18 考察には得意不得意があります

 


 コンティニューという、自分の発想がにわかに信じられなかったが、アルバートは肯定するように頷いた。


「ストーリーを進めるために、何度も試行錯誤をして敗北してもやり直す、と言うことをされたそうですね。もしですが、実際の人間が体験し、それを覚えていたとすればこの発言になるでしょう」

「そんなゲームみたいなことありうる……?」

「ゲームで……遊戯から俺を知ったと言ったのはあなたですよ」


 そりゃそうだけど、私は驚きがさめない。

 私だって、はじめから強かった訳じゃない。レベルが足りなければ鍛え直し、パーティの組み合わせを変えて何度もやり直し、攻略に挑んだものだ。

 だってストーリーを追うごとに、どこの高難易度クエストだっていう敵編成の連続だったんだから自然とそうなる。その試行錯誤の数なんて覚えていない。

 それにその理論で行くならアルバートも、と青ざめると、思考を読んだようにアルバートは肩をすくめた。


「あいにく俺にそのような記憶はありません」

「そうよね、そんなループ物みたいなことそうそうあっちゃ困るわ。だ、だけどフランシスが戦闘に参加する機会はほぼないのよ」

「アンソンが居ます。それなら、俺が感じていた違和にも説明がつく」


 それはもしかして、今まで私が問い詰めなかったことか? と顔を上げるとアルバートが言った。


「ずっと疑問だったんですよ、アンソンはウィリアムと共にあなたと出会った瞬間から、エルディアに対して敵意を持っていました。あなたの態度は完璧だったにもかかわらずです」

「えっ、そうだったの!?」

「そうですよ、ただ単に潔癖な可能性も考えて、俺が誘惑しても誠実な態度は変わらなかった。つまりアンソンが嫌っているのは『エルディア・ユクレール』だけです」

「この間の口説き文句はそれの確認だったのね」


 やっと納得できた私に、アルバートがうなずきつつ続けた。


「その理由が、アンソンがゲームのストーリーあるいはそれに準じた記憶を覚えていたこと。そのおかげで無意識のうちにエルディアが裏切るとわかっていたために、敵意となって現れていたのではありませんか」

「それは、ものすごくファンタジーな考えね」

「ええ、荒唐無稽な話だと自分でも思います。ですが俺は違う世界からやってきたこの世界の結末を知るあなた、という前例を知っています。ならば『ありえない』という考えから廃すべきです」

「本当に、その通りね……」


 そう返事しながら、私はアルバートの仮説がどんどんはまっていくのを感じた。

 アンソン・レイヴンウッドはサービス開始時から実装されているキャラクターであり、ゲームを進めれば必ず手に入る確定キャラでもある。

 性能と使い勝手の良さから多くのプレイヤーが育てたことだろう。それは別の言い方をすれば、最も試行錯誤に費やされているのだ。

 ゲーム内では「撤退」と表現されているけれど、この世界ではその撤退の結末がもしあったらなんて正直考えたくはなかった。

 私だってゲーム内で初見クリアできたことなんて序盤の序盤くらいしかないんだからな。

 うっやば、がっつり想像出来てしまって泣きそうになってきた。

 するとアルバートは表情を緩めていた。


「あなたが気に病む必要はありませんし、俺は覚えていません。アンソンのほうも、今までの態度からして鮮明に覚えている可能性のほうが低いと考えていますから」

「うう、アルバートが優しい……」

「事実を言っているだけです。そもそも記憶があったらあなたが初めてゲームの話をしたときに疑うわけがないでしょう」


 ああ、それもそうでしたね。アルバートってば自分で私の言葉と態度から問い詰めてきたけど、それでも私が白状した話を鵜呑みにできずにしばらく悩んでたもの。

 あんなうろたえたアルバートを見るのは初めてで美味しいと思うと同時に申し訳なかったものだ。


「それに問題は解決していませんよ。これはフランシスがゲーム内から変質してアンソンを過剰に守ろうとしている動機になりますが、『プレイヤー』の単語を知っていた説明にはなり得ません」

