7 女子力はすべてが許される

 まあ、一線で活躍しているアンソンにゴロツキがかなうわけがなく、彼がちょっと撫でただけで彼らは腕や腹を押さえながら逃げていった。

 剣も抜かず、汗一つ掻かずに終わらせたアンソンは野次馬の拍手に応える。そして少し乱れた身なりを整えると、背後で硬直しているアルバートを振り返った。


『ご婦人、怪我はないだろうか』

『……ええ、ありがとう。ほんとうに騎士様だったのね』


 アルバート扮する女性は、強ばっていた表情をようやく緩めると好奇心をにじませてにっこり微笑む。


『ねえ、あなたここらじゃ見ない顔だし、観光客でしょ。助けてもらったお礼させてくれない? 近くに良い店知っているのよ』

『あ、いや。俺は……』

『あなた堅物そうだし。どうせ、仲間にたまにはハメを外してこいって言われたんじゃないの?』


 その通りであるアンソンは、ぐっと黙り込んだ。楽しげに笑ったアルバートは、玄人の女性のようにごく自然にするっと片腕に自分の腕を絡める。

 胸が当たるか当たらないかのぎりぎりを攻めてるぞ!?


『私が店と結託してぼったくるって警戒してるんなら、あなたが好きな店を選んでくれればいいわ』

『いや、そんなことは考えていないが』

『きまりね、じゃあ行きましょ』


 甘えの含んだ声でささやくと、アンソンは断るのもどうかと思ったのだろう。諦めの息をつく。

 アルバートはアンソンと共にそのまま夜の雑踏に消えていった。

 私は慎重に影を回収した後、傍らにいる千草を見上げた。

 目を閉じて、耳をピンと立たせていた彼女は、すぐに目を開いた。


「うむ、アルバート殿がわかりやすいよう声を発しておるゆえ、問題なく追えるでござるよ」

「ありがとう千草。じゃあそのまま2人が入った酒場で……ってどうしたの」


 次は、アンソンにばれない距離で店を特定した後入るぞ。今回はサポートも最少人数での作戦だから、一度見失うとかなり困るんだよね。

 にしてもアルバートの女子力がやばかったなぁと考えていると、千草がなんとなく複雑そうな顔をしている。


「どうしたの?」

「その、だな。拙者女子としての意識はかなり低い方だと自覚しているのだが、アルバート殿の非の打ち所のない女性ぶりを見ているとこう……。女として申し訳ない気分になり申す」

「……それは言わない約束で」


 だってアルバートやるからには徹底的にがモットーの努力の鬼だからな……。妥協なんて一切しないし何よりあの顔だろ?

そりゃあもう本気出したら、相手を惚れさせる勢いでいい女するだろう。私知ってるんだ二次でいっぱい見た。


「今回のコンセプトが中級ぐらいの親しみやすい夜のお姉さんだからまだ気楽に話せるけども。もっと等級の高い、高級娼婦とか貴族のご婦人とかやったらまじめにやばいと思う。私が男だったら……いや男じゃなくても絶対通い詰めるし、城が傾くわ」

「そのお気持ちはなんとなく察するが、もしかような機会があろうとも、身を持ち崩さないでくだされよ!?」


 千草が慌てだしたけど、問題ないわ。私はきりっと表情を引き締めて言った。


「大丈夫よ、だって城を傾けたらアルバートに貢げなくなるじゃない。ぎりっぎりまで絞り出して稼いで、稼いだぶんでまた貢いだ方が長く愛でられるでしょ?」

「お、おう……」


 OL時代の私の仕事のモチベーションってそれだったからな。仕事が嫌いな訳じゃなかったけれど、やっぱ推しを愛でる方が楽しかったわけだし。

 顔を引きつらせた千草は、ぷるぷると頭を振ると早口で言った。


「そ、そろそろアルバート殿を追うか」

「はあい、案内よろしく!」


 私は千草の案内で雑踏を歩きつつ、内心首をかしげていた。

 にしても、アルバート、なんであんなタイプの女の子にしたんだろうな。

 アンソンの好みってそこそこ正統派なイメージがあったんだ。素直でかわいい系の女の子や、おとなしめの女の子で、庇護欲をかき立てた方が警戒心を持たれないんじゃないかなあと思うんだけど。

 何よりアンソンってエルディアには割と辛辣だったから、あからさまに色香を漂わせる系の子には少々苦手意識があるんじゃないかなあと思っていたんだけども。いやでもアルバートに限って、こういう部分で見誤ることはないはずだ。

 まあでも大事なのは、これから得られる情報だ。私は疑問をひとまず置いといて、千草が悠々と雑踏を縫うように歩いて行く後ろへ付いていったのだ。




 千草の耳はめちゃくちゃ高性能だった。アンソンに気づかれた様子もなく、2人が入った酒場にたどり着く。

 けれど店内には行かず、その裏口に陣取った。千草は周囲を警戒しつつ私に問いかけてくる。


「壁を何枚も挟んでおるが大丈夫でござろうか」

「大丈夫。室内は意外と影があるし、会話が聞き取れて見える位置に陣取ればこっちのものよ」

「さようか。では拙者は主殿の守りをしよう」

「頼んだ」


 影を操るのに集中すると、どうしても無防備になるからさ。

 千草が腰の刀に手をかける中、私はしゃがみ込むと慎重に慎重を重ねて影を伸ばす。

 ぶっちゃけ言うと、仮面舞踏会のユリアちゃんの反応が若干トラウマになってはいるのだ。闇魔法の影での盗聴って消費魔力も少ないし、その場にある影に紛れ込ませるものだから気づくほうが難しいのに。

 とはいえ、私は別の意味でも胸がどきどきしてもいる。なぜならばこれはオタクならば一度は夢見たことのある「推しの居る空間の床になる」だからだ!

