23 直接対決は特等席で


 アンソンのかっこいい所を見せてあげる、という私の言葉に、フランシスはぽかんとする。

 私がふんす、と仁王立ちしているあいだに、千草は上着と制帽を脱ぎ捨てつつ言った。


「では拙者は足止めにゆく。いくら勇者殿がおろうと、あの魔物の数は厳しかろう」

「お願い千草」


 私の願いに頷いた千草は、別ルートから外へ走って行った。

 意味がわからないと言いたげなフランシスを引き連れて私達は奥に進む。まだ気絶しているアルマディナは、私が影を引っ張って運んだ。闇魔法便利です、はい。

 この研究施設が魔物に襲われる理由は、ストーリーにはほとんど描写されていなかった。けれど、アルマディナが首謀者となっていたからには、それなりのことがあったはず。


「まあ、つまりは魔物関連ってことよね」


 施設の奥のほう、壁に擬態させられていた魔法を解くと扉が出現する。そこをくぐり抜けてさらに進めば、広々とした実験場があった。ずらりと並ぶ檻の中にはそれぞれに魔法陣が描かれており、何かの残骸がころがっているものもある。

 私が検分すると、予想通りだった。


「この研究所、任意の魔物を呼び出せないか試してたみたいね。入り口を魔法で隠していたのは、ヘンリー王子みたいな不意の視察対策かしら」

「僕が離れてからも、ずっと続けていたってことか」


 ぐう、とフランシスは複雑そうに顔をゆがめる。これを予想していたから、アルマディナの意識を刈り取っていたんだけど。

 フェデリーはとことんまで魔界の門を利用する方針で行っていたんだなっていうのがよくわかる。まあ、害獣扱いだけども、魔物は強力な存在だ。呼び出して研究して今後に活かしたいと思うのもおかしくない。暴走する魔物の被害は馬鹿にならないし、せめて門の性質について知りたくなるのも当然だ。

 ただもう、いまここでやっている研究はそれを超してしまっている。

 フランシスの顔にはっきり嫌悪が浮かぶ。


「僕がいたころは、まだ魔族を招いてその目的や弱点を知ろう。追い出される前でも門を任意の場所に開いて兵器化しようとするだけだったのに」

「私が関わっていた時もそうよ。でもまあ門を開けるだけじゃ、確実に威力のある戦力が呼び出せる可能性が低いとか考えたんでしょう」


 だって門は魔界と人間界をつなげるだけ、なんだもの。生物が居る場所に繋がりやすいとはいえ、暴走して暴れ回ってくれるかと言えば別問題。

 なら、確実に強い魔物を呼び出して解き放つほうが早いに決まっている。

 置き去りにされている資料をざっと見たところ、まだどんな規模の門からどんな魔物が呼び出せるかを検証している所みたいだけど。


「こんなところで魔界に関わる研究を続けていたら、研究員もあれだけ淀んだ顔になるってものよ」


 言いつつ私は、アルバートを振り向いた。

 今アルバートはヘンリー王子に化けやすくするため、髪型はハーフバックに、ヘンリー王子から借り受けた服を身にまとっている。

 要するにまじもんの王子様の服装をしているのだ。

 体格が王子と似ていることも相まって、豪奢な刺繍の施されたベストや上着、ぴかぴかに磨かれた靴に至るまで一分の隙もなく整えられていて、たいそう見栄えがする。

 いやもうアルバートに品の良い服を着せたら、絶対に似合うだろうと思っていたけどね。


「アルバートもはや貴族じゃん。爵位持っていなきゃおかしいレベルで良いとこの坊ちゃんじゃん。それにハーフバックってなに。オールバックよりもほどよい抜け感があって親しみやすさ演出しちゃってるの。え、やっぱり顔が良い。王子アルバートとか絶対いるでしょ」

「お前頭が湧いて……」


 フランシスの声がしたけれど、その前に私はしゃん、とペンライトを振り抜いた。

 ペンライトの光がほとばしり、実験場内のよどんだ魔力を洗い流していく。

 なにせアンソンの萌え語りもできたし、何よりアルバートの王子様っぷりも垂涎だったのだ。立ち振る舞いは自分で再現しなきゃいけないのに完璧だったからね、王子様だったからね。

 はー私は幸せ者だなー!!!

 うっきうきにっこにこしていたら、フランシスがあきれ果てた顔で私と私のペンライトを交互に見ていた。


「その変な杖、くず魔晶石を詰めてるのか。しかも石全てに均一に魔力を通すなんて超絶技巧を平然とやっといてなんなの。変態なの。いくら魔法が感情で増幅されやすいからって、そんな使い方見たことないよ」

「ぐっ捕虜のくせにちょっと態度でかすぎるわよ。私だってこれを杖で使うと思ってなかったし」


 私だってわーわーきゃーきゃー言ってたら良質な魔力を練り上げられるなんて思わなかったさ!

