22 推しを褒められると嬉しい

 しっかり打ち合わせをして、たっぷりアルバートのディーラー姿を堪能して帰った私は、秘密裏に準備を進めていった。


 計画の流れとしては簡単だ。


 私とアルバートが仮面舞踏会で勇者を誘導し、さらに、アルバートがオルディファミリーを手引きする。

 そして、リヒトくん達とコルトヴィアがオークションをひっかき回しテベリス伯爵をつるし上げるコネクトストーリーを進めている間、私達が「盟主」とやらを引っ張りだしお話し合いをするという流れだ。

 そして、コルトが柔軟な考えを持つリヒトくんとユリアちゃんを気に入ってくれたら、コネクトストーリーもクリアできる。

 一石二鳥じゃありませんかね!

 コルトヴィアのコネクトストーリーを元にしているから、がばがばに見えてもうまくいく確率の方が高い。

 後はコネクトストーリーのことを伏せつつ、コルトヴィアと計画のすりあわせをするだけなのだが。


「くくっやはり、やはり君のやることなすことぶっとんでいるなぁ!」


 コルトヴィアに話を通しにいくと、盛大に笑われた。

 ちなみに現在私はコルトをはじめとしたオルディファミリーと不仲を装っているため、目印を置かせてもらい、闇魔法でダイレクト訪問をさせてもらっている。

 若干シノギがしづらいだろうにそんなことまったく気にした風もなく、コルトヴィアは飄々としていた。


「勇者殿は無事、目標の撒き餌に食らいついたぞ。このままいけば仮面舞踏会にも来るだろう」

「ありがとうコルトー! 現地に来てくれれば、あの子達なら絶対うまくやってくれるわ」

「ふふふ、君から話は聞いていたが、思ったよりも頭が柔らかい。正攻法でだめなら落とした本人に掛け合ってお話し合い物理交渉をします。だなんてまさか聖女に言われると思わなかったよ」


 そう、コルトヴィアも無事説得に成功して、彼女もまたこの作戦の中心で動いてもらうことになった。

 つい先日勇者に接触してもらったところだ。思った以上に上機嫌なコルトに私も自然と頬がゆるむ。 


「でしょう? でしょう? あの子達、大事な物のためには一生懸命頭使うし、柔軟にできる。でもあなたが裏の人というのもわきまえているでしょ」

「そう、そうなんだ。なのに態度が変わらない。あれは面白い。しかも自ら潜入する気満々だしなぁ」


 なにせ、鉄壁の防御と結界を張っていたはずの私の部屋に乗り込んで来ちゃうくらいだからね。

 あの子達、なんだかんだ潜入能力高いんだよ。コルトの印象も良いみたいだし、この計画もうまくいくだろう。

 キャラクターである彼女にリヒトくん達を紹介できて私も嬉しい。うまく縁がつながるといいなあ。

 私がにこにこしていると、上機嫌なコルトが問いかけてきた。


「ところで、当然君も現地に行くのだろう? 対策はしているのかい?」

「元々仮面舞踏会だから顔は見えないし、ドレスの趣味さえ変えれば大丈夫かなって。もうアルバートが発注かけてくれたし」


 空良に相談しようとしたら「アルバートさんから指示をもらってますー」って言われたんだよな。まあ、だいたい外向きの服はアルバートが用意してくれるとはいえ、用意周到だよなー。さすがうちのアルバート。

 あ、当日付いてくる千草のは私が責任を持って用意した! 推しの衣装だ、妥協なんてせずに最高のものを用意したとも!


 コルトヴィアはにやにやと心底愉快そうな顔を浮かべた。


「ほう、相変わらず独占欲全開だなあ」


 アルバートのことだろうか。自分の職務に忠実なだけだと思うんだけど。


「それよりも私はコルトのドレスの方が気になります!」

「欲望に忠実なのは君の美徳だな。まかせたまえ、とびっきりのを着ていこう」

「やったー! コルト大好きーー!!」


 まあそんな感じで、準備をすませた私は、いよいよ仮面舞踏会の夜を迎えたのだ。



 *



 会場は郊外にある屋敷の一つだ。テベリス伯爵の別荘であるそこの大広間には、今は煌々と明かりが灯され、それぞれに趣向を凝らした衣装をまとった人々が楽しげに談笑している。

 彼らは必ず全員顔の上半分を隠す仮面を付けていた。

 仮面には今宵は無礼講、という意味もあるが、なによりオークション参加者を選別するためのアイテムだ。

 仮面はオークション参加者にあらかじめ配られていた一品で、これを付けていれば本物の会場に案内される手はずになっている。

 じっくり見てみると、仮面にはかすかに魔法がかけられているみたいだから専用の道具で見極めるんだろう。

 土台さえそのままならいくらでも装飾して良いって言われていたから、暇とお金をもてあました人種らしく大いにデコったとも!


 そんな仮面を身につけた私は、紫を基調としたドレスに身を包んでいる。

 柔らかな薄紫色が裾に行くにつれて濃くなっていくものだ。花の妖精っぽさがあった。

 夜の舞踏会にしては露出は少なめだが、フェミニンな印象で可憐さが際立つドレスは悪徳姫時代には一度も着たことがない。

 さっすが趣味良いよなーアルバート。

 ちなみに千草は女性用に仕立てた燕尾服だ。

 彼女が動きづらくないように、生地と型紙からこだわって仕立ててもらったものである。

 コンセプトは私の執事ね!

