12 ドリームマッチは見逃さない

 兎月千草とげつちくさ。この世界では十和じゅうわ国と呼ばれる国出身の侍だ。

 獣人と呼ばれる種族の中でも兎の特徴を持つ人で、海を渡ってこちらに武者修行の旅に来ているはずだった。

 だがえっちょっと待って。私も嬉しさで吹っ飛んでたけど、本来こんなところでバニーしてる人じゃない。と言うか、武芸をみだりに見せることを嫌うから、こういう所で刀を振るうのは忌避していたはずだ。

 と、考えたところで、彼女が折れた木剣を無造作に脇へ捨てる。

 あれ、おかしい。だって千草には……


「あの女性は?」


 なんとか取り繕った私が呟くように聞くと、支配人が嬉々として答えてくれた。


「アレは他所で不利益を出しましてね、借金を返すためにこちらで働いている獣人なのですよ。多少剣をたしなみますが、人に見せる興行はしてくれないものでしてお客様に楽しんでいただくためにあのような衣装を用意しているんです」

「ふうん」

「さて、どうなさいます?」


 にやにやと圧倒的優位を覚えている支配人を無視して、私はアルバートに影を繋ぐ。


『アル、イケそう?』

『あなたがそうおっしゃるということは、ゲームの俺では可能なのですね』


 あれ、なんかアルバートがちょっとスイッチ入った感じ?

 まあいいや。


『いまの彼女は万全じゃないし、今のアルなら大丈夫』

『……増強すれば、追い込むことは可能と判断します』


 ふふ、さすがアルバート。

 大方の事情を理解した私はもう逃げる気なんてさらさらなかった。

 なにより! 推しを! そのまんまになんか出来るわけがない!


「ねえ、支配人。わたくしあのうさぎが欲しいわ」

「は?」


 ぽかんとする支配人に向けて、私は邪悪で悪辣な、とびきりの笑顔で言った。

 ふはは!10年の年期が入った悪徳姫の微笑だぞ! はらわたが煮えくりかえってることなんてわかるわきゃないわ!


「わたくし、あのうさぎが欲しくなったわ。でも、ここは賭け事の場でしょう? わたくしも皆さんの楽しみを奪うのは心が痛みますの」

「え、あ」

「だから、わたくしの従者が勝ったら買い取らせてくださらない? もちろんあのうさぎに賭けられた分とこの施設に対する迷惑料も支払いますわ」


 本当はね、本当は推しをもの扱いなんてしたくないよ!? でもここから穏便に怪しまれずに連れ出すには、この場所の理屈に合わせて理由を作る方がいいんだよ!

 心の中では百万遍くらい謝りつつも、こうやって私の推しを消費している野郎どもを同じくらいぶちのめす妄想で気をなだめる。


 突然の申し出に支配人は動揺していた。そりゃ当然だろう。怯えると思っていた娘が、ここでやっている犯罪行為以上の悪徳を提案して来たのだから。


「試合に参加するのはその従者ですか?」

「ええ、わたくしのお気に入りなの。こう見えてもとっても強いのよ?」


 私はそう言って、するりとアルバートの腕をなでてやる。

 目に見えて動揺していた支配人だったけど、脳内でめまぐるしく計算し始める気配を感じた。そうだろう?どちらに転がっても損はないのだ。

 ちらりと支配人はアルバートを見上げる。

 まあ、彼は品の良い従者だ。マッチョマンというわけでもない。そこだけは真意がわからずに確認してくる。


「……こちらの試合は、挑戦者が死亡しても自己責任ですが」

「うふふ、それはそれで興奮しそうね」

 

 まるでそれすら楽しんでいるようにさえずってあげた。

 ここで義憤に駆られていると取られちゃいけないんだから。あくまでこの状況が楽しくて花を添えようとしているだけ。

 支配人はやがて、平静を装いながらも欲に濡れた顔でうなずいた。


「良いでしょう。ではそちらの従者殿があのうさぎに勝たれましたら、お譲りいたします」


 ノッてきた。

 内心拳をにぎりながら、くるりとアルバートを振り返ってみせる。


「そういうことだからアルバート。勝ってきなさい」

「かしこまりました、我が主に勝利を」


 すうと一際優雅にひざまずいたアルバートは、私の手を取ると口づける振りをして、指先に牙を突き立てる。

 ちくりとしびれに似た痛みがわずかに走る。

 血をなめられたことは、急いで指示をして舞台を整えようとする支配人は気づかなかったはずだ。

 そして私の脳内は大興奮である。滅多にない! アルバートの騎士っぽい仕草えもい!

 カモフラとしても目に焼き付けるしかないだろう!


『エルア様、うるさいです。落ち着いてください』


 あ、やっべ影つなげっぱなしだった。

 小さくため息をつく気配がする。

 アルバートはとんっと地を蹴ると、豪快に観客席の背を飛び移って試合会場に降り立った。

 支配人に案内されたVIP席に座った私には、突然現れた彼に、千草がいぶかしそうに眉を顰めるのが見える。


 場内アナウンスによって、特別マッチが行われることが説明されて、観客からどよめきが起こり、刺激を求める彼らのボルテージが上がる。

 その熱を感じながらも私はひたすら試合リンクを食い入るように見つめていた。

 推し対推しだぞ。気にならないわけがないだろう!?


