3 心の準備は必要です
「これから緊急会議を開きます」
私が真顔で宣言すると、物珍しげに室内を見渡していた千草が、ぴんとうさ耳を立ててこちらを向いた。
「あいわかりもうした、拙者が役に立つかはわからぬが知恵を貸そう。……だがこの部屋はどういった部屋でござろうか」
「あ、そっか千草は初めてだったか」
千草は自分の部屋と生活に必要な区画、それから鍛錬場くらいしか行かないもんね。
「ここは閲覧室。主に記録媒体とか娯楽映像とかを眺めるための部屋だよ。まあ私くらいしか使わないし、主に作戦会議の場として使われることのほうが多いけど」
「作戦会議、と言うと主殿が世界の脅威をくぐり抜けるために、勇者と聖女殿を導く算段を立てることだな」
「……いや、そんな仰々しいものじゃないんだけど」
ふむふむと神妙な顔でうなずく千草にはさらに説明もしづらいな。
閲覧室とはいうものの、広々とした室内には、私たちが陣取るソファセットとテーブル以外には隅っこにカラオケ機材みたいな黒い箱と天井にミラーボールに似た魔法道具がぶら下がっている以外には何もない。記録媒体的なものは隣部屋にまとめてあるしね。
会議室として使う時には、ソファとテーブルを椅子と机に変えるけど、今回は少ないのでソファとテーブルのままだ。
「おおむね間違ってはいませんし、これからわかることですから、話を進めてください」
すると、テーブルに飲み物と軽くつまめるおやつを用意し終えたアルバートが一つ離れたソファに腰を落ち着ける。
ほかの使用人もいないし、長丁場になるからね。アルバートの中では千草は部下じゃないらしいし。私は目下直面した重大問題について語らなければならない。
「まず、2日前、ゲームストーリー上重要なアンソンとフランシスの邂逅があったの。本来なら、素直になれずに冷たい態度を取るアンソンに嫌われていると誤解していたフランシスだったけど、アンソンに守られたことによって違うことを理解し、魔界の門と魔物について語ってくれる。和解するという王道中の王道展開が大変においし……」
「エルア様、話がずれています」
「ごめんなさい。ともかく魔界の門についての情報を得るための重要なシーンなのよ」
アルバートに注意されつつ説明すると、千草はふんふんとうなずいた。
「つまり、今回その重要な情報の伝達が、うまくいかなかったのでござるな」
「そういうわけです。フランシスがアンソン達を追い返しちゃったのよ」
ぶっちゃけ完全に予想外だったから頭を抱えているんだ。原因が全くわからないわけで。
「これがプレイアブルキャラなら多少は考察できたんだけど、フランシスは違うから突破口になるような事柄がないんだ」
「そのう、拙者がぷれいあぶるきゃら、という主殿の予知の上でそれなりに重要な存在であったことは覚えておるが。フランシス殿は違うのでござろうか」
「そうなのよ。フランシスはNPC……つまり仲間にならないキャラクターだったの」
プレイアブルキャラ、というのはいわゆるプレイヤーが仲間にできて一緒に戦えるキャラのことだ。対してフランシスはNPC……ノンプレイヤーキャラといって、こちらから操作できる要素はないキャラである。専用立ち絵はあって、ゲームの進行上配置される名前のないモブキャラよりは重要だけれども、絆をあげることもつつきボイスもない。その分知れる情報も少ないんだ。
エモシオンファンタジーはNPCにも専用立絵が豊富で、後の実装があることも全く予測できなかったんだよなあ。
と、ちょっと思考がそれた。
千草には所々この世界の人には理解しがたい部分を省いて大まかに省いた説明をしていたけど、これはどう説明すれば良いかな。
頭をひねっていると、アルバートが答えた。
「NPCは特定の状況下でよりよい歴史に進ませるために重要な役割を担った者、と考えればいい。プレイアブルキャラは勇者や聖女に直接協力し、NPCは間接的に協力する立場だ」
「つまり、フランシスとやらは、主殿が見た予知とは全く違う態度をとったのだな」
「アルバート、説明うまい。千草だいたいそのとおり」
アルバートの咀嚼した情報をその人の理解度に合わせて語る技術ほんとすごいわ。
「ここでフランシスに魔界の門と魔族について語ってもらわないと、魔界の門の作成実験をフェデリーの国王が主導している所まで思い至れないのよ」
「……主殿、今なんと言われた」
これすげえ困るんだよね。補填もしづらいし、どうしたもんかなと悩んでいると、ふんふんとうなずいていた千草がこわばった顔をしていた。
「フェデリーの王が何をされていると」
「ああ、今頻発している魔界の門の出現は、フェデリー国王が主導している魔界の門兵器化実験の副産物なのよ」
「それは一大事ではないか!?」
千草が身を乗り出して、驚きをあらわにしている。おう、その通りだよ。
結論から言うと、頻発する魔界の門は、フェデリー国がやっている魔界の門の構築実験による影響だ。
それを先導しているのはフェデリー国王、アウグス。魔界の門や、暴走した魔物の気配に聡い聖女に気づかれないよう、研究所や王都から遠ざけるために、ユリアちゃん達を「魔界の門の対応」という理由をつけて各地に遠征に出しているのだ。
まあここのあたりはなんやかんやあるんだけども置いといて。
「千草、紅茶がこぼれます」
「あいすまぬ。……だが魔界の門を故意に開くなど、あってはならぬ所行だぞ!? 暴れる魔物が増えれば国が崩壊するではないか!」
アルバートに注意されて腰を戻した千草だったけど、実感が伴っていない様子だった表情が引き締められ、背筋が伸びる。
「拙者が役に立つのならいくらでも使ってくだされ。で、何をすれば良いのだろうか」
「うん、今から彼らが邂逅した時の映像を流すから、先入観のない千草から見て気になることを教えて欲しいの」
私じゃゲームの先入観があって気づかなかったことがあるかも知れない。
彼女は純粋でお人好しだけれども、だからこそ鋭い。
「映像、とな?」
「勇者達とフランシスが邂逅した時の映像。アルバート、再生して」
「かまいませんが、その前にエルア様、何度見ました?」
実際見せた方がはやいと思った私はお願いしたのだが、アルバートの確認に私はぎくりとする。
「えっと、2周はしたからたぶんへいき」
「……心許ありませんが仕方ないでしょう。気を確かに持っていてください」
「はい」
神妙に返すと千草が戦慄していた。
「い、一体どのような凄惨な映像なのだ……」
「大丈夫だよ一般人には普通の映像だから」
そうなんだ、あくまで私だからまずいだけなんだ。
背中に置いてあったクッションを前で抱える。
これが命綱だ。
にぎにぎゅっとした私は、パチンと暗くなった室内の中、そのときを待った。
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