彼の血が滴ったとたん、表面に波紋を広げて染み渡り、虚空へと浮かんでいく。

 その姿は酷く冒涜的でおぞましく、なのに美しいんだ。

 いわば大量の槍を手に入れたアルバートが愉快げな表情のまま手を振る。

 とたん、その槍が鋭く飛んでいった。

 縦横無尽に降り注ぐ槍の雨を、アンソンはイシュバーンをふり抜きはじいていく。


 千草の軽やかでいながら鋭い「速さ」に重きを置いた立ち回りとはちがい、アンソンの剣筋はどっしりと腰を落とした一撃の「重み」を持っている。

 同じ一撃必殺でも、まったく違うんだよ。

 アンソンの騎士らしい整った剣術は猛攻を耐えて、耐えて、耐え抜いた後にここぞという決定的な隙を逃さずつき崩すんだ。

 それは、誰かをウィリアムを守るために培われた剣技だ。

 まあ要するに耐久に優れた剣士なんですよ。そこがね、ほんとね、エモいんです。

 流石に雨あられのように降り注ぐ槍にアンソンは、立ち往生を余儀なくされた。

 けれど傷を負いながらも怯むことはなく、彼はアルバートから目をそらさない。

 その横顔は怒りに燃えながらも酷く冷静だった。

 私は、傍らでフランシスが息を飲むのがわかる。


 ゲーム時代は、キャラクターは大きく分けて3つの区分に分けられていた。

 まあ後から後からどんどん特殊枠と例外が出てきて収まらなくなってるんだけど、ともかくじゃんけんの勝ち負けみたいに相性の相関図がある。

 遊撃手は無防備になりがちな魔法士を一撃で殺すことができ、魔法士は圧倒的な火力で闘士に勝ち、闘士は卓越した勘と剣技で奇襲に気づき、遊撃手を屠ることができるとされていた。

 つまり、本来ならアンソンはアルバートに有利なはずなんだ。

 けれどここはリアル、アルバートもまたスペックはまったく違う。

 今のアルバートは血を飲むことで自分の魔力にブーストをかけている上、普段抑えている真祖の血を全面に出してフル活用することで、一時的に遊撃手から魔法士に近い能力をえているのだ。

 押さえ込むだけじゃ負けた気がすると、千草と特訓していたらしい。

 その結果、血を飲んだ十数分の間だけ、フル活用できるようになっていた。

 時間限定の無敵モードみたいなものである。

 さらに、今回アルバートは対アンソン用に魔晶石や魔道具を装備している。


『俺は持久戦を得意とはしていませんが、負けることだけはありません』


 はっきり言うとアンソンの強さを知っているだけ心配はあるんだけど!

 私も全力で萌えとかないと、入り口ふさいでる闇魔法とこの空間とカメラとマイクを維持できないんだよな。

 だから超余裕顔で傲慢俺様なアルバートに向けて思いっきりペンラを振って応援する。


「がんばれアルバート! 徹底的にアンソンを煽れー!」

「なんて応援の仕方してんの!?」

「くやしければアンソンのこと応援すれば? 声は届かないけどね」


 フランシスは訳がわからないという顔から異次元の存在を見る目にジョブチェンジしたけど、ここは私のフィールドだからまったく気にしないのである!

 そうこうしている間にも、槍をさばくのに手一杯なアンソンに対し、アルバートが愉快げに話しかける。


「あの人間もただの情報源として飼っていたが、存外愉快なものを連れてきてくれたものだ」

「情報源だとっ。この間の祭りはまさか」

「お前の兄とやらがそこの魔族と逃げようとしたのだ。我が同胞の拉致に荷担した罪を償いたいと言ったにもかかわらず、国の窮地を救うだの言い始めたからな」

「なん、だって」


 まあ語弊があるけどおおむね間違ってない! 

 だからこそ、話を聞いたアンソンが明らかに顔を強ばらせる。

 彼はこう思っただろう、兄が何かしらの理由があってやむを得ずあの場にいたのだと。

 動揺したアンソンに、アルバートは愉快げに顔をゆがめる。


「隙あり、と言うやつだな」


 アルバートは、槍でアンソンを取り囲み、一斉に解き放った。

 串刺しにせんと迫る槍の嵐を、アンソンは左手に持った盾をかざした。


「俺の後ろには通さねえ!」


 盾を中心に、どっと光が大きく展開し、大量の槍をはじく。

 アンソンの武器の一つである。絶対の無敵の防御壁! 彼の想いを力にして、全ての魔法、物理攻撃をはじく盾を生み出すのだ!

