25 二次でいっぱいみた!

 そのカフスは、身につけている衣服にはほんの少し不釣り合いかもしれない重厚なものだ。

 赤みがかった黒い石に、金色の文様が彫り込まれている。

 私に血の気が引くのを感じた。

 三日月に茨が絡み、赤い薔薇の花が咲き誇る厨二病的意匠のそれを、私は知っていた。

 いやというほど知っていたのだ。

 この一連の騒動で感じていた疑問がすべてつながって行くと同時にこみ上げてくるのは炙られるような焦燥だ。

 ああそうだよ、なんでわざわざ被害者を招き入れたり、裏社会らしくない行動をしていたりするか。わかるよ。わかる。

 あの方が関わっているんだったら、こういうことする!


 その紋章は、とある魔物の配下であり餌の証だ。裏社会でもごく一部しか知らない秘匿された存在の、古くから厳然とそこに息づく闇の存在。

 数百年前に魔界から人間界に渡りながらも、討伐されることなく人の中に紛れ、暗い闇の底で人間を食らい、あざ笑い、もてあそんでいる。

 人間を蹂躙する側にも関わらず、その絶大な力と恩恵によって崇拝の対象にすらされている。

 でもおかしい。このキャラはコルトのコネクトストーリーには出てこない。

 出てくるのは、アルバートのストーリーのはずで……

 気がついて血の気が引いた。


「コネクトストーリーが、混ざってる?」


 あるいは二つ同時に起きつつあるのだ。アルバートと、コルトヴィアのストーリーが。

 だとすれば今はまずい。だってアルバートは勇者であるリヒトくんともユリアちゃんとも接点がない。

 なにせアルバートは私が歩むべきストーリーを変えてしまったんだから。しかも今はコルトのコネクトストーリーが進行している。

 今この状況でアルバートが彼のコネクトストーリー通りに会わせてしまったら何が起きるかわからない。

 どころか、あのストーリー上、勇者がいない状況でアルバートが遭遇したら致死率が高すぎるよ!?


 私は即座にスタッフにつなげていた魔法をぶっちぎる。

 一刻もはやくアルバートをこの場から離脱させなければと耳飾りを使おうとした矢先、それが震えた。右耳はアルバートだ。


『エルア様、不測の事態が起きました』

「何があったの!? 無事!?』

『……? 俺は問題ありません。が、王子が捕まりました。できる限りのカバーはしましたが、お早くオークション会場へ』


 な ん だ っ て !?

 私は耳飾りの魔法を維持したまま、即座に千草を振り返る。


「千草さん、戻ります!」

「あいわかった」


 千草は私の態度ですべてを察してくれたんだろう。

 ぎりぎり品が損なわれない程度の早足で、会場へと戻る。

 けれどVIP席はここからだとかなり遠い、あ、でも一般席ならすぐ近くだ!

 そうして一般席に通じる扉を開けたとたん、歓声と異様とも言える熱気に包まれる。


『さあ、突然ですが特別商品の入荷がございました! お客様にご愛顧戴いております当オークションを暴こうと侵入された犬でございます! 血統書は付いておりませんが、毛づやは大変よろしい若い男でございますよ!』


 そんな説明がされている舞台には、手足に革製の枷がはめられた軍服風の衣装のスタッフが転がされ、押さえつけられていた。


 美しい金髪は乱れ、仮面はすでに外されて屈辱と動揺に顔をゆがめているのは、ウィリアム・フェデリーだ。


『お目当ての獣を逃してしまった方も、血統書付きのしつけの良い獣には手が出なかった方も、一度ご検討戴けましたら幸いです! 負けず劣らずの美しい獣をご覧ください!』

「……なんと、醜悪な催しか」


 千草が顔をしかめて吐き捨てるのには完全同意だ。


「時間とお金に余裕があって自分が特別な存在と思っている人間が、次に考えることなんですよ。自分の好き勝手にできるお人形が欲しいって」


 そうこのオークションでは、どこからか捕まえてこられた希少な種族や、見目麗しい美女や美青年、少年少女がまるで動物のように出品されていた。


 ウィリアムだって二十代前半だ。美男子だし、まだばれていないけれど血統書どころか由緒正しい王子様だ。毛づやはよろしいのはもちろん、長年の帝王学で身につけた教養と所作はそんじょそこらの貴族とは比べようがない品がある。


 あまり興味なさそうに思えた、上流階級の客達がこぞって前のめりになるのが感じられた。

 そりゃそうだろう、飛び入りとは思えないこんな極上の商品を前にして、しかも着飾りがいもあり、プライド高そうな勝ち気な顔立ちでなぶりがいもありそうで、何より美しい。

 ここにいるのはこの世にある贅沢を味わいつくしながら暇をもてあましている権力者。いわゆる人でなしだ。

 檀上に上げられたウィリアムも、参加者達の新しいおもちゃを見つけた子供のような無邪気さとそれには不釣り合いなどろどろとしたむき出しの欲望をぶつけられて怯んでいる。

 そんな顔したら逆効果だよ。いじめがいがあって、プライドのへし折りがいがあるって言ってるようなものだから!


