21 存在を認知される衝撃
「聖女達と別れ際にあのようなことがあって、まだ接触しようと思えるあなたには感心しますよ」
「いや、あからさまには顔を合わせないわよ? 私は敵対者なわけですし。とはいえ、ぶっちゃけそろそろ推しを肉眼で味わいたいです」
真顔で言うと、アルバートは大きくため息をついた。
「あなたの精神安定上必要なのはわかりますし、一番確実なのはわかっています。けれどあの2人は、ことあなたに関しては異様な嗅覚を持っていますから気をつけてくださいよ」
「安心して私の鍛えられた隠蔽能力のみせ時よ!」
推しの活躍を見逃さず! さりとて一切邪魔をせず!
それが一ファンとしても不文律です!
しかしちょっと千草が険しい顔をしている。
「今、聖女と勇者は魔界に対して対処してくださっているのだろう。拙者は他国者だが、そのような尊き方に心労をかけるのか」
「でもなあ、リヒトくんもユリアちゃんも知ったら絶対に放っておかない子だから。というかちょっとでもかぎつけたら絶対に自分から突っ込んで行くから放っておく方が危ないんですよ」
そう、私だってリヒトくん達に鍛錬やストーリーに集中してもらおうと、余分な火の粉が降りかからないように工作した時期があったのだ。
けれど、彼と彼女のトラブル体質……いや主人公体質は並じゃなかった。
ありとあらゆる犯罪に望まざるとも遭遇してしまうのである。
そして、彼らは一度知ったからには、絶対に見捨てない。
私の知らないところで、殺人鬼と遭遇して大立ち回りをやってたときは生きた心地がしなかったね!
今回はコネクトストーリーだから遠慮なく関わって欲しいくらいだ。
すると千草は硬い表情ながらもどこか納得した顔になった。
「フェデリーで悪徳姫と呼ばれた貴族の娘が犯した数々の罪が、聖女と勇者の活躍で明るみになったと聞いた。そのような経緯があったからなのだろうか」
あ、まって、まって。今めっちゃ心臓痛い。
「わ、私のこと。しらべてくださったのですか」
恥ずかしい、いやちょっとはそうなるだろうなーとは思っていた。だけど実際に推しに自分のことが知られているとめちゃくちゃ照れるというか、心がふわふわして困ってしまう。
「屋敷の者が教えてくれたし、自分でも少々調べ申した。コルト殿にも聞いたぞ。皆いろいろな貴殿を教えてくれた」
「ひえ、それはとてもお恥ずかしい……」
うわああそうだよね。見極めるからには情報が必要だよね。と言うことは悪徳姫時代のめためた猫かぶりならぬ悪者ムーブも聞かされるよね。
「とても高貴な女人らしい立ち振る舞いをされていたと聞いたが」
「やめてくださいしんでしまいます」
うあ、無理。コスプレをしている時に親に見られた時くらいいたたまれない。
「ま、まあそういうわけで、いくらテベリス伯爵の裏に大きな影がいようと、リヒトくん達が知りさえすればこっちのものだわ。予知だとコルトヴィアの知り合いだった人が大切な物を奪われて調査しているところに勇者が関わってくるの。そしてコルトと共に潜入する」
「なるほど、表向きはというパターンだったのですね。コルトヴィアもどうせなら己で解決したいと思う質ですし、仮面舞踏会の招待状は楽に入手できるはずですから、実行可能かと。あとは彼女を乗せるだけですが」
「そっちは任せて。コルトにもうまく話を通しておく。オークションの出品リストが手に入ったら報告して。不当に取り上げられた誰かをコルトを通じて彼らに接触させるわ」
できれば、身内の形見のようなものがあれば良い。おそらく「外には出ない特別な品」と言っていたからオーナーは絶対やっているはずだ。
それを知れば、リヒトくん達は必ず動くし、コルトが合わさることでコネクトストーリーが成立するように進むはずだ。
了承の意味を込めてうなずいたアルバートが言った。
「今回のオークションは規模の大きなものらしいので、テベリス伯爵の『盟主』と言われる方がいらっしゃるようです。おそらくそれがすべての黒幕でしょう」
「アルバートがんがん情報抜き取りすぎじゃない? 大丈夫? 怪しまれてない?」
今回の容赦なさに私が若干心配になっていると、アルバートはこともなげに言った。
「強引な手は使っていませんよ。いつも通り軽い暗示をかけて情報を引き出しただけですから」
「まあ、アルバートが大丈夫だと思うんならいいけど……」
「ただ、このカジノの従業員は少々暗示が効きやすい者が多いようなので。多用はしていません」
ん、暗示が効きやすいと言うことは、よく暗示をかけられている可能性があるか。
何かをごまかすために従業員へ定期的に術をかけているのか。
