26 思わぬ遭遇と推しの誤算
その後はオークション会場から、千草と共に離脱した。
もちろんオルディ一家の全員と面識があるわけじゃないので、襲われたり捕まえられかけたけど、千草が全部退けてくれた。めっちゃ助かった。
私も装飾品に仕込んでいた魔晶石で魔法を使うつもり満々だったけど、出番なんてまったくなかったので、今後について考える。
テベリス伯爵以外あの超VIP席には居ないようだ。
気にはなるが、状況が変わった今は居ないほうがずっと良い。
このままだと抗争に巻き込まれるからさくさく離脱だ。美術品やら売られちゃう人たちも誘導して安全を確保したいところだけども。
さくさく私が影で盗み見した金庫を開けて、萩月分のお金を回収する。
後はアルバートと落ち合うだけだ。
右耳の耳飾りから彼の居場所を探ろうとしたけれど、手応えがない。
繊細な魔法だからしょっちゅう誤作動起こすし元々補助的な道具だ。いくつかの逃走パターンは決めてあるから困んないけども。
パターン2を実行しよう。
「千草さん、私のどこかに捕まっていてくださいね」
千草にそう声をかけて、私はアルバートと落ち合う約束をしているポイントまで影で飛ぶ。
テベリスの屋敷から少し離れた路地だ。
ここが会場だとわかっていたから、先に目印を準備していたんだよな。
すると夜の闇に紛れるように人影が現れる。
「エルア様、ご無事でなによりです」
衣装はオークションのスタッフ仕様のままだが、変装をほどいたアルバートだった。
そのままゆっくりと歩いてくると、優美に頭を下げてくる。
「こちらは滞りなく用件を済ませております」
「……! うん、ご苦労様。じゃあ行きましょうか」
顔が良いし感動するしどきどきしちゃう。けど私がそう促すと、彼は少し申し訳なさそうに眉尻を下げて私の手を取った。
「ただ、申し訳ありません。追っ手を振り切るのに少々手間取りまして。情けないのですが少々供給して戴けませんか?」
ふおおお……!? めちゃくちゃ積極的!? しおらしくしながらも、断られることなど微塵も感じていないこの強気!
まさに!アルバートではあるまいか!?
ほら手を取ったあと、腰に手を回してなで上げるなんてどこの色男テクだよ。私が体感して良いやつじゃないでしょというか壁になって客観的に見たいっ。
いいなこれ、すごく良い! 新鮮で萌えるっ!
私が脳内に萌えの花をあふれさせている間にも、彼は引き寄せた私の手に唇を落とそうとする。
うわああ! と、ときめいちゃうっけど!
「あなたはだめだよ」
私は眼前の彼を影で縛り上げた。
「っ!?」
彼は私を突き飛ばして離れようとしたけれど、私が彼の影を縛り上げる方が早いし、なにより彼の首筋に抜き身の刃が当てられていた。険しく目をすがめた千草だ。
だって今は夜。光源は月明かりだけの中、私は少し思考するだけでこの闇を操れるのだから。
たちまち身動きの付かなくなった彼が険しく目をすがめる中、私は胸の高鳴りを押さえる。
「エルア様、お戯れはやめてください」
「いやぁほんと完成度高い。すごいときめいた。でもあなたに噛まれたら私眷属化すると思うんだよね。それはだめ」
アルバートは一応ダンピールで、能力的には不安定。さらに私が自分の魔力ではじけるから眷属化の心配もなかったけど、本物の吸血鬼じゃ怪しいし、私だって見ず知らずの吸血鬼に吸われる趣味はない。
アルバートのそっくりさんが一歩踏み出した瞬間から警戒していた千草は、私のゴーサインで動いたのである。
彼女は殺気を露わにしながら私に問いかけてくる。
「こやつはアルバート殿ではないが何者か」
「うん、たぶん吸血鬼」
「吸血鬼……魔界より去来しておる魔物のか!?」
「この人は私の魔法でつかまえられたくらいだから、眷属だけどね。でもまともに会話できると言うことは、真祖あたりから直接血を分けられた強めの個体だから、四肢を切り落として……いや首まで落として無力化してほしい」
この世界の吸血鬼は等級がある。
魔界で生まれて親を持たぬ、それだけで確立された真祖。
その真祖に血を吸われると、体を作り替えられて眷属というその吸血鬼の配下となる吸血鬼になる。
そして、眷属の吸血鬼も他人の血を吸えば吸うほど、眷属が増えれば増えるほど吸血鬼としての力を増していくのだ。