 ゲーム内で兎月千草のクラスは剣士。がっちがちの火力の攻撃型だ。

 木剣を使っていることからしてそれはここでも変わっていない。

 対してアルバートは特殊遊撃手だ。搦め手が得意だが、堂々とした真っ向勝負はどうしても正規の剣士には劣る。

 けれどもけれどもここはリアル。相性の上でだめでもアルバートは頭で考えて行動出来るし、数字ではわからないが、ゲーム時のステータスとも若干違う。

 だから、私には不安はない。


 自然体で立つアルバートに、投げ入れられた木剣を受け取った千草は警戒する。

 ああ、うん。そうだ。彼女は故郷では一、二を争う剣豪なのだから。


 アルバートもまた、申し訳程度に持たされた剣を鞘から抜いた。

 千草は深く腰を落とす。


 エモシオンファンタジーでの戦闘は基本的にほぼ自動処理だが、任意でスキルの使用ができた。

 攻撃、防御、回復、弱体と色々あるが、固有の必殺技みたいな認識で、熟練者になるとこれをどのタイミングで使うかが勝敗を分ける。


 それは多少形は違えど、この世界にもあった。

 そして、千草の固有スキルは超攻撃特化型だ。しかも速度重視の一撃必殺。

 彼女の早さに、勝てる人類はいない。

 だけどね、人間から片足はずしちゃってるうちの従者様がいるんだよ!


 ゴングが鳴る。


 千草が消えた。


 観客は皆思っただろう。さっきのマッチョマンと同じようにアルバートがふっとぶと。


 けれど耳障りな音と共に、千草の木剣とアルバートの剣がぶつかり合った。

 アルバートの剣はその拍子に吹き飛ばされたが、彼女の神速の剣が止められたのだ。

 観客の悲鳴のような声が響く。


 私のテンションもマックスだ。

 千草のぬきうちいいいい!不完全だけど!不完全だけども!!!!


 千草は驚いたように目を見開くが、すぐさま二撃目を打ち込もうとする。

 しかしそれよりもアルバートが腰に隠した短剣を振り抜くのが先だった。

 再び重い打撃音が響くが、今度はいやな音をさせて、千草の木剣が折れた。

 兎耳が動揺に揺れるがそれも一瞬で、千草は折れた木剣の先でアルバートのみぞおちを狙う。

 目にも止まらない攻防だ、私も切り結んでいることしかわからない。

 けど、アルバートのほうが一枚上手だ。

 一瞬、千草が驚愕に硬直する。アルバートにはその一瞬があれば充分だった。


 ガッと、容赦のない膝蹴りが彼女のみぞおちをえぐる。

 軽く吹っ飛んだ千草がなんとか体勢を立て直そうとした。けれどアルバートが短剣の切っ先を首筋に突きつける方が先だった。


 一瞬の静寂のあと、爆発のような歓声が観客席から響く。


 千草は絶望の色を浮かべて何か言おうとしたが、アルバートは手首を返して彼女の首筋を柄で撃つほうが早かった。

 はたから見ててもすさまじい衝撃が入ったことが察せられて、千草は意識を失う。

 その体を、アルバートが無造作に担ぐのを見届けた私は、VIP席になだれ込んできた屈強な男達には気づかなかったふりをして、隣に立つ支配人に声をかけた。


「じゃあ、うさぎは戴いてまいりますわ」

「手続きが終わるまでこちらでお待ちを……」

「あら、わたくしがカジノで勝った分では足りないというの?」


 こてりと首をかしげてみせると、支配人の顔が屈辱と尊大な色に染まる。


「お嬢様はこれだから困る。ここは表の常識なんて通用しないのがまだわからないのかね。遊びではないんだよ」

「あら、遊びよ。こんなの」


 支配人が、武装した彼らに合図をする。

 たとえ千草に勝ったアルバートが居たとしても、そばに来る前に私を人質に取ればどうとでも出来ると思ったんだろう。

 まあ私、ぜんっぜん戦えないけれども。

 かつん、と、握りに魔晶石を仕込んだステッキで床の影を叩く。

 とたんこの部屋全体に仕込んでいた魔法が発動し、彼らの影を縛った。

 中途半端な格好で硬直する羽目になった支配人と警備員達をよそに立ち上がった私は、千草を抱えて戻ってくるアルバートを出迎えた。


「ご苦労様、じゃあ帰りましょうか」

「はい」


 まあ、1人で居てもアルバートが駆けつける時間くらいは私にだって稼げるんですよ。

 私は知っている。

 こういう弱者に優位に立ったことしかない人種には、より格上の力を見せつけてやるのが効果的だって。

 恐怖に表情をゆがめる彼らに、私はとびきりきれいに微笑んでやった。


「ではごきげんよう。楽しい時間だったわ」


 そうして私達は影の中に消えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る