31 推しの見せ場は見逃せない

 ヴラドの霧化はほどけて実体化していて、何より毒でも一気に飲み干したように苦しんでいる。もうそこに先ほどまでの余裕はない。


「がっ、はっうぐっ何をした!!??」

「お前の記憶力が鶏で良かったよ。吸血鬼の力を持とうと、俺はダンピール。お前らの敵だ」


 荒く息をついてよろめきながらも、アルバートが愉快そうに顔をゆがめて笑うのに、ヴラドがはっとした顔になった。

 そう、この世界でもダンピールは吸血鬼には飲めない血、毒になる血なのだ。

 にもかかわらず、吸血鬼に取ってはかぐわしく思えるらしい。

 ははっなんだよそれ最高に滾る設定じゃねえかと萌え転がって薄い本が厚くなったのも懐かしい。

 つまりアルバートはこのままじゃ勝てない事を理解していて、誘っていたのだ。

 わざと体を浅く切らせて、血の香りを漂わせながらヴラドの正常な判断を少しずつ奪って。

 しかもアルバートはさっき私がたっぷり浄化の魔法を込めた血を取り込んでいる。

 ただ普通の吸血鬼ならそれだけで灰になる猛毒にもかかわらず、ヴラドは霧化がほどけただけだ。ほんと真祖だけあるよなあ!

 そして、罠にはまっていたのは自分だと気づいたヴラドが激昂する。


「おのれ、このような小細工で我を殺せると思ったか!」


 ヴラドが牙をむき出しに吠えたとたん。周囲に再びおびただしい数の杭が生じる。

 くっそ、多少作成速度は落ちてるけど、アルバートの血を取り込んでもまだこんなに余力があるのかよ!

 私が作成した闇の壁もほとんどが壊されている。

 もう一回作ろうにも私の魔力はほとんどアルバートに渡してるから、私の防護壁を維持するだけで手一杯なんだよな。

 そして戦闘中に私がこれを解除して援護に回ろうとすると、アルバートがどちゃくそ怒るんだ。

 それに、アルバートの顔に宿る殺意はまったく衰えるどころか切り裂くような鋭さを増している。

 私はかろうじて消し飛ばず残っていた影を通じて成り行きを見守っていたんだけど、息を呑んだ。


 だってアルバートは短剣で自分の手を切って、深く腰を落としたのだ。

 え、うそ、それって、千草の……っ!?


 私が絶句する中、アルバートが腰だめに構えた手の中でしたたる血が意思を以て収束する。

 そして、ヴラドによって血の杭が射出される刹那。

 アルバートの姿が

 さっきまでアルバートが居た場所に血の杭が着弾し赤く染める。

 手応えのないことに気づいたヴラドが周囲を見回そうとした瞬間、ぱっとその胴体に赤の花が咲く。


「なっ!?」


 風すら置き去りにしたアルバートがヴラドの背後で振り抜いているのは、血色の刀身をした刀……血で生み出した刀だ。


「ぐ、は貴様、貴様ぁああぁ!」


 毒になるアルバートの血で胴を切り捨てられてもなお、ヴラドは彼に向けて剣を突き刺そうとする。

 しぶといんだよ吸血鬼は!

 けれど、アルバートは崩れ落ちる血の中から血染めの短剣を取りだしてあの構えを取る。

 一撃必殺の剣技。


 アルバートの姿がぶれる。黒炎のような残像を引き連れて彼の剣がヴラドの首筋へ吸い込まれてゆく。


鮮血ブラッド暗殺アサシネーション


 ざん、と黒炎の刃がヴラドの頸動脈へ的確に、致命傷を与える。

 一撃必殺のそれは、アルバートの必殺技だ。私が何度も見ほれた、周囲の状況、相手の情報を即座に精査し最適解での暗殺方法を行使する、彼の技術と身体能力が合ってこそなり立つ技だった。

 気づいた時にはアルバートの手の内なのだ。

 今まで瞬時に治っていたヴラドの傷からは赤々とした血が流れヴラドの服を濡らす。

 自分が明らかに致命傷な事がわかったのだろう。


「うそだ、嘘だ……我が、このようなところで……あやつの言葉が正しかったとでも、いやみとめん、断じて認めんぞ」


 最後のヴラドの猛攻で崩れ去った防護壁の間から直に聞こえた言葉に、私は首をかしげる。

 けれど、ヴラドの血のように赤い目が私を捉えた。


「血を寄越せええええ!!」


 どこにそんな力が残っていたかと思うほど鋭く私に飛びかかってくる。

 すごい、本当に魔族は最後の最後まで油断できないって典型だよな!

 さすがに怯んだがヴラドが私に手をかける前に、アルバートに捕まった。

 即座に腕の関節を極められ、アルバートに背中を乗り上げられる形で、ヴラドは地べたに押さえつけられる。

 だが、屈辱に顔をゆがめながらもあざ笑うように言った。


「我を殺せば、我が配下にある眷属がすべて野放しとなるぞ。あの街は阿鼻叫喚となろうな」


 うわあ、そうかこういう所はコネクトストーリーの通りなのかと私は顔をしかめた。

 まあそうだよな、あのカジノの従業員やオークションスタッフは、みんな顔が良い上に暗示にかかりやすくなっているって言われていた。ヴラドの眷属のえさ場の役割にもなっていたんだろう。

