27 侍と刀はワンセット

 一体全体どういうことだ。

 アルバートからも私の姿が見えるらしく、こちらを向いた一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべた。手首が縛られているのが見える。

 うっちょっと、ほんのちょーっとだけ。美味しいなと思っちゃうけどそれ以上に、ヴラドの言葉にちょっとむっときた。


「頑張ってアルバートをしてくれたからつい見入っちゃったけど! はじめから気づいていたから!」


 コスプレ的に!コスプレ的に! 頑張ってくれたのならわかっていてもスルーして愛でて楽しむ習性がヲタクにはあるんですっ。

 どっちみち後出しじゃんけんになってしまうけども! 私が主張すると少し強ばっていたアルバートの表情が和らいだ。


『ほんと、あなたがいつも通りで、不本意ですが安心しました……』

「そうよアルバート! 無事で良かったけどなんで縛られちゃってるのよ素直に美味しいって言えないじゃない!」


 私が叫ぶとアルバートはまた口を開きかけたが、声を発する前にヴラドが不機嫌そうに言った。


『我は発言を許しておらんぞ。


 とたん、アルバートが苦しげな表情を浮かべて黙り込む。

 ここもゲーム通りなのか。私は顔をしかめた。アルバートの服装は一戦交えたにしてはきれいだ、それはヴラドが持つ血の拘束にあらがえず、ろくな抵抗ができなかったからだろう。

 そんなアルバートを見てヴラドは満足げな表情になる。


『はは、ダンピールにも関わらず血の拘束にあらがえぬとはやはり面白いのう。だが、ようやくわかっただろう? 我に呼ばれるたびにその血が逆らえぬと叫ぶのを。血潮を巡らせる心の臓を食い破る痛みがあろう? 早うあきらめるが良い。さすれば思う存分愛でててかわいがってやろう』

『男に、かわいがられる趣味、は、ぐぅ……』


 アルバートが無理矢理従わされる。

 ぎしり、と体の内部がきしんだ気がした。


『ふむ、反抗的だな。中途半端に混ざっているせいか、魅了は効かぬのが面倒だ。で、あれば、その主気取りの小娘が取るに足らぬ芥のように蹂躙されるところでも見れば変わるか?』


 つまらなさそうに、頬杖を付いたままヴラドは私を睥睨する。


『では、小娘。我が眷属を許可もなく従えていた罪をあがなえ。せいぜい無様にのたうち回るがよい。……万が一、我の元にたどり着いたら褒美を考えてやろう。さあアルバートや、我の眷属になれば、かわるやもしれんぞ?』

「っ!」


 ぶつん、と映像が切れたとたん、千草が私を背にかばう。

 あたりからあふれるのは魔界の邪悪な魔力だ。

 それを引き連れてやってきたのは、ゾンビみたいに足下のおぼつかない人間の形をしたもの。ヴラドの眷属吸血鬼となりはてた元人間だった。

 その中に、ふとカジノで私の隣に座っていた青年貴族の顔を見つけて私は真顔になる。

 貧民の血なんて呑みたくないとのたまうヴラドだから、上流階級の人間を引きずり込んだんだ。

 というかこういう粗雑な眷属は、完全に精神が破壊されているから知能がほぼゼロで二度と普通の人間には戻れないんだって知ってる! ゲームの説明で見た!


「エルア殿、ここは拙者が片づけよう。お早く脱出されるよう。あの吸血鬼は尋常ではない映像ごしでもあの気当たり、おそらく勇者のような英雄でなければ太刀打ちできぬ」


 私をかばう千草の表情は鋭くすがめられている。その表情に余裕はない。ヴラドの脅威を正確に把握しているのだろう。

 だけど、彼女は私と目が合うと、金の瞳を緩めるのだ。


「アルバート殿は拙者が取り戻すと約束しよう。一宿一飯の恩義と、この萩月を取り戻してくれた恩を返す。貴殿にとってアルバート殿は主従を超えた大切な存在なのであろう」


 私は息を呑んだ。

 ああもう、千草は今、当たり前のように私のために命をかけようとしてくれているのだ。

 悪人である私のために、自分と萩月と今までの一宿一飯の恩義のために。こういう頑固なまでに義理堅い姿勢が彼女の美徳で、美しさで、尊さで、私が好きになった所だった。

 ぐっとこみ上げるものがあったけれど、私はそれよりもと、千草の腕をつかんだ。


「恩を返してくださるのなら、私に、その刃を振るってくれますか」

「エルア殿?」


 私を見た千草の顔が驚きに染まるけれど、かまわず見上げる。


「私の従者なので、私が迎えにゆくのが道理です。というかこんなに喧嘩を売られて黙っている訳にはいかないんですよ」

「貴殿は、」

「もちろん死にに行く訳じゃないですよ。そっちの方が絶対に生き残る確率が高いから言っています。なによりアルバートを連れ帰らないのもあり得ません」


 と言うかアルバートを連れ帰らない限りバッドエンド確定だ。それ以前に私が、いやなのだ。

 コネクトストーリーは起きてしまった。でも勇者はいない。

 ならば誰かがやらなくちゃいけない。こんがらがったストーリーでも。

 それができるのは、今この場に居る私で。

 なにより。


「そもそもうちのアルバートの良さみを一切わかっていない人に語られたくないんです!」

「ふふふっあはははっ!!!」


 突然、千草が笑い出した。心底楽しそうに何かを吹っ切るみたいに。

 うえ、なんか面白い所あったかな!?


