14 強火担当はやっかいです
私は、フランシスが言い放った単語に絶句した。
この世界に、酷似したゲームがあったという概念はない。すくなくとも、私が調べた中では見つからなかった。そんな言葉、ゲームだったという認識がないと出てこないんだ。
「なん、で」
私が辛うじてそう問いかけると、フランシスは鼻で笑う。
「質問に答える義理がある? 自分が生き残りたいからって他の人間を平気で死地に追いやるような人間に? 同じ人間とすら思いたくない。僕の大事なアンソンを」
「何でアンソンを私が殺さなきゃいけないの!? 圧倒的解釈違いなんですけど!!」
絶叫すると、フランシスの顔が面食らい、ぎょっとしたように千草が横目で見てくる。
「私はハッピーエンド至上主義なの! ユリアちゃんとリヒト君達はもちろん他のキャラクターにも幸せになってもらわなきゃ意味ないじゃない!」
「あ、主殿、正気をたもたれよ」
「千草も幸せになってよ!」
「あ、ああ」
そうだよそのために全力で頑張ってきているんじゃないかと、私はフランシスをきっとにらむ。
「私はアンソンもその区分に入ってるの! 今日のアンソンめっちゃかっこよかったでしょ白い衣装をなびかせて跳躍する姿は流石騎士って感じの身体能力でリヒト君とのコンビプレーも決まっていて見応えあって……」
「やっぱり僕の反応を確かめるためにここにおびき寄せたんだ。祭りのプレミアムチケットは入手出来なかったことを盾にするなんて卑怯だね」
フランシスは冷めた物言いで私ははっとした。
そうだアンソンを殺すなんて言われてちょっと錯乱したけれど、私はフランシスにプレイヤーだって指摘されたんじゃないか。
いやでもフランシスやっぱりアンソンを見に来たかったんじゃないか!
「そういうってことは、あなたはアンソンのこと嫌っているわけじゃなくて好きなんですね」
「は、さっきから気安いな、アンソンはお前に呼び捨てにされる筋合いはないよ」
「あ、はい」
フランシスに冷え冷えとした忌まわしげな顔をされて私はおやっと思う。
これはもしかして……私は若干背筋の寒さを感じていれば、フランシスはゆっくりと部屋の中に入ってくる。彼の微笑はすでにほどけていて、隠しもしない怒りと苛立ちに顔をゆがめていた。
「そもそも、お前の言い分が気にくわないよ。祭りのアンソンは確かに普段の陽気さと快活さがそのまま出ていて良いものではあったけど? あの子は存在しているだけで尊いものなんだ。それを何かを成してなければ価値がないとでも言いたげに。小さい頃からアンソンのそばにいた僕に対して喧嘩売っているの?」
「そんなことは思ってないのだけれど」
私は顔を引きつらせながらも、悟った。私の勘は正しかった。
彼はアンソンのことをめちゃくちゃ好きだ。けれど好きが行き過ぎて他の人間との解釈違いが許せないほど熱狂的なアンソン推しになっているのだ。
な、なんでそうなった。フランシスはアンソンの兄ちゃんなわけだし、好きでいること自体はおかしくないけど。
と、ともかく、こんな人は私のヲタク知り合いもいなくはなかったんだが、こういう人に対してのアプローチを完全に間違えたと悟った。
女装に対して強い拒否反応を見せてなかったから、アンソンならばすべてを受け入れられるタイプの推し方みたいだ。
けれど彼にとって私は地雷も地雷、なぜかはわからないけど、推しを傷つける存在として認定されてしまっている。
フランシスが敵意を帯びた眼差しで私をにらむ。
「あの子はとても良い子なんだ。お前はあの子が好きだって言ったけど、ならなんであんな過酷な運命を背負わせるんだい。お前達が未来を知っているんなら、勇者だと陽気に名乗るんなら、お前達が世界を救えば良いじゃないか」
フランシスの言葉は、私が心の中でずっと悩んで折り合いをつけきれていない部分をえぐった。何も言えないでいる私に、彼のアンソンに似た空色の瞳は殺意を湛えて続ける。
「まあでもお前が高尚なことを言ったって、アンソンが死ぬのなら僕にとっては変わらない。お前もどうせこの世界で遊ぶだけなんだろう。僕は違う、アンソンが生きているのならなんでもいい。あの子のためなら何でも出来るよ」
「なにを、しようと言うの」
私がからからの喉から絞り出すように問いかけると、フランシスはにいと笑った。
「お前はアンソンを気に入っているようだね。それは当然さ、だってアンソンはかっこいいし誠実だし。でも彼の弱いところもかわいいところも僕だけが知っていれば良い。お前みたいな身勝手で無責任な人間には覚えて欲しくない。……――だからさ、お前がやれよ」
言いつつ、杖を振りかざすフランシスに、私は即座に繋いでいた影を動かした。
私だってただ会話をしていたわけじゃない。ここは半分野外とはいえ影はいくつもある。
動揺はあってもこういう修羅場は割と遭遇するから慣れているし、命を守るためには行動できた。
杖の扱い方からして、彼は戦うことに慣れていない。拘束できれば問題ない!