 コネクトストーリーでも、ヴラドは自分の支配下にある眷属が野放しになることで、自分が最後まで強者であることを誇りに死んでいく。

 ここで見逃せ、と言わないところが彼のエベレスト級のプライドを表しているようで敵ながらあっぱれ!と思ったものだけど、やられる方はたまったもんじゃない。

 だって、未曾有のパンデミックを引き起こされるのだから。

 とはいえコネクトストーリーでは、その解決方法もあったの、だけど。

 ヴラドの哄笑に若干眉をしかめたアルバートがこちらを向いた。


「エルア様」


 明らかに指示の催促だったけど、私はぐっと唇をかみしめて首を横に振った。


「い、言えない」


 これを私から提案する事は、できない。だってアルバートにとっては、自分の矜持を折り曲げるような死んでも嫌なことなんだから。

 大丈夫、アルバートがどんな選択をしてゾンビ吸血鬼が町中に解き放たれたとしても、私が責任を持って始末するから一匹残らず!

 確かヴラドが直接配下にしていたのは十数人。そこからネズミ講式に増えていたとすると、この街に居るのはたぶん数百ちょっと。う、行ける行ける!

 私がぐるぐると考えていると、アルバートが仕方ないな、とばかりにため息をついた。


「エルア様、後で俺のお願い聞いてください」

「へ?」

「そうすれば、俺に言わなかったこともすべて不問にします」

「え、あ、うん! わかった!」


 激しくうなずくと、満足そうにしたアルバートは、ヴラドを押さえつけたまま、奴の腕をあらわにする。

 まさか……。

 私が息を呑んで見守る中、いきなりの事に驚いて不自由な首を巡らせるヴラドに対して、アルバートは恐ろしいほど穏やかに言った。


「吸血鬼は格上の相手を噛むと、その力と格を奪えるらしいな?」

「な、それは」


 それでアルバートが何をしようとしているか理解したヴラドが青ざめる。

 アルバートが嗜虐に唇をつり上げながらも私を見た。

 あ、これはとことんやっちゃっても大丈夫かって確認だ。

 ゲーム上のアルバートならわかるのだけど、まさか今のアルバートが自力で気がついて、提案してくれるなんて。

 けれど、ヴラドの真祖としての能力を奪う、がコネクトストーリー的には最適解なのだ。

 唯一の懸念は、聖女が居ない中でこの次の展開に対処できるか、だけども。

 こうしてアルバートが示してくれたんだ、私がなんとかしてみせる。

 だって私が彼の責任をとるって決めたもの。

 だから、イイ笑顔で親指を立ててあげた。


「やっちゃえ、アルバート!」


 ふ、とその一瞬だけは端正な微笑を浮かべたアルバートだったが、容赦なくヴラドの腕へ牙を突き立てた。

 私は高ぶる感情に顔を真っ赤にして、口元を押さえる。

 これが! これこそが! アルバートのコネクトストーリー実装時にアルバート推しを瀕死においやり、アルバート推しじゃないユーザーをもアルバート沼に落としたシーン!

 通称吸血下克上!!!!


「ぐぁあがっ……」


 吸血は本来痛いものだ。今まで自分が散々してきたそれを存分に身に叩きつけられたヴラドはのたうち回るが、膝で押さえつけるアルバートは容赦なく、腕に深く牙を突き立てる。

 私はひいと、出かける悲鳴を堪えた。

 ここに専用のスチルはなくて、テキスト文章だけだったんだけど、だからこそ想像力を恐ろしく掻き立てられる表現で世の腐女子をざわつかせた。

 しかもはじめてアルバートが見せた吸血シーンだったものだから、彼のコネクトストーリー実装直後から、投稿サイトに強火の幻覚のイラストや小説が大量にあふれたものだ。

 レーティングすれすれの表現に、鼻血吹きながら倒れ込む女子が多数出現した。

 そんな二次創作で何度も見た、その強火の幻覚がリアルに繰り広げられているんだぞ!?

 興奮するし釘付けにもなるだろう!

 私の血をアルバートが間近で飲む姿は何度も見たよ。

 けれど、客観的に誰かの血をのむ姿なんてほとんどないからめちゃくちゃ貴重だし、何より相手があのヴラドなのだ!

 というか無造作に容赦なく食らうアルバートの表情は無機質なのに、どこか艶を帯びている。いっそ下品にも響く水音にすらどっこんどっこん心臓が煩い。

 下等と見なしていたダンピールに力を奪われるヴラドがプライドを粉々にされて苦しむ。


「なぜ、この我が! 真祖である我が。こんな、こんなダンピール、に……ぐぅあ!?」


 ヴラドの弱々しいかすれた声が響いたが、アルバートが容赦なく腕を極めた痛みで黙り込む。


「抵抗できない弱者を選んでいたぶる存在は、下等と相場が決まっている」


 口答えを封じたアルバートは腕から少しだけ牙を離すと、ヴラドをこちらまで背筋が凍るような冷めた表情で見つめ、壮絶な色気をまといながら言い放つ。


「俺にすべてを奪われて、無様に死ね」


 私の心臓を的確に打ち抜いていったそれに、ヴラドの希望も崩れ去る。

 やっぱり私は正義の人にはなれないな。と思う。ヴラドの最後に悲しそうにはできないし、ざまあみろと思っちゃうのだ。


 やがてアルバートに踏みつけられていた青年の体が黒く染まったかと思うと灰になる。

 魔界で生まれ、人界に表れてからも数百年生きていたはずの魔族が、あっけないほどさらさらとほどけていった。

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