 まあね、こと萌えるネタがあればほとんど魔力に困ることはないからそこは喜ばしいかな。

 ざざ、と私の耳飾りに空良からの音声が入る。


『エルア様、予定通りアールとユーが門の処理に、エーが建物内に潜入しました』


 流石に今日の空良の声は間延びしてない。

 アールはリヒトくん、ユーがユリアちゃん。そしてエーがアンソンだ。

 ウィリアムは今王城へ行っているはずだから、こういう布陣になるだろうと予想がついた。

 さあ、一世一代の大芝居を打とうじゃないか。


「アル、予定通り来るわ」

「……わかりました。では」


 私が差し出した手を、アルバートは少しの間の後手に取る。そして手の甲に口づけたあと、がり、と手首に牙を立てた。

 いつものわずかなしびれと共に血が抜けるのを感じた後、アルバートが離れる。

 そして王子様の癖に折り目正しく会釈をしたとたん、その姿が

 黒髪は黄金に輝く長髪になり、顔立ちも冷めた銀のような鋭さから傲慢さを帯びた華やかなものに変化する。

 紫の瞳は、どろりとした艶を帯びた紅に変わっていた。 

 私はその顔にとても見覚えがある。少し前にアルバートがぶっ倒した、吸血鬼の真祖ヴラド・シャグランだ。何よりアルバートからあふれ出すのは、魔族としてのいっそ暴力的なまでの魔力だ。

 今、アルバートは普段は抑えている魔族としての気配を解放しているのだ。

 事前に私の血、たっぷり取り込んでいたからね。

 さらにヴラドの姿をしたアルバートは、無造作に金の髪を背中にはらっ……


「う゛っっっ」

「エルア様、時間がありませんから正気を保ってください。お望みでしたら後でやりますから」

「だいじょうぶ、ちょっとファビュラスさに鼻血噴きそうだっただけだから。それと後で是非長髪はやってくださいお願いします」


 長髪アルバートなんてヤバさの極みだろう。普段短髪の人が長髪になったときの色気と怪しさとうなじは絶品なんだぞ。


「なに、を」


 ごほんと咳払いした私は、ぽかんとするフランシスの肩にぽんと手を置いた。


「頑張って、お兄ちゃん」


 にんまり笑ってみせたあと、私はとぷんと影の中に身を落として隠れる。

 現実世界と魔法で作った位相の狭間なんだけど、術者である私を隠すくらいなら大丈夫な空間だ。

 もちろん、外に張り巡らせた影の目を通して、フルモニターで様子を監視出来ますとも!

 私が居なくなると、アルバートはフランシスの枷についている鎖を乱暴に引っ張ると、地べたに這いずらせる。

 混乱するフランシスが顔を上げたとたん、その首に長剣を突きつけた。

 まさしく悪役らしい所行をしたアルバートは、フランシスに対してきれいな微笑を浮かべて見せる。


「お前の弟には昔から鬱憤があってな。大いに発散させてもらうぞ」


 あれアルバートめっちゃ怒ってるやん。

 その瞬間、実験場の出入り扉がどん、と押し開かれる。

 現れたのは、燃えるような赤髪に青い瞳をした、アンソン・レイヴンウッドだ。

 抜き身のイシュバーンに盾を携えた完全装備の彼は、突如として広がる実験場の光景と、立ち並ぶ檻に絶句する。

 けれど、部屋の中心で剣を突きつけられているフランシスとアルバートに気づくなり叫んだ。


「兄上!!!!」


 タイムラグ無しに一気に加速し、アルバートに剣を振り抜く。

 その判断は流石一流の剣士といった潔さだ。

 けれど、アンソンが切ったアルバートは揺らぐように立ち消え、その少しずれた位置に本来の姿を現した。


「騎士様っ!」


 アンソンに続いて実験場に入ってこようとする兵士達は、私が扉の前に仕掛けたダークウォールで分断する。

 それを感じただろうに、アンソンは迷わずアルバートをにらみつけている。

 フランシスは現れたアンソンに表情を凍らせていた。

 とっさに彼の方へ向こうとしたけど、アルバートが鎖を引いて押しとどめる。

 その行為に対して、アンソンはますます怒りと焦りを帯びた。


「やめろ! 貴様魔族だろう! ヘンリー王子はどうされた! なぜ兄上を拘束している!」

「己の大事な王族だろうに入れ替わりにも気づかぬとは、人間とはこうも愚鈍か」


 うっわ、アルバート初っぱなから人外傲慢ロールプレイかっ飛ばすな!?

 自然すぎて笑いとときめきしかない。

 まあ? この影の中は絶対防音仕様だから私は応援上映会気分である!

