二章

1 疑われる腹などありません

 

 昼下がりのホワード商会の応接室で、私は大切なお客人を迎えていた。


「やあ、ホワードさんお邪魔しますよって。あんじょう儲かってはりますか?」

「ごきげんようリデル。まあまあと言うところね」


 アルバートがお茶の準備を終えて私の背後に控えるなり、にいと微笑んでいたのは、リデル・エレル・ナビールだ。

 ウェーブがかった髪を異国風の髪飾りで押さえて、ゆったりとした服に身を包んでいる、うさんくさいを絵に描いたような男である。

 そして限りなく細い目に色つきレンズのサングラスをかけて意味深にほほえんでいた。中東から着た行商人って感じだ。

 この人もゲームキャラに出てきた人で、表向きは抜き屋のリデルで通っている商人兼情報屋だ。

 ゲーム上でも、勇者や聖女ちゃんの前にうさんくさく現れてはいろんな情報を教えてくれる。

 うさんくさいし、意味深だし、隠していることあるし、ちょっと気を緩めるとぼったくり価格で商品を売りつけてくるけど、情報の正確さは信頼できる。

 何より商売として十分な対価を払えば、深くはこちらの事情に突っ込まずつきあってくれる。だから商売相手として聖女ちゃんと勇者くんの情報を提供してもらっていた。

 うちの諜報員は優秀だけど、実際に張り付ける場所も限られているし、彼女たちの情報はいっっっくらでも欲しい。だから商人という接触しやすい職業であるリデルに願ったのだ。

 あわよくば彼らの協力者になってくれないかなって下心ももちろんある!


「あなたが来たということは、頼んでいた商品が手に入ったのね?」

「まあ、ぼちぼちって所ですけど。あんさん、ほんに変なおひとやなぁ。俺のようなしがない商人とこうして直接話すんですから」


 それはもちろんガチャキャラで、クエストに一緒に連れて行くとちょっと多めに素材強化に必要なお金をドロップしてくれる良いキャラで思い入れがあるからなんですよ。

 このうさんくさい関西弁風の言葉遣いが楽しくて癒やしなんだ。

 だから時間の都合がつくときは、なるたけ会うようにしてるんですけどそんなの言ったら不審がられるので、ふんわりと笑ってごまかしてみせる。


「わたくしは外の光景と事情を肌で知る機会は少ないの。だから、情報以外にも、あなたのような外部の人間は貴重なのよ。そうでなくてもあなたは役に立つもの」


 主に情報面でね! 

 私がにっこり微笑んで見せると、リデルは大げさなまでに震えた。


「おおこわ、どうされてしまうんやろな」

「あら、わたくしが無理難題をふっかけたことはないでしょう? あなたができることしか頼んでいないわ」

「まあそうではあるんですけどねえ。対価がこう、釣り合ってないんですわ」

「あら? 街道の清掃だけでは足りなくて?」


 うん? 今回は金銭じゃなくて、輸送ルートになっている街道にはびこった魔物の掃除だったんだよね。

 確かにうちでも困っていたし、魔界の門も出現していたから私も出張ってアルバートと千草と三人で清掃したんだよね。

 魔界の門は聖女か聖女見習いが束になってかかってようやく閉じられる代物だからさ。

 私的にはうちの商会の実益も兼ねているからやすいなあと思うんだけど、アルバートにはやり過ぎだって言われたもんだ。だからこれ以上は出せないんだけども。

 いまいち彼の意図が見えないなあと考えていると、リデルの目が笑っていないことに気がついた。


「あんさんは奇妙なんですわ」

「ふうん?」

「商人にとって利益ちゅうもんは第一に考えるもんです。それは金銭だけやない。情報だってそうや。情報は金になります。けんど、あんさんが知りたがる情報は、ほかのお客はんが知りたがるところとはすこうしばかりずれとります。利益が出ないところ……たとえば魔界の門をいつどこで閉じたかはともかく、聖女はんや勇者はんの服やらどんな会話したか、なんてだーれも知りたがりはしまへん」


 あ、こいつ勇者と聖女の情報ほかの客にもリークしてるってあっさり言ったな。まあ勇者と聖女の動向は誰もが気になるだろうし、フェデリー以外のつながりも必要になってくるから良いことだ。

 私がそのあたりを知りたいのは、ストーリー通りに進んでいるか観測する必要があるのと、ぶっちゃけゲームではわからなかった推しの供給やら二人が健やかに旅をしているか知りたいだけなんだけど!

 そういやそんなヲタクの習性を知らなかったら変なものばかり要求していたな。

 リデルは思いっきり疑いのまなざしで見てるぞ!? 


「あんさんは、なんであの子らぁをそこまで気にかけますのん」

「ナビール様」


 ちゃっかり室内に残っていたアルバートがリデルへ呼びかける。

 使用人が、主の客人に勝手に呼びかけることは本来非礼だ。主人の名誉にも関わるんだが、彼のその声には冷えた威圧で満ちている。わざとだな、にしても何でこのタイミングで?


「好奇心は、たとえ獅子でも殺しますよ」


 リデルのまなざしが一瞬本来の鋭さを帯びる。ひえ、そりゃあ彼の本来の主を彷彿とさせる獅子を持ち出したらそうなるよ!?

 いやでも探られたら困るしな。私の態度の何かが彼の琴線に……ってあ、そういうこと?

 もしかしてリヒトくんとユリアちゃんの仲間になってくれたの!?

 そっかー! それなら情報抜いている私のこと警戒するよねー! いいよいいよじゃんじゃん警戒して! あっでも情報貰えなくなるのは困るな……うんうんなら。


「大丈夫よ、リデル・ナビール。わたくし達はあなたと、あの子達の不利益になることはしないわ。わたくしはあくまで自分のために、あの子たちを愛でているのだもの」

「……ほんとうに怖いお人や。俺はあの子らとの関係、何にもいうてませんのに」


 そうつぶやいたリデルは、だけどすぐにいつもの食えないけだるげな表情に戻り両手を広げて見せた。


「まあ言うてももったいぶるような話はなーんもありゃしまへん。勇者はんと聖女はんは魔界の門を閉じるのに大忙しですさかい。ただ、息抜きなのかちょいと随伴している騎士はんの里帰りをするらしいですわ」


 何ですって。


「その騎士の名前は」

「アンソン・レイヴンウッドですわ」


 私のテンションがマックスになったので、外面固定モードを発動した。





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