22 解釈違いは殴り合う




 はっはっは!無事計画通りフランシスを捕捉した私だぞ!


「アルバートやっちゃっ……うええはやい!?」


 私が確保して、と言うまもなくアルバートはフランシスを引き倒してあっという間に縛り上げていた。


「魔法使いは一刻も早く魔法を使えない状態にしておかないと危険ですから」


 淡々と言ってるけど、アルバートの手際は的確に乱暴だ。

 ちなみに枷は特殊な術が施されていて、はめられたら魔法が使えなくなる特別製である。

 一応ヘンリーから奪った王子らしい服装していて、めちゃくちゃロイヤルな雰囲気をまとっていて超ときめいていたのに。やり方が手慣れすぎてて完全にやくざの所行である。


 ま、まあ予定通りだし、と引きつった笑顔を浮かべていると、引き倒されたフランシスは息を詰めながらも、呆然とした顔で私達を見上げた。


「なん、でお前がここに居るんだ」

「あなたがアンソンを勇者達から遠ざけるためにストーリー改変を狙っているんだったら、ヘンリー王子を狙うかなと考えてね。アルバートに入れ替わってもらったの」

「くそっ」


 フランシスが悪態をつく。

 立てた計画は単純だ。ヘンリー王子くらいになると視察行程はあらかじめ掲示される。

 そのルートからフランシスが襲撃するタイミングを割り出して先回りして、今日の朝にヘンリー王子が滞在するホテルで彼を昏睡させてアルバートが入れ替わったのだ。

 ちなみに本物のヘンリー王子は同じホテルの別室で眠り込んでもらっている。だいじょーぶ。無害な睡眠薬を盛っただけだから! 寝ている部屋が違うだけで十分時間稼ぎはできるし、万が一でも王子に危害が及ばないようにうちの子達が見張っている。

 さらに、アルマディナ対策として、護衛役の一人と千草も入れ替わっていた。

 私は近くで合図があるまで影を介して監視という布陣なのである。


 そのアルマディナは、フランシスが拘束されたことに動揺している。千草がその一瞬を逃す訳がなかった。


「くっ」


 がきんっと、すさまじい音をさせて千草はアルマディナの剣を折った。

 武器を失ったアルマディナは離脱しようとするけれど、千草は一切許さずひと太刀くれる。

 き、切っちゃった!? と私は一瞬ビビったが、膝を折って倒れたアルマから血は流れておらず、気を失っているだけだった。


「うむ、かような条件無しに立ち会ってみたい御仁であった」


 どこか物足りなさそうな千草が、せっせとアルマディナを同じ枷で戒める。

 完全に味方を失ったフランシスは、拘束されながらもこちらをにらんでいた。


「お前は多くの犯罪を犯してきた悪徳姫なんだろう。この世界で良いように遊んでいるくせに、今更、王子を守って正義の味方きどり?」

「たしかに自分の思うままにやっているけれどね。私は正義の味方なんて一度もやったことがないわ」

「……ああ、そうだろうよ、だってアンソンを助けやしなかったんだから。今だって魔物に襲われているのに僕にかまけている」


 フランシスは憎悪をむき出しにしてにらんでくる。そうしてどうやって逃げるかめまぐるしく考えているんだろう。

 こうして対峙すると、本当にただの研究第一主義のほんわかした人じゃなかったんだなというのがよくわかる。

 だってこういう言葉選びをしているのも、ただ我を失っているんじゃなく、私をえぐって平静を失わせようとして言ってるんでしょう。知ってるよ、だって私もそういうやりとりにはよく遭遇したもので。