「いいや、今回は単語をどこで知ったかは置いといて良い。問題は、フランシスがどうやってアンソンを守ろうとしてるかよ」


 私がいうと、アルバートはこちらを見つめてくる。


「その表情は心当たりができましたね」

「うん。フランシスがアンソンを通じて断片的にでもゲームストーリーの展開を知っているなら、きっと思い当たる。ストーリーなんて変えてやる。って言った。そして今の時期ならめちゃくちゃ効果的な転換点がある」


 私は書き溜め続けた、エモシオンストーリーノートの一ページを指差した。


「第一王子の王位継承。ここで王子を暗殺すれば全部がひっくり返るわ」


  エモシオンストーリー2章の王城魔物襲撃の後、フェデリーは代替わりする。

 まあ、秘密裏にやっていた実験が実験だったし、魔界の門の影響とはいえ乱心した王を続投させるわけにも行かない。

 その結果、第一王子のヘンリーが王位を継ぎ、ウィリアムは本格的に魔界の門対策を任される。


「ソシャゲのストーリー展開の都合上だいぶはしょられていたけど、話はこんなところよ。でもユーザーの中ではよく考察されてたの。『魔界の門を閉じた功績のあるウィリアムが王位を継ぐ可能性はなかったのか』って」


 第一王子ヘンリーは、国王の名代として様々な政策を進めるくらいには有能な人物と描写されていた。けれど派手に武威を示すウィリアムと比較すると影が薄い。

 だからこういう話が出やすかった。

 アルバートは瞬きながらも、納得した様子で顎に指をかけて腕を組む。


「派手に喧伝されやすい英雄譚を好む世論の中で、欲を掻く貴族馬鹿どもを押さえ込み、無用な争いを引き起こさなかった。腹立たしくはありますが、ウィリアムは為政者としても優秀になりうるとは想像が付きます」

「そのとおり。私がこの世界で実際に聞いた所でも、甘い汁を吸いたい貴族はウィリアムを王位に推す声もあった。んでそんな彼らの共通認識ではウィリアムが王位につけば、側近のアンソンは必ず彼のそばにつくだろうって考えられていたってこと。それならフランシスもそう考えるはず」

「アンソンを物理的に危険から遠ざけるため、ウィリアムごと王城に縛り付けてしまえば良い。手っ取り早く王位継承権を移すために第一王子を暗殺する、と言うことですか」


 補足したアルバートは心底あきれ顔になった。


「弟を勇者から引きはがすためだけに、よくもまあ、それだけ大それたことを考えるものですね」

「ははは、たぶんフランシスはストーリーの断片しか知らないんでしょう。なのにアンソンがどんどんストーリー通りに進んでいくことに焦ったんだと思うよ」


 私も覚えがある。悪い展開ほど私がどんなに手を尽くしても変えられない。必ず何らかのかたちで起きてしまう。

 ひるんでいたら始まらない。怯えていたら変えられない。それなら、こちらから積極的に干渉して変えるしかないのだ。

 フランシスは確実に私よりも情報が少ない中、大事な人を守ろうとしているんだからあっぱれだ。


「フランシスが大事なのはアンソンだけだわ。だからストーリーを変えることにためらいがない。その覚悟はアンソンに辛辣にしてまで遠ざけたことからも、魔族とも手を組んだことからもよくわかる」


 たぶんフランシスが、アンソンに対して騎士になることを反対したのは、そうすれば勇者と関わることになるとわかっていたから。

 好きな人を守るためにあえて嫌われて死地に赴く。二次でよく見た展開だし、何よりそう考えるとフランシスの行動と言動に納得できる。

 アンソンに対する想いがだいぶ重めで行き過ぎている感じはあるけれども、推しには幸せになってもらいたいという気持ちはよくわかった。


「だから私もそれくらいの気概でかかるよ。なんて言ったって私は悪者だもの!」


 にいっと笑ってみせると、アルバートが眉を寄せていた。


「ではアンソンにお前の兄が魔物を操り、国家転覆を謀ろうとしていると教えてやりますか。それが一番簡潔にことが収まります」

「そんなことしたらアンソンの心が死ぬでしょ却下!」


 確かに本編ストーリー通り進めるだけならそれでいいだろう。

 だけど、そうすればアンソンは兄を罪人としてさばかなくちゃいけなくなる。それに身内に罪人を出した者が、ウィリアムの側近として生きて行けるか。ウィリアムが許してもアンソンの騎士としてのプライドが許さないだろう。