けど暗示をかけられ過ぎると、下手な術者だと記憶の混濁が起きてまともな日常生活を送れなくなる。
だけどこのカジノの従業員は普通の生活をしているように見えた。
そんなに大規模に暗示をかけるほどなにをごまかしているのか、という点と共に、気をつけるべき情報だ。
でもなー。そんなに腕の良い術者なら、ゲームキャラの可能性が高いんだけど、誰かいただろうか。状態異常系が得意なキャラというと、アルバートの印象が強すぎて良くないな……。
私がむむむと唇に指を当てて考えていると、アルバートに聞かれた。
「エルア様、飲み物の気分は」
「甘いのーアルコールなしー」
反射的に返したのだが、アルバートがミニバーカウンターでシェイカーをにぎった姿に全意識が持っていかれた。
カマーベストとシャツの境の美しいラインに加え、かすかに浮き出る腕の線。そしてシェイカーを振る筋張った手に見ほれている間にできあがったらしい。
見事な手際で、華奢なグラスに注がれた桃色を基調とした美しい色合いのカクテルを差し出される。
「どうぞ。……千草さんも同じものでいいですね」
「あ、ああ」
もう一度同じ手順でシェーカーを振ったアルバートだったけど、シャツとベストの線はきれいなままだ。
とんでもない結論に行き着いた私は、よろよろとバーカウンターに近づいた。
「あ、アルバート。もしやシャツガーターを使ってる?」
「? もちろんですが」
アルバートに不思議そうに肯定されて愕然とした。
シャツガーター。それは服装の乱れを気にする紳士が、シャツのずり上がりを防止するために使用する専用の留め具だ。両太ももに巻いて取り付けるそれは、見た目が大変けしからんアイテムなのである。
アルバートのズボンを見てしまった私は悪くない。その下に、あのシャツガーターが仕込まれているのか。
それを、そなたは、当たり前だと言ったか!?
「シャツガーターはともかくソックスガーターは普段でも使いますよ。刃物を仕込むのに便利ですから」
「ほらあぁぁぁぁ! 軽率に殺しにくるーー!」
シャツガーターは女性のガーターベルトと同様、見えない所にまで細やかに配られた身だしなみの美しさと同時に、それを乱すことを想像させる危険な魅力を持っているんだよ!
なんだよもう! そんなもの使ってるなんて聞いてない! 聞いてないよ!!
「うわああ、似合うことをするな死ぬ」
「死なないでカクテル飲んで、その後はちゃんと遊んでいってください」
「まって、カードの取り回しをするアルバートまで拝めるのやばくない? 私勝てなくない?」
「エルア殿、カクテル、うまいぞ……?」
カクテルを飲んだ千草が、精一杯私を励まそうと話しかけてくれるけどそれは逆効果だ。その優しさ一杯好きにしかならないから。
ちまちまカクテルを飲んでようやく息をついた私は、そっとアルバートを見上げた。
「ところで物資の確保できてる?」
さすがにこればかりは千草相手に明かせないので、遠回しに聞く。
アルバートは日光も平気だし、吸血鬼特有の幻術や精神操作も使えるけれど、唯一の難点が燃費の悪さなのだ。
普段は月一で大丈夫なそれが、こうやって幻術を常に使い続けていると週一、下手すると毎日必要になる。
血が足りないんじゃないかと言外に問いかけると、アルバートはなんてことなく答えた。
「大丈夫です、その都度補給していますから」
つまり、暗示をかけた相手から、血をもらっているってことか。まあ今はだいぶ流す感情のコントロールができるから、あんまり抵抗はないんだろうけど。
「むしろ俺はあなたのほうが心配ですが」
「私?」
「あなたは自分に関してはとてもぞんざいになりますから。部下に定期的に報告させるのも難しいですし。根詰めすぎないでくださいよ」
「だいじょうぶ、カマーベストとシャツガーターでひと月は生きられる」
「無理です。食事は必ず取って、だらしない格好もほどほどにしてください」
「カマーベストの間にお金ねじこませてもらえばもっといけるから」
私がきりっとすると、アルバートはしょうがないなと、いつもの雰囲気で表情を緩める。
千草が恐ろしく引いているのはわかったけど、止められない。止めてはいけないんだ!
だって、アルバート私がここで遠慮しようものなら、ぜったい作戦変更するもん勝手に!
堅実な作戦を選んだとはいえ、今回はアルバートが引き抜く情報が鍵になっている。専念してもらわなきゃいけないんだもん。
だから、なんだ大丈夫なのか。と思った時に、ちょっとがっかりしたのは気のせいだ。
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