5 推しの悲しみを晴らすには

 そこで耐えきれなくなった私はぱたりとソファに倒れ伏した。

 うん、展開はわかってたんだから、多少は冷静だ。意識も飛ばないけれども。


「推しがつらい……」


 心が痛い、とてもつらい。

 涙をこらえて突っ伏していると、そわそわとソファのクッションが動くのを感じた。


「大丈夫でござろうか」

「だい、じょうぶ。そのための推しの事前確認2回なので。ただ衝撃というのはやっぱりあるんです……」

「あのアンソンという者も、主殿の推しなのだな」

「あい……その通りです」


 もそ、とクッションから顔をあげると生ぬるい千草の金の目と合う。困惑させるよな、すまない。


「で、こんな感じで険悪に別れちゃったんだけど。何でだと思う?」

「その、拙者にはこの関係がとても自然に思えるのだが」


 ずび、と鼻を啜って聞いてみると、千草は申し訳なさそうながらもはっきりと言った。

 う、そうなの?


「拙者にはかの者の前後関係はわからぬが、今までの話から察するにフランシスとやらは無実の罪で国から追放されたのだろう? なら多少擦れてもしかたがないと思う」

「俺も同感です。アンソンは自業自得だ」


 アルバートが、部屋の電気をつけながら同意した。最後まで映像を眺めていたみたいだ。律儀だなあ。


「アンソンは騎士、国側の人間です。不可抗力とはいえかばわず、兄を見捨てたのならこじれているのが当然でしょう。あなたが語るフランシスよりはよほど自然です」

「まあ、そう、かも知れないんだけど。追放前のフランシスの印象は変わらなかったからどうにも納得できないのよ」


 フランシスはNPCとしてのんびり朗らかな印象で、アンソンを嫌っていることは絶対なかった。それにあんなに偏屈で気むずかしい人でもないはず。

 アンソンだって、ゲームでは不器用ながらフランシスのことを慕っていたのに、ゲームよりもぎくしゃくしているようだった。


「俺のコネクトストーリーが思わぬ形でおきたように、ここも何らかの変化があったのでしょう」

「そうだねアルバート。とにかくここでアンソンとフランシスが喧嘩別れはよろしくないんだ。今後のストーリーにも、なにより私の精神衛生上も!」


 元々仲が悪い設定だったらおいしいともぐもぐできるけれども、原作設定にない諍いは精神力を削るんだよ!


「もしかしたら、今の彼らは本当にお互いが嫌いなのかも知れないけれど、それならそれで今後の対策を立てなきゃいけない。何か原因があるのなら探りたい」


 私は断腸の思いだけれども、それが公式という名のリアルだったら受け入れるよ、泣くけど。

 そのとき千草がそっと手を上げた。


「すまない。拙者には考えもつかぬのだが、国がそれほどの大事であれば、勇者殿らに直接語るは駄目なのだろうか。アルバート殿に聞いたが、勇者殿も聖女殿も主殿に好意的な様子。遠回りをせずとも密かに話せば良いと、考えてしまうのだが」


 神妙な顔をして問いかけてくる彼女の意見はもっともだ。まどろっこしいことなんかせず、直接言えたら良いんだけども。

 私はちょっと申し訳ない気分になりながら、やんわりと言った。


「私たちが言っても説得力がないんですよ。悪役なので」

「あ」


 千草は忘れていたと言わんばかりにぽかんとした。

 大前提なんですよ。アルバートが少々冷めた声ながらも説明してくれる。


「勇者や聖女はおそらくエルア様の言葉を信じるだろう。だがそれ以外の人間にとっては真偽が怪しい情報でしかない。俺たちが示せる根拠はエルア様の持つ予知の記憶のみだからな。エルア・ホワードという商人がなぜそれを知っているのか、そもそも彼女は誰なのかを追求されれば、情報を渡す方が勇者にとってもこちらにとっても害悪にしかならない」