で、眷属の吸血鬼も人間よりも身体能力が優れるところから、銀の武器や聖女の使う浄化の魔法を使わない限り首を落とされても死なない所まで行く。
ここまで正確に体格から声色、仕草までアルバートに似せられるのだ、かなり古く力をつけた吸血鬼だ。
首を落としておくのが安全だ。
容赦なんかしない。だって、ここにこうしてアルバートの情報を持っているということは、彼らはアルバートに接触したのだ。
そして彼の記憶を少なくとも、私に対する呼び方対話の仕方がわかるほど深いところまで魔法を使って暴いたはずだ。
彼は手に落ちたと考えるのが自然である。
だから私はアルバートの姿をしたそれをのぞき込んだ。
「ねえ、アルバートはどこ? いわないなら」
「エルア殿っ!」
闇魔法の拘束範囲外、つまり顔が動く。
刀を抜き放った千草が彼を両断する。けれど、そのまえに男の顔が明らかにアルバートが浮かべない卑屈さを漂わせながらも嘲りに表情をゆがめた。
「我が君のために!」
ごぽりと、彼から血があふれたとたん、彼を中心に展開された魔法に私と千草は飲み込まれた。
立っている場所が溶け崩れるかのような浮遊感の後。目を開くと、そこはどこかの屋敷の通路だった。
「エルア殿、ご無事か!」
「だい、じょうぶ。うんだいじょうぶ」
半ば千草に抱えられるようになってめちゃくちゃ動揺してたけど、千草が心底ほっとした顔しているのにきりきり罪悪感がわいてくる。
うう、わかってるそういう場合じゃないのはわかってる!
千草と共に私が周囲を見回すと、数人が手を伸ばしても届かないほど広々とした廊下の壁には乏しいながらも等間隔にランプで照らされており、華美とも言える装飾が見えた。
絵画や像、美術品が並んでいるからギャラリーだろう。良く貴族の屋敷では広々とした廊下をギャラリー風に作り替えることも良くある。
しかし、飾られている美術品はどれもこれも悪趣味だ。
だって生首を掲げてうっとりしている女性だったり、化け物が人間を踏みにじったりしている絵なんてぞっとしないだろう?
明らかに悪意を以て描かれているそれよりも、もっと違和があるのは窓だ。
こんな立派な屋敷にならば必ず付くはずの大きな窓があたりを見回しても一つも見えない。
意図的に作らなかったとしか思えなかった。
だけど当然だ。この世界の吸血鬼も日光を嫌うのだから。
「エルア殿、拙者から離れぬよう。害意ある者の気配がする」
完全に事態を把握できずとも、私を守ろうとしてくれる千草の姿勢にきゅんときていたが、私はだいぶ混乱していた。
見覚えがなくても見覚えがある。
だけどもこれは……。私が考えをまとめる前に、ヴン、と空気が重く震える音と共に、虚空に人間が現れた。
ゲームとかアニメでよくある立体映像っぽいやつで、そこに映っているのはぎょっとするほど冷たい美貌の男だ。
熟練の職人が細工したような黄金の髪に、いっそ不気味に思えるほど完璧に整った顔立ちには一切の人間的な感情の色がない。
贅沢でありながら気品のある貴族服が恐ろしいほどよく似合い、尊大に足を組み肘掛けに頬杖をついてこちらを見下ろすしぐさがしっくりとくる。
まあ要するに、すべての人間を虫けらくらいにしか思っていない絵に描いたような人外系スーパー俺様だった。
『我が城へようこそ。エルディア・ユクレール』
「……お初に、お目にかかります。ヴラド・シャグラン。魔界からやってきた始まりの吸血鬼にして
『おや、我を知っていたか。猿にしては生意気だ』
心臓が痛いくらい脈打つのを感じながらも呼びかけると、ヴラド・シャグランは、わずかに眉を動かして、こちらへ興味を示したようだ。
うん、知ってる。この人間を言葉を話す動物くらいにしか思っていないエベレスト級のプライドの高さ! 彼は、アルバートのコネクトストーリーに登場するボスキャラだった。
ひぐ、顔が良い。それぞれのコネクトストーリーに出てくるボスってびっくりするほど立ち絵が豊富で、お金の使いどころがおかしいとかいわれていた。特にこのヴラドはこのガチャキャラになり得るほどのドイケメン立ち絵になっていて少なからずファンが付いていたものだ。
かく言う私もときめきました!!! 虫けらを見るような冷めた眼差しがとても、おいしかったんだ……。
