16 周りが見えなくなるのはしょうがない
魔界の門ははっきり言うとそばに居るだけで気が滅入るタイプの代物だ。
これが……というよりこの魔界の門と一緒に入り込んでくるものが、すべての元凶なわけで。私たち聖女候補と聖女は、それを無効化、排除できる魔法の使い手だ。
その魔法を特別に「浄化」と呼んでいるんだが、個人個人でその方法は違う。
聖女ユリアちゃんは大粒の魔晶石のはまったペンダントを使った、そりゃあもう演出スキップなんてできない美しいエフェクト付きのかっちょいい魔法なんだ。
くっそう、今日もユリアちゃんが海に向けてやってるんだろうな、生で見たかった!
嘆きつつ私はぴかぴか光るペンライトを、向こう側も見通せない闇の先へ突きつけた。
さあ、覚悟決めろ。ここからは集中切らしたら失敗するし、これからすることに脇見をするなんてあり得ないんだから。
私はさっきの千草とアルバートの勇姿を思い出して息を吸った。
「まず千草がアルマディナの斬撃を受け止めた瞬間やばかったよね。ねえ姿見えなかったよ?気配しなかったよ? なのに全神経集中させて私のこと守ってくれたんだよときめかない訳ありませんよね!?」
「っ!?」
視界の端で白い兎耳が揺れた気がしたけど、テンションが上がっている私はさらに熱を入れて続けた。
「そこからの応酬なんて全然見えなかったけど萩月がほんと美しくて千草が輝いててやべえ状況なのに滾らずにはいられなかった! ごめんね! その後のグリフィン戦とか一体どうなってるの? 飛ぶ敵に対しては私の影も無力ですしどうしようと思ったのに、まさか同時に跳ぶなんて思わないじゃないですか! 何あの跳躍力すごくない? 垂直跳びだけで剣を届かせるってやばくない? しかも空中で蹴り飛ばして体の向き変えるとかもはや超人的な身体能力だよねいや兎族の人だった超人だったぱねえ」
ここで息継ぎ、忘れるなんてありえない!
「そこで来るアルバートのサポートですよ磨きかかってません? ブラッドウェポンの幅が広がっていたことは知っていたけど、投擲だけじゃなくて空中で操れるまでになっていたなんて、華麗な鎖さばきは見物だったよね!? 涼しい顔であれだけの本数を途切れさせずに操り抜くって神業じゃない? その上幻惑の魔法を使いこなして相手を足止めしてるんでしょ。器用すぎない? だから『暗殺者 #とは』なんて揶揄されちゃうけど愛されてたんですよ愛してますよそれでもゲーム時代より完璧さ増してない?増してるよね? ワイバーンだってこれ無理!って思った瞬間に華麗に現れてくれちゃってさ!? 眉間串刺しの上にやくざキックって乱暴さのギャップにもはや惚れ直すしかないよね!?そもそもアルバートと鎖の組み合わせの良さね。アルバートから生み出される鎖ってだけでときめくしかないじゃん。縛られる敵がうらやましく」
「……さすがにやりませんよ?」
「ちょっと言い過ぎた忘れて!!」
いや無残に括られるなら本望だけど今話はややこしくしません!
耳ざとく聞いていたアルバートに顔を真っ赤にして言い返した私は、どんな闇でも照らしそうなほどまばゆい光を放つペンライトを掲げる。
「だから! 推しは! 尊いのよ!!」
そして、魔界の門に向けて思いっきり振り抜いた。
私の「想いの力」に呼応して増幅された魔力が魔界の門を包み込む。
どこか、紫と金を帯びた光がうごめく闇を戒め、縛り上げ消し去った。
光が散った後にはもう魔界の門はない。ただの青空があるだけだ。
はい、これが私の浄化方法です。ふざけてません、本当にこれが浄化なんです。
この世界の魔法……特に浄化の魔法は強い意志の力というものが必要でしてね、誰かを守りたい、この人に勝ちたい、そういう強い想いが魔法の効力を高めるんですよ。
それでも悪徳姫時代はね、普通にやってたんですよ。いつも持ってるステッキみたいなやつで、神々しく!
