2 弟属性はギャップの宝庫

 


 説明しよう! 外面固定モードとは! 

 不意の推し供給や圧倒的萌え解釈に直面したにもかかわらず、一般人が跋扈する公共の場だったという絶望的な状況下の中、なんとか一般人を装うために表情筋を微笑に固定する技である!

 隠れオタクには必須の技能だよ!おしまい!


 うちに帰った私は、お茶会しつつ早速アルバートと相談タイムだ。


「にしても、アルバート今日は珍しかったね?」

「ナビールはあなたの本来の姿を探りたがっていましたから、釘を刺しました。まあ、あなたのだめ押しで、しばらくはおとなしくしていそうですがね」

「私何か言った?」


 普通に推して愛でますので安心してね、って言ったつもりだけど。

 するとアルバートはかわいそうなものを見る目を向けてくる。


「不利益になるようなことはしない。あなたは自分のために愛でているといったでしょう? ない言葉の裏を探ると『自分が満足する情報を持ってこなければ見捨てる』ともとれるのですよ。今回は完全に自滅ですが」


 あいや-!? そんな意図みじんもありませんけど!?

 そうか、だからリデルってばちょっと顔色悪かったのか。


「俺としてはナビールも曲がりなりにも諜報員、できれば遠ざけて欲しいのですが」

「あの人の経済感覚はとても役に立つし、ほかのキャラにもつながる大事な人なので……というかゲームでとてもお世話になったので……」


 私が神妙に言うと、斜め横の椅子に座るアルバートはティーカップを傾けながら肩をすくめるという器用なことをした。

 うふふ、まあ主従なのですが、屋敷の中それも二人っきりだけの時は彼も座って私のお茶につきあってくれるのだ。

 アルバートが長い足をもてあますように椅子に腰掛けて、カップを持つ姿はそこらの貴族なんかよりもよっぽど優雅だ。

 真祖の力をなじませてからはよりいっそう妖艶な気配をまとうようになっていて見てるだけでどきどきしてしまう。いやことあるごとに見とれてるけど。

 ちなみに今日のお茶請けはスポンジケーキにジャムを挟んだケーキがある。地球で言うヴィクトリアンケーキなんだけど、これシンプルでうんまいんだよな。


「それで、今回の情報は何だったんですか。アンソン・レイヴンウッドに関することのようですが、あなたが表情を崩しかけるなんてよほどのことでしょう」 

「あっはっは……私の外面もアルバートにはバレバレか」

「あのにわか諜報員と一緒にしないでください。……と言いたいところですが、あなたが普段より姫らしい態度になる時は、衝動を隠しているときと知っているだけですね」


 いやもうそればれてるってことじゃない。

 まあアルバートに隠す気はこれっぽっちもないんだけどな。

 にっこり笑った私は身を乗り出した。


「いやね、アンソンが兄ちゃんに会いに行くというのが重要場面なもんだから、ついうれしくなっちゃったんですよ」


 アルバートの紫の目が軽く見開かれる。

 んむ、でも私も確認しといた方が良いな、と思って書斎のほうに行くと、一冊の手書き本を持ってくる。

 ちょっと古びた紙にびっしりと書かれているそれは、ゲーム「エモシオンファンタジー」のストーリーだ。

 記憶力に自信がなかったし、長丁場になるとわかっていたから、忘れないうちに書いておいたのだ。覚えている限りの設定はもちろん、この世界の考察やらゲームと今直面している現実の違いやらまで書きためていたら、薄かったはずの本が厚くなったけど。

 この間の対ヴラドのコネクトストーリーについてもちゃんと書いてありますよって。

 ……ん?薄い本のネタ帳? それは別ですよ。別。とっくのとうに二桁以上になってますがなにか。

 脳内突っ込みをいれつついわば私の命綱である本をぱらぱらめくれば、2章の序盤にちゃんとあった。

 ひょいひょいと手招きしてアルバートにページを指し示す。


「まず、私の破滅追放が一章のクライマックスでしょ。二章では傷心の勇者と聖女が頻発する魔界の門を閉じるために、各地に遠征を命じられるの。まあこの頻発も裏で私が暗躍してるんじゃないかって配信当時は言われてたんだけども。けどそのおかげで、ユリアちゃんたちは運命の出会いを果たすんだ」