 さらに、尋問のさなかフランシスの真意を聞いたら、アンソンは立ち直れなくなる。

 もうどこからどう考えてもバッドエンド不可避なんだよ!

 でも私は彼らの意思を間近で見て少しずつ考えを改めたのだ。

 だから私は知っている。アンソンがどんな思いでいま勇者達と共にいるか。


「もう、ストーリー通り進めるのはあきらめる。要はつじつまが合えば良いのよ。本来フランシスは悪役になる必要なんてない。私が全部引き受けるわ」

「まさか、悪徳姫を出すのですか」


 紫の目を見開くアルバートに、私はにっと笑って見せる。大丈夫大丈夫、しっかり笑えてる。


「フランシスがやったと言われるより、悪徳姫に脅されてやるしかなかったってした方がよほど信憑性があるわ」


 悪徳姫エルディア・ユクレールは、ストーリー上も現実も「行方不明」とされている。だから今みたいに死んだふりでもかまわないし、言うなればどこで暗躍していてもおかしくはない。

 自身への仕打ちに怒り狂って、国家転覆をもくろんだ、なんて世間的には最高にわかりやすく飛びつきやすい。


「フランシスの説得は、アンソンの本当の気持ちを知ればなんとかなるはず。後は残った反逆罪の処遇よ。立ち消えにはできないから、実在不確かな『私』に全部ひっかぶせてくれれば良い。なんなら私が彼らの前に顔を出せば一発で……」 

「アンソンにあれだけの仕打ちをされておきながら、なぜそこまでするんです」


 久々の悪役としての大舞台だ、張り切っちゃうぞぉ! と拳を握っていると、眉を寄せているアルバートに問いかけられた。

 んんん?それ聞いちゃう? 言葉を間違えた、とか思っても遅いぞアルバート!

 もはや条件反射の勢いで推し語りする気満々だったけど、そういえば、このあたり詳しく語ったことはないな?

 我に返った私は、ちょっとだけ照れ笑いに変えて言った。


「エルディアとしての振る舞いは私が望んでやっていたからよ。それで彼らがエルディアを嫌うのであればそれは意図した結果で歓迎すべきことなわけ。彼らに迷惑がかからない限り推したいし、彼らが幸せなら私も幸せなんだよ」

「彼らのためになるなら、自分が嫌われてもかまわない、と? 今回も?」

「まあそういうこと。彼らのためになることなら、なんでもするよ」


 フランシスの『世界を救いたいと言うのなら自分でやれよ』という言葉が胸に突き刺さる。

 そう、できるなら代わってあげたかった。

 けれどどう頑張ったって、この世界は勇者と聖女にしか救えないんだ。だから私は自分ができることできる精一杯をする。少し苦しいくらいなんてことない。

 全てはあの子達のためにね!

 気合いを入れ直した私は、頭の中で練り上げた方針を語る。


「相手の狙いがわかれば先回りもできるわね。第一王子もフェデリー郊外の視察に回されて狙いやすい状況下のはず。紙とペンをくれるかしら。今からやるべき流れを」

「エルア様」


 私が使用人達に指示がしやすいようにこれからの計画を書き出そうしたとき、遮るようにアルバートに呼ばれた。

 その声が低い気がしてあれ、と思う。

 どうしたの、という問いかけが声になる前に視界が回る。

 ぽすんと、背がクッションに受け止められ、顔に影がかかって異常に気づく。

 見上げると黒髪がゆるりとカーテンのよう流れて影になった、紫の瞳に見下ろされている。

 ……――アルバートに押し倒されたのだ。


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