17 推しには(情緒を)殺されるもの


 豊穣の海神祭りの数日後、私とアルバートはコルトヴィアの秘密クラブを訪れていた。

 いつもの個室で、今日も美しいサマードレスを身にまとったコルトヴィアは金色の髪も艶やかで大変に麗しいけれども、その表情はあまり優れない。

 そりゃそうだ、だって彼女が関与した祭りが最後まで完遂されたとはいえ、大いに水を差されたのだから。


「豊穣の海神祭りでは、海からは海神の化身が現れ、魔界の門が二つも出現した訳だが。君の筋書き通り、海神の化身の出現によって魔界の門が現れた、と情報誘導はおおむね成功した」

「手間をかけたわコルト。わがままを聞いてくれてありがとう」

「いいや、VIPである君を危険にさらしたことをとがめない対価としては安い位だ。我らに対する非難もかわせた」


 あの後豊穣の海神祭りはユリアちゃんとリヒトくんの活躍によって、海神の化身である大ウツボは倒された。

 私が魔界の門を閉じたこともコルトの情報操作で、VIPが連れてきていた聖女見習いが対処したことになっている。

 私の正体がばれる訳にはいかなかったから正直大変助かったんだけども、ストーリー自体も無事に水着イベントも終了できたのだけど。

 コルトの表情は険しい表情で続けた。


「情報紙はこぞって魔界の門を出現させたとおぼしき男と、魔族の女が一体何者なのかと書き立てている。あんな騒ぎで死者がでなかったことが奇跡だが、私の家族には重傷者も出ているんだ。あの二人は必ず報いを受けさせる」


 その水色の瞳には燃えるような怒りがあった。コルトにとっては大事な家族を害された出来事だ。彼女はそれを許さないのだから、当然の反応だ。

 

「そう、かあ」


 そう、フランシスとアルマディナは行方をくらませていた。おかげでイストワは天地がひっくり返ったような大騒ぎだ。

 魔界の貴族、魔族が現れたとあれば、どこかに魔族が通れるほどの巨大な門がある可能性が高い。一刻も早く見つけ出さなければいけないとイストワ政府は血眼になっている。

 しかも、「人間」が魔族に協力しているように見える構図から動揺が広がっていると、私の部下達からも報告が上がっていた。

 ユリアちゃんとリヒトくんはイストワ政府に引き留められて、魔族の捜索に加わっている。

 それも当然だ、魔族はそれだけ脅威とされているんだから。

 ……脅威と、されているんだけれども、と私が悩みこんでいると、コルトが私をじっと見つめていた。


「君たちは、例の2人組と遭遇したんだよな。あいつらに対して心当たりは本当にないんだな」

「私も探しているけどよくわかっていないわ」

「……あのアンソンがずいぶんふさぎ込んでいる様子だと聞いたが」

「そうみたいね……私も一刻も早くなんとかしてあげたい」


 そう答えると、しばらく探るように見つめられたが、彼女はひとまず納得してくれたようだ。

 

「そういうことにしておいてやるさ。魔族が現れた影響か、魔物の出現も多くなっていてね。私はそちらにも手が割かれている。見逃す気はないが少々後手に回っているのは確かだな」

「私も情報はなるべく密にやりとりするつもりだから、引き続きおねがいね」


 コルトに少し疑惑を向けられたが、実際、私は嘘は言っていない。こちらも彼らの動向はつかめていないし、目的も不明だ。

 ただ私がプレイヤーだと知っていた。そして彼の目的を知っていることくらいなものだ。


 *


 屋敷の私室に戻った私は、着替えを手伝ってくれる空良をじっと見る。

 外出用と家用の服って違うんだよ。箔とか権威をつけるという点でも大事だからやるけれども。魔族によって活性化している魔物に対する対処のために、連日続く会合への出席は堪えて着替えることさえおっくうだし、なにより心底心が疲れていた。


「空良さぁん」

「んー? あー」


 我ながら私が泥のような声で呼びかけると脱いだドレスの手入れをしていた空良は、こちらを見るとあーと理解した生ぬるい顔になった。そうして両手を広げてくれる。


「はい、どーぞ」

「うー」


 私は遠慮なくその腕に飛び込んだ。

 そして空良のさらさらとした髪と耳とぬくもりを堪能した。ふあああ癒やされる……。

 エネルギー充填していると、扉がノックされる。


「エルア様、俺です」 

「はあい、どうぞー」

  

 入ってきたアルバートは、けれど空良にひっつく私を見るなり小さく息をついた。

 

「限界を迎えていらっしゃいましたか」

「まあ、エルア様ここんところ忙しかったですからねー」

「……ありがとう、いやされた……」


 ぽんぽんと空良にぞんざいに撫でられて復活した私が離れると、慣れた物である空良はあっさりと離れたが、首をかしげた。


「エルア様も変ですねー。あたしによしよしされるだけで癒やされるなんて。んならアルバートさんにしてもらった方が良いんじゃないですかー」


 なにをおっしゃるんですか、空良さん?


