19 新たな一面は覚悟が必要です

 アルバートの潜入はあっさりと成功した。

 連絡役の使用人経由で、どんどこ出世しているらしいと報告がある。

 うん、全然心配してなかった。

 盤の目を自在にいじれるようないかさまが出来れば、重宝されるわな。

 そして例のカジノの支配人からも案の定、謝罪と多い分のチップは残しているから私に遊びに来て欲しいと言う文面の手紙が届いたものだ。


 と、言うわけで!

 もう一回やって参りましたぼったくりカジノ!


 相変わらずのきらびやかさと盛況ぶりの中、VIPルームに案内された私は支配人に話を付ける。

 支配人はアルバートの姿がないことにほっとしながらも、きれいな身なりをした千草をみてぎょっとし、私の顔を見るなり顔を紙のように白くした。


「ねえ、わたくしこのうさぎに泣き付かれてしまってね。大事にしていた刀が今どこにあるかご存知ない?」

「いえ、私はとんと……」

「あらこの子、あなたのところで取り上げられた、と言っていたけど?」


 するりと千草の頬をなでて流し見してみると、支配人はぴゃっと飛び上がった。

 ちなみに千草には先に何をしても驚かないように、と言ってあるのでぴんっと耳を立てたけれども大人しくされるがままになってくれている。

 頬を染めた姿がかわいい。ちょうかわいい。


 そして支配人はしどろもどろになりながらも、いまここにはないことを白状した。


「あら、どこかに売られてしまった?」

「も、申し訳ありません規定でして!」

「あらそうなの。なら売られた先はご存じよね?」


 にっこりと微笑んで威圧してみせると、とたん支配人はガクブルしながら、そこでオークションに出されることを教えてくれた。

 え、オークション? いや予想はしていたけど、あれ。これどっかで聞いたことあるぞ……?


「表向きはテベリス伯爵様主催の仮面舞踏会となっておりますが、密かにお客様を招いて開催させて戴く予定です」

「仮面、舞踏会、ですって?」


 思わず声が固くなった私に支配人がひいと息を呑んだ。

 いやだけど仮面舞踏会と裏オークションの組み合わせで、なおかつコルトヴィアが関わっている。

 ぞくぞくと背筋を這い上がってくるのは喜びだ。

 思わず唇の端をつり上げると、支配人はビビり散らかしていたけどちょうどいい。


「もちろん、その催し物、招待してくださいますよね?」

「も、もちろんですとも! 私どもも歓迎させていただきます。このカジノは招待客を選別するための場でもございますので。ホワード様はご招待させていただくつもりでございました」

「ありがとう、楽しみにしているわ」


 ふうん、なるほどね。

 少々青ざめながらも、私に招待状を送る旨を約束した支配人は、ついで営業スマイルを浮かべた。

 彼がちりん、とベルを鳴らすと、扉が開かれてディーラー達が入ってくる。

 千差万別な美形が揃えられているところに、私へのあからさまな接待を感じるな。


「では、お好きなディーラーと遊戯をお楽しみください。この部屋は充分な防音を施しておりますのでご安心ください」


 にっこりと勧めてくる支配人、ほんとこういう所しっかり小悪党だな-。こうやって私に遠慮なくグレーなことを進めてくるのは笑えてくる。

 まあもちろん受けない理由はないので、私はくるりとディーラー達を見回してみた。 


「じゃあそちらの子をお願いするわ」


 カードを用意していたまだ10代にも見える若い青年が、びくっと肩を震わせる。

 顔立ちは整っているものの、茶色の髪といいどこか若さと幼さが残っていた。

 慣れていないように、戸惑いもあらわに私と支配人を見ていた。


「おや、新人ですがよろしいのですか?」

「かまわないわ。初々しさがとっても好みなの。この子1人で良いわ」


 なるほどと納得してくれた支配人が他のディーラーと共に退出する。

 私は影を使って外で誰も張っていないことを確認した上で、所在なさげに佇む彼と向き直った。


 甘さの残る顔立ちに、体に沿うように仕立てられたシャツにスラックス、というのはさすが高級カジノを謳うだけあるか。うむうむ。

 こんな場所にいるのが珍しいほど初々しいけれども、しっかり仕事を果たそうと私に向けて微笑んだ。


「ではお客様、なにで遊ばれますか? それともお飲み物をお作りしますか」

「じゃあ飲み物を」


 そのぱりっとノリの効いたシャツを覆うのは、このカジノの制服であるベストだ。

 深いボルドーに落ち着いたチェックを合わせたそれは、艷やかな質感をもっていて上質なのがひと目でわかる。

 しかも、彼がバーカウンターへ向かうために背を向けると、真っ白なシャツの白に覆われた背中があらわになっている。

 そう、本来あるはずのベストの背の布地がないのだ。

 うっすらと透ける背中の線に、首筋と腰だけに赤いベストの布地が巻かれている。

 それは、


「カマーベストおぉぉぉぉ!!!!」


 私が床に崩れ落ちると、びくっと千草が肩を震わせた。

 だが私は、目の前に現れた神装備に感涙していた。

 ずっとうずうずしてたんだよ。そう、このカジノ、いかさましてるけど、数少ない素晴らしい点は制服の趣味の良さなんだよ!


「もうなんだよ、リアルの再現度半端ないじゃないか、スタイル良いやつは何を着ても似合うけれどカマーベストはその体の線をすっきりとより強調するのよね。もちろん上着の下でだぼ付かないための工夫って言うのは百くらい承知しているけれど、その細部にまで行き渡った配慮が禁欲的にも関わらず脇の無防備なラインに色気がやどるとかけしからんもっとやれ!」

「エ、エルアどの、気を確かに持ってくれ。目の前にいるのはお身内ではないうえ、怪しい者だぞ」


 千草が慌てながら、私をなだめようとしてくれる。ごめん。ごめんな。でもこらえられなくて。


「あの、お客様大丈夫ですか」


 彼が近づいてこようとすると、千草は私をかばうように立ちはだかり刀の柄に手をかけた。

 その横顔はひどく険しい。


「それ以上は近づかないでいただこう。貴殿の重心がおかしいのはわかっておる。暗器のたぐいを仕込んでおるな」


 びくんと身を震わせて立ち止まる彼に、千草はさらに言いつのる。


「武器を帯びている者はおれど、カジノでそのような装備をしている者はおらぬ。貴殿は彼女に近づいて何をするつもりか」

「え、あの、その……」

「動くな。あと半歩、踏み出せば斬る」


 ちき、と音を鯉口を斬る音が響いて、彼の顔が強ばり足を止める。

 とっさに引いた足は、たぶんなにか仕込んでいるんだろう。

 うああああ千草の最大級の警戒もかっこいい! 守られるのが私ってところが申し訳ないんだけど、きっちり職務を果たそうとしてくれるのがありがたすぎるし、何よりすごいのは彼だ。


「ちょろっとまくっている腕から覗く筋なんて色気の暴力では、しかも初々しくもまじめで世間に染まってないディーラーで攻めて来るなんて最高か。私の性癖を的確にぶっさすなんてさすがよアルバート!」

「……ん!?」


 千草がぎょっとした声を上げる。こっちを振り返らないのはさすがだ。

 私が魂からの叫びを上げたとたん、目の前の顔を強ばらせていた青年の表情ががらっと変わった。

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