 けれども私も言いしれぬ昂りを感じているのだから大概だ。

 ほんっとまったく、こんな時でもアルバートは私の趣味のツボを的確にえぐってくれる。

 萌えたおかげでちょっと冷静になれたじゃないか。


『処分される前に、心が折れる残虐な方法を取れば良いと提案して事なきを得ました』

「ほんと良い仕事をしてくれたわ、アルバート」


 私が即座に返すと、耳飾りのむこうでアルバートが苦笑するのを感じた。


『あなたならそういうと思いました』

「エルア殿……?」


 千草が驚いて青ざめて見ていたけれど、私は目の前の光景に釘付けだった。

 だって、そこには二次創作でいっぱいみた。闇オークションに出品される推しシチュエーションがあるんだぞ!?

 私だってな、私だってな! ヲタクやってれば薄暗い欲望の一つや二つ三つや四つくらい抱くんだ。と言うか煩悩に満ちあふれた欲望ばかりなんだよ!

 そのひとつである、「推しをオークションで競り落とす」が目の前に! そして大義名分付きでできる状況なわけだ!

 これでテンション上がらないわけないだろうこんちくしょう!


『さあ五百万セイルから! どうぞ!』


 司会の言葉と共に、こぞって札が入っていく。

 私は否応なく高揚するのを感じながらも抑え込んで、これだけは言いつのった小さい声でアルバートとの会話を続けた。


「アルバート、こっちは任せてちょうだい。それから予定変更。あなたは今すぐこの場から離脱して」

『エルア様? ですが』

「なにがなんでも。良いわね」


 私が語気を強めに言うと、耳飾りの向こうでアルバートが息を呑むのを感じた。


『あなたの推しがいるんですね』

「……ほんと有能なんだから。お願いよ。落ち合う手はずはいつも通りに」


 私が耳飾りの通信をぶっちぎると、今度は左の耳飾りに手をやってつなげた。


「コルト、聞こえる」

『……っ君か』


 隣にリヒトとユリアがいるからだろう、小さく焦った声が聞こえたから、一方的に用件だけ伝える。


「あの子は今から私が確保する。突入の準備をお願い」

『なんだって、まっ……』


 コルトとの対話を切った私は、千草を振り向いた。


「じゃあついてきてね、千草さん」


 にっと笑って見せると、千草は戸惑いながらもうなずいてくれたので充分だ。

 私はドレスを翻し、悪徳姫……いや、悪役としての仮面をかぶる。

 さあ! 悪役として、推しの晴れ舞台を演出しに行こうじゃないか!


『一億になりました! 他に入札者はいませんか!』


 一億というと良いところに屋敷が買えてしまう金額だ。顔の良い奴隷の相場が普通の人の月収の10倍くらい。飛び入りで、こういう所での相場としては高い方である。

 けれども、ウィリアムにつける値段としては……。


『いなければこちらで入札と』

「十億」


 安すぎるのよね。

 見えやすい観客席の通路にいる私が、オークションで決められた指サインを上げると、しん、と会場が静まりかえった。

 まあ、そうよね。私が上げた金額、さっきの十倍だし、なにより今日の最高額だろうから。


『じゅ、十億で、お、お間違いないでしょうか』


 動揺した司会がこういう所では異例だが話しかけてくる。けれど私は千草を引き連れて、舞台へ向かいながら答えた。


「あら、足りなくて? それともわたくしが払えないと思っていらっしゃる?」

『い、いえそれは』


 ああ、冗談って思われている? まあそうだよな。なら証明しとかないと。

 と言うか折角だから! こういうところでのお約束は全部やっとこうか!


 カツコツと歩いていき仮面の下だけど微笑みながら、舞台に乗った私はちょいちょいと千草を呼び寄せて、鞄を受け取るなり、どっと札束を撒いて見せた。


 ばらばらとお札が舞っていくなかで、ウィリアムが呆然としている。

 これも一度はやってみたかった! 札束乱舞!

 まあ萩月が思ったよりも安く手に入ったから余った分なんだけど。


「ひとまず手付けで一億、残りは小切手でよろしくて?」

『か、かしこまりました! では十億! 十億で入札が入りました! これ以上の入札がなければ確定となります! ……いませんか、いませんね、では確定となります!』


 かんかん! 興奮した司会によってハンマーが鳴らされたとたん、会場からは爆発のようなどよめきがわき起こる。おや、もっと出しても良かったんだけど。

 あ、でもだめだわ、総資産をどれだけ削るつもりかってアルバートに言われちゃう。


 まあいいや、ともあれ落札できたんだから、と私は手足を鎖で繋がれたウィリアムに近づく。

 ウィリアムは、自分が商品として扱われたことと、何より落札されて見ず知らずの人間のものになった衝撃で呆然としていた。

 けれど落札した側である私をにらみ上げてくる。ああもうそんな顔したらドS系のひとを刺激するでしょ! 私は全くそんなことないけど!ただ推しが手かせはめられてるのも背徳的だなって思うだけだけど!