 だって護衛である彼女にたっぷりとしたドレスを着せる訳にはいかないし、男装の麗人を私が見たかったんだ!

 なにより、彼女の特徴的なうさ耳を帽子で穏便に隠せるんだよね。


「兎耳きつくないですか?」

「多少こもるが問題ないぞ。腰に刀がない方が落ち着かないな」


 少し照れたように、左腰を探る千草は大変にかわいらしい。プライスレス。


「あと少しの辛抱だから。さて、と」


 私たちが会場に入ると、男性の正装をしている千草に驚く人もいたが、今回は奇抜な服装をしている人たちが多いためすぐになじんだ。

 そんな視線をまるっとスルーした私は、いそいそと会場すべてを見渡せそうな壁際に陣取る。


「え……こほん、ご主人殿。何をしているのだ」

「しっ、黙って! できればなるべく目立たないようにして」


 千草が困惑しているがそれどころじゃない。

 ぐるりと見回した私はその集団を見つけて、一気にテンションが上がった。


「リヒ……リカルド、待ってくださいっ」

「落ち着いて。怪しまれるから」

「そうだよ。こういった場所ではむしろ堂々としていた方が良いのだから」


 たった今入ってきた男性2人、女性2人の4人組だ。

 女性は婀娜っぽい……ぶっちゃけ言うんなら退廃的な貴族のよそおいに、男性はそれぞれ軍人と道化師という感じだ。

 いつもの彼らとは全く立場も雰囲気も違うけれど、間違えるはずもない。

 私の推しであるユリアちゃんとリヒトくんとウィリアム、そしてコルトヴィアだ!

 だまされて家宝を盗まれてしまった女性という設定で接触している彼女は楚々とした美女だ。普段の彼女からは想像できないほどエルフらしい儚げな雰囲気をまとい、長い耳をヴェールで隠している。彼女のコンセプトは妖精か! 容姿にぴったりで目が潰れそうだけども。

 何より私は数ヶ月ぶりの生推しの姿にふらっとよろめいた。

 すかさず千草が支えてくれなかったら倒れていたかも知れない。


「ど、どうなさった」

「推しが尊い……」


 なんとか我を失うことだけは避けたけれども、素晴らしい供給に私はもはや半泣きだ。


「ひええ、ユリアちゃんあんなセクシーなのも似合うのか。隠れ巨乳が強調されるしあのドレス用意した人とは超良い酒が飲めそうだよ。時々素に戻ってはぢらいが混じるのぐっじょぶ。リヒトくん軍服系でせめたかー! くうっ公式にもなかったお着替えが味わえるのがリアルの良い所だが全私の神経が焼き切れる。というかウィリアムずるいだろ、あんなにイケメンな道化師がいるか」


 仮面で隠れていてもわかるほどの顔の良さだもんね。イケメンには何を着せても似合う典型じゃないか。

 潜入がアンソンじゃなくてウィリアムなのは、こういう場に一番慣れているからだろう。

 アンソンはたぶん退路を確保するために別行動だ。


 あっとりあえず、仮面舞踏会だから踊るみたいだ。ふえええ、リヒトくんとユリアちゃんが手を取って踊りの輪の中に入っていったぞ-!


「ひええ、かわいい。めためたかわいい……生きてて良かった」


 何より元気そうで良かった。

 いいや泣くな、感涙にむせびたいけど我慢だ超我慢! 定期的に報告はもらっていたけど、やっぱ推しが元気に生きているのを確認できるのは格別だ。


「あれが、エル……ご主人殿の推しか」


 千草があらかじめ決めておいた隠語をちゃんと使って聞いてくれたことにほっとしている間に、私は顔面を取り繕う。念のため広げた扇子の影で千草と内緒話だ。

 ここでは人目がありすぎるから、影を結んで会話をするとかえって怪しまれるからなしね。


「ええそうですよ。あれが今、魔界につながる門を断ち切る聖剣の主と、暴走した魔物を浄化できる聖女です。そしてわたしが全力で推したい二人ですね」

「……き、貴殿はすごいな。それだけ声が興奮していても全く表情に出ないのか」

「基本スキルですよ。でなきゃ一般人に擬態できませんので」


 今回は仮面があるからかなり楽な部類である。

 仮面の奥でもきりっとしてみせると、頬のあたりを引きつらせている千草だったけど、怪しまれない程度に今も私の視線の先でくるくると踊るユリアちゃんとリヒトくんを見ていた。

 かく言う私も、心のシャッターを切るのに忙しいです。初々しくも互いを想いあっているのが明らかにわかる仕草うあああ最高! ストーリーにない姿を味わえるのがほんと幸せでしかないんです拝まなきゃ。


「そしてよろしくね。サポートだけは全力でやるから」


 君たちは絶対死なないけれど、心の負担はあるのはわかっている。私が祈るように呟くと、千草の視線を感じた。


「貴殿は、勇者と聖女殿を全力で愛しておられるのだな」

「もちろんです。あの子達のためなら何でもできる」


 そのために悪役だってやり抜いたし、今のこれだってひいては彼らのためになることなのだ。

 あ、やべ喰いぎみだったから引かれちゃうかな? と思ったけど、意外や意外、千草の金の瞳に射貫かれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る