20 出会いは大事


 深紅のカマーベストに身を包んだディーラーの前に崩れ落ちていた私は、それでも彼から目を離さない。

 そして、彼の実直そうで、初々しさすらあった甘めの顔立ちはそのままだけど、表情に怜悧さが備わった。


「多少は持つと思いましたが、今回もだめですか」


 そう呟いた声が、先ほどまでとは全く違うことに気づいた千草が金の瞳を見開く。


「ア、アルバート殿!?」


 するり、と彼が自分の顔をなでた瞬間、淡い髪と甘い顔立ちは溶け崩れ、黒い髪に怜悧な紫の瞳が印象的なアルバートの顔に戻る。

 息が止まりかけた私は再び床に崩れ落ちた。


「ここにはかをたてよう」

「建てないでください、ほら起きて」


 アルバートが傍らに膝を突いて支えてくれるけど、その拍子に脇のベストのラインが目に入り追い打ちをかけられた。しってるんだ、アルバートの腰の細さの割に胸板厚めだからこういう薄着でも映えるって!


「スタイルの良さを強調するとしにんがでるってゆった。推しにカマーベストとか好きの暴力かよぉ……」

「はいはい、わかりましたから。なにをしたら復活しますか」

「……カマーベストの後ろベルトにお金はさみたい」

「あなたの発想力が時々怖いですが、いいですよ。ここでの俺の実績になりますのでどうぞ常識の範囲内で」


 えっ、マジでやって良いの! 一気に復活した私は、千草がぽかーんと刀の柄に手をかけたまま呆然としているのを見つける。


「声に、違和はあったが。顔立ちも、気配も足運びすら違ったぞ……?」

「暗殺者には必須技術ですので。むしろ声を聞き分けられるとは思いませんでしたが」

「あ、暗殺者!? いや確かに正規の兵士の戦い方ではないとは思っていたが!」


 もはや驚きっぱなしといった具合の千草の気持ちはめっちゃくちゃわかる。


「だよねー。全然別人だもんねー」

「当然ですよ、そういう風に変装していますからね。武人である千草さんに見破れないのなら、俺の変装術は完璧なはずなんですが。あなたはなんで毎度見破るんですか」


 吸血鬼特有の催眠術と幻術を組み合わせた変装術は、声色や重心の違いまで操って、某泥棒や怪盗以上の精度で成り代わることができる。

 気合いを入れれば女性にも化けることができるし、皮膚に直接触れても違和すら感じさせない。

 尋問されたとしても、別人になっているんだから漏らしようがないという徹底ぶり。

 さすが、ゲーム時代にたった1人で潜入して国王や要人を暗殺するだけのことはあるよな。

 まあ、デメリットもあって、術を維持するために血をより頻繁に摂取しなきゃいけないんだけど、それでもコルトヴィア曰く「超絶技巧」なんだそうだ。

 でも、私が毎度変装するアルバートを見つけるのが不満らしい。

 アルバートの少し悔しそうな言葉を聞いた千草は、あ、と思い出したらしい。


「もしかして、使用人殿らが言っていた『ちきちき! 見破れるか選手権!』が関係しているのだろうか」

「……ええ。おもしろがった使用人達が、俺の見破れるはずがない変装をエルア様が何分で見破るか賭けをしているんです。彼女もまずい時は絶対に悪徳姫の仮面をかぶってくださいますし、もう、新手の訓練だとあきらめています」

「私がアルバートって呼んで萌えを叫ぶまでなんだよね。今回まさか、さわやかまじめ系で来ると思わなかったから不覚だった。またアルバートの新たな一面に崩れ落ちるしかなかった」


 でもあれ? 


「そういえば、今はナイフを仕込んでいるの? いつも役になりきることを優先するから身につけないのに」

「……今回は千草さんを試すためにあえて仕込んでおりました。気づいていただけて良かった。でなければ護衛役を変えるように進言するつもりでしたし」

「戦う者がいないはずの場に、おかしなものがいれば武人としては気づくのは当然のことだ。いやしかしアルバート殿とはわからなんだ」

「わあさすが千草さん。私は逆にそっちがわからなかった」


 私がのほほんと言うと、アルバートがむっすりと不機嫌そうだ。


「ですから、それでなんでわかるんですか。俺、声も顔も仕草も変えてるんですよ。毎回目が合ったらばれるのが訳わからないんですが」


 眉をよせて若干悔しげな顔をしているアルバートに困ってしまう。

 いや、そんなことを言われても。


「だってどんな格好してても、一番萌えるのがアルバートだもん」


 声優ヲタクの仲間が言った。脇役の一言に好きだと思ったら、推し声優の声だったはしょっちゅうだと。

 十年単位でありとあらゆる媒体で推しているイラストレーターがいる友が言った。かの神絵師であれば、どんなに他ジャンルだろうとふくらはぎの描き方でわかると。

 とある字書きが好きすぎて、彼女のために表紙を描く友が言った。彼女が好きそうな性癖の文章が、手に取るようにわかるようになったと。

 自分でもよくわかっていないが、私にとってはアルバートがたぶんそうなのだ。

 自分のパッションがアルバートの時と同じように反応すれば、それはアルバートなのである。


 そこを力説するとアルバートがもはや諦観の顔になったが、千草がなぜか真っ赤になる。


「その。よくわかっていなかったのだが、貴殿らは、こ、こ恋仲なのであろうか」

「ひとまずは俺の想いを預けているというところですよ。彼女はあなたも含め普段からこのような感じで奔走されているので、ひとまず保留にされていますがね。エルア様」

「そ、それは……」


 私はぎくりとする。そういえば、私、実はきちんと言葉として彼に伝えては、いない。かな?

