30 愛で方にも種類がある

 アルバートが私を抱えて飛んだと同時に、さっきまで立っていた床に赤い槍が幾本も突き刺さる。

 吸血鬼の固有魔法であるブラッドウエポンだ。血を媒介に魔法で生み出される質量のある武器である。

 そんじょそこらの吸血鬼であれば、短剣や矢を生み出すだけで精一杯だ。なのに真祖のヴラドは、鼻歌を歌いながら無限のように生み出すことができるのだ。

 銀の武器で殺せても、日の光を浴びられなくても、彼が数百年と闇の世界に君臨し続けられるのは純粋に彼に勝てる存在が居なかったからだ。

 あとあと公開されたゲームの設定見て白目むいたけど、実際に目にしてみるとやっぱりチートどころじゃない。


「む、動くでない”アルバート”。貫けぬではないか」


 ヴラドが不満そうにまた命じて血色をした槍を投擲したけれど、床に着地したアルバートは私を片腕に抱えたまま平然とよける。

 それで血の従属が効いていないと気づいたのだろう。ヴラドの顔が目に見えて険しくなる。


「なぜ従わぬ」

「お前の血はエルア様には勝てないだけだ」


 実際は私にある浄化の力で、吸血鬼の血に潜む魔の穢れを一時的に抑え込んでいるのだ。 

 普段のアルバートの吸血衝動が収まりやすいのは、仮にも聖女候補だった私の血を摂取しているから。

 私にも、勇者や聖女ほどじゃなくても魔物や魔族の穢れを祓う力はある。吸血鬼の血そのものを根絶できるわけじゃないけれど、抑え込むには充分。

 ゲームでアルバートは、勇者に宿る「魔界との繋がりを断ち切る力」のおかげで、ヴラドのくびきを外れる事ができた。なら私も同じようにできるはずだと前々から練習していたけどうまくいってよかった。

 ただ、私の血をたっぷりと取り込んだアルバートは、意識が高揚するのかものすごく俺様気質になってめちゃくちゃどきどきするんだよな!

 アルバートは、忌々しげに私の血で赤く染まった唇を手の甲でぬぐうと、顔にかかった黒髪を乱暴に掻き上げる。

 あらわになった紫の瞳は鮮やかに赤みがかっていて、吸血鬼の気質が前面に出ていることを教えてくれた。


「よくも俺にエルア様を乱暴に扱わせた。お前は血の一片まで跡形もなく残さない」


 怒気をむき出しにするアルバートに片腕に抱かれる私は見ほれたが、その赤みがかった紫に申し訳なさそうに見られた。


「申し訳ありません、あなたの推しなのはわかっていますがアレだけは許せない」


 片腕から降ろされながら私は彼がどうして捕まるようなへまをしたのか、わかってしまった。


「もしかして、私の推しだからすぐに殺しちゃいけないと思ったの」

「万が一、重要人物だったらまずいでしょう。あなたの算段が崩れてしまう」

「ああ、もう」


 自分に対する焼けるような怒りと、猛烈な罪悪感とそれでもこみ上げてくる嬉しさにどうにかなりそうだった。

 私の見通しが甘かったせいで、アルバートを危険な目に遭わせたのだと思い知った。

 けれど、本当に私のためにやってくれたのだ。この人は。

 私の意図をくみ取って考えてくれたのだ。こんちくしょうほんっとに私にはもったいないできた従者なんだよ。

 泣くのは後だ、こみ上げかける涙を堪えて、アルバートに言ってみせた。


「安心して。ヴラド・シャグランは推しだけど、その愉悦顔を徹底的に蹂躙してむごたらしく死んでいって欲しい系の推しだから」


 推しにも種類があるのだ。ひたすら幸福になって欲しい推しや、心が疲れているときによしよしされたい推し。私の推しはだいたいが幸せになって欲しい推しなのだが、その中でヴラド・シャグランは数少ない、気持ちよく死んで欲しい推しだった。

 いやあこんな衝動が自分にあるとは思わなかったもんだ。

 あまりにもすがすがしい悪役に対して感じるそれが、ヴラドに対しての愛なのだ。

 眼前で混乱するヴラドを見ると、こんなときでも自然と笑みがこぼれてしまう。


「魔界から渡ってきて数百年、今まで暴虐の限りを尽くして人間を家畜程度にしか思っていなかった存在がね? 自分の何十分の一しか生きていない取るに足らないはずのアルバートに勝てずに、頂点から追われるの。ヴラドが絶対だと思っていた概念をへし折られてどんな表情をするのか、ものすごくものすごく楽しみだったの」

「あなたは、本当に……時々恐ろしくなりますよ」


 アルバートが呆れたような苦笑をしている。えーなんで!?

