18 悪いことにはワケがある



 コルトヴィア達と今後の方針を詰めて辞去したあと、私たちは自分の屋敷でこれからの打ち合わせもした。

 方針を話すと、うちの子達は一様に「やっぱりか」って顔をした。


「まーた自分からトラブルにつっこんだんですかー。仕方ないっすねぇ」

「でもここに平和に住むためには必要だし。みんなには仕事をふやすことになるけどお願いね」

「いつものことですから気にしないでください」


 空良があきれた顔をするのに、他の子達もうんうんうなずいてる。

 全員で一致団結されると立つ瀬がない。

 同席している千草が驚いたように硬直しているけれど、まあしょうがないわな。


「じゃあ、そのカジノと背後に居る黒幕を見つけて、千草様の刀を取り戻す。ついでに黒幕をてきとーにぶっつぶす、のが今回の任務でいいですかー」

「その通りだよ、空良。あくまで千草さんの刀が優先ね。黒幕に関してはそこそこ手強いみたいだから、矢面に立つのはアルバートと私」

「エルア様は大人しく主として指揮を執ってください」

「そうですよー。諜報はこっちでやりますんで、アルバートさんのメンタルケアを優先してください。んじゃあ割り振りしますよー。今回はちょっとやっかいそうですからねー。潜入はアルバートさんのみに絞って、あたし達はその補助と別方面から情報収集しますかねー」


 メンタルケアとは? と素で思ったけれど、なんだか言い出しちゃいけない気がした。

 空良の物言いに、アルバートがめちゃくちゃ顔をしかめたけど、言い返すつもりはないらしい。


「とりあえずテベリス伯爵の出入り業者に探りを。上客のリストを入手次第、そちらの情報収集も頼む」

「かしこまりましたー。昨日の夕ご飯から、愛人との睦言までてきとーに暴きますよー」


 いつもののんびりとした空良が適当な敬礼をする。うんうん、うちの使用人兼諜報員はとっても頼もしい。というか、部下相手には敬語が崩れるアルバートがぐっとくる。

 私がにこにこしていると、狼狽えている千草が聞いてきた。


「も、もしやこの屋敷に居る使用人は皆、何かしらの特殊な訓練を受けているのだろうか」

「そうっすよー。みんな得意分野は違いますけどね。アルバートさんとエルア様仕込みの手に職を付けてます。ちなみにあたしが得意なのは、侵入と盗み聞きと裁縫ですねー」

「それは手に職なのか!?」


 ぐっとサムズアップする空良に千草は全力で突っ込んだけれども、たぶん突っ込みどころがずれていると思うよ。

 からからと笑う空良は、はっきりと言った。


「だってエルア様んところに居るためには、強くなきゃいけないんですー。アルバートさんすぐ死にそうなやつは容赦なく追い出しますもん。エルア様、あたし達が死んだらぼろぼろに泣きますからねー」

「当たり前でしょう!? 私にはあなた達を幸せにする権利があるんだからね! そのために簿記とか家政全般を教えたって言うのに、アルバートから諜報技術を仕込まれてー!」

「彼女たちが自ら学びたいと言ったんですよ。味方と手は多いに越したことはないんですからあきらめてください」


 わ、わかっているわい。私がこうやって穏便に悪役が出来ているのは、彼ら彼女達のおかげなのだ。

 それでも、ガチャキャラではない彼女たちは普通に生きられる可能性があったにもかかわらず、私の元に残ることを選んでくれたのが、嬉しいのと申し訳なさで一杯になる。

私がよほど物言いたげな顔をしてたんだろう。空良はちょっとおかしそうに笑いつつ千草に言う。


「この屋敷の住人はみんなエルア様に人買いや奴隷から救ってもらった上に、普通じゃ望めないほどの教育をもらいました。行き場がないあたし達に生きがいをくださったんです。てきとーなあたしは、故郷に帰ったところでどこかの遊郭でお茶を挽いてましたよ」