ただどうにも使いづらい、というか全力が出せない気配がしましてね……。
そんな時、試作したペンライトを振って撮り溜めた映像鑑賞で発散している私を見て、アルバートが気付いたんだよ。
私の魔力が推しに興奮してるときにすごく効率よく回っていることに。
いろいろ試した結果、ペンラの光る部分に魔晶石を詰め込んで杖にして、推しの萌えを語る最中が一番魔法が強く使えることがわかりまして。
というわけで、ペンラ持ちつつ推しを語るというぶっちゃけ推しには絶対見せたくないスタイルが確立されてしまったのだった。
エモシオンファンタジーは「想いの力で世界を救う」わけで、けして萌えが力になる世界じゃなかったんだけどなあ。
それにしても今日のアルバートと千草も尊かった……けど、くらくらする。
浄化をした後って全力で号泣した時みたいに魔力やら気力やらをごっそりもって行かれるんだよな。これやった後全力疾走できるユリアちゃんはやっぱり異次元なんだよ。
満足感に浸りながらも、私が膝に手をついてぜーはーしていると、キマイラを片付けたアルバートがやってきた。
「お疲れ様でした。動けそうですか。今すぐ待避が必要です」
「なん、とか。あの子達の応援に行かなきゃ」
魔界の門はユリアちゃんが処理をするものの他に、もう一つあいているのだ私がなんとかしなきゃ。
私がふらふら歩きかけたのを、アルバートに支えられた。
「いえ、その前に千草をお願いします」
「えっ千草がどうしたの!?」
グリフォンもキマイラも中級のおいしい素材狩りの印象しかなかったし、千草の様子からして問題なさそうだなーとか思っていたんだけど怪我とかしてた!?
私が慌てて首を巡らせると、千草はバルコニーの隅っこで頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
あの千草があんな風に縮こまるなんて一大事じゃないか、まさか魔界の門に影響されたとかじゃないよね。
「千草大丈夫!? 傷負ったんなら応急処置するし、苦しかったら言って! 門の近くに居たせいかもしれないから」
私がそばに近寄って気遣うと、ぱっと顔を上げた千草の顔は真っ赤だった。
「い、いやその、だい、だいじょうぶでござる……」
千草はしどろもどろに言うけれど、全然大丈夫じゃないように見えるけれども。
お、およ?
私が面食らっていると、ふみ、と頭頂部のうさ耳を押さえていた千草は、目をそらしながらおずおずと言う。
「かように褒められ慣れておらぬゆえ、少々動揺しもうした。戦の最中に心を乱すなど恥ずかしい」
え、全部聞こえていた、ですと。
そ、そうだなるたけ小声で早口で聞き取れないようにしてたけど、千草が耳が良いこと忘れてたし、なにより。
目元を赤らめて、へにょんとうさ耳を伏せて恥ずかしがる千草がさいっこうにかわいい。けれども推しにすべて欲望がダダ漏れさせていたことと相まって、情報過多で意識が飛んだ。
「全部聞こえてましたかごめんなさいちょっと首くくってきます」
戦闘の邪魔をしちゃうなんてうあああもうごめえええん! かわいい尊いめっちゃかわいい! でもやっぱり家でもライブ会場でもない場所でペンライトを振るなんて駄目なんだー!
「主殿乱心はやめられよ! 拙者の修行不足でござるゆえ!」
「それでも推しの邪魔をしちゃったなんて自分が許せないんですー!」
私が自分の羞恥に耐えられなくなって錯乱するのに、千草が羽交い締めにして止められる。
うわあああん、離してーーーー! だけどさすが超攻撃型、ぜんっぜん振り払える気配がない!
そんな私を予定調和と言わんばかりに平然としているアルバートが、戦闘で荒れた身なりを整えながらさらり言った。
「千草、そのままエルア様を担げ。移動するぞ。浄化がばれるのはまずい」
「あ、あいわかった」
そうして私は、なんだか色んなものを失った気がしつつ、いろんな謎と問題を抱えながらも、波乱の「豊穣の海神祭」を後にしたのだった。
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