 だって悪役がいないと、正義が映えないんだ。だからこそ私やヴラドのようなものが必要になる。

 悪役は、最高のタイミングで美しく死ななきゃいけない。

 そんな中で、ヴラドは遠慮もなく憎める最高の悪役だったのだ。

 普段悪役を好きにならない私がすがすがしくクソだと思えて死を願うとは思わなかった。自分が知らなかった新たな性癖をおしえてくれた特別なキャラクターなのである。

 うへへへとやに下がった私だったけど、あれ、なんでだろうな、ヴラドの顔色が悪くなった気がするぞ? まあいいやと私は満面の笑みでアルバートを見上げた。


「この状況はあなたとの情報共有を怠った私のせいよ。あとで全力で謝る。だから今はヴラドを遠慮なく、完膚なきまでにプライドへし折ってやっつけちゃって!」

「ええ、あなたのお望みのままに」


 アルバートはひときわ優美に一礼をするなり、床を蹴って飛び出した。


「貴様ら、どれだけ我を愚弄すれば気がすむのだ!」


 激高したヴラドがおびただしい数の血の短剣を生じさせ、一斉に投擲してくる。

 私はちょっと貧血気味でふらつく体に活を入れて、杖を振るった。


闇の盾ダークプロテクションっ」


 アルバートの前に真っ黒な盾が出現し、血の短剣を吸収する。

 闇魔法の特性を存分に生かした盾は、だけどほんの数本、受け止めただけでぼろぼろに崩れ去った。一つ当たるだけでもただではすまないだろう。


「こしゃくな!」


 青筋を立てて怒るヴラドによって生み出された血の剣の弾幕が、今度は私を狙ってくる。

 もはや壁のようなそれに、私は顔を引きつらせた。

 いや、わかってた! コネクトストーリーでは通常ボス扱いだけど、魔界からやってきて数百年間討伐もされずに君臨し続けているんだから、実質レイドボス級の強さがあって当然なんだよな!

 くそう、同じ系統の闇魔法だから圧倒的な質量と技量の差がわかってつらい。

 けど! こうなることは予想がついていたので!

 私はスカートの隠しに持っていた魔晶石をばらまくなり、すでに仕込んでいた魔法を一気にくみ上げる。


幻闇の障壁ダークウォール!」


 そこから魔晶石が転がった場所から、闇よりも深い色をした壁が立ち上がった。

 広々とした空間が遮られ視界が悪くなる。


 さらにもういっちょ魔晶石をばらまき、自分の周りに頑丈な防御壁を張り巡らせた。

 ヴラドは慢心しているけれど、馬鹿じゃない。

 私がアルバートのウィークポイントなことはわかっているんだから、私を狙ってくるのは当然だ。 

 だから先に私が防備を整える事で勝率が上がる。

 すべてアルバートが全力で戦えるだけの場を整える布石だ。

 アルバートは剣士じゃない。魔法使いでもない。 

 戦闘スタイルは、遊撃手。得意分野は暗殺だ。

 真っ正面から突撃して切り結ぶのは下策中の下策。相手を翻弄し、隙を突いての一撃必殺が彼の領分。

 だから、こうして強力な敵に遭遇した時の私の役割は、彼が十全に戦える場を整える事だ。私は外に出している影を通して、いつでも援護に回れるように注視する。


 アルバートは私が作った壁の間を縦横無尽に駆け抜け、身を翻し、あるいは腰の短剣を両方引き抜いて降り注ぐ血の剣をさばいていた。

 黒髪が翻り、着込んでいる上着の裾が翻る様すら美しくて思わず見とれる。

 よけきれなかった刃が全身を浅く切り裂いていっても怯む事はない。

 よけた血の剣が液体に戻って飛び散り、アルバートの白い頬を汚すけれど、彼は全く表情を変えず、ただ赤みがかった紫の瞳に燃えるような闘争心を宿して突き進むのだ。

 正直、戦いの場に居ることは今でも慣れないし怖いと思う。だけど、アルバートのぞっとするほどの妖艶さを帯びた戦いぶりは、彼の最も美しい姿を引き出していると思う。

 私は壊れた闇色の柱を補充しながらも、アルバートの美しさと剣さばきに見とれていた。

 なかなか彼を捉えられないヴラドが、苛立ち激高する。


「小癪な、我と顔を合わせる度胸もないか!」

「まさか、たどり着いたぞ」

「!?」


 完全にヴラドの死角から躍り出たアルバートが短剣を振るう。

 すぐさま反応したヴラドが、生み出した血の長剣で迎え撃った。

 硬質な音が高らかに響いた次の瞬間、私じゃ目で追えないほどのすさまじい応酬が繰り広げられる。

 アルバートは血を取り込んで身体能力は互角になっているし、なにより彼は剣以外にも体術やフェイント、ありとあらゆる手を使って相手を制圧する事に長けていた。

 床を砕き、衝撃波すら飛ぶそれをアルバートは紙一重で避けながら短剣を振るい、隙あらば蹴撃を見舞う。

 これで互角になるかに見えたが、ヴラドは怒りを覚える余裕があった。


「よくも我に剣を抜かせたな、下郎」


 吸血鬼の身体能力は人間よりもはるかに上だ。たとえさっきみたいな数に物を言わせるような血の剣を生み出せずとも十分脅威なのだ。

 ヴラドの低く這うような声音にかまわずアルバートが短剣を振り抜いたが、ぶわとヴラドの体が霧状になる。

 吸血鬼の固有能力である霧化だ。

 渾身の力を込めて打ち込まれるはずだった短剣が空を切り、アルバートが体勢を崩しかけた。

 すぐに立て直したアルバートの首筋にするりと男の手がまといつく。


「今のお前に通じんと言うのであれば、再び食らわせてやるまでよ」


 アルバートは逃げようと身を引いたが、霧の中から姿を現したヴラドがアルバートの腕をつかみ牙を突き立てるのが先だった。


「っ」

「ぐっあぁあぁあぁあああ!!!???」


 アルバートの押し殺したうめき声をかき消すように、ヴラドが彼を突き飛ばすようにあとずさった。

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