17 暗躍はお手の物

 私が「自分で行く」と言うなり、千草は目ん玉がこぼれそうな勢いで驚いていたし、アルバートがやっぱ言いやがったこいつという表情をする。

 コルトヴィアは慣れたものでにんまりとしていた。


「話が早いじゃないか。なにせ君はこのリソデアグアでも有数の顔役だからな。私とつながりがあろうと、いやだからこそ陣営に取り込もうとするさ。君を1人味方に引き込むだけで、この街の覇権を握れるんだからな」

「私ただの小娘よ?」

「ただの小娘と思われないようにあれだけ派手にカジノを蹂躙したんじゃないのかい? 金があり、悪徳を知り、恵まれた立場の人間という地位も示した。最上級の客として扱ってくれるだろうさ。内部を知れる絶好の機会なんだよ」


 ずいぶん高評価をしてくれてるけど、それただの偶然なんだよな。私かっとなってやっただけだし。


「……だからアルバート、今にも私を殺しそうな顔をしないでくれないか?」


 コルトヴィアがからかうように言うと、アルバートは険しい顔をしている。


「あなたが担ぎ出したいのは俺でしょう。そのためにエルア様をだしにするのはやめてください」

「番犬は怖いねえ。だがな、エルアの手を借りたいのも本当なんだよ。表からも裏からも探れるに越したことはないし、君の諜報員としての腕はすこぶる良い。エルアと一緒にうちに欲しいくらいだ」

「俺はエルア様の従者ですので、お断りいたします」


 殺伐とした空気でバチバチにらみ合うコルトヴィアとアルバートはいつものことだ。

 千草がこの殺気に当てられない胆力がある人で良かった。


「よしてアルバート。この街には来たるときまで安全に楽しめる街で居てもらわなきゃ困るの。……だからコルト、協力するわ」

「全く、仕方ありませんね」


 私が言うと、彼に盛大なため息をつかれたが、それ以上の文句はないようだ。


「カジノのほうは、私にご機嫌伺いへ来るんじゃないかしら? 私にあの裏賭博場まで見せておいて放置はないでしょう。催し物については、私が直接聞けばなんとかなりそう」

「カジノオーナーが居るでしょう。屋敷へ潜入したいところですが。それでもある程度見当をつけてからにしたいところです。エルア様が出られるまでもなく、俺のほうで片を付けます」


 決意の滲むアルバートに私は、えっと思った。


「言い出したんだから、私の顔が必要な時はちゃんと言ってよ?」

「あなた、表の仕事を忘れていませんか? 俺が抜けた場合あなたがすべて片付けることになるんですよ」


 アルバートに呆れられて、私はちょっと肩をすくめた。

 た、確かに。でもこういう風に仕事をするのはいつものことだし。なんとかなるかなって。

 私が斜め上を見つつ口笛を吹いているのをガン無視して、アルバートはコルトヴィアと相談をはじめた。


「カジノに潜入するルートはありますか」

「喜べ、あのカジノは従業員の入れ替わりが激しい。募集は常にされている上、腕が良いディーラーはカジノオーナーであるテベリス伯爵の屋敷に呼ばれているようだ」

「ならば、あのカジノに潜入しましょう。そちら経由のほうが怪しまれないはずですし、帳簿と出入りの人間をあされば充分な情報になります。ついでにその催し物とやらの情報網も得られる上に安全も確認できますね」


 コルトヴィアの言葉に、アルバートの中で見事に計画が練られたみたいだ。

 あごに手を当てて、俯きがちに思考する横顔は見とれるほど美しい。いやいつも見とれてるけど。


「顔が良い……」

「っふく。君はいつもそれだな」


 コルトヴィアに吹き出されたけども、彼女は私の本性知っているからいいんだもん。

 こう、出しても大丈夫な範囲しか表してないし!