 だから私はにっこりと笑ってみせた。


「私の部下達がすぐに応援に来るわ。魔界の門についてもきっちり処理しているから、誰も死なせないよ」


 フランシスが、顔を強ばらせる。

 その反応に私は心の底からほっとして、せいぜい悪役らしくにやりと笑って見せた。


「ねえ、フランシス、あなたこそ悪役気取りのくせに、まだ誰も殺してないわね?」


 フランシスの中にはまだ葛藤がある。なりふりかまわずアンソンを救おうとしているけれど、それでもまだ人間としての良心を捨てきれていないんだ。

 ふふ、だから私がつけ込む隙がある。


「人を殺したら、アンソンの前に二度と出れなくなるわよ」

「ふざけるなよ。よくもそんなことをのたまえるな!」


 動揺しているフランシスの空色の目が激昂する。


「アンソンがどれだけ怯えていたか知らないくせに! あの子は年端も行かないうちから、眠るたびに夢の中で自分が死ぬさまを何度も何度も体験したんだ! アンソンは覚えていないようだったけど、本当はあれが起きるかも知れないからと強くなろうとした臆病な子なんだよ。そんな弟を守ろうとするのの何がおかしい!」


 なるほど、夢のことだったから、アンソンも曖昧だったんだな。


「アンソンが生きているんなら僕なんてどうなったっていい!」


 ただ私はフランシスの絶叫に笑いたいような泣きたいような気分になった。

 彼の考え方は全部、あの夜私がアルバートに対して言ったことだった。ずくりと胸に痛みが走る。こうやって対峙してみると駄目だな。

 でも私はその、先に思い知らされたので。


 私はフランシスのそばにしゃがみ込むとその胸ぐらをつかみあげる。間髪入れずに、紫に輝くペンライトをすぱこんっと彼の額に叩きつけた。

 叩きつけたっていうのは比喩で、軽く当てただけなんだけど、そこを中心に勢いよくフランシスの体を光が突き抜けていく。

 手応えがあった。やっぱりフランシスも少なからず門の影響を受けていたと言うことだ。

 そりゃそうだろ、確認しただけで二回、なんの対策もせずに一人で魔界の門を開けていたらそうもなる。

 浄化の勢いに私の髪とフランシスの髪がはためく中、私は涙目になっているフランシスをにらみつけた。


「馬鹿言わないでくれる! 推しが一番輝く瞬間を守らないで何がヲタクだ!」


 推しに……誰かに幸せになって欲しいって思う気持ちは、私だけがもっているものじゃないって。

 本当はただの解釈違いなら、無言でお別れが絶対に良い。けれども人一人の命がかかっているのならば、ヲタクとして殴り合わねばいけないときもある。

今はまさにそのときなのだ。

 だから、今の私の目的は、何が何でもフランシスの情緒を突き崩して、本心を引き出すことだ!


「あなたがアンソンのどこが好きかは判らないけどね。アンソンがどんな気持ちで騎士になったか知らないで語らないでよね!」

「はああ!? おまえなんかにアンソンの何がわかるって言うんだ!」

「わーかーりーまーすー! だってあなたがアンソン尊すぎて見てられなかった時間、私が見ていたのよ。騎士になったアンソンならあなたのしらないときめきポイントをあげられるわ!」 


 言い返されるとは思っていなかったらしい。フランシスが言葉を呑む隙を突いて私は大いに煽ってみせる。


「あなたはゲーム時代と馬鹿にするけれど、つまり私はこれから先のアンソンのかっこいいところもかわいいところも愛おしいところも知っていて先回りして見られているってことなのよ。むしろ、ただアンソンの兄ちゃんってだけで決めつけないでくれません?」


 傍らで見ていたアルバートの視線が徐々に冷えてあきれが混じって行くのを感じた。けど、それよりもフランシスが縛られているのもかまわず顔を真っ赤にして激昂する。


「それこそお前はあの子の小さい頃のかわいさを知らないだろう!? 昔から兄上兄上と僕のあとをついてきて、それでも僕に迷惑をかけまいとする不器用さとか! 怖い夢を見ても僕が聞くまで我慢するいじらしい所や布団に潜り込んできた時のほっとした顔のかわいさなんてのは今じゃ絶対に見られないんだからな!」

「ええ、ええそうでしょうとも! だけどアンソンが騎士科の授業で意外と負けず嫌いな部分とか、売られた喧嘩はしっかり買う部分とか、ウィリアムの息抜きのためにしかけたいたずらが成功したときの会心の笑顔の尊さを見てないでしょう!」