「それよりもユリアちゃんとリヒトくんが私のせいで周囲から疑われたら心が持たないよ……。だから私たちはあくまで裏で暗躍して、彼らに根拠のある情報との出会い方をしてもらわなきゃいけないんです」


 推しの足を引っ張るなんて万死です。

 私が決意を込めて拳を握っていると、千草は若干引きつつも納得顔だ。


「な、なるほど。浅慮でござった」

「良いのよ。だって私とアルバートじゃ疑問に思わない部分に気づいてくれるもの。だからこれからもどんどん教えて」


 私はどうしても無意識にゲームストーリーと現実を混同してしまうし、アルバートは多少冷静でも私の影響がある。

 こうして現実から見た疑問を出して引き戻してくれる千草は貴重だ。

 うちの使用人みんな「エルア様が言うことだし」ってわりとすませちゃうからなぁ。


「まあそういうわけで、フランシスと共同戦線を張って語ってくれれば一挙解決なんだけど、まずはどうしてあそこまでこじれたのか原因を探らなきゃ。じゃなくちゃ安心して水着イベントを楽しんで貰えないし私も楽しめない!!」


 想いの丈のまま自分の膝を叩くと、千草にびっくりされた。


「みずぎいべんと……?」

「ああ、そんなこともありましたね。フランシスが言っていたのもそれですか」


 目を点にしている千草の横で、アルバートはなるほどと納得したものの少し残念な子を見るような目をされた。

 うう、だって、楽しみにしていたんだ。水着イベント、海神の祭りでみんながはっちゃけるんだよ。輝く海辺、ひらめく水着! さらに出現する魔物! 


「い、いちおう、彼らの戦力アップになるから。参加して欲しいんだよ。これからの相手はもっと強くなるから」


 言い訳しつつも私は決意を新たにする。

 だからこそ、アンソンとフランシスには自然な流れで、仲良くなってもらわなきゃいけないのである。

 フランシスはそれなりに長く登場するキャラだ。その場しのぎだと破綻は目に見えている。何よりできればアンソンとフランシスのほのぼのとしたやりとりは見たいし、それが無理でもしょんぼりとしたアンソンには元気になってもらいたい。

 するとあごに指を当てていたアルバートが言った。


「フランシスはあの家に引きこもっているようですから、まずはアンソンから原因を探るのが順当でしょう」


 あれ、と思って私は顔を上げる。


「アルバートならフランシスに暗示をかけてさっさとアンソンと和解させることくらい提案すると思ってた」

「フランシスは研究者ですがそれなりに魔法を使うでしょう。情報が抜けたとしても本人が気づく可能性も高いですし、暗示もほどけやすい。奥の手に取っておきたいです」

「まあ、そうだけど。でもそれってアンソンも一緒じゃない?」


 なにせアンソンは騎士中の騎士と呼ばれた人だ、ゲーム時代のスペックでもここでの評価を見てもものすごく隙がない。


「うむ、あの足運びと視線の配り方は相当な手練れであろう。手合わせをすればなかなかに楽しそうだ」

「そうなんだよ、アンソンはウィリアムに対する暗殺や襲撃で鍛え上げられたからか、直感力と魔法の抵抗力がずば抜けているの。本人はほとんど魔法を使えないけど、生身で魔法を使っていることを見抜いてくるから、暗示はまず効かないわ」


 しみじみとする千草にそう説明した私は、まだユリアちゃんとリヒトくんを間近で見守っていたときのことを思い出した。


「私がユリアちゃんとリヒトくんを影を介して覗いていたら、絶対に気づいて彼女たちを避難させててねえ……。正体まではばれなかったはずだけど、毎度毎度疑いのまなざしを向けられてぞくぞくしたもんだわ」

「アンソンが鋭い方というのは同意しますが、それにしてもあなた限定でさらに研ぎ澄まされていたとは思いますよ」

「いやでも私悪役だし警戒するのは当然じゃない?」


 アルバートに言われて私は首をかしげる。

 そりゃあ怪しい行動している私も悪いし。


「あなたが本格的に悪だと認知される前から、アンソンはあなたに敵意を持っていましたよ」

「……そうだった?」


 その辺はいまいちわからないなあ。アンソンの行動は私にとっては自然に思えたけども。

 いやでもわりと突っかかってこられたか?

