16 お話し合いは建設的に
軽く息を忘れていた私がアルバートに肩を引かれつつもなんとか我を取り戻していると、妖艶な雰囲気を霧散させたコルトヴィアが肩をすくめる。
「にしても無粋だねえ、番犬くんは。どうせ飼い主に手も出せないくせに」
「あ」
実は思い切り手を出す発言をされているんだけどそれは。
私が小さく上げた声を耳ざとく聞きつけたコルトヴィアが私とアルバートの間に視線を行ったり来たりさせた。
その目はこぼれんばかりに見開かれている。
「……まさか、このヘタレが言ったのか!? そして君が理解したのか!?」
「ひ、ひどいなコルト! 私だってそういうのを知らないわけじゃないのよ」
「だって君! イイ男やイイ女を問答無用でたらし込むのが趣味だろう! 1人に決められるのか!」
「えっ私がいつ口説いた!?」
「君の無自覚さは罪に近いぞ……」
呆れた顔をするコルトヴィアに私は眉を寄せる。
私は自分の好きなキャラに対しての思いが時々あふれるだけなんだけど。
「君も大変だなあ。捕まったからには逃れられないぞ」
「せ、拙者がエルア殿の愛人になると!?」
コルトヴィアが話しかけると千草が顔を真っ赤にしながら心外そうに叫んだ。
「多情なことに対し偏見はないつもりであるし、合意であればとやかく言わん! しかし拙者はコルト殿やアルバート殿のように器用ではないゆえご容赦願いたい!」
えっいきなり何言い出すの!? 大いにうろたえた千草に懇願された私は目を白黒させる。
けれどコルトにはわかったらしい、呆れ混じりに頬杖をついた。
「はっ、君の耳は飾りか? エルアのそれは役者に熱を上げる娘っ子のそれと一緒さ。まあ、少しばかり愛が深いし行き過ぎた部分もあるが、一方的に好意を向けているだけでこっちになんにも求めない害のないものさ」
「そ、そう、なのか?」
我に返った千草に問いかけられて、私は高速で頷く。
だってイエス推しノータッチがモットーなもので!
ガチ恋に近いけれど、世界もそこに生きる全部ひっくるめて愛しているんです!
「まあ、ただ愛してるってだけで種族を一つ救うし、それだけの深い愛を複数に注げるある種の化物だ。君もエルアの愛に溺れないようにな」
「えっまって。コルトそれどういう意味」
私はただのヲタクですけど!?ねえ、なんでアルバートも頷いてるの!?
「よくもまあ俺も彼女の特別を引き出せたと思いますよ」
「アルバート君の勇気と努力に敬意を払おう」
コルトがしみじみと言う中、千草は硬い表情で拳を握っていた。
「拙者はまだ見極めている最中だ。参考にさせていただく」
「話が聞きたければおいで。エルアに気に入られた君なら歓迎しよう」
コルトヴィアのほうは大変楽しそうだ。
私は釈然としない気持ちを軽く息をついて押し流すと、にやにやとする彼女に向き直った。
「で、ごまかされる訳にはいかないのよ。コルトヴィア」
私が声を低くして呼びかけると、コルトヴィアはため息をついてばつの悪そうな顔になる。
「いや、ごまかすつもりはなかったんだが……」
「私はここにあなたを紹介するとき、契約したわ。あなたがあなたの家族を守るために、ここで利益を生むことを許す。だけど必要以上の悪意を持ち込まれた場合は、悪の秩序を守り抜くって」
「ああ、その通りだ。その代わり君は我らと親密に付き合い便宜を図り、繁栄の協力を惜しまないと約束した」
「ではあのカジノはなに?」
私が大暴れした、と称したのだから、昨日の顛末については知っているはずだ。
あのカジノの所行は契約違反以外の何ものでもない。
「オルディファミリーがあんな不作法者を許している理由を教えて」
私がじっと見つめると、さすがにコルトヴィアも表情を消した。
「君が本来の仕込みに忙しくて、密に連絡を取らず、こちらの不手際であのような存在をのさばらせたことを謝罪しよう。だが我がファミリーも手をこまねいたわけではないと主張する」
「聞きましょう」
私が姿勢を戻すと、コルトヴィアは静かに語り出した。
「あのカジノはつい最近リソデアグアに入ってきた新興勢力だ。はじめこそ大人しかったが、いかさまカジノに喧嘩賭博をはじめた。裏ではどこからか流しているのか、盗品の取引もしているらしい」