「正気を保った魔族との邂逅ですね」

「そのとおり」


 定期的にストーリー進行を確認しているとはいえ、よく覚えていてくれているもんだ。魔界の門を閉じる旅の途中で出会うのは、魔族の少女「アルマディナ」。

 彼女が整然と魔物達に命じる姿は人と全く変わらない。

 動揺する聖女と勇者に、アルマディナは敵意を向けるんだ。

 アルマディナにとっては、聖女も勇者も変わらないからね。


『貴様らに責める資格があると思うてか。貴様らが無秩序に門を開けるせいで被害を被っているのは我らのほうだ』


 そう吐き捨てたアルマディナは、フェデリーの騎士服をまとったアンソンに向けて憎しみの目を向ける。


『その服を着た悪魔どもの手によってな』


 聖女と勇者はその言葉で、このフェデリー国の上層部の中に、魔界の門を開いている人間がいると知るのだ。

 もしかしたら、国の中枢に関わる人間かもしれない。その恐ろしい推測を解き明かすため、まずは、魔界の門や魔族について知ろうと考える。

 そして、魔界の門研究の第一人者であり、数年前に魔法研究界から追放された「フランシス・レイヴンウッド」に会いに行くのだ。

 このフランシス・レイヴンウッドだが。

 実はフェデリーの第2王子ウィリアムの専属騎士であるアンソンの兄ちゃんなのだ。

 こういう縁もあって、居場所を知っていたアンソンを頼りにフランシスに会いに行く。


 フランシスに会いに行くことで、今後に関わる重要な情報をもたらしてくれるパートだ。

 なにより、フランシスが王都から追放されたことで、疎遠になってしまった兄弟が協力し合うことで和解する。

 からっとした兄貴肌であるアンソンの弟属性が発覚したり、ぎこちない兄弟が勇者の一言でかつての仲の良さを取り戻したりと、ストーリー的にも大変美味しかった覚えがある。


 兄ちゃんと仲良くしたいのに騎士の立場上かばえなくて悔しい思いを隠していたり、それが元で兄ちゃんに話しかけられなくなったり、でも兄ちゃんのことぎこちなく気遣ったり、すっごくかわいかったんだよ、このときのアンソン。

 好きな子にはめちゃくちゃ不器用になるという事実が公式と化し、夢女界はざわつき、すわこの仲の良さは禁断の兄弟愛では? と腐女子界がスタンディングオベーションしたものだ。


「このエピソードはぜひとも直接見たいんだけど、アンソン兄が隠遁しているのが僻地だから厳しいのよね」

「わかりました。では記録カメラを持たせた者を配備させます」


 いつも私が隠れて眺められない場所では、うちの人が開発した魔法式記録カメラ(小型)を持たせて記録してくれるのだ。

 えっ盗撮? いや、本来のゲームの流れとの差異があるのなら精査できるようにしとかなきゃいけないという、今後に向けての布石ですよ。

 何度も再生して愛でるのはついでだよ!!!


「ありがと、う……」


 相変わらずアルバートは頼りになる、とお礼を言おうと顔を上げて、かちんと硬直する。

 息が触れそうな位置にアルバートの横顔がある。

 え、まてまてなんでこんな近いの!? まつげの長さまでわかるですけど……てそうか、同じ本を覗いているんだから当然かあっはっはっは、自分の首を絞めるなんて何をやってるんだ私!?

 おかしい、なぜうかつに最推しに近づいてるんだ目がつぶれるじゃないか。

 どっどっと飛び出そうな心臓を感じながらも目が離せずにいると、伏し目がちなアルバートが本に視線を注いだまま落ちた黒髪を耳にかける。かすかに見えるうなじに私はひっと息をのんだ。

 そこでアルバートが私に気づいて目を細める。 


「どうかしましたか」

「とても、お顔が近いです」


 辛うじて言うと、アルバートはゆっくりと瞬いた。この距離で瑕疵がない。顔が良い。


「おや今更でしょう。最近はこれくらいの距離だったじゃないですか」

「た、確かにそうですけど、真祖の血をなじませるためだったでしょう!? 私の心臓が持たないです」


 ヲタクの心臓はとても弱いんだぞ、いたわってくれ!