 いや、でもだって。改めてどうすればいいかなんてわかんないわけで。

 私がうろうろと視線をさまよわせたが、耐えきれなくなったのは聞いた本人である千草だった。色事にめちゃくちゃ耐性ないところもかわいいけどな! 自分のことは棚に上げます。


「す、すまない、話の腰を折ってしまった!」

「いやいや大丈夫! で、アルバート! 情報共有開始!」


 テンションせわしなくうさ耳を動かす千草に救われた私が宣言すると、アルバートは小さく息をついた。


 「少々まじめにつとめましたので、数日後にはテベリスの屋敷に行くことになりました。例の催し物……オークションのスタッフとして呼ばれるようです」

「さすがアルバート。私もたった今、招待状ゲットした所」


 まあ喝上げに等しいけど、正規の招待状をもらえるんなら問題なしだよな!


「他の子たちも周辺に配置できる手はずだし、何よりオルディファミリーは日取りがわかり次第、惜しみなく注いでくれると約束してくれたよ」

「ふむ、戦力は充分に確保できそうですね。では俺は内側からのサポートに徹しますが、今回の最終目標は変わりませんか」

「うん、ただ弱い。一回しか通用しない潜入方法だから、万全を期したい。……だからリヒトくん達を呼びこむよ」


 支配人との会話で気付いた時から考えていたことを告げると、アルバートは紫の目を大きく見開いた。

 当然わからない千草は疑問符の浮かんだ顔をしている。


「……もうそれほど近くにまで来ていましたか」

「勇者と聖女がそろえば、明るみにならない悪はないからね。何よりこれはコネクトストーリーの一つだったわ。だからむしろ彼女たちを巻き込まないと最悪の結果になる」


 アルバートが目を見開いて驚いた後、真剣な表情になる。


「コルトヴィアのストーリーですか」

「ご明察。気づいたのはついさっきだから怒らないでよ。……仮面舞踏会の裏で開催される闇オークション。別勢力のそれをつぶそうとするコルトと共闘する勇者は、彼女と共犯者としての絆を結ぶの」


 エモシオンファンタジーのコンセプトは「想いの絆は世界を救う」だから、リヒトとユリアはキャラクター達から乙女ゲームか!っていうくらい色んなクソデカ感情を向けられるんだよね。

 そんな風に想いを結び強くなるのが出会いと性能強化のための物語「コネクトストーリー」なのだ。

 いやあコルトのはどうやってイベント起こそうかと悩んでいたから渡りに船だよ!

 だって、仮面舞踏会と闇オークションって、ともすれば私が一から犯罪組織立ち上げてコルトと敵対しなきゃいけなくなる訳だし……。


「にしても俄然やる気になってきたわ! あの仮面舞踏会めちゃめちゃ目に楽しいだろうなって思ってたの!」

「え、エルア殿。こねくとすとーりー?とやらは、もしや予知の風景を見られたという解釈でよろしいだろうか」

「あ、ごめんなさい。千草さん。その通りですよ」

「なるほど。だ、だが勇者と聖女というのは、もしや今新聞などで書き立てられている、魔界との門を断ち切るために旅をしているという、勇者リヒトと聖女ユリアのことだろうか」


 おどろきさめやらない様子の千草に、私は肯定した。


「そうですよ。世界の歴史の中心に居る彼らが知れば、悪事は白日のもとにさらされます。彼らが闇オークションを知れば、勝ったも同然。私たちは安全に、彼らが解決するのを待てば良いだけなの」


 悪徳姫時代に何度もやった手だ。

 私も何度か試してみたけど、悪いイベントだけでなく、本筋やイベントストーリー的なものも必ず何らかの形で起きて、彼らがきちんとストーリー通り動けば、必ず解決される。まるでそれが最適解のようにきれいさっぱり最良のハッピーエンドだ。

 危ない目には合ったりするけど、運良くだったり奇跡的だったりで必ず生き残るし、それの障害になる犯罪などは軒並み解決に導かれる。


 もちろん、彼らが危ない目に遭うのは本意じゃない。ほのぼのとおいしいものを食べて楽しく過ごして欲しい。

 けれど、魔神を倒すためには多くの仲間が必要で、コネクトストーリーは本来接点がないはずのキャラクター達と最良の形で知り合える唯一の手段なのだ。

 アルバートのコネクトストーリーは、もう起こしようがないしなあ。

 しみじみ考えていると、アルバートが渋い顔をする。


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