32 殺し文句は尊死する
立ち上がったアルバートが、忌々しそうに顔をしかめながら、赤く染まった唇を乱暴にぬぐう。
その仕草に脳内でスタンディングオベーションがとまらない。
五体投地して天と地とこの世界のすべてに感謝した後むせび泣きたい。けどそんな場合じゃないんだ。
私はふらつく体をなんとか起こしてアルバートに駆け寄る。
魔法を限界まで使うのって、3徹しながら仕事するレベルでめちゃんこ疲れるんだ。
「大丈夫? 体の感じはどう?」
「……血がまずい。きもちわるい。体の中がかき混ぜられているようです」
たいそう不機嫌そうに顔をゆがめるアルバートがいつもどおりの様子で心底ほっとした。
ゲーム時だけどフレーバーテキストに「血を飲んだ側が弱すぎると、血に宿る魔力に耐えきれずに体が崩壊する可能性がある」って記述があったものだから一抹の不安があったのだ。
もちろんゲームのアルバートより今の彼の方が能力値が上だと思うから大丈夫だとは思っていたけど。
「確認されている中で一番古い吸血鬼だから、うまくなじまなくて体の中で暴れ回っているんだと思う」
「ああ、だから体が熱いんですね」
アルバートは熱い息を吐いていたが、私はそわそわと落ち着かない気持ちで問いかけた。
「あの、アルバート。なんでやってくれたの。あなたが一番に嫌ってる、吸血鬼の力を強くする事なのに」
「やはりあなたが引っかかっていたのはそれですか」
戦闘で乱れた服装を整えていた彼は、少し眉をひそめて呆れた顔をして黙り込む。
私が言い出せなかったのはそれが理由だ。
アルバートは自分の中に流れている吸血鬼の血を嫌悪している。合理的ではあるから必要な時に能力を使う事をためらわないけれど、むやみに振るおうとはしない。
だから、アルバートがコネクトストーリー通り自分から言い出してくれた事が驚きで、戸惑っていたのだ。
勇者に対してゲームの彼が言った台詞は、一語一句覚えている。
『なぜかだと?』
不機嫌そうにかすかに眉を上げたアルバートは、しかし、ほんの少し口元をゆるめるように笑うのだ。
『まあ……お前なら、どんな奴だろうと受け入れるだろう?』
それが、公式ではじめて見せたアルバートの微笑で、感涙すると同時にちがわい! あんただから受け入れるんだ!と絶叫したものだ。
だが今の彼はどう言うのだろう。
私が不安と期待にだまり込んでいると、アルバートはふ、と表情を緩めた。
気のぬけたような、なんで解らないのだとちょっととがめるような素の表情だった。
「なぜって……あなたなら、どんな俺でも『俺』なら受け入れるでしょう」
心臓一発。
からかうように、けれど確信に満ちたその声音には屈託が一切なくて。
ゲームの言葉と似ているようで決定的に違う。
まさにその通りなのだ。私はきっとアルバートがやむを得ない事情で吸血鬼化したとしても、きっと萌え転がる。
アルバートだったら推せる。愛してるのだ。
でもちゃんと伝わっていたことに、心臓が打ち抜かれたような衝撃と嬉しさと感慨深さで泣きそうだった。というか気がついたら目から涙がぼろぼろ落ちていた。
「ちが、いま゛ぜん!! アルバートが生きてたらそれでいい!!」
「泣くような事ですか、いまだにあなたの琴線にどう触れるかわかりませんね」
ちょっとアルバートの声が呆れてたけど、違うんだこれは感動の涙なんだ。
よかった、無意識卑屈がなくなったんだ。嬉しい。自信たっぷりアルバートもめちゃくちゃ推せる。
語彙力を溶かしながらぐすっひっくと脇目も振らずびしょびしょに泣いていたのだが、ちょっと視界が白に染まりかけた。
あ、やべ貧血だ。足下をふらつかせると、呆れていたアルバートがすぐ支えてくれた。
すまない、やっぱ魔力ごっそりつかったし、血が足りないみたいだから。
「大丈夫ですか、今回はぎりぎりまでもらいましたから」
「ひっく、歩かなければふらつかないから。アル、ちょっとこっち向いて」