 私という存在を限りなく無にしてただ推しと推しが会話する空間を味わうことができるのだ。

 よしモチベがめちゃくちゃ上がってきたぞ。

 魔法の気配を感じさせないように周囲に溶け込ませ、さらに慎重を期して彼らの卓ではなくその近くの卓の影につなげた。


 するとアンソンがじいとアルバートの顔を見ていて、ぴゃっとなりかける。

 な、なんだなんだ顔のいい男と女が見つめ合っているなんて心臓に悪いどころじゃないぞ。


「君は魔法を使っているのか? 気配がする」


 とたんひぃと息を呑む羽目になった。自分のことじゃないのに心臓がばっくんばっくん鳴っている。

 おいアンソン聡すぎるだろ。吸血鬼の変化は魔法ではないけれども、ごく微量の魔力の気配はなくならない。そのかすかな気配を感じ取るなんてどういう勘をしてるんだ。

 アルバートはど、どう切り抜けるんだ?

 顔には出さずとも私がどきどきそわそわしてると、今は彼女なアルバートは少々不機嫌そうな上目遣いをする。


「あら、女の化粧魔法を感づくなんて嫌な男ね。そういうのはそっと見なかった振りをするものよ」

「あ、ああ。なるほど。それはすまない。そういった部分には疎くてな」


 顔を赤らめたアンソンがあっという間に引き下がる。

 うまいぞアルバート! こういう場所で商売しているんなら絶対使っている化粧魔法! 肌を白くしたり目をぱっちり見せたり、そばかすを目立たなくさせたりできるから乙女ならば絶対たしなみとして勉強するのだ。

 確かに今の私も男の子に見えるように化粧魔法でちょっと顔立ちが角張って見えるようにしてるもん!

 しかもアンソンがこれ以上追求できないように釘を刺したー! これが達人の技か。やばいめちゃくちゃすごい。

 アンソンは気まずさをごまかすようにお酒を煽る。そんな彼を微笑ましげに見ていたアルバートが話しかけた。


「ふうん? そんなに苦い顔をするってことは、似たようなことを言って女の子にふられたかしら?」


 からかい混じりの声音と共に、のぞき込むように見つめられたアンソンは、じんわりと頬を朱に染めて顔を背ける。


「いや女性に振られた訳ではなく、兄と……」


 そこではっと言葉を止めたけど、逃がすアルバートじゃない。


「へえ、お兄さんとの喧嘩ねえ」

「……からかうのならこの話はここまでだ」

「からかわないわよ、いいじゃない。身内と喧嘩出来るほど仲が良いってことでしょう。私にはもう居ないもの」


 柔らかくけれどどこか寂しさをにじませる声音に、私は息をのむ。

 かつては大事な家族が居て今は一人きりで、身体を張って生きている女性を幻視した。アルバート場末の娼婦じゃないのにやべえ、役者過ぎる疑う余地がないじゃんかぁ……。

 正体を知っているはずの私ですらそんな風に感じてしまったのだ、アンソンはたいそう罪悪感を覚えた顔になる。


「その、すま……」

「すまなかった、なんて言わないでよ。もう終わったことなの。……でも、罪悪感を覚えるんなら、私に話してみてよ。そのお兄さんのこと」


 面食らうアンソンに、アルバートは艶やかに塗られた唇を弓なりにする。


「あなた、仲が良ければ良いほど本音を打ち明けられないでしょう。それならたまたま助けた女にこぼすくらいがちょうど良いんじゃない?」

「そん、な。ことは、ないと思うのだが」

「図星って顔してる」

「……」


 うわああああ、たらしが!たらしがここにいるぞお!

 背景はすでにわかっているはずなのにごく自然に本題に切り込む技、やばすぎる。

 これが相手の懐に潜り込んで警戒心すらもたせずに暗殺を成し遂げる一流の技ですか。すごすぎるよ。あのアンソンが恨めしそうにしながらもぐらぐらと揺れているのがよくわかるんだから。

 そこにアルバートがダメ押しのように瞳を優しく緩めて言うのだ。


「あなたはたまたま、酒に飲まれてこぼす、そしてあたしがたまたま聞いてた。それだけよ」

「……君はきっと客を虜にしているのだろうな」


 そうですとも! 私を虜にする魔性の男ですとも!! おいでませアルバート沼へ!

 はっだめだ。私は床、私は床……。

 私がばれないように気持ちを静めている間に、酒をおかわりしたアンソンは懐かしむように目を細めた。


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