15 応援には必須です


 ワイバーンにヤクザキックをかまして助けてくれたアルバートは、相当走ったのか、息を乱しながらネクタイを緩めている。

 でもどこにも怪我がない様子の彼に、心底ほっとした私は叫んだ。


「アルバート超かっこいい! ありがとう!」

「すみません、遅くなりました。ホテル近くに魔界の門が開いてそちらに対処を回していたんです」

「なんだって、海岸じゃなく!?」

「ええ、理由はわかりました」


 油断なく構えつつもアルバートがフランシスを見るのに、私もおなじようにみつめる。

 フランシスはいつの間にか、その手に持っていたトランクを開いていた。

 その中身は天球儀のようなわっかがいくつも連なったような器具で、魔力の光を帯びながらゆっくりと回っている。

 本来魔界の門は気軽に開くものじゃない。魔界と人間界の位相が偶然合った時に開いてしまうものだ。

 だがフランシスは人為的に魔界の門を開く研究をしていたんだ。それはつまり。

 やんわりと微笑むフランシスはトランクを素早く引く。

 ざっくり床に刺さったのはアルバートの短剣だ。

 うっわ、行動が早いし思い切り良いなアルバート!


「まったく油断も隙もないね、その従者。これを壊したら門が暴走するとか思わないのかな?」

「一度開いた門は、聖女候補が術を使わない限り閉じない。開いた時点でそれの役目は終わっているだろう」

「うっわ。なんでそんなこと知ってるんだよ。しかもあれだけの足止めをくぐり抜けてくるなんてお前人間じゃないね」


 嫌そうに顔をしかめたフランシスの嫌みに、アルバートは表情一つ変えなかった。

 けれど「あれだけの足止め」、という部分に私はぞっとする。これだけの騒ぎの中駆けつけたのがアルバート一人だ。今回はかなりの戦闘要員をこちらに配置している。つまりは他の子は皆そちらにかかり切りになって居ると言うことでは。

 私の耳に、バルコニーの外からお客さんがざわざわとしている声が聞こえてくる。

 何せ小型とはいえワイバーンが出てくる魔界の門が自分たちの頭上に開いていることに気がついたのだろう。あれをそのままにしておけば魔物が現れる。

そう、今だって!

 私がアルバートに抱えられて部屋の中へと待避すると同時、千草が魔界の門から出て来ようとするグリフィンへ刃を一閃する。

 翼をもがれたグリフィンは悲鳴を上げて地面へ落下していった。

 とうとう祭り会場の人も気がついて、どっと悲鳴が響いた。

 やばい、めちゃくちゃやばい。


「アルマディナっ」

「気安く名前を呼ぶな」


 フランシスに呼ばれたアルマディナが、舌打ちをしながらも彼を俵担ぎにするとバルコニーの欄干へ立つ。


「おい、魔族が居るぞ! あの魔族が魔界の門を……!?」

「抱えられているのは仲間か!?」


 そんな声の中に、不思議と良く通る声が聞こえた。


「兄上!?」


 悲痛のこもった、信じられないとでも言うような、アンソンの声だ。気付かないでくれ、こないでくれと祈っていたのに。

 わずかに肩を揺らしたフランシスだったが、そちらには一瞥もくれずトランクを抱えると、私達に向けてそれはきれいに微笑んだ。


「起きる出来事がわかっているなら、僕はなにをしてでもアンソンを守ってみせる」


 そうしてアルマディナはバルコニーから飛び降りる。

 階下から悲鳴が響く中、追いかけようにもあんな小さな魔界の門にもかかわらずぞくぞくとグリフィンが出てこようとしていた。

 さらに海のほうからも騒ぎが起こる。


「う、海神様が現れたぞー!?」

「みんな逃げろおおおお!!」


 海から顔をもたげているのは巨大なウツボの魔物、海神様だった。

 そうなんだよおお、今回手まりの音に惹かれて本当に海神様が来ちゃうのが今回の水着イベのストーリーなんだ!

 海の中に魔界の門が開いたせいで暴走しているんだよ。これをユリアちゃんが浄化する。

 つまり今ここにあいている魔界の門までは手が回らない。

 今フランシスを追えば捕まえることができるだろう。でも、と私は断腸の思いで方針を決めた。


「ああもうっ! アルバート、千草、私が魔界の門を閉じるまでけん制をお願い!」

「かしこまりました」

「うけたまわった」


 ここで海神様以上の被害を出す訳にはいかないんだ!