「ええ、存じていますとも。裏社会の人間ですら、茨月の名を聞いたとたん逃げ出す恐ろしき人。夜よりも濃い闇にその身を浸し、気まぐれに現れては、冒涜的な遊戯に興じる。一度目をつけられればただの人間では蹂躙を甘受することしか許されず、ただ死よりもむごい最期を迎える。それでも崇拝者が絶えないのは、あなたがもたらす不老が魅力的だからでしょう」
私がそう言うと、ヴラドはゆったりと口角を上げた。
うわああ、画像越しでも感じるこの冷えた威圧感んん! 魔界から空いてしまう門を通じてやってくる魔物は、門が「より強い魔物は、それに比例した巨大な門でなければくぐれない」という性質上たいてい弱いものが多いけど、ヴラドは違う。
自分で自分が通れるほどの門を自分で作り、こちら側にやってきた。理性も教養も知恵もあり、ただモラルが完全に死滅している化け物なのだ。
彼が関わっているのなら、カジノの奇妙な経営形態も、オークションのやたら緩い管理体制もようやく納得できた。
だって、ヴラド・シャグランは人間を食料兼遊び道具としか思っていない上、趣味といえば、粋がっている猿(=人間)のプライドをばっきばきにへし折って尊厳を踏みにじり、跡形もなく堕ちていく姿を眺めるのが大好きという真性の加虐趣味だ。
だから、貴族の子弟をカジノで破産させたり、千草のような人を喧嘩賭博の選手にしたり、あと一歩の所で変態貴族に買われていく大事な人の絶望する顔を見るために、被害者家族がオークションに入れるように仕向けたりしていたんだよ。
甘かったのは、その後がどうなろうと心底どうでも良かったから。
そうしてぐずぐずに踏みにじられて、すがりつく人間の血が一番おいしいとか言って血を吸い尽くす。
うわああ実際目にするとすさまじい鬼畜生っぷりだし、悪役っぷりだよな。
私が知っているかぎり、ヴラドの登場はアルバートのコネクトストーリーだけだったけど、本編ストーリーのいくつかには、裏に彼がいたのではと話す考察班も居たくらいだ。
だってそうだよね!?だって魔界では幹部クラスの魔物。魔族と称される存在だもの!
いやまて、おちつけわたし。おかしいんだ。
彼が現れたと言うことは、アルバートのコネクトストーリーに入ってしまっている、それは確定だ。
この悪趣味な屋敷の背景もなんとなく知っている。
ゲーム内での彼のストーリーは、ダンピールでありながら吸血鬼の力をもち、唯一克服できなかった太陽の光を浴びて平然とするアルバートに興味を持ったヴラドが、アルバートの大事な人……つまり主人公をさらう。
そしてこの屋敷にやってきたアルバートに様々な刺客を送りつけなぶり殺されるのを楽しむ遊戯をしかけるのだ。
満身創痍になりながらも勇者の元にたどり着いたが、能力の使いすぎで吸血衝動に襲われるアルバートに、ヴラドは悪魔のようにささやくのだ。
「助かりたければその食料を食べれば良い」と。
まあ?そこで苦悩するアルバートに勇者が最高のときめきをくれた上で、一緒に真祖ヴラドを倒してハッピーエンドなんだけども!
だけど、と私がおめめぐるぐるにしながら考えていると、ヴラドがこちらを睥睨しながら吐き捨てる。
『時に小娘、そなたは我の眷属を下僕として扱っているそうな。混ざり物とはいえ我が同胞を人間の分際で従えるとは極刑に値する。この黒髪も紫水晶のような瞳も美しい。このようなものを死蔵していたなど罪深い。これは我にこそふさわしい』
そんな顔が美しくてスペックが高くないと許されない言葉を語りながら、ヴラドは椅子の隣を流し見た。
彼の魔法によってか、暗がりに沈んでいたそこが明るく映される。
やつの椅子にもたれかかるように座り込んでいるのはアルバートだった。
すでに変装はほどけており、服も髪も乱れている。
無表情で黙り込むアルバートに向けて、ヴラドが話しかけた。
『なあ、アルバートや、そこな娘は我の眷属を見破るのにずいぶんと時間がかかったではないか。ただの人間ではその程度だ。こうして我の転移魔法すら防げぬ。お前が主と仰ぐ猿はこれでも仕えるに値するのか?』
はいここで私の立ち位置とアルバートの立ち位置を確認しよう。
アルバート、囚われの身。
私、探す側。
入 れ 替 わ っ て ま す ね ?
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