 私が目を白黒させている間にも、ゾンビ吸血鬼達が活きの良い餌である私達目指して走ってくる。

 まっず!と焦っていたけれど、千草が朗らかに私を見て言うのだ。


「そうか、ようやくわかったぞ。貴殿の悪は、愛した者を守るための悪なのだな」

「い、いやそんなたいそうなものでは」


 え、あ、え? あの? 千草さん?

  すんごくすっきりした顔をしていらっしゃいますけど、後ろに吸血鬼がってうえええ!?


 千草の手がぶれたと思った瞬間、吸血鬼は両断されていた。


「この者らはすでに魔物となっておるな。せめて黄泉路へと送ってやろう。では、エルア殿指示を」

「私がアルバートを迎えに行くまでの、露払いと攪乱をお願いしても?」


 展開について行けないながらも私が反射的に言うと、刀を一振りした千草は、こんな場所では場違いなほど快活で楽しげで、驚くほど気負いのない笑みで応じた。


「承った。我が手には萩月がある。兎月とげつの妙技、披露しよう」


 しかし、その一瞬で、金の双眸に血に飢えた獣の野生がむき出しになる。

 淡い月色に色づく耳がぴんと立ち、千草の体が地面すれすれまで深く沈み込み。


 刹那、彼女は

 襲いかかろうとしていたゾンビ吸血鬼はおおよそ十。

 そのすべてが一瞬で両断されていた。吸血鬼の体は吹き飛びあっという間に塵と化す。

 私のはるか向こうで残心をしている千草の手にある萩月の、とろりとした金色を帯びた刀身が優美にランプで照らされていた。


 私の心が高揚する。それは、ゲームで何度も何度も何度も見た、超高速剣術、兎速の奥義、月兎げっとだ。

 月の兎が跳ねるように、敵を蹂躙する。


「我が牙の速さに敵う者なし」


 この世界の慣用句に、「兎に牙を持たせるな」というのがある。それは足が速く体が柔軟で聴覚が優れている兎に、その上牙まで持たせたら手がつけられない……どんな猛獣よりも恐ろしい物になる、と言う意味だ。

 己の牙である萩月を持たせた彼女に追いつけるモノなどいない。

 知っている。個人で出せる火力では並み居る猛者達の中でトップの攻撃力を誇ったのだ。


 萩月の刀身を肘を曲げた間に挟み、腕の袖で拭った千草は、照れくさそうに私を振り返る。


「どうでござろう、貴殿が見たがっていた兎速は」

「あい、最高でした」


 感極まった私が口元を押さえつつ、片手でぐっと親指を立ててみせると嬉しそうに笑いながらも、刀を構え直す。

 わらわらと現れる吸血鬼を横目に、言った。


「萩月を持った拙者に触れられる者などおらぬ。さあ、エルア殿、先へ進まれよ」

「ありがとう千草さん!」


 心からの感謝を込めて言った私は、アルバートとヴラドの居る場所へと走り出す。

 萌えた、ほんっとうに感動した。生の兎速を見られるなんて外で叫び回りたいくらいに嬉しい。

 だけどそれに浸れないほど、私は自分自身に怒っていた。

 アルバートにはコネクトストーリーの存在を教えていたが、彼自身に起きることまでは教えていなかった。

 だって、彼は私がゲームストーリーという運命をゆがめてしまった存在だ。

 だからゲーム通りにコネクトストーリーが起こせるかもわからなかったから、徹底的に検証してからやりたかった。

 でもそのせいで、この事態を避けられなかった。


「しかも私が推しの足手まといなんて最悪すぎる」


 ヴラドはあの言動から察するに、アルバートをほしがっている。

 だからアルバートの心を完膚なきまで折り自分の人形とするために私を引きずり込んだのだ。

 ヴラドがいつからアルバートに目をつけていたかわからないけど、要するに私が彼の心を折るのにふさわしい弱点と判断されたことが悔しい。

 まあそうだよ私の闇魔法、地火水風光闇とあるなかで攻撃系のスキルが少ないから戦闘面では雑魚でしかないからな!

 それでも譲れない所はあるし、ものはやりようだ。 

 

 ヴラドだって好きなキャラだった。本編通りの悪っぷりにテンションも上がった。

 でもだめだ、だめなものがあるのだ。

 ぐっと胸を押さえた私は、肌に張り付くようないやな魔力の気配を感じて、廊下の向こうから再びゾンビ吸血鬼がゆらゆらと現れる。


 この眷属の吸血鬼は、人間の生命力やゆがんでいない正の魔力に強く反応する。

 千草に盛大に兎速を使って引きつけてもらっていても、私にも集まってくるのは道理だ。

 くそう、もやもやとしている理由が、なんとなくわかってしまって頭を抱えたい。だがそれは後だ。

 胸に濁るこの感情に胸を押さえながらも、私はぐっと顔を上げた。



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