 だけどアルバートはあきれたように肩をすくめるだけだ。


「こうでもしないと、あなたはいつまでたっても慣れないでしょう。そもそも俺とあなたの関係は」

「推しとヲタク!」

「……主従が出てこないところにあきれて良いのかわかりませんが、さらにもう一つ、加わったでしょう」


 私はひぐ、と息を詰まらせた。そうでしたね、思い出さなかった振りをしていましたが想い想われなのも加わりましたね。

 まだ恋と愛なおきもちを当てはめるのには今でも大変に抵抗があるけれども、忘れるつもりもない。

 おそらくじんわり赤く染まっているだろう顔を、アルバートがそのままのぞき込んでくる。


「俺にもあなたをもう少し堪能させてください」

「た、堪能って何ですか。私がアルバートを堪能するならともかくあなたが堪能する要素がどこに」

「おや、好いた人の顔は眺めてみたいものでは。あなたもよく言ってるじゃないですか」

「いや言っているけれども、今めちゃくちゃみっともない顔してるからやめてくれ心が死ぬ」


 一応エルディア・ユクレールの顔は美人に分類されるが、推しに萌えている顔がまともなわけがないじゃないか。

 私が必死に顔を背けようとするのに、なのにアルバートは容赦なくおいつめて来やがるんだ。


「おや? 俺の顔に見とれたくはないんですか?」


 かすかに首をかしげたとたん、彼の艶やかな黒髪が流れる。

 紫の瞳は柔らかく、いくらでも眺めて良いと、いっそあざといまでに甘く促すその顔は。


「見とれたいに決まってるじゃないですかぁ……」


 いやね、もうね。推しにそう言われたら見るしかないじゃないですか。

 美しいものはいくらでも眺めていたいものなんだ。

 うう顔が良い。尊い。

 半泣きで顔の良いアルバートから目をそらすのをやめると、彼はいつものすまし顔に戻るけどそれはそれで良いものだ!


「ではこの距離感にも慣れましょうね……ま、だいぶ慣れてくれましたけど」

「うっうっ、なんかいった……?」


 顔の良さに見とれてたらアルバートがなんか言ってたのを聞きのがしたけど、曖昧な顔でごまかされた。うう、手玉に取られている気がするけどしょうがない。だって顔がいいもの。


「で、このフランシスもキャラクターですよね」

「良く覚えていたわね。一回か二回くらいしか説明したことないのに」

「あなたの生死に関わるんですから覚えていますよ。それに少なからずあなたに関わっていた人物ですから。一通り調べもしました」


 アルバートってば、そういうところ律儀というか、まじめというか。なんかこそばゆい。


「このストーリー進行については、俺たちが介入すべきことはありますか」

「ううん、ないわ。アンソンはいわずもがな、フランシスもゲームでの情報は少なかったとはいえ、ゲームと変わらないようだったから。数少なく安心して見てられるシーンなんだ」


 私は数年前のフランシスを思い返す。うん、やっぱりゲームでの印象と変わらない。赤みがかった金髪に空色の瞳をした浮き世離れした研究者って感じのひとだった。

 この後の方が時間経過が厳しくて張り付かなきゃいけないから、ただのファンでとして楽しめる平和なシーンは貴重だ。


「ほかにもやるべきことはあるし、記録だけしっかりお願い」

「かしこまりました。……それにしても、アンソンですか」


 にやついていた私だったが、アルバートが了承しながらも考える風なのには気がついた。


「アンソンがどうかした?」

「いえ。……ではリデルから情報のあったフランシスの隠遁所周辺に記録カメラを仕掛けさせますね」


 私の問いには答えず、アルバートは優雅に頭を下げた。

 ふへへへ……。また一つリアル供給が増えるんだ。楽しみだなあと思いつつ、抱えている仕事をさばいていたのだが、思わぬ事態が発覚したのが数日後。


 アンソン達がフランシスに追い返された、という一報だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る