 私の願いにアルバートはすまし顔で、千草はどう猛に唇の端をあげる。 

 その表情が私がめちゃくちゃ大好きなモノだ。千草はグリフィンの群れに突っ込んで行く。

 私は悲壮な覚悟でポケットから取り出して構えた。


「私! 全力で応援するので! 引かないでください!!」


 ……――ペンライト(2本)を。


 あの、ペンライトである。ライブ会場で良く使われるようになったというかほぼほぼ必須アイテムとなっているあの光る棒である!

 私が両手のペンライトに魔力を通したとたん、四方に散ろうとしていたグリフィン達がぐりん、と私へと注目し、その敵意を一心に浴びせてくる。

 暴走した魔物は、浄化の魔法に反応して、優先的に狙ってくるのだ。

 咆哮を上げて、私が下がっている部屋に押し入ろうとする奴らに対して千草がどんっと踏み出し跳躍した。

 萩月が夏の日差しを照り返し、グリフィンとすれ違いざま、その翼が落とされる。

 その鮮やかな手際に私のときめきゲージがぐんと上向く。無意識にペンライトを千草の金色に変えていた。

 きゃ――! 千草――っ! かっこいいー! 首まで落として――――っ!!


 心の中で歓声を上げながら、私は思い切りペンライトを振り回す。

 もちろん顔より上では振らないぞ! これマナーな! 

 その間にも千草は、もんどり打ってバルコニーに落ちたグリフィンが再び立ち上がる所を狙い、萩月によって首が落とされる。あざやか!!


 私を食らうことで頭がいっぱいだったグリフィンだけど、一体がやられたことで千草へ凶悪なくちばしや鉤爪を振りかぶった。

 千草は一体の鉤爪を、体をひねってかわすが、宙を自由に駆るグリフィンは縦横無尽に襲いかかってくる。

 また階下へと飛んでいこうとした矢先、グリフィン達の体に赤黒い鎖が巻き付いた。

 私はもはや反射の域でペンライトを紫に変える。


 アルバートのブラッドウェポンんん!! 鎖ぃぃぃ!!!!


 それをした張本人であるアルバートは、鎖を持ったままぐんと踏ん張っている。

 細い体からどんだけの力が出るんだというやつだけど、そうだアルバートは最強真祖の血を物にしたはちゃめちゃ強いダンピール様だよ!


 不意を打たれたグリフィン達は体勢を崩してその場にとどまるがすぐに鎖を引きちぎった。

 けど、千草にはこの間で十分だった。

 地面に降りていた千草が刀を構え、飛ぶ。


「兎速、乱れ跳び」


 応戦よりも速く千草の体躯が跳ね、グリフィン達をたちまち屠っていく。

 討ち漏らしかけたグリフィンはアルバートが倒した。

 今日も今日とて最強にかっこいい千草とアルバートですよもうっ! は――――かっこいい!!


 そうすれば、2本のペンライトは私のテンションを反映するようにそりゃあもう見事に紫と金の光を湛えている!

 よっしゃこれでいけるな、いけるよね!


「アルバート! 行けそうだから耳ふさいで離れてて!」

「馬鹿言わないでください、多少離れてさしあげますけど、第2波来ますよ」


 あっさりと断じたアルバートが言っている間に、魔界の門から顔を出すのはキマイラだ。

 うう畜生! こうなったらキマイラが排除できるまで。いいや浄化の最中は私めちゃくちゃ無防備だからなあ!


「わ、私がどんな醜態をさらしても許してよ、驚かないでね!」

「大丈夫です、今更あなたに幻滅しませんから」

 

 アルバートはあっさり言うけれど、これからやることは本来一般人には晒さない物なんだよ。他人様に見えないルーフバルコニーでも声が通っちゃうかもしれなくて恐怖しかないんだよう!


「よ、よくはわからないが拙者も気にせぬ!」


 グリフォンを牽制する千草にまでそう言われてしまえば、私も覚悟するしかない。


「お、推しの危機には私の尊厳など些細なことなんだ……」

「かように重たいものなのか!?」


 千草の驚きの声が響いたけど、息をすって吐いた私は、悲壮な思いで気合いを入れて、すちゃと魔力をためにためたペンラ2本を構えたのだった。





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