6 得意分野は任せます!

 さてここはイストア、リソデアグアの歓楽街だ。

 水着イベ……こほん、この土地で開催される「豊穣の海神祭り」を目当てに国内外から多くの観光客が流入している。

 カジノエリアはもちろん、酒場や飲食店が並ぶ……ついでに言うと夜のお姉さんがいるお店は夜になっても、いや夜になったからこそ賑やかに人が行き交っていた。

 そんな歓楽街の大通りから一歩離れた路地の一つで、私は千草と共にいた。

 千草はこういう場所でも目立たないような、観光客っぽい男物の洋装をしている。

 耳は隠していないけれど、祭りの時期で獣人も多くいるから注目は浴びない。そのあたりは事前に街を一周して確認している。

 そんな千草はさっきから私をちらちら見ていた。いやそれは馬車でここにたどり着くまでずっとなんだけど。


「どうかした?」


 私が話しかけると千草はあからさまにほっとした顔をした。


「ああ、声を聞けば主殿だな。いや外見では全くわからない」

「ふふふ、この町でエルア・ホワードの顔は知れ渡っちゃってるから、ちょっと気合いを入れて変装してるの。千草でもわからないのなら成功だわ」

「うむ、街の案内をしてくれる男子にしか見えん」


 そう、今の私は平民の男の子の服装をしていた。髪もうちの使用人が作ってくれた明るい短髪のカツラをかぶり、ちょっと着古した平民服だ。

 顔も化粧で印象が変わるようにしている。街には煌々と魔法の街灯があるけれど、夜はそれでも暗いものだ。目の前でまじまじと見なければ化粧をしているなんてわからないだろう。

 途中で見回り中らしいオルディ一家のサウルくんとすれちがったけれども、目にとめたのは千草だけだったもんね!

 思わずむふむふしちゃったもんだ。私の変装術はアルバート直伝だとはいえ、準備したのは私だから。

 さて。なぜ私たちが夜の歓楽街なんかに繰り出しているかといいますと、例の「アンソンから事情聴取」作戦を実行するためなのだ。


「アンソンはフランシスに言われて律儀にお祭りに出るつもりだから、ここに滞在しているの。でもホテルに潜入させた子からひどく落ちこんだ様子で、ウィリアムに息抜きしてこいって外に出されていることまでは調べているわ。たぶん今夜も夜に出てくるはずよ」


 だって何の策もなく毎日のようにフランシスを説得しに行こうとしてるんだもの。

 馬で片道3時間はかかる道のりを毎日だぞ。止めるだろさすがに。

 アンソンはウィリアムの言うことなら聞くからな。止めきれないと悟ったリヒト君達に、ウィリアムが担ぎ出される騒ぎになったくらいだ。

 まあ主君にたしなめられてますます意気消沈しているんだけどもそれは置いといて。

 ふむふむ、とうなずいた千草の耳がひくりと動いた。


「むむ、アルバート殿からの合図だ。仕掛けるようだぞ」


 む、まじか。アルバートにはあらかじめ千草にしか聞こえない音域の笛が合図になるようにしていたのだ。千草が反応したということは鳴っていたんだろう。全然聞こえなかった。

 けれど私もあらかじめ周囲にひっつけておいた影でアンソンの姿を見つける。


「私も確認した」


 この雑踏ならぎりぎり気づかれない領域で操れる。そんな影の一つから、繁華街の道の端からアンソンが歩いてきてくるのが見えた。

 騎士服ではなく普通の平民服だけれども、愛剣であるイシュバーンを携えている。顔は知らない人でもわかるくらい沈んでいるのに、そんなところが職務に律儀だ。

 うむ、ゴールデンレトリーバーがしゅんとしているみたいに愛嬌があるのが大変美味しい、と思うのはもはや反射ですごめんなさい。


 私が若干反省している中で、アンソンの進行方向から騒がしい声が響く。


『おいおいそれはねえじゃないかい、姉ちゃんよう!』

『良いじゃねえか、楽しく遊んでくれって言っているだけなんだからなぁ!』

『ほれ良いことしようぜぇ!!』


 ばたばたと複数の男が誰かを追いかけている。酒でも入って気が大きくなっているのか。雑踏の人間をかき分けながら、獲物をおうようにその人を追い詰めようとしていた。

 ひらり、と薄い衣が舞う。


『誰があなたたちと一緒に行くものですか!』


 そう叫び返したのは、黒髪の女性だった。

 息を切らして、勝ち気に言い返しているが目にはこらえきれないおびえが浮かんでいる。

 露出は少ないものの婀娜っぽいドレスが足に絡み、相当走っているのか結い上げた黒髪は崩れていた。けれどそれが艶を帯びていて、ますます男達が愉快げな顔をしている。

 身体の線が見える薄いドレスは彼女の魅力的な肢体をはっきりとしらしめている。

 足の運びも、ドレスさばきも、怯える表情まで、それは路上で商売する女性といった雰囲気だった。客引きの最中に悪質な酔客に絡まれて、逃げている最中というところだろう。

 だけど、私にはわかる。それは、女性に変化したアルバートだと。

 先に見ていたはずなのに、私の息の根は止まりかけ、膝から崩れ落ちかけるのを千草に支えられた。


「主殿お気を確かに! あと長文は駄目にござるさすがにばれよう!」

「だ、大丈夫、びーくーる。びーくーる。生きてる。先に屋敷で吐き散らかしてきたからだいじょうぶよ。だけど目の前に二次設定が飛び出てきた衝撃はすぐには慣れないのよ……」

