15 確信犯はたちが悪い(歓喜)

 思い切り吹き出した鼻血に私がマジうろたえする中、アルバートがテキパキと立ち回って処理してくれたが、有無を言わせず寝かし付けられてしまう。

 気づいた時には、朝日が差し込んでいて、やってしまったと頭を抱えた。


 身支度を調えたあと、アルバートに謝り倒したのは当然である。

 彼は、もういつもの従者様に戻っていた。

 ほっとしたような申し訳ないような気分になりながら、私は昨日は言えなかった言い訳を神妙に述べてみる。


「その、私が推しを推してゆくのは、生きる糧というか生きがいなので。どうしようもないと言いますか……」

「あなたが推しを追う姿を悪くないと思うのは本当ですよ。ただ俺があなたに想いを明かしたことで自分でも驚くほど自制が利かなくなっていたと気づきましたが」


 ねえ待って、さらっとすごいこと言わなかった?


「まあ、今回であなたが思ったよりも俺を意識していることがわかりましたから。ひとまずは気がすみました」

「そ、そう?」


 さっぱりと言ったアルバートに、釈然としないものをおぼえつつひとまずほっとした私は、脳内でまた増えためちゃんこかわいいアルバートの萌えフォルダを思い出して堪能した。




 午前中は仕事を片付けてお昼ご飯を千草と共にした。

 今日のメニューは気を利かせてくれたらしく和食である。私も嬉しい。


「まさか拙者の荷物まで取り戻してくださるとは恩にきもうした」

「どういたしまして!」


 そういう千草は私にとってはとても見慣れた着物とたっつけ袴に似た衣装を身につけていた。禁欲的でありながらどこか色気のある衣装は、獣人の特徴だ。

 千草が着てくることは予測していたので、入る前に心の準備をしていたから、感動で崩れ落ちることだけは避けた。

 えへん。対処法くらいは身につける。

 ちなみに彼女の荷物については処分される前にうちの子に忍び込んでもらって勝手に引きとって来たんだけども。言わなければわからないよね。

 にこーっと笑ってごまかしていると、給仕をしてくれていた空良がのんびりと言った。


「たっつけ袴の仕立てなんてわからねーですから、てきとーに縫いましたよー。ひとまず千草様の体型に合う着替えは今日中に用意するつもりっす」

「わーありがとう、空良! なでなでしちゃう」

「はいはい。エルア様の愛は重いですねー」


 のんびりとした報告を聞きつつぐりぐりと頭をなでてあげると、空良は口ではそう言うがしっぽが嬉しそうに揺らめいていた。

 私たちのふれあいに驚いたように目を丸くする千草だったけど、少々狼狽えながらも頭を下げる。


「何から何までかたじけない」

「だ、大丈夫です! 推しに課金は当然の義務なので」

「は、はあ……」


 あ、やばい。家だとちょっと気が抜ける。

 わ、私は人様に迷惑をかけない出来るヲタクなのだ。

 すーはーすーはと息を整えて、切り出した。


「ですが千草さん。午後からちょっと出かけるのでお供をお願いしてもいいですか」

「ふむ、あいわかった。だがすまないが、護衛役であれば剣を一振りお借りできぬだろうか」

「もちろんですとも! アルバート、倉庫から刀を持ってきて」

「かしこまりました。別室に用意しておきます」

「うん?」


 不思議そうにしていた千草だったけど、用意が出来たと別室に移動したとたんぽかんとした。


「萩月には劣ると思いますが、お好きに試して使いやすいのを選んでくださいね」

「い、いやいやまってくれ! こ、これは一財産ではないか!?」


 布を敷いたテーブルにずらりと並べられた十数振りの打刀、太刀にふらふらと近づいた千草は我に返って私に聞いてきた。


「この淀みのない直刃すぐは蜜隼みつはやか、この皆焼の刃紋はもしや花雲はなぐもではないか!? どれも名匠の鍛えた名刀だろう!」

「あ、なかごを見ますか。どれも本物ですよ」

「本物にしか見えないから困っている!」


 すごい剣幕で千草に詰め寄られた私はひえっとなった。顔が良い。


「こ、このような業物をどうされたのだ。もしや盗品では……」

「失礼ですね。食客の分際で」

「あう、すまぬ」


 アルバートが不快そうに言うのに、千草はしまったという表情を浮かべるが、彼女の言葉も否定できないんだよな。


「これは盗品だったものを私が買い上げたものですよ。ですが時期が来たら、しかるべき武人の方が手に入れられるように市場に流すつもりでした」

「!?」


 千草があっけにとられた顔をする。

 ここにある刀は全部ゲームで手に入れられる武器だ。けれど闇ルートで行方不明になりかけていたから私が勝手に確保しているのである。

 もしリヒトくんが刀を使いたいって思ったらいつでも放流出来るようにね!

