4 覚悟があってもむりしんどい
室内が暗くなったとたん、隅に置いてあった機材を通して天井からつり下がったミラーボールっぽい投影機から映像が部屋いっぱいに広がった。
その瞬間室内には鳥の鳴き声が響く深遠な森が現れる。
そこはイストア国内、リソデアグアの近くにある街からさらに外れた位置にある森だ。
緑の匂いがしないことが逆に不自然なほどその映像は鮮明である。
「なんっと……これすべてが映像か!?」
「最新の機材と録画機を導入しているからな。今回は人を感知すると自動的に焦点を合わせる」
ぽかんとする千草にアルバートが語る言葉も、私の耳には入ってこなかった。
私の視界左端あたりに、一軒家が見える。そしてすこし時間がたつと、遠目でもわかる集団が現れた。
『こんな町外れにお一人で住んでいるなんて寂しい……』
『こんな遠いと誰にも不便なんじゃないか?』
ひ、と私は息を詰めて、すがるようにぎゅっとクッションを握る。
茂みの向こう側から歩いてきたのは聖女ユリアちゃんとリヒトくんだ!
愛らしさは変わらずに動きやすい格好で、歩いてきている。
「うっ……デフォルト剣士リヒト君尊い」
今のリヒト君はゲーム内で言ういわゆる「剣士」の格好をしていた。ゲームではジョブによって使える武器や能力が変わり、私もフィールドや一緒に組むキャラクターに合わせてジョブを変えていたものだ。
ゲーム的には中のはじめ、初心者が詰まり始める部分だから、デフォルトのままなのはちょいと気になる。けどまあ、リヒト君はフェデリー国内で剣を学んだわけだから、剣を選ぶのはごく自然だ。ぶっちゃけゲーム内のジョブがキワモノばかりでおかしかったんだよな。
それに二次創作では一番良く描かれている姿なので安心感があるんだ。
今回のユリアちゃんは人目を忍ぶために聖女の正装じゃなくて村娘って感じの服装してる。
「かわ、きゃわわ……」
耐えきれずにぎゅっと握って声を漏らした。
推しがストーリーの舞台にいるだけで尊いよ、尊いかよやっぱ無理だよ平静に見れないよ。
さらにリヒト君の後ろから若干背の高い青年が現れた。
赤みがかった短髪に、整っているにも関わらずどこか無骨な雰囲気の漂う面立ちの騎士服の青年は、アンソン・レイヴンウッドだ。
若干24歳にして、フェデリーの騎士団内ではトップの実力を誇りウィリアムの第一騎士として忠誠を誓う。その長剣から繰り出す攻撃力と有数の防御力は大変に!大変に!そりゃあもう大変に使いやすく、初心者で育てない者はいないとまで言わしめたバランス型のキャラクターだ。
なにより、本編ストーリーでは勇者一行のなかで最年長として、聖女を妹のようにかわいがり、勇者の兄のように励まし、導き、文字通り体を張って守る姿はザ・兄貴!と泣いて拝みたくなる頼もしさだ。
にっかりと明るく笑う姿は冷静沈着なウィリアムとも好対照で、この二人が並ぶだけでひゃっほう!となっていたさ。あの二人は主従なんだけど、運命共同体というか、相棒というか、気安さの中にも主従としての形がある感じが素晴らしくてだな。
この組み合わせは、どちらが右か論争が絶えませんでしたね。
っと話がそれたけども、そんなアンソンは、いつもは快活な空色の瞳を曇らせて、ぎこちなく苦笑にゆがめた。
『仕方ないんだ、兄上は学会からも国からも追放されてしまったんだから』
早くも目頭が熱くなってきてぎゅっとクッションを握るがまだ耐えられる。
「ちなみに千草、その赤毛の騎士服の人がアンソンくんです」
「なるほど、例の御仁だな……だが主殿大丈夫か」
「だい、だいじょうぶです。3周目だからまだ冷静です」
千草のちょっと心配そうな顔は申し訳ないがまだましなんだ。
ぽかんとする千草に対して、淡々と映像を眺めているアルバートが言った。
「1周目は俺すらそばに置きませんでしたからね」
「あたり前でしょう!? 1周目なんて人様の前にさらせる顔なわけないじゃない!」
ヲタクが推しの記録媒体見るときは1周目は顔の良さにしか目が行かないし、2周目は立ち振る舞いにときめくし、3周目になってようやく周辺の差異に目が行くようになるんだ。
何より記録媒体を眺めているときはたいていプライベート。そんな中で己を抑えられるわけがないんだ。むしろ抑える方が後で暴発して大変まずい。
さらに言うと、今回覚えてるストーリーと現実の違いに心が直葬されていたから良かった。
「それでも今回は特にひどかったでしょうに」
「面目次第もありません……あ、でもこのあたりからもう違ったんだね。セリフとしてはほぼ一緒だけど、アンソンの表情の印象が違う」
アルバートに対して神妙に頭を下げた私は、歩いて行く彼らを注視する。
第2王子のウィリアムはついてきていない。ま、当然だな。原作でもここは別れて行動していた。