 ううそんな風にあっけらかんと言われてしまえば黙り込むしかないのだ。

 彼女は適当に、と口癖のように言うけど、私の帰る場所を絶対に守って居心地良く整えてくれる大事な家族である。私が必要だと言い訳しながら犯した犯罪の被害者なんだと告げたのに、こういう風に言ってくれる。

 だから彼女達を大事にしようと余計思うのだ。


「ま、エルア様。萌えててもそうじゃなくてもしょっちゅう死にかけますからねえ。しかも自分から死にかけに行きますし。お人好しで死にかけるってすごくないっすかー」

「ど、どういうことだ」


 千草が恐る恐る聞くと、空良がにんまりと笑った。


「エルア様、どこかで手に負えない凶悪犯罪があると、採算度外視で解決しに行くんですよ。今回のカジノも利益で言えばまったくないはずですしー」

「聞き捨てならないわ空良! 私に取ってはお金に換えがたい利益があるんだから!」


 だって、その先には推しの笑顔がある!

 そこだけは断固として訂正したのに、空良だけじゃなく他の使用人まで生ぬるい顔をしているだと!?


「そういえば、拙者の刀を取り戻すのは貴殿の益にはならぬ。な」

「わーもう! なんとなくごまかされてくれていた千草さんが、考えはじめちゃってるじゃない!」

「はいはいてきとーにそういうことにしましょー。それをわかっていてつきあってるあたしたちもだいぶ、お人好しですしねー」


 本当に雑に流しはじめた空良に私はぐぬぬ、となる。

 けれど、千草は我に返ったようにはちりと瞬くと、空良達を前に神妙な顔で言った。


「貴殿たちにとっては、とても得がたく大事な主君なのだな」

「あはは、千草様は硬いなー。てきとーにいきましょ」


 にまにま笑った空良と私の家族は良い笑顔だった。

 そんな感じで不意打ち食らっていると、空良が聞いてくる。


「ところでエルア様、アルバートさんが居ない間の護衛はどうします?」

「千草さんに頼むつもり。アルバートがいない理由も、千草が次のお気に入りになったからで通せるから」

「……せめてもう1人くらいは連れて行ってくださいませんか」


 アルバートがすごく渋い顔をしているけれど、私は譲らなかった。


「だって万全を期すためには、うちの子たち総動員で精査が必要でしょ? 千草さんだったら大丈夫。この人は刃に誓ったことだったら、絶対に破らないわ」


 だからこそ気軽に誓わない。私が確信を込めて言うと、千草は面食らった顔をした。

 その顔はどうしてと言いたげだったが、私はうまく説明できる気がしないので曖昧に笑うだけだ。

 千草は少し迷ったようだったが、こくんと頷いた。


「拙者は貴殿に対して、この刃をいかようにもふるうと約束した。一度した約定は必ず守ろう」 

「エルア様が見いだして、アルバート様が認めた方なら、あたし達がいうことはないですよー」


 あっさりと言った空良は、打って変わってきらきらと表情を輝かせた。


「と言うことはまたチキチキ! アルバートさんの変装を見破れるか選手権が出来るんですね!」

「俺エルア様が気づくに一票!」

「ばっか、それじゃ意味ないだろう! 次からは気づくまでの秒数で賭けるって話してたじゃないか」

「はいはーい。後できちんとまとめますんで、賭ける秒数をてきとーに決めといてくださいねー」

「お前達、俺の特別訓練がそんなに受けたいようだな、わかった。次に進めるぞ」


 盛り上がる使用人達に、アルバートがきれいな笑みを浮かべていた。

 うちの子達はいつも状況を楽しむ元気さが自慢です!