 もちろん、ゲーム時代の武器が実際に見られると思って買いあさった自覚はある。

 だけどこんな事情を説明することは出来ないからなあ。

 支障のない範囲でっていうと、


「趣味です。武器はそれにふさわしい技を持った方に使って欲しいので。それに千草さんには萩月が一番でしょう? だから気にせず存分に振るってあげてください。手入れはきちんとしているので使えると思います」


 千草は少し驚いた顔をしていたが、気まずそうに表情を緩める。


「正直申すと、腰に重みがないのは落ち着かなかったのだ。これほどの名刀を佩けるのは気分が浮き立つ」


 そのちょっぴり照れくさそうな、でも隠しきれない嬉しげな様子に私は心臓を打ち抜かれた。


「うっ。全部持って行ってください」

「さすがにそれはだめですよエルア様」

「拙者も一振りで充分だ」

「課金させて、課金させて……この尊みのお礼をさせて……」


 アルバートと千草に同時に止められた。悲しい。

 昔は課金は生活に無理のない範囲しかできなかったけど、今は稼いでるからいっぱいできるんだよぉぉ。

 いいか、課金は家賃と食費に響かないまで。引き際が肝心! お姉さんとの約束だ。

 また千草が刀を抜いて試し振りをするのに撃破されつつも、千草が一振りを選んだところで出発した。


「ところでどちらへ向かうか、聞いてもよろしいか」

「もちろんですよ。知り合いのマフィアです」


 ぽかんとする千草を引き連れて、たどり着いたのは街の中心にある高級サロンだ。

 会員制で、お酒や料理、賭博を伴わないゲームを遊べる貴族の遊技場だ。

 たとえ貴族でも、会員じゃなければ門前払いを喰わされる場所である。

 だから安心して利用できるんだけど。

 私たちが現れると、門番役の屈強そうな黒服は迷わず通して、一番奥の個室へと案内してくれた。


 オレンジの落ち着いた照明の下で艶を帯びるような豪奢な内装、そこにふさわしい調度品で飾られている。

 そして、重厚なローテーブルの向こうにある革張りのソファに優雅に座っているのは、エルフの美女だった。

 艶を帯びた淡い金髪に、冬の空のような淡い水色の瞳は今にもその場からほどけてしまいそうな儚さを帯びている。

 長い耳に揺れる繊細な鎖に彩られた耳飾りと、その華奢な肢体を一瞬ぎょっとするほど大胆なドレスに身を包んでいることがアンバランスな美しさを生み出していた。

 夢のように美しい彼女は入ってきた私達に気づくと、にい、と快活に笑った。

 すると今までの儚げで浮き世離れした空気が霧散し、一癖も二癖もありそうな生々しく人間味のある気配に様変わりする。


「やあエルア。ずいぶんな活躍だったみたいじゃないか」

「久しぶりコルトヴィア。運営はどう?」

「まあまあってところかな、さあ座りなよ。友をもてなそうじゃないか」


 気さくに軽妙な口調で言い放つ彼女は、コルトヴィア・オルディ。この街に根を下ろすマフィア、オルディ一家の長だった。

 一見エルフらしい容貌でありながら、ひとたび口を開けば軽妙洒脱、人間くさく何より人をからかうのが大好きという食えない性格をしている。その上裏社会を牛耳るマフィアという、プレーヤーの間では「エルフ詐欺」と呼ばれた人気キャラだ。

 この世界でも、コルトヴィアはマフィアとして裏社会を仕切っていた。

 はじめて出会った頃から気の抜けない相手だから、萌え転がっても緊張のほうが強い。

 室内には黒いスーツを着た構成員達がたむろして、私とアルバート何より千草に対して警戒の視線を向けている。

 私が対面にあるソファに座るなり、コルトヴィアは千草に視線をやりつつ話しかけてきた。


「新しいお客人を連れてくるなんて珍しいじゃないか」

「うん、今日からしばらくうちに住むことになった兎月千草さんよ。大事な人だから覚えていてくれると嬉しいわ」

「なるほど。ではファミリーに伝えておこう」


 即座に察したコルトヴィアは、部屋にたむろしていた部下達を手振りで追いやる。

 ものすごく不満そうな顔をしながらも全員退出したところで、コルトヴィアはにんやりと笑うと、対岸の1人用のソファへ軽やかに移動してきた。


「また新しいお気に入りを見つけたのかい? 寂しいのなら、うちにいつでも来てくれて良いのに」


 さらに肘掛けに肘をつき、こてりと首をかしげてみせる。ふぐっ。この自分の美しさをしっかりわかっている仕草! わかっていてもかっこいい!


「お、お気に入りとは拙者のことだろうか」

「聞いたよ、なかなか派手な買い取り方をしたそうじゃないか」


 千草の問いかけにコルトヴィアはにいと笑うと、私のあごに手をかける。


「なあ、つれないじゃないか。私はいつでも待っていたのに」

「そこまでです、コルト様。エルア様を追い詰めないでください」


 息が触れそうなほど至近距離でのぞき込まれかける寸前、アルバートが引きはがしてくれた。


「あっぶない、うっかり涅槃を見た」

「もう少し警戒心を持ってください。あなた思い切りもてあそばれているんですから」

「わはは、相変わらず、君の反応は面白い!」


 からからと笑うコルトヴィアはそれはそれは生き生きとしていた。

 彼女もまた私の事情を知る1人だ。私の目的のためにはどうしても彼女とはつなぎを作らなきゃいけなくて、協力体制を取るには必要だったから打ち明けた。

 というか、私が耐えきれずに萌えの海に沈んだのを目撃されて、洗いざらい話すしかなかったとも言える。

 以来、彼女に会うたびに確信犯的なファンサを食らうのだ。

 むり、自覚のある美女怖い。


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