 ……いや自分でもどん引くなこの思考。


「貴様……私は屈しないぞ」


 未だに反抗的な眼差しだ。うふふ、本気で屈しないつもりまんまんだし、他の誰よりも耐え抜くだろう。精神力お化けだからな、彼。

 まあでも? 私はウィリアムの手首を拘束する鎖を無造作にひっぱって、こういう所のお約束そのにを実行した。


「その矜持、どこまで持つか楽しみだわ」


 体勢を崩した彼の顔を覗き込むと、痛みに顔をしかめた。

 うわああああごめんねえええ! でもめっちゃ必要だから!ここで周囲に悟られるのまずいからね!

 ふんふん、やっぱこの手かせに魔法が使えないように術がかけられているな。だからウィリアムは抜け出せなかったのか。良くある良くある。

 とはいえウィリアム、剣士としても凄腕だからな、このまま暴れられるのも困る。

 だから、私は今にも私に噛みつかんばかりの彼を煽るように顔を近づけつつ、小声で話した。


「友達が助けてくれるまで、そのままで」

「……っ!?」


 ウィリアムの美しい青の目が見開かれる。

 その時、左耳からコルトの通信が入った。 


『行くぞ、友よ』


 ばんっと、一斉に会場の出入り口が開かれるなり、黒服に身を包んだオルディ一家の構成員達がなだれ込んできた。

 たちまちパニックになる中、だん、と座席の上に立ったコルトが、隠し持っていた杖を掲げる。

 先ほどまでの儚さなどみじんもない。表情には覇気に満ち、好戦的に唇をつり上げる姿はいっそ扇情的で阻む者すべてを殺し尽くすような苛烈さがあった。


「よくも我らの領域でこれだけの狼藉をしてくれた、だけでなく私の家族を害した罪は重いぞ」


 言うなり、コルトは会場背後にあるマジックミラー的な壁へぶっ放した。

 エルフである彼女の渾身の一撃は防護魔法を使っていただろう壁を見事に破壊し、ばらばらと砕け散らせる。

 その向こうにいた、贅沢な貴族服を身にまとった狡猾そうなおっさんに向けて、コルトはにいっと加虐に満ちた笑みを浮かべた。


「さあ、血のあがないをしてもらおう」


 うああああああコルトヴィアの決めゼリフううううっふっうううう!!!

 向けられていない私でもちびるレベルの殺意120パーセントおおおお! これが滾らずにいられようか!

 これが見たかった。ありがとう、協力したかいがあった。


 許されるのであればこの場で膝をついて拝みたいのだけど、そうはいかない。

 なだれ込んできたオルディ一家の構成員達がお客さんを拘束し、オークションスタッフと交戦しているのだ。

 混乱状態に陥る会場内で、私はすかさず千草を振り向いた。


「彼の鎖を切って。手首の枷は入念に」

「なっ!?」

「あいわかった、そのまま鎖を持っておられよ」


 鯉口が切られる音しか聞こえなかった。

 だけどちん、と再び刀が収められる音を耳が拾ってすぐ、ウィリアムを縛っていた手かせ足かせがきれいに外れていた。

 急に自由になってぽかんとするウィリアムを横目に、私は、あらかじめお金にひっつけていた影をたぐり寄せて、ばらまいていたお金を鞄にしまう。

 え、みみっちい? 支払ってないお金なんだから回収するのは当然でしょ?

 よしよしたぶんほぼ回収できた。


「さあ、早く彼らの元に行って」

「なぜ私を助ける」


 呆然としているウィリアムに言うと、なぜか問いかけられた。

 唸るような声で、理解しがたいと言わんばかりの表情だ。

 むむ? 頭が良いウィリアムなら、「お友達」とリヒトくんやコルトのことを示唆すればおおかた察してくれるはずなんだけど。

 まあいいや懇切丁寧に喋っているひまはないけど、ずっとずうっとウィリアムの前では悪徳姫だったから、一度くらい素の私で声をかけたって良いだろう。

 だから、仮面の下でにっこり笑って言った。


「私があなた達を愛しているからよ」


 そりゃもう、推して推して推しまくるほどにね!

 ひゅっと息を呑むウィリアムと私を遮るように、飛びかっていた魔法の一つが走り抜ける。

 それを期に、千草と共に舞台袖へ離脱した。


「どうして、お前がそう言うんだ。エルディア」


 だからウィリアムがどんな表情をしているかなんて知らなかったんだ。


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