「はっ甘く見ないでくれるかな? 学生時代のアンソンなら見に行ってた……って王子にいたずら!?」

「自分の立場に悩むウィリアムを学舎から連れ出したときの、無邪気な顔のかわいさったらなかったわっ」


 二次じゃないよ公式であったんだよ。アンソンとウィリアムは期間限定カードがいっぱいあってバリエーション豊かだったからエピソードも豊富だったんだ。

 その中の一つの学生エピソードである。

 あれでもウィリアムけっこう悩んでいた時期があってだな、アンソンがいたからこそ国のために生きるという選択ができたんだよ。

 この主従、一筋縄ではいかねえな! まぶしい青春だな! こんな10代の一番輝いている時期になんていうしんどい悩み方をしているんだってすげえ心臓が痛くなったものだが閑話休題。

 それ実はこの世界でも起きてたんですよ、のぞきに行きました心のシャッター何度も切りましたストーカーしてごめんなさい。

 そしたらフランシスがくわっと目を見開いていた。


「待ってそれ知らない」

「私こそショタアンソン知らないけど!? 実際に見た人間からのリアル情報なんて破壊力高すぎですかよ」


 幼少期なんて二次での強火の幻覚でしかみたことないからな!?

 私が興奮のままに語っていれば、千草はいたたまれなさそうな顔をしているし、アルバートはもはや表情が無我の境地に達してる。その彼がぼそっと言った。


「アンソンからしてみれば、どちらにせよ蛇蝎のごとく嫌われそうな恐ろしく底辺な争いですがね」

「本人に聞かせないから許して!」


 自分たちが実在の人間に向けるべきじゃないきわどい話をしているのはわかっているから!

 私が真顔で言うとぽかんとしていたフランシスだが、ぶるぶると首をふって振り払ってこちらをにらんでくる。

 その顔からはもう、悪役として固めた仮面なんてはがれ落ちていた。私が最もよく知る推しに荒ぶるひとりのオタクの理性を手放した姿だ。 


「お前の方が知っていると言いたいのか? 騎士として振る舞うアンソンのギャップぐらいあの子の一部なくらい」

「そんなこと言わないわよ。私はこの世界箱押しで、最推しはアルバートだもん」

「はああ!? アンソンが一番じゃないのに何語ってるの!?」

「あなたの方がアンソンに対する愛が深いのもよくわかる。だけどね、一人の推しが望む幸せを考えないのは圧倒的解釈違いなのよ!」

「……は」


 フランシスが絶句する。もうかぶっていた仮面なんてぼろっぼろだ。

 私にも跳ね返ってくる言葉だけど、アルバートに教えてもらった私だからこそ、彼に伝えなければならない。

 けれど、彼はまたかたくなな表情に戻りかける。


「アンソンが騎士じゃなくなっても、生きていて欲しいと願うのは罪か」

「彼が騎士なこともアイデンティティだけれども、生きて欲しいというのは間違ってない。だけど、何よりあなたは大事なことを知らない。忘れているわ」

「僕だと」


 困惑を浮かべるフランシスにさらに言葉を重ねかけたとき、アルバートが言った。


「エルア様、そろそろ時間が迫っています」

「あらもう、そんな時間? というかもともと大して時間なかったもんね」

「まだなにかするつもりか」

「あなたが知らなくて、私が知っていること。実はここ、魔物に襲われて、勇者一行が助けにやってくる研究施設なの」

「まさか」

「そう、ここにアンソンが来るわ」


 フランシスに私は軽く続けてやれば、彼は大きく目を見開いたあと悔しげに顔をゆがめた。

 これがあったから、数あるヘンリー王子の視察先の中からここに絞れた。けれどあらがえないストーリーイベントの絶望はよくわかる。

 同担拒否に近い勢いでアンソンのことが好きなフランシスに対して一番効果的な方法は。


「僕をアンソンにつきだして強制お話し合いでもさせる気?」

「まさか。その程度で矯正できるほど、ゆるいこじれ具合じゃないでしょ」


 いいつつ私は我ながらたいそうあくどい笑顔を浮かべてやった。


「とっておきのアンソンを見せてあげる」



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