今のアルバートは平気そうにしているけど、異物とも言える魔力が暴れ回っているのはしんどいだろうし、このままだと吸血鬼としての本能が強くなって、ヴラドと同じようになる。だから今なんとかしといた方が良い。
大人しくこちらを向いてくれた彼の胸に体を寄せた。
私の魔力が少なくてちょっと心配だけど、このゼロ距離ならなんとかなるだろう。
体が硬直した気がしたが、その前に私は目をつぶっていて彼の体内にある魔力を感じる。
聖女が使う浄化の魔法では魔力の色を見分けるのが初歩なのだ。
いつも見ているアルバートの魔力の他に、もう一つの魔力が渦巻いている。
さらにもう一つ淀んだ……穢れを見つけた。
これが魔力が混ざらない原因だ。反発し合って体の中で暴れ回るもの。
私はそれに自分の魔力を慎重に伸ばして包み込む。
浄化するには今の力が足りないけど、抑えれば当分は大丈夫だ。
「ひとまず抑え込んでみたけど、どう」
「エルア様……」
吐息を含んだ声音で呼ばれて、私ははっとした。
あれ、まって自分でやっておいてめっちゃ距離近くない?
髪は乱れたままで隙がありそうなものなのに、まだ赤みが残る紫色は熱を帯びている。
魔力の荒ぶりは抑え込んだとはいえ、まだ戦の昂揚はそのまま。要するにアルバートの色気がダダ漏れだ。
血の気が引いていたはずなのに、彼の瞳に宿るそれが私に熱を移してくる。
めちゃんこ魅力的で、めちゃんこ尊くて。
なにか言わなきゃと思っても、全然うまく声が出なくて、とっさに身を引こうとしたら腰に大きな手が回ったうえに抱き上げられた。
「え、あ」
「離れないでください。もうすこし、このまま」
耳元で、吐息を吹き込まれて、硬直する。
だって心地よさそうに目を細めながらも熱が消えないアルバートの顔が美しくて。その眼差しが見ているのは私で、勝手に喉が鳴った。
頭がふらふらして、でも逃げられなくて。
抱き込まれた上でアルバートが近付いてくるのを、ただ見ていることしかできなかった。
ドゴン!!!
壁の一部が破壊されるまでは。
瞬時にアルバートが私を片腕に抱き込んで、応戦のために身構える。
けれど壁の瓦礫を乗り越えて表れたのは白い髪をなびかせて、萩月を携える千草だ。
燕尾服は所々すすけていたり返り血で汚れていたけど、怪我はないようだ。
「エルア殿! ご無事、か……」
千草は、私の姿を見つけたとたんぱっと顔を輝かせていたけれど、私がアルバートに抱き上げられているのを見て、顔を真っ赤に染めてあわあわとし出す。
「あ、その、外はあらかた片付けたゆえ、匂いと勘をたよりにはせ参じた次第であったが、邪魔でござったらそ、外に」
「うううううん!? ぜんっぜん大丈夫だから! 来てくれてありがとうっ! 千草さん!」
正直ナイスタイミングだと思った!
私があわあわとアルバートの腕から下りようとしたけど、くらっとしてしまってアルバートに抱え直された。
い、いや確かに歩くのはこりゃ無理だと自覚したけど! アルバートに抱えられるのもものすごく心臓に悪いんだよお!?
もういつもどおりに戻ったアルバートは小さく息をついて、とがめるように見下ろされた。
「気を失ってもかまいませんから、大人しくしていてください」
「ふぁい」
推しの言葉は絶対です。
顔を覆って衝動をなんとか堪えた私は、アルバートのちょっとぼろぼろになった上着にしがみつく。
私の推しは最強だけれども。
やっぱり戻ってきてくれてよかったと、そう思った。
「では、帰りましょうか」
「……うん」
「う、うむ?」
ちょっと戸惑いがちな声の千草の声にちょっと笑っていたら、アルバートがくしゃり、と私の頭を撫でる。その手がいつもより気安くて、なけなしの正気ごと意識が飛んだのは余談である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます