33 誓いの固さを知っている
そんなこんなでコネクトストーリーバッティングを乗り越えた訳なのだが。
ゲームではそこまでしか描写されなくても、当たり前だが現実になるとその後も続いて行くのだ。
と言うわけで、翌日から私達はコルトヴィアと共に後始末に奔走した。
だってなあ数百年、形を変えながらも裏社会に根付いていた組織が一つぶっつぶれたのだ、むしろこっちの方が本番かって言うくらい忙しかった。
魔力も血も足りてなかったけど、萌えパワーを全力投下して走り回ったさ!
トップを失ったことで空中分解した茨月会は、案の定関わっていた貴族が次の長を決めるために骨肉の争いを繰り広げかけたが、そこはコルトヴィアと私で封じ込めた。
無事あのカジノもコルトヴィアの傘下に入ってクリーンな経営体制になって大満足だ。
さらにコルトヴィアは、着実に吸収統合しつつ勢力図を広げていったようだ。
あんまり目立ちすぎると、他の組織から敵対されるからと、ある程度協力体制を取りつつも、一番おいしい所はかっさらっていく手腕はさすがだなと思ったさ。
もう彼女が生き生きと戦国時代的な裏社会の権力闘争に身を投じている姿はビビるけれども、びっくりするほど美人に磨きがかかっているんだよな。
戦場で輝く人なんだと言うのを再認識したもんさ。
もちろんコルトヴィアは、リヒトくんと縁を繋いでくれて、そろそろがっつり水着イベが起きそうである。むふふ。
これで一つ、私の肩の荷がおりたというものなのだが……。
「エルア殿! コルト殿の助太刀から戻ったぞ」
「おかえりなさい。千草さん、どうでした」
私がいつものごとくアルバートと執務室で仕事をしていると、萩月を携えた千草がはつらつと入ってきた。
「また一つ人買いのシンジケートをつぶしてきたぞ。敵の首級を上げてきた」
おおう?ちょっと偵察にいくだけの任務って話しだったけど、そうかーつぶしちゃったのかー。
褒めて、褒めて、と言わんばかりの彼女は、そういえば仲良くなると勇者くんの敵の首を真っ先に狩りに行く戦闘狂だったな?
イベントストーリーだとすぐに刀や手が出るし、猫みたいに獲物を見せびらかして褒めてもらおうと軽率に鯉口鳴らしていくから「血みどろかわいい」なんて呼ばれてたっけか。
あれれぇ?よく見たら足下の袴がちょっと血に染まってないかい?
確かににこにこ全力で懐きに来る千草は血みどろかわいいけども。
内心首をかしげていたが、千草から渡されたコルトからの手紙には彼女のめざましい活躍に感謝の言葉が綴られていて、またたのむって書いてあるし、いいのかな。
アルバートも何も言わないし、悪いことにはならなかったんだろう。
「ありがとう、助かります」
「うむ! コルト殿の傘下へ入った吸血鬼達もエルア殿が施した術のおかげで、暴走せずに働けているようだ。オルディ一家も吸血鬼達も皆ほっとしているようでござった」
「良かった、コルトの所は少数派種族の避難所みたいな役割をしてくれているから。大丈夫だとは思っていたけど」
そう、吸血鬼が人間に戻ることができないけど、飢餓状態になると凶暴化する発作は、聖女の浄化の力で消し去れる。
だから、私はコルトヴィアを通じてカジノや茨月会に隷属させられていた吸血鬼達に、問答無用で浄化の魔法をかけたのだ。
そうすりゃ、人間とみるや襲いかかるようなことはなくなるので普通の生活ができる。
「吸血鬼の吸血行為って、緊急補給や能力強化の側面が強いもんねえ。まあ、魔族としては『強さ』を捨てるようなものだし、受け入れられない人も居るだろうけど。普通のご飯だけでも生きていけるものね」
「元々望んで吸血鬼になった者のほうが少ないですから、少しでも人と同じ生活をしたいと願う者は多いでしょう」
私から渡されたコルトの手紙をざっと読んでいたアルバートがそう言いつつも、表情に冷めた色を浮かべた。
「ただ、味をしめて戻れない愚者もいますので、そちらはなるべく早く処分いたします」
すると千草も金の瞳に闘争を渇望するような熱を灯した。
「そのような輩は切って捨てよう。狩りには同行する」
「当然です。……さっさと、教え込みましょう。夜の覇者は誰なのか」
「エルア殿だな」
ねえ、千草、アルバートすごくシリアスキメててめちゃくちゃきゃー!すてきー!と心のペンライトを振り回したい気分になるんだけど、最後にどうして私の名前が出てくるのかしら。
「ねえ、夜の覇者って言うんなら、アルバートじゃないの。真祖の力使えるようになったんでしょう? 吸血鬼を従える事はできなくても、かなりのパワーアップになってるはずだけど」