ゲーム上では立絵で表情が動くだけだったけど、それでも間の取り方では兄に会うのが気が進まないという感じだった。
けど今のアンソンは顔に出さないようにはしているが、ひるんでいるというか怯えているような様子だ。
それでも職務の一環だからと耐えている雰囲気がする。
まあ、ここからですよね。
『だが、兄上は研究熱心な方だ、きっとこの現状を打開できる話を聞けるだろうさ』
ユリアちゃんは明るい笑顔を返したけど、リヒトくんはちょっと引っかかっているような顔をしている。
けれどアンソンは迷いを振り払うようにその家の呼び鈴を鳴らす。
『兄上、俺だ。アンソンだ。開けてはくれないか』
カメラが寄ると、家の扉まで映る。
少しの間の後、扉が開けられて姿を現したのはアンソンよりも少し背が低い青年、フランシスだ。
見るからに研究職の魔法使いといった華奢な彼はアンソンの赤毛よりも淡いストロベリーブロンドをうなじで無造作に括っていて、柔和な顔立ちに眼鏡をかけている。
ゲーム時にはほのぼの天然なお兄さんでいっそすがすがしいくらいかみ合わない会話が楽しかったんだが。
けれども今映像に映っているフランシスは、アンソンを見ると一瞬硬直したけど、眼鏡の奥の空色の瞳を険しくした。
『隣国にまで来るなんて……お前が僕に一体、何のよう?』
その冷え切った声にアンソンの表情がこわばる。
私もひいと息をのんだ。
『久しぶりだな、兄上』
『そうだね、アンソン。僕が国から追い出されてからだから4年ぶりくらいかな? まだ騎士なんて続けているんだね』
『俺は国を守るために……』
『じゃあ、僕なんて放っておけばいいだろう』
けだるそうに言い放たれた言葉は、こちらまで心臓がぎゅっとちぢみそうなほどトゲに満ちていた。
それでもアンソンは声を荒げた。
『俺だって、兄上のことを放っておきたくはなかった!』
『お前は国を護る騎士だろう? 僕を護らないのはあたりまえじゃないか』
兄であるフランシスの冷めた言葉を受けて、アンソンの顔がはっきりと泣きそうにゆがんだ。
あ、やっぱ無理だ。
鼻の奥がつんと痛む。ぎゅううと、とクッションを握りしめて嗚咽を漏らした。
「うう……アンソン……そんな捨てられてあきらめた子犬みたいな顔して……兄ちゃんがほんと好きなんだな……」
無理だ、アンソンがゲーム内とほとんど変わらないことを知っているだけに、アンソンが慕っている兄ちゃんにこんなこと言われて心の中が悲しみと絶望にあふれているのが手に取るようにわかるよう。
アンソンがうつむきうなだれると、フランシスはぐっと唇を引き結ぶ。
そして重いため息を吐いた。
ひっこれは効く。めちゃくちゃ効くよハートにダイレクトアタックだよ。
そこで見かねたのか、ユリアちゃんがアンソンに割り込んできた。
『あ、あの初めまして。私はユリア、こっちはリヒトです。突然押しかけてごめんなさい』
『ユリアにリヒト……ああ聖女様と勇者か。やっぱりアンソンと行動を共にしてるんだね』
声をかけられたフランシスは、胡乱にユリアちゃんとリヒト君に対して複雑そうなまなざしを向ける。
ユリアちゃんとリヒトがここぞとばかりに問いかけた。
『私たち、フランシスさんが魔界の門と魔物について詳しいとアンソンさんに教えていただいて、お話を聞かせて貰えないかと思ってきたんです』
『魔物が暴走する理由って、なんですか』
ゲームストーリーでは、ここでフランシスはふんふんとうなずくと、アンソンに会えたことや、研究者として頼られるのはうれしいと家に招いてくれるのだが。
フランシスは、苛立ちにも似た冷めた顔で言うのだ。
『僕は忙しいんだ、君たちに教えることは何もないよ。お帰り』
『そんなっ』
ユリアちゃんが愕然とした声を漏らす。
まさかそちらまで断られると思わなかったんだろう、顔色を変えたアンソンがフランシスに詰め寄る。
『兄上、俺が嫌いならそれでいい。せめてこの二人の話を聞いてはくれないか』
『アンソン』
必死に説得しようとしたアンソンを、フランシスは固い声で呼ぶ。
このアングルからは見えないが、フランシスが冷め切った表情なのは目に浮かんだ。
『僕のことはもう兄と呼ぶな』
ショックのあまりよろよろと後ずさったアンソンに、リヒトくんが寄り添う。
その様子にフランシスは顔をしかめたが肩をすくめた。
『ほら、騎士様も聖女殿も勇者殿も忙しいんだろ? 今街では祭りをやっている。こんなところで暇をしているんなら、国民の皆様にサービスでもした方が有意義なんじゃない?』
これでは話を聞けないと悟ったんだろう。ユリアちゃんとリヒトくんは顔を見合わせると、フランシスに向けて頭を下げた。
『今日のところはこれで。しばらく街には滞在するつもりなので。また来ます』
『おじゃましました』
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