「……ご免っ!」
「ふうへ!?」
だけど私がフランシスをとらえる前に、千草にどんと突き飛ばされた。
一体何で!? と思った瞬間、鈍い金属音が響く。
ちょうど私がいた場所にはサーベルが突き出されていて、それを受け止めているのは抜刀した千草の萩月だ。
千草が思いきりはじくと、ぶわっと空間がゆがみ、そこからにじみ出るように、もう一人の侵入者が現れた。
目が覚めるような美しい藍色の髪が舞い散り、スレンダーな肢体に中華のチャイナドレスに似た詰め襟を着た十代前半の少女がサーベルを構えている。
けれど未成年の少女にしては眼差しに理性的で冷めた色があって、何より、そのこめかみには美しい山羊のような角が一対生えていた。
私は彼女の名前を知っていた。
それは勇者達と出会い共に歩むことになるはずの魔族の少女。
「アルマディナ!?」
思わず叫ぶと、二つの角を持った少女、アルマディナはく、と眉をしかめた。
「知らぬ人間に呼ばれる、というのも不愉快なものだな」
「人間には負けないって言ってたのに奇襲に失敗するなんてね」
「私の隠形は魔力の気配まで消し去るものだ。にもかかわらず『なにかが居る』だけであれほど警戒される中、ここまで近づいたのを褒めて欲しいくらいだ」
フランシスが侮蔑の声をぶつけると、アルマディナはふんと鼻を鳴らす。
ああだからあれだけとにかく首を切ろうとする千草が即座にフランシスに飛びかからなかったのか。アルマディナが潜んでいるのを感じていたから!
千草は油断なくけん制しながらも、私に向かって申し訳なさそうに言う。
「すまぬ、あの男が現れてから異様な気配を感じていたゆえ、動けなんだ」
「むしろ助けてくれてありがとう! 全然わからなかった!」
影を走らせていても踏まれなきゃ察知できないよ!
気付かなかった理由を理解した私は全力でお礼を言いつつ、疑問でいっぱいで収まらない動揺をなだめようとしていた。
なんでアルマディナがフランシスと行動している?
どうしてプレイヤーと知っている?
いや今考えたら駄目だ。だって彼らの殺気はまだ収まっていない。考え過ぎると動けなくなる。
アルマディナが息をつく。
「まあ良い。以前誓ったとおり、協力すると約束しよう」
その瞬間、彼女の姿が消える。
重い金属音が再び響き、アルマディナのサーベルをいなした千草と激しい打ち合いが始まる。魔族のアルマディナは千草より小柄だが、腕力は彼女以上にある。一撃一撃が重いはずだ。
「すまぬ、主殿、逃げられよ!」
アルマディナの斬撃をいなした千草に叫ばれて、私は即座にバルコニーへ向かった。
フランシスがしようとしていることがわからず、何より私に敵意を向けている以上、今の最優先事項は私の身の安全だ。千草の邪魔にならないようにすることが大事だ。
こういうときの逃走ルートは事前に確保しているんだい!
私が隣の部屋へ移るためにバルコニーに走り、けれど私を抜き去るように現れたそれにぞっと背筋が凍った。
バルコニーの虚空に現れたのは、黒々とした闇だった。私が操る影なんかとは全く違う。それは、絵の具をべったりと塗りたくったような黒だ。そこからは負の情念がまぜこぜのごった煮になったようなまがまがしさを放っており、はっきり言うとそばに居るだけで気が滅入りそうな気配を発していた。
それは私がなじみたくないと想いながらも向き合ってきたもの。
……――魔界の門だ。
のっぺりした泥のようなそこに波紋を広げて現れたのは、空の魔物ワイバーンだ。
その双眸は理性や正気もないことを感じさせるように赤く濁っていた。
ワイバーンは生臭い息と共に、私へ牙が剥く。
やばい、対処できない。
固まりかけた私が、背後に強く引っ張られた。
そのまま立ち位置を入れ替えられ、ワイバーンの眉間に短剣が突き刺さる。
咆哮を上げてのたうち回るその巨体へ、さらに蹴撃を入れて門の中へ蹴り戻したのはアルバートだった。
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