そう、アルバートはヴラドの血を取り込んだことで、能力が大幅に底上げされていた。
コネクトストーリーをクリアすることで、キャラクターのスキルや能力値が強化されるのと同じ現象が起きたのだ。
その結果、アルバートは
ただ、真祖に成り代わった訳じゃないから、その血でつながった吸血鬼達を完全に従えることはできなかったようだ。
さらにまだあの騒ぎから半月ほど。魔力の取り込みはなんとかなったのだが、飛躍的に増した魔力や身体の変化に慣れずに調整をしている所らしい。
というわけで、アルバートの体内にある真祖の血を手に入れようと襲いかかってくる古い血の吸血鬼達を、アルバートと千草は夜な夜な狩りに出ているのだ。
私としてはなんか知らない間に2人はツーカーな感じになっていてびっくりするんだけども。
というか千草はアルバートが吸血鬼だって知ってもあっさり納得していたし。
「というか、そもそも、アルバートはどうして兎速ができたの」
あのヴラドとの一騎打ちで見た光景を思い出して、いや何度も脳内再生でもだえていたけれども、聞く機会がなかったそれを口に出す。
すると、アルバートがああ、と応えてくれた。
「もしもの時のために彼女の戦の癖を観察していたんです。兎速は兎族ならではの脚力と身体の柔軟さ、そして動体視力で成立する歩法ですから、俺が限界まで身体能力を引き上げれば可能と少々訓練をしていました」
「ふむ、確かに拙者、鍛練場で何度か披露していたからなあ。それであそこまで再現するとはアルバート殿はとても筋が良い。兎族以外でこれを跳べる者がいるとはあっぱれだ」
ふおう、さすがアルバート! って思ったけど、それって良いの? 技を盗んだって言っているんだけど!
隠しもせずに言うアルバートに、だけど千草は気を悪くした風もなく飄々としていた。
「ふむ。ただあまり妙な癖が付く前に直しておいた方が良い。共に修行をしようぞ。貴殿の戦い方はこの半月で把握しているが、実際に手合わせもしたい」
「本気でやるぞ」
「うむ、でなくては手合わせにならぬからな! 望むところだ」
うっ推しが、推しと会話をしている! ゲーム上では見られなかった日常シーンを生で間近で見ることができるこの幸せよ! 二次創作と妄想で何度も空想したけど公式に勝るものはないんだよおおおお!!!
「エルア様、もだえる前にきちんと口にしてください」
「推しが尊い」
「良くできました」
口を抑えて顔を真っ赤にする私に、アルバートが仕方なさそうにぞんざいに返してくれた。 千草は相変わらす私が萌え転がるのに慣れないらしく、完全に引いた顔をしている。
すまない、すまないだがこれは無理なんだ。10年経っても悪化するばかりの病気だから……。
だけどアルバートは小さくため息を付くと、千草に言った。
「千草、これからもエルア様のそばに居るのなら慣れろ」
「うむ、うむ……彼女が少々想いが深すぎるだけなのはわかっているからな……」
「あの、すみませんお見苦しい所を」
そんな言い聞かせるように納得しないでいいから。ぶっちゃけ私の方が失礼な事をしているわけだし。
けれども気を取り直したように千草は柔らかい表情をむけてくる。
「いいや、エルア殿のそれは生きるための原動力なのだろう。拙者は気にしないでくれ」
「あり、がとうございます?」
え、いいの? いいの? でもやっぱりもう少し、千草の前では頑張って抑えよう。
でもだいぶお付き合いが長くなってしまったから気が緩んでしまうのだよな……。こまった。
「でもありがとう千草さん」
「うむ」
千草はうさ耳をぴんと立てて嬉しそうにしながらもすまし顔をたもっていた。
けれどすぐ再び懐に手を入れて、包みを取り出す。
「では此度の金子でござる。これにてひとまずそれがしを買い取った際の金子分は完済できたでござろうか」
「ええと、うん。そう、なんだけども」
彼女は食客のつもりだったから、お金に関しては返さなくて良いって言ったものの、彼女は気にするだろうから、彼女を救い出した時にかかった金額の返済を提案した。
それもコルトの所にお手伝いのバイトや夜な夜なのお勤めで今回で無事完済した。
しかもすでに千草の萩月は取り戻せている頃合いだから、リヒトくんとユリアちゃんと出会えるころあいなんだ。
だから、送り出してあげたいのだけど。なかなか言い出せなかった。
だって、好きなんだもん。推しなんだ……。
すると、千草はひどく晴れやかな表情になる。およ?