 目を見開くアンソンに対し、アルバートは余裕のある表情を崩さずに、じゃらりと鎖をもてあそぶ。


「この施設の有様を見るに、この男の言うとおり、本当に我が同胞を使い潰しているようだな」

「アンソンこれはっ」

「勝手にしゃべるな人間」


 フランシスの言葉をまた鎖を引いて黙らせたアルバートは、しかし唇が弧を描く。


「ほう、アンソン……。そういえば、聖女と勇者のそばにいる騎士がそのような名前だったか。しかもお前のことを兄と呼んでいたな? なるほど兄弟か」

「当たり前だ、俺はその人の弟だ! 兄上を離せ!」


 アンソンの燃えるような怒気を叩きつけられてもなお、アルバートは悠然とした態度を崩さない。

 ねえ、なんなのその加虐的な笑顔! 自然すぎるし迫真すぎるんですけど!

 

「なあ、お前一体何言って」


アルバートの変貌ぶりに混乱するフランシスを置き去りにして、アルバートはつぶやく。


「興が乗った」


 私が身もだえている間にも、超絶悪役ムーブをして見せたアルバートがかつん、と床を叩いた。

 アルバートの合図に、私は即座にフランシスの下へ影を広げる。あっという間にフランシスは影の中に飲み込まれた。

 呆然としたフランシスの空色と、酷く焦り手を伸ばすアンソンの青の視線が絡む。

 それも一瞬で、フランシスはあっという間に私の所にぼっしゅーとされてきた。

 アンソンにしてみたら、フランシスが一瞬で消えたように見えるだろう。


「兄上っ!」

「安心しろ。お前の兄は無事だ。だが、まあ。魔法で生み出した狭間の空間。人がどこまで耐えられるかは疑問だが」

「貴様ぁぁ!!!」


 激昂するアンソンに、アルバートは長い指先に引っかけた鍵とチェーンをくるりと回して見せる。


「俺を楽しませるか、地べたに這いつくばって希えば、つながる道を開けてやっても良いぞ?」


「きゃ―――! アルバートぉ! 鬼畜―! 悪役ー! でもそこがしびれるあこがれるぅ!」

「お前は一体何をしているんだい!?」


 私が全力でペンライトを振っていると、隣に落ちてきたフランシスが、手首を拘束されたまま鬼気迫る形相で迫ってくる。


「あフランシスいらっしゃい。おしり大丈夫だった? 一応物理概念は超越してる空間だから痛みはないと思うんだけど」

「そうじゃなくて! あの茶番も全部お前の仕込みだろう!? 従者に何をさせているんだ! いやそもそもあの従者どう考えてもおかしいよな!? 顔を変えたり魔族の気配をまとっていたりあれなんなんだよ! そもそもこんなところでなんで光る棒なんて振ってるんだ!?」

「私の最推しですけど?」

「まじめに答えろよ!」


 いや大まじめだぞ私は。

 と思いつつもかみつくフランシスの理由もわかるから、振っていたペンライトをちょっと下ろして向き直る。


「だから言ったでしょ、私が思う騎士アンソン・レイヴンウッドの一番かっこいいところを見せてあげるって。ここで存分に見ていってよ」

「ばかか!? たったそれだけのために従者を殺すつもり!?」


 あ、わかったらしいな。

 そう、私とアルバートがやろうとしているのは、アンソンの本音を引き出してフランシスに聞かせることだ。

 アングルごとに様々なモニタ状の「影の目」が並んでいる中で私は高笑いをしてみせる。


「ははは! 確かにアンソンは強いけど私のアルバートが負ける訳ないでしょ!」


 ほんとはだいぶ心配なんだけど、アルバートは問題ありませんっていうし、彼が立てた計略も勝てる目算があるものだったから許可したよ。

 私が矢面に立つよりずっと効果的だったし、なにより私のアルバートはさいつよなので。

 だからそんな風に常軌を逸した目で見られることはないんだけども。


「お前達、頭は大丈夫か」

「悪役が頭おかしいのは割と当たり前でしょ?」


 私はにぃっと笑って見せた。


「ここは私の影の中よ。私が置いた影から外の様子と音は聞こえるけど、こちらの音は聞こえないわ。ここでなにがあっても向こうにはわからない」

「だからそれになんの意味が」

「アンソンの本心知りたくない? たとえば、どうして彼が騎士になると決めたのか、とか」


 フランシスは同担拒否過激派しているせいで、オタクとしてどうしようもない衝動を発散させる方法を知らないと見た。

 まあ、発散させてもこじらせまくるのが推しの沼ってやつなんだけども、それでもたかだか魔界の門の影響で推しを殺すようなゆがみ方はしない。

 だから、とこっとんまでフランシスのアンソンに対する思いをはき出させることにしたのだ。

 ぶっちゃけな。今私はフランシスを沼に引きずり落として棒で頭でつつき沈めたい気分なんだ。語れるものなら語りたいんだよ!


「ほらほら、アンソンが動くよ」


 私がモニター状に複数のアングルで張り巡らせている影映像の一つを指し示すと、フランシスは反射的にそちらを向いた。

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