「そ、そうか」


 千草に大変残念な子を見る目をされるが仕方がない。

 ゲームの設定にはこう書いてあった。「吸血鬼は肉体を変幻自在に変えて餌に近づく。ゆえにアルバートは肉体すらも変えて対象者へと接触する」と。

 そう、現在アルバートは吸血鬼の変化で肉体から女性になっているのだ。

 アンソンなら、足の運び方や重心で女性か男性かくらい見抜いてしまう。ならば骨格から女性になってしまえば良いのだ、となった結果がこのアルバートである。

 屋敷で試した時には私は冗談じゃなく息の根が止まった。

 まさか設定オンリーだったやつが間近で拝めるとは思わないでしょう……? ほいほい性別変わるなんてよほどのことがない限り二次だけなんだよ。

 話はそれまくったけれどもつまり今、アルバートは女性としてアンソンへ接触しようと試みているのだった。

 ただこれだけは言いたい、アルバートや、そんな美人居るか!

 派手めの化粧と暗がりで美人感は薄れているとはいえ、それでもかなりのいい女感がある。

 けれどすれ違う人々も、巻き込まれたくないと思うのか迷惑そうにしつつも顔をそむけて知らんぷりだ。

 誰も彼女を助けようともしない。うわあああくそおお私だったら何をしてでも助けに行くのにいいいい!

 ハンカチをギリィッとかみしめたい気分だったがこれが計画なので。

 予定だと、アルバートはこのまま進行方向に居るアンソンと目が合ったとたん、ぶつかって助けを求める。

 騎士道精神の塊であるアンソンは、断ることもできずに助ける。という出会いだ。

 ちょっと女性に辛辣になりがちだけども、さすがにぶつかられればアンソンも断りきれないだろう。

 ベタだけどこういう接触の仕方は王道なくらいでちょうど良い。

 というわけで、アルバートの暗示にかかった酔客の人、めっちゃごめんなさい盛大に悪役してくれよ!


 予定通り、アルバートが後ろを気にしながらも前を向いた瞬間、アンソンの視界に入る。

 さあ、目と目が合った瞬間物語が……て、あれ?


 アンソンはアルバートがぶつかる前に、彼女の腕を強く引くとそのまま背にかばったのだ。

 え、え!?なんで!?ほわい!?


 私の心の中は疑問符でいっぱいだが、これはこれでちゃんと出会ったんだから良いのかな?

 アルバートはさすがなもので、驚いた顔をしながらわずかに抵抗しようとするが、アンソンは彼女にささやいた。


『委細は知らないが、悪いようにはしない。護られてなさい』


 うっっっわ。なんだよ当然のごとく護ろうとする姿勢!騎士の中の騎士! そんなんおとなしくなるしかないじゃないかー!

 私がきゅんきゅんきているなかで、酔った男A、B、Cが追いついてくる。

 道行く人は巻き込まれるのを恐れて、彼らから離れたために空間ができた。完全に逃げていかないのは野次馬根性だろう。


『おうおうスカした野郎だなぁ。女守って騎士気取りかあぁ!?』

『はっあんなスベタ守ったところで、騎士になんかなれるかよ!』


 ぎゃははは!と笑う酔った男達に、アンソンはわずかに眉をひそめたものの、淡々と言返した。


『あいにくと本職なんだが、それ以前に追われている女性を助けないのは俺の主義に反する』

『はったいそうな志だなぁ!?』

『その女が俺の仲間を殴り飛ばしたんだ。そのわびをしてもらわなきゃならねえんだ!』

『……ご婦人、それは本当か』


 アンソンが平静な声音で訊ねると、背後のアルバートは気丈に言い放った。


『あいつらが、私は複数の客は取らないって言ってるのに無理矢理部屋に連れ込もうとしたのっ』

『そうか、ならば俺の立ち位置はこのままだな』


 アンソンは男達に向き直る。


『これ以上ご婦人に無体を働くなら。俺にも考えがある』

『あん? その腰の立派なものを抜きでもするか?』

『……いや? 祭りの前夜だ、血を流すような行いは野暮と言うものだ』


 酔った男Bの呷りに対して、アンソンはにいと口角を上げると、指の関節をばきりとならした。


『剣など抜くまでもない。拳で十分だ』


 にいっと笑うアンソンはそりゃあもう、悪童のようにいたずらっぽく輝いていた。

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