 会議もあらかた終わった後、準備がある彼らと別れて自室に戻ろうとしていた。

 ふっふっふ、コルトヴィアとサウルの新たな萌えを、熱いうちに書き留めとかなきゃ。


「エルア殿」


 るんるんとスキップ気分で私室に戻ろうとすると、千草に呼び止められた。


「貴殿は一体なんなのだろうか」


 そう、切り出した彼女の表情は困惑に満ちあふれていた。


「昼間の会談も、屋敷での会議も昨日入ったばかりの拙者を同席させる場ではなかろう。確かに拙者は貴殿の護衛を受けると言いはしたが、あそこまで赤裸々に内情を知らせたのはなぜだ。貴殿は悪いことをしている自覚がある。ならば徹底的に隠してもおかしくはないだろう」


 あーうん。そうだよね。


「あなたが、見極めたいって言ってくれたから」


 千草はお月様のような金色の瞳を瞬いた。

 ああきれいだなあ。大好きだなあ。この世界の人たちは、キャラとして知っている子も、そうでない子も、みんな一生懸命で輝いている。

 だからこそ、私はキャラの視界に入っても良いのか迷うことがあるのだ。


「私は、ずっと『悪徳姫』と呼ばれるほどのことをしてきました。必要だと思っていたし、そうしなきゃいけなかったから反省はしません。本当は、あなたのためを思うんだったら、足長おばさんのほうがよかったんだろうなあとおもいますけど」

「貴殿は、おばさんという年齢ではないだろう」


 ふふふ、実は中身はだいぶ行ってるんだけどな。

 私が曖昧に笑うと、千草はまさかという顔になる。いやここで話したいのはこんなことじゃないんだ。


「えっとですねそれでも、あなたに隠したくないなあって思ったんです」


 私が大好きな、限りなくまっすぐで高潔な侍である彼女に。


 私は天才なんかじゃなかった。物語に出てくるような何でも見通して解決していける主人公でもない。ただ確実にみんなが生き残るストーリーを知っていただけだ。

 だからエルディア・ユクレールを演じ抜くと決めた。だって一歩でも外れたら予測が付かない。

 凡人の私はもっと良い方向に行くかも知れない可能性を捨てて、確実に悪くない未来に導くことにした。

 ユリアちゃんとリヒトくんをはじめとした推したちのために、悪いこともすると決めたのに後悔はない。

 それでも、悪いことをしている私が、こうやって推しを愛でることをし続けて良いのか。ちょっとわからなくなってしまうことがある。

 隠して、隠し続けたからこそ、今の彼女に私がどう映るのか聞いてみたいのだ。


「だから、うまく説明できないこと以外は、あなたに隠しません。私を観察して判断して、もし私が許しがたいと思ったら、ばっさりしてもオッケーです! 萩月を取り戻すまで、もうしばらく一緒にいてくださいね」


 私がサムズアップしてみせると、千草はぎょっとした。


「な、拙者はそこまで恩知らずではないぞ!?」

「でも私極悪かもしれないじゃないですか! 兎速で斬られるなら超本望! と言うか、私、本気100パーセントのあなたの技が見てみたいんです!」


 好奇心と悩みは別物なのだ!

 言い切って見せると、千草はなんだか心底疲れたような顔をした。


「一体貴殿は、その予知でどのような拙者を見たのだろうな」


 ん? そんなのはもちろん。


「どんな困難でも、アルバートとあなたが居れば大丈夫って所かしら?」


 ゲーム時代はほんとお世話になった。正確にはもう1人が居れば最強最高のスタメンパーティだ。

 兎耳をぴんと立てて息を呑んだ彼女は、じんわりと頬を赤らめる。

 ひょえ、そんな照れてますなんて顔されたら圧倒的かわいさでときめくしかないじゃないか! えっでもどこに照れる要素があった?

 首をひねるが、頭が大惨事なので顔面が崩壊する前になんとか離脱したい。

 さすがにストッパー役のアルバートがいない中で萌え転がるわけにはいかない!


「あ、そうだ、体がなまってたら西の端にある鍛錬場使って良いですからね! たぶんどの子も喜んで相手になってくれるはずですから」


 では、と全力で大人の矜持をかき集めて丁寧に頭を下げた私は、彼女と別れたのだった。

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