 序盤でもなんなら中盤でもはちゃめちゃお世話になりました!

 このまま展開すれば槍も防げるはず。なのにアンソンは、はっと目を見開いた瞬間、その盾を投げたのだ。


「アンソンっ!?」


 あまりの事態にフランシスが叫ぶ中、当然無防備になったアンソンは剣で槍の軌道をそらす。

 だけど全ては間に合わず、アンソンの腕や足に槍が裂傷を作っていく。

 隣のフランシスが顔を真っ青にする中、アルバートは金の眉をあげて見せた。


「見ず知らずの魔族をかばうとは……貴様らにとっては殺すべき害獣だろうに」


 そう、アンソンが盾を投げたのは、槍の進路上にアルマディナがいたからだ。

 槍が刺さった衝撃で目が覚めたらしい彼女は、血まみれになっているアンソンと金のアルバートの攻防に愕然としている。

 状況がわからないアルマディナは、それでもアンソンの騎士服に気がついたのだろう。訳がわからないと声を荒げる。


「なっ、んで。人間が私をかばう!?」


 少し体をよろめかせていたアンソンはぐ、と足に力を入れて踏みとどまる。


「君は兄上のそばにいた魔族だろう。それに不当に、扱われている者がいれば誰であろうと助ける。それが騎士としての俺の誇りだ」

「はっはははは! 愉快だな! ただの人間が物語の主人公にでもなったつもりか!」


 アルバートがおかしくてたまらないとばかりに哄笑をあげる。

 奇しくも同じタイミングで、フランシスとアンソンがびくんと反応する。


「聖女や勇者のように明確な使命もなく、貴様が仕える王子のように国を背負う義務もない。周囲の人間が特別だったが故に巻き込まれたのだろう? ただの人間のお前など代わりがいくらでもいるだろうに」


 あざ笑いながらアルバートは的確にアンソンのウィークポイントをえぐっていく。


「なあ、アンソンとやら。お前は今この場にいなくても良い人間なのに、なぜ命をかける? 惰性のように協力してものたれ死ぬだけだぞ」


 フランシスが唇をかみしめる。まあそうだろう。だってフランシスはそう思ったからこそ、アンソンを勇者一行から引きはがそうとしたんだ。

 そう、ゲームではアンソンがいなくてもストーリーを攻略できる。

 アンソン・レイヴンウッドは強いキャラクターだけど、強いて言うならば彼でなくてもかまわない。

 アルバートが鍵を指でもてあそび、即席の槍を従えている姿はラスボス系の貫禄がある。

 打ち合わせしたけどほぼぶっつけ本番とは思えない堂々とした悪役ぶり!

 しかもあのヴラドベースの金髪だよ、赤目だよ?

 なにより髪の長い男性キャラというのにも大変趣があるものだ。

 髪の長いアルバートやっぱ美味しいな???

 まあただ打ち合わせよりもずっと、悪役ぶりが増しているのは、多少なりとも私怨が混じっているんだろうなあ。


「確かに、今の貴様らは世界の中心だろう。だからといって、無償の恩恵を受ける価値があるのか?」

「ごちゃごちゃうるせえ! そんなもの知らねえよ!」


 アルバートの言葉を遮るようにアンソンは吼えた。

 そのまま、アルバートに向けて距離を詰める。当然のごとく襲いかかってくる槍を剣ではじきひしゃげさせる。

 けれど体が傷つくこともかまわず、まっすぐアルバートへ向かって走る。


「どれだけ自分が力不足かくらい俺が一番わかっている! 俺はたまたまウィリアム付きの騎士だったからあいつらと出会った。ユリアとリヒトの助けになるんだったらもっと良い人間がいたのかもしれねえ! 俺じゃなくったってよかったさ。だけど俺がやりたかったんだ!」


 その想いをたたきつけるようにアンソンは槍を切り払った。

 耳障りな音共に槍がたたき伏せられる。


「ウィリアムに出会ってあいつの行く道を助ける剣になりたいと思った! ユリアとリヒトが背負った苦しい運命を少しでも切り払えたらと思った! 何より俺はフランシス兄上がのんびり好きな研究をして過ごせる未来を掴みたいんだよ!」