「まあ、テベリス伯爵とやらも黒幕とはとうてい思えないんだがな」

「コルトの勘は当たるからなぁ」

「君の予知にはかなわないさ」

「今回についてはないわよ」


 これはメインストーリー外のことだ。ぶっちゃけ千草がここに居ることにも動揺していたくらいだもの。

 私が追求を交わすと、ますますコルトヴィアは嬉しそうに笑った。


「だからさ。予知がなければ、君は思う存分暴れ回ってくれるからな」


 冗談含みの中にも期待が入り交じった表情は、たいそう魅力的だ。

 私はとことん推しキャラに弱い。知ってる。

 こんな風に悠然と食えないことを言うのが彼女らしい振る舞いだ。

 だからこそ、私は深ーく息をついて言う。


「今回はコルトを傷つけた奴らだもの。容赦しないわ」


 きょとんとしたコルトヴィアを私はのぞき込んだ。

 ああいう言い方しないと、コルトヴィアは私に絶対弱み見せないもの。

 私は知っているのだ。彼女がどれだけ情深いか。そしてオルディファミリーの構成員……「家族」をどれだけ大事にしているか。

 構成員が3度送り出して、3度とも帰らないのだ。そのふがいなさに自分を責めていない訳がない。

 はじめはゲームの知識だったけれど、短くないつきあいで実感していた。


「家族を失って、悲しいのは当然だから」

「……君は甘いなあ」

「私が甘いのは、私の推しに対してだけよ。私とアルバートを良いように使うんだから報酬はしっかりもらうし」

「さすがは悪徳姫ってところかい?」


 ぎこちなく苦笑するコルトヴィアがそれでもからかうように言うのにすまし顔をしてみせた。


「自分の欲望には忠実なものでして」


 ここに来るのだって、推しを愛でるためが八割だからね。


「まったくなあ。そういう所だぞ」


 コルトヴィアがあきれ顔をしたとき、出入り口の扉が叩かれる音がする。


「コルトさん、お客さんにお茶を持ってきました」

「サウルか、入れ」


 がちゃりと扉を開けて入ってきたのは、まだ私の外見年齢と同じくらいの少年と青年の間くらいの人間の男の子だ。

 顔立ちに甘さが残っているが、その黒いスーツは様になっている。

 私は思いきり緩みかける表情筋にマッハで活を入れた。

 彼はサウル。オルディファミリーの構成員だ。

 サウルは私を見ると思いっきり顔をしかめながらも、盆に持ってきたお茶と茶菓子をテーブルに並べ出す。


「頼まれてたやつっす。ここで茶と茶菓子をたしなむなんて、あんたらぐらいなものっすよ」

「良いのさ、彼女は特別な私の友人だからね」


 にっこり笑うコルトヴィアに対して、サウルは少々不満そうにしながらも私に紅茶を注いでくれる。

 だけどその間際ガン付けるのは忘れない。

 うふふふふ……と気持ち悪い笑い声を上げないのに苦労したけど、表情は思い切り緩んでいたんだろう、サウルが気味の悪いものを見るような顔になる。


「あんだよ相変わらず変なやつだな」

「うふふふ、何でもないの。ただ生きる気力が湧いてくるなあと思って」


 サウルくん、相変わらずコルトヴィアに片思いしてるのが本当にかわいくて、かわいすぎて萌え転がりたくなるだけなんだよ。

 コルトヴィアが、私が護衛を引き連れて二人きりになるのが不安だし、なのに彼女に特別扱いされているのが悔しいんだよね。知ってる知ってる。

 にこにこしながら、お茶をたしなむと、アルバートとは違う優しい味わいがした。


「サウルの入れるお茶は相変わらずおいしいわね」

「そりゃ、あんたの従者にさんっざん仕込まれたからな」


 アルバートにちろりと視線を流されたサウルは、びくっと震えた。

 お茶をたしなみながら、コルトヴィアが割り込んだ。


「おいおい、うちの子をそんなにいじめないでくれないか」

「べ、別に大丈夫っすよこれくらい! 俺だってやれば出来る男だって証明したんですから」


 サウルが顔を真っ赤にして言い返すのを、コルトヴィアが柔らかい眼差しを向ける。

 それはかわいくて仕方ないと言わんばかりの優しい目だ。

 ああああそうなんですこれなんですよ!

 コルトヴィアとサウルはこの関係が最高に滾るんだ!

 人間の孤児だったサウルを拾ったコルトヴィアは彼を育てるんだけど、共に過ごす内に情が愛に変わって行くんだ。だけどもエルフとただの人間じゃあ寿命の差がありすぎる。

 彼を縛るつもりはないと打ち明ける気はないけれど、彼を手放すことも出来ないのだ。

 サウルもコルトヴィアのそばに居るために、マフィアの中で生き抜くためにめきめきと頭角を表して、彼女の役に立とうとしてるんだよな。


 だって、十代でシマの管理を任されてるんだぜ、サウル。優秀さがわかるって所だろ!?

 もう無理、マフィアの純愛なんておいしすぎる要素しかないし! 

 ああ彼女達を眺められるだけで寿命が延びるぅ!

 にまにましていると、コルトヴィアが気まずそうにしている。

 私がうすうす彼女の感情に気づいていることも知っているからな。

 あー茶がうめえ!

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