盗品と言う単語に千草が兎耳を動かすのが目の端に見えた。
「そこで破産した貴族が行方不明になっている。さらにアレはどうやっているのか、こちらの優秀な人材を強引に引き抜いてゆくようになった。最近はこちらの経営するカジノの評判にも関わってきている」
エルフの強みはその魔力の高さだ。体力や体自体は人間並かそれ以下なんだけど、魔法を自在に扱うことで、圧倒的な強さを誇る。ぶっちゃけ魔法に長けたエルフが2、3人で乗り込むだけで、普通にイケると思うんだよ。
「なぜそこまでやられっぱなしになっているのです。あなたらしくもない、とっとと皆殺しにでもすれば良いでしょう」
アルバートが冷淡に糾弾すると、コルトヴィアはその華奢な指をぴ、と三本立てた。
「三度だ。私は三度送った。一度目は警告。二度目は恫喝。三度目は粛正するつもりでだ。しかし送った同胞は全員私の元に帰ってきていない。死体も売り払われている様子もなかった。こちらに対するけん制に死体を送りつけることもしない。文字通り消えているんだ。はっきり言うと気味が悪い」
吐き捨てるようなコルトヴィアの言葉が、空間に浸透していく。
「だから、その内部に入り込んだそこの兎は貴重な情報源だ」
「拙者か」
戸惑った顔をする千草は、少し悩むような顔をした後、私とコルトヴィアを見た。
「拙者には、貴殿とあの賭博場の連中がどう違うのか、わからぬ。貴殿らは己がしていることが世の道理に反する自覚が有るように思える。にもかかわらずあの賭博場を『気味が悪い』と言うのはなぜだろうか」
コルトヴィアの気配が冷えるのを感じた。
あーうん。まあ彼女にとっては侮辱に等しい言い方をされたらねえ。
でも千草の問いかけには一切侮蔑の色はない。純粋に不思議に思っているだけだ。
だから私が説明することにした。
「全然違います。コルトの率いるオルディファミリーは特に悪なりの秩序があるの。彼女たちは表の世界があるからこそ、裏の世界が成り立つことを骨身にしみて知っている。だから絶対に表の社会を壊すようなことはしないの」
「そう、なのか」
「だがあいつらは違うんだよ。平然と私達が侵さない領域を蹂躙している。まるでこの街も自分たちも共倒れになってもかまわないような所行だ。私には家族を守る義務がある。たとえ泥の中だとしても、安心して眠れる場所をなくすわけにはいかない」
私の言葉を引き取って、心底忌々しげに吐き捨てたコルトヴィアに、千草は戸惑うように瞬いて何かを言おうとする。
けれど、振り払って、私のほうをみる。話すべきなのか、と問いかけるものだったからうなずいて見せると、千草は言いにくそうに語り出した。
「だが、話せることは多くはないぞ。拙者はあの賭博場につれてこられてからは試合をこなしていただけだからな。ただ、勝ち続けると別の場所に連れて行かれるらしい。それが『温情』なのだと他の闘士が話しているのを聞いた」
「温情ねえ」
コルトヴィアが心底疑わしげな声を出す。ふと、千草は思い出したように言った。
「観客は贅沢な身なりをしたものが多かったように思えるが、一度だけ異様な気配を感じた」
「異様な気配?」
私が聞くと、こくりと頷いた千草はコルトヴィアとアルバートを見回した。
「恐ろしくて強い、武人のような気配だ。コルトヴィア殿やアルバート殿に似ていた気がする。拙者が語れるのはそれくらいだ」
しょんぼりと、うさ耳をへたらせる千草だったが、私としては充分すぎる。
コルトヴィアとアルバートに似ている、と言うことは、あの場にゲームに登場したキャラクターが訪れたことになる。事前に警戒できる良い情報だ。
問題は一体誰が訪れていたか、なんだけど、あり得そうなキャラクターが多すぎてこまるなあ。
私がうんうん悩んでいると、コルトヴィアが私のほうを向く。
「私もやられっぱなしではない。あのカジノを含む新興勢力の中心には、この国の貴族、テベリス伯爵が関わっている所までは突き止めた。さらに近々カジノを通じてこの街の外から多くの上流階級を呼んで大きな催しをするようだ」
ほう? なら簡単だ。
「私が潜入すればいいわね」
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