 首をひねっていたが、アルバートは話を引っ張る気はないようだ。すぐに本題に戻る。


「とはいえ、暗示や魔法のたぐいを効かせられないとなると、自力での変装になりますね」

「うん、ちょうど良いことにアンソンってばユリアちゃん達につれられて水着イベに!参加!してくれるし! いくらでも接触の機会は作れるわ!」


 全員で当たれば誰かしら情報を引き出せると思うのよね。

 もともと水着イベは間近で見ようとホテルやら飲食施設やらに出資してるから、私が潜り込める場所はいくらでもある。

 うふふふと含み笑いを漏らしていたのだが、アルバートにぐっと眉を寄せられた。


「今の会話を忘れたんですか。今回あなたは絶対にアンソンの前には出させませんよ。あなたの変装は実用に足りますが、アンソン相手だと、確実に見抜かれます」

「え、そんなに?」

「それに、アンソンに『エルディア』だとわかれば、どのような場所でも彼は確実にあなたを殺そうとしますよ。それくらいあなたを蛇蝎のごとく嫌っているんです。余計なリスクを背負わないでください」


 さすがにそこまで言われれば、私は引き下がるしかない。だってアルバートは潜入、諜報、暗殺のプロだ。達人とも表して良い。変装術にお墨付きを貰えたとしても彼にばれるといわれるのなら駄目である。

 アルバートはさらに無情に続けた。


「うちの者でもあの男を攻略するのは難しいでしょう。ぼろが出る」

「えっ待って、それならどうしたって接触できないのでは? アルバートだって顔がばれちゃってるでしょ?」


 これは無理なのでは? と軽く絶望していたのだが、アルバートは心外だとでも言わんばかりにく、と口角を上げた。


「俺が顔がばれている程度で何もできないと?」


 いっそ高慢なまでに自信に満ちた表情に、ひっと息を詰めた。


「お、思いませんとも!?」

「必要な情報を把握しているので手間も省けるでしょう。俺がアンソンに接触します」


 そうだねうちには裏仕事なら何でもござれなアルバートがいた超頼もしい。

 それにしてもかっこいいな? いや元からだ。


「フランシスは本来ちょっと浮き世離れした天才肌の人だわ。よほどのことがない限りあれだけかたくなになることはないはず。だから原因はアンソンにあるとは思うのよ。できれば聞き取っている間のアンソンの反応ごと見たいけど……」

「それはあきらめてください。あなたができる範囲で尾行すれば気づかれます」


 ですよねえ。アンソンは聡いもん。千草には劣るけど、先手をとれるし、真っ先に回避するし。


「でも、不測の事態の時にアルバートをサポートできないのも困るな。アンソンの偵察範囲の外からとらえることができたら良いんだけど」

「雑踏の中でならあなたの影での盗聴ははばれる可能性は低い。ですが、あなたが極限まで集中していること前提です。さすがに俺も、彼を相手する間は余分な動きはできませんよ」

「わかってる、あなたに負担をかける気はない。私もアンソン相手ならできる限り固定された位置で操らなきゃ無理よ。うーん魔法を使わずにアンソンを尾行できる方法かー」


 そんな都合の良い方法あるか、って話だよ……な?


「あ」

「うむ?」


 要は私が準備を整えるまで、魔法を使わない方法で追跡できれば良いのだ、試す価値はあるんじゃないかな?

 そうだ、すべては無事に水着イベを迎え、アンソンとフランシスに仲良くなってもらうために!

 私はきょとんとする千草に対し、にんまりと笑ったのだった。


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