「ではようやく、この言葉を口にできる」
言うなり、腰の刀を引き抜いた千草は、私の眼前に膝をついたのだ。
もちろん私の脳内は大混乱に陥った。
え、そ、その座り方は!
それって、勇者や聖女にすらしたことがなかったはず!? それをなぜ私にするの!?
「え、え、千草さんなにして……!?」
もちろん座ってなんかいられずに、椅子から立ち上がって彼女に駆け寄ると、千草は月のように金色の瞳でまっすぐ私を見上げた。
そうして表情を落とすと、彼女の端正な顔立ちが際立つ。
「エルア殿の周辺はまだまだ物騒なご様子。専任の用心棒は要り用ではござらんか」
「あええと、その必要といえば、必要なん、です、けど。千草さんでも私は……」
私は兎月千草が望むような主ではない。この世界の裏側でひたすらうろちょろするだけの存在だ。表舞台には絶対に上がれない。
彼女には明るい未来が選べるのに。
けれど、彼女の金の眼差しは揺るがない。どころか私に向けて、前に置いた刀を両手に捧げ持ったのだ。
なんとも返事できずに馬鹿みたいに立ち尽くしていると、千草の金の瞳が和らいだ。
「貴殿は己のことを悪だと申すが、拙者とてひとたび刃を抜けば、一匹の獣になりはてる。師には主を見つけられぬ限り、牙を振るうなと言われていたほどだ。しかし、拙者は貴殿に出会い、まっすぐに想い人を慕い愛するその生き様に惚れ申した」
「ひっ」
私、かくしていないのに彼女はそういう風に言ってくれるのか。金の瞳が私をまっすぐ見上げる。
「貴殿が何を抱えているかすべては知らぬ。拙者はおそらくアルバート殿とは違い、教えていただいても理解できぬだろう。ゆえにこの牙を捧げたい。主殿の大義を果たす刃のひとつとして使ってはくれまいか」
私は身のうちからぶわりとこみ上げてくる熱に顔を真っ赤にした。
牙を捧げる。彼女のその言葉の重さを私は知っている。だって千草のフレーバーテキストは全部読んだもの。
何があろうと、唯一無二の生涯付き従う相手に捧げる鋼の言葉。
その固い誓いを、推しの渾身の願いを断れるだろうか。
「一生、表舞台には上がれないですよ」
「貴殿の傍らがこの牙を披露する最高の舞台と心得よう」
「あの、それと、私奇声上げるのやめられませんよ」
「……そ、それは拙者が慣れよう」
苦笑いをする千草に、私の心臓が壊れそうだった。
手汗がやばい。どうしよう、良いのかな。また1人、ゆがめてしまって。
千草は、ゲーム時代で言うとガチャ産のキャラクターだ。メインストーリーに顔を出すことはあれど、確定で仲間になるキャラクターじゃない。
だから、絶対にリヒトくん達と合流させなければいけない訳じゃない。
なによりここまで言わせてしまったのに、だめですなんて言えるか? いや無理だ!
彼女の思いに報いたかった。
「じゃ、じゃあ、よろしくおねがいいたしまう」
噛んだ。大事なところで噛んだ。
やぱり推しの前で平静を保つなんて無理なんだ!
ぶわっと、羞恥でさらに顔が真っ赤になる。もう穴にはいりたい。
だけど、当の千草は心底嬉しそうに微笑んでいた。うさ耳も上機嫌を表すように立っている。
「この牙が折れる時まで、そばに」
萩月を両手に捧げ頭を垂れた千草の、ささやくように静かな誓いの尊さに私はもはやいっぱいいっぱい過ぎて、全力で叫んだ。
「絶対に最高の戦舞台を用意しますからああああ!!!!」
きょとんとした千草だったけど、楽しげに笑う。
「はは、さすが主殿、拙者のことをわかっている!」
無邪気でありながら、まだ見ぬ戦場に昂揚する表情が魅力的すぎていっそ殺してくれと思った。
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