「…………ぼくのため?」


 フランシスが子供のようにつぶやく声がした。


 アンソンがぐっと剣をにぎり直す。

 アルバートをにらむ彼の眼差しは高温の炎のような青が鮮やかだった。


「いくら嫌われても、邪険にされても兄上の幸せな笑顔を見るために戦う! この剣が役に立つならいくらでも振るう! 俺は俺の意思でこの道を選んだ! 誰かにとやかく言われる筋合いはねえ!」



 アンソンの意思に呼応するようにイシュバーンにはめ込まれた魔晶石が光を放つ。

 鮮やかで美しい青い炎が剣身を包み込み、ごうごうと吹き上がった。


 画面越しの私達の顔を青く照らすほどの輝きに、美しさに私達は見惚れる。

 ああ本当にきれいだ。

 そして私は傍らに目を向ける。隣にいたフランシスは滂沱の涙を流しながら、食い入るようにアンソンを見つめていた。


「僕、を幸せに、するためって……」


 嗚咽の間に挟む言葉で、やっぱりなあと思った。

 うん、でも私は賭けに勝ったらしい。

 フランシスの頬は興奮で真っ赤に染まり、声を出そうにも言葉が出ない。ただひたすら嬉しさと心に押し寄せる衝動をどうして良いかわからないまま泣いている。

 わかるよ、今のアンソン・レイヴンウッドは間違いなく今までで一番かっこいい。

 ずび、と鼻水まで流している彼に、私は声をかけることはせず、ただティッシュを差し出した。

 ティッシュで鼻をかんだフランシスは、泣きはらした目で私をにらむ。

 私はフランシスの枷を外してやったあと、予備のペンライトを差し出した。

 フランシスの視線を強く感じたけれど、彼は無言でペンライトを受け取る。とたん、鮮やかな青と赤に輝きだした。

 会話など必要ない。

 我らには推しがいて、その推しが強く輝いているのだ。

 推しているオタクならば応援しなければいけない。


「いっけえええアンソン! イシュバーンはそんなもんじゃない!」

「負けるなアルバート! かっこいいぞー!!!」


 聞こえないことを良いことに声を涸らす勢いで叫ぶ。

 フランシスの声に反応したように、アンソンは剣を両手で構え大きく後ろに引く。

 イシュバーンからあふれ出す青い炎が鋭く収束した。


「全霊で貫け!イシュバーン!!」


 覇気と共に繰り出された突きは、一束となって襲いかかろうとしていた槍を根こそぎへしゃげさせて吹っ飛ばした。

 その勢いはその先にいるアルバートの金の髪をぶわりとはためかせる。

 アルバートがにいと、唇の端を好戦的につり上げた。その表情がいっそ扇情的にもみえて、私はひいと息を呑む。

 うあ、むり、あ。もう顔が良い。


 そして殺す勢いで飛び込んできたアンソンのひと太刀を、アルバートは己の血で練り上げた長剣で受け止めた。

 アンソンには劣ってもアルバートだって剣はできる。今は動体視力も身体能力も底上げされているからぎりぎりついて行けるはずだ。

 アンソンが、若干目を見開いた隙を逃さずアルバートは押し返し、再び斬りかかる。


「はっ、お前の国は、貴様のような騎士がその剣をかけるに値するのか?」

「さっきからごちゃごちゃと! 何が言いたい!」


 アンソンに対し、アルバートはざっと己の腕を切る。

 ぼたりと落ちた血液はそのまま霧状になって拡散する。

 アルバートの血には、彼の魔力が濃く強く宿っている。そうたとえば血をしたたらせた支柱を槍として操ったみたいに。たとえアンソンでも、じわりじわりと冒されれば気づきようがない。

 ふたたび距離を詰めようとしたアンソンがその足をぐらりとよろめかせた。

 焦りを帯びるアンソンに対して、アルバートは冷めた眼差しで睥睨する。


「他種族を、ただ『兄のため』に助けたお前が、この実験場の有様を見て本当になにも思わないと? これはお前達の戴く王が采配したことだぞ」


 はっこれはアルバートからの合図だ。

 本来、フランシスが告げるはずだったそれを語ることで整合性をとる。

 さらに、アルバートのフル活動の時間制限をばれることなくこちらに教えてくれるという案配だ。

 我を失っていた私だけども、アルバートを回収すべく影を広げようとする。

 これで入れ替わりにフランシスを出せば、万事解決というやつである。


 ぞわりと、おぞましい気配を感じた。


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