「アルバートは別格なんですよ。そもそも推しに触るなんてそんなこと許されると思ってないし……。こう空良は家族枠だからできるわけで。アルバートはなんというか居るだけで血圧上がって興奮してテンション上がるわけで、元気にはなるんだけど癒やしとは違うんだよ」

 

 心臓が持たなくて癒やされるどころじゃないから不適切なんだ。言わばカンフル剤的な。

 空良は空色の瞳をぱちくりとさせたあと、頬を若干赤らめた。


「おっとぉ、思わぬ被弾がきましたねー。まあ……そこら辺にしときましょーかー。アルバートさんが流石にかわいそーですし」


 かわいそう?

 んじゃ、とてきぱきとドレスをクロゼットルームに持って行った空良は、失礼しまーすと去って行った。

 なんだったんだ。と私がソファーに座ると、テーブルに置かれたのは、グラスに入れられたアイスティーだ。表面にうっすらと結露が浮かんでいて涼しげである。

 それを置いたアルバートは、そのまま私の傍らでテーブルに置きっ放しの資料を整えながら聞いてきた。


「進捗はいかがですか」

「魔物の被害に関しては、これまで以上に部隊の子達に負担をかけるけど対処できそうでしょ。ただ、他の流通がかなり怪しいからなんとかしたいところだけども……」

「エルア様」


 私だって現実逃避だってことはわかっているんだい。

 アルバートに強めに呼ばれた私は、商売関係の書類を渋々片付けてあっちの……エモシオンストーリーの考察資料を取り出した。


「あれから精査しているんだけど、疑問点は3つ。1つフランシスがなぜプレイヤーのことを知っていたか、2つなぜアルマディナと行動を共にしているのか、3つ彼は何を目的としているか」


 語られた物語に関しての感想や勝手な展望を語ることは大変楽しかったが、あくまで遊びの範囲で実際に予測することなんて滅多になかった。

 あ、でもささやかなアクセサリーや衣装で、がんがん暗喩を入れてくる運営さんには萌え殺されたな。

 と言うわけで、こういう分析を私は得意としていない。

 ここ数日そのせいで、せっかく無事だった記録媒体で撮っていたユリアちゃんとリヒト君達のウツボ退治をまったくこれっぽっちも楽しめないのだ。

 今だってアルバートが黒い手袋をした指をあごに当てて思案する仕草も……ちょっとしか萌えられない。

 萌えが鈍い。ゆゆしき自体だ。


「私がプレイヤーだってわかっていたんならフェデリーの門の研究に参加していたときに殺してもおかしくない。けどフランシスは『今』私のことをそう呼んだ。つまり追放された後にその概念を知ったことになる」

「あなたは彼自身がプレイヤーだと思わないのですか。あれほどアンソンに対して執着している姿はあなたの姿勢と変わりませんが」

「限りなく低いと思ってる。だって、あなたと千草に反応しなかった」


 そう、勇者……ゲームプレイヤーなら全て、とは行かなくとも大半のキャラクターの顔くらいは覚えているはずだ。その中でも千草とアルバートはレア度が高く、ユーザーの間ではことあるごとにネタにされていた。だから名前を覚えていなくても、プレアブルキャラだとわかるはず。

 けど彼が反応したのは私だけ。「エルディア・ユクレール」だけなのだ。


「特にあなたは元キャラからめちゃくちゃ変わってるから、勇者やってた人なら絶対に反応する。私の曇りきった欲目を抜いてもあの一匹狼アルバートが、かいがいしく執事やってるなんて絶対『なんで???』ってなる」

「曇りきった欲目があることは自覚されているんですね」


 アルバートはもはや諦観の目をしたけど、手元に持った資料を下ろしてこちらを見る。


「一つ。可能性があるとすれば。ですが。何らかの形でキャラクターがあなたと同じ記憶を覚えていた、と言うことは考えられませんか」

「ん? どういう意味」


 私が聞くと、アルバートが持っていた資料……私が書き起こした彼とアルマディナの発言を指し示す。

 頭は吹っ飛んでいたけれども、それでもヲタクの習性で覚えている限りの発言を記録していたんだ。

 感想は忘れるものだから、悲鳴は新鮮なうちに書いて残すのが癖になっていたおかげで気がついたら正確に書き記していたよね。

 ぶっちゃけ現実逃避だったのはわかっている。


「こちら、『質問に答える義理がある? 自分が生き残りたいからって他の人間を平気で死地に追いやるような人間に?』あなたがアンソンを殺すととらえている」

「そんなことないのに……」


 半泣きになっている私に対し、アルバートはさらに続けた。


「そして次、『お前はあの子が好きだって言ったけど、ならなんであんな過酷な運命を背負わせるんだい。何度も何度も何度もあの子を殺して! お前達が遊びだというのなら! お前達が未来を知っているんなら、お前達が世界を救えば良いじゃないか!』何度も殺す、なんて言葉は通常の人生ではあり得ません。けれど、ゲームの側面を知っているあなたなら心当たりがあるのでは」


 いや私だってそんなループ物みたいなことなんて心当たり……

 と考えたところであ、と